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本編
第二十八話 愛の顛末
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あれから少し日が経ち、私とライラックは再び王城へと参じておりました。
あの日からずっと雨続きの後の珍しく晴れた空の下、場所はあの時と同じガゼボです。
用件は縁談の続き──ではなく、一連の騒動の区切りが着いたとのことで、その説明のためです。当事者の一人にアクシズ殿下がいらっしゃいますので、場合によっては口裏を合わせる必要があるため、情報を共有しておくとのことでした。
私たちを出迎えてくださったアクシズ殿下は頬のお怪我はすっかり快癒されたようで、そのお顔を見て安堵いたしました。
席に座ると、アクシズ殿下がさっそくお話を始められました。
「二人とも久しぶり。さて、早速で悪いんだけど本題に入らせてもらうぞ。まず、二人はあの後のことはどれくらい把握している?」
「私はほとんど……ホータラン侯爵様が登城されて、陛下と内々の話し合いをされたと耳にしましたが、グジル様たちにどのような処分が下されたのかも存じません」
「俺は父上から聞いて大体知ってる。ホータラン侯爵もあんな愚息のためにあそこまでするとはな」
「ライラック、それどういうこと?」
ライラックの言葉はホータラン侯爵様がグジル様のために何か行動を起こされたように聞こえます。
「俺から説明するよ。拘束された二人のうち、リマリーはラムヘッド子爵家が罰金を支払って身柄を引き取りにきた。彼女は王宮に侵入こそしたが、それ以外は特に問題を起こしてなかったからな。子爵家が正規の手順を踏んで釈放を要求すれば止める理由もない。で、問題のグジルの方だが──こっちの罪状は王宮への侵入及び、王族への暴行罪だからな。王族への暴行罪に罰金はないから、金でどうこうすることはできない。当たり前だが、ホータラン侯爵もそのことは理解していた。だから──ホータラン侯爵は自らの爵位の返上と引き換えにグジルの減刑を父上に嘆願したらしい」
「爵位の返上!?」
思わず大きな声が出てしまいました。
貴族が爵位を王家へ返上することなど、滅多にありません。少なくとも、私とライラックが生まれてから今までの年月の中にそうされた方はいないと思います。それも高位貴族の爵位返上は歴史を見てもほとんど例がないのではないでしょうか。
「王族を殴ったとあれば大問題だからな。普通に極刑も有り得る罪状だ。減刑を求めるならそれくらいやらねばならないと考えたんだろう」
「まぁ、グジルのあれは俺が仕向けたようなものだから、さすがに極刑まではいかないようにするつもりだったけど、そんなことホータラン侯爵は知らないしなぁ」
王族に危害を加えることは重罪中の重罪です。
例え極刑を免れたとしても、重い刑が課されるでしょう。
前例もないでしょうし、ホータラン侯爵が爵位を返上されたとしても、どの程度の減刑が望めるかは陛下のお心次第です。
それにしても、ホータラン侯爵様もなんて思いきったことを。
爵位を返上するということは、家系の断絶を意味します。例えこれから先、血は続いてもご先祖様たちが気づいてきた誇りや権威や歴史を全て失うことになります。それがどれほど重いことなのか……。
──けれど、これは……。
「ホータラン侯爵様は、グジル様がリマリーさんに対してできなかったことをグジル様にして差し上げたのですね」
「皮肉なものだな。あいつは自分が選びきれなかったやり方で、愛よりも選んだものをこの世から消す結果になるとは」
愛よりも爵位を選ばれたグジル様。
爵位よりも息子の減刑を選んだホータラン侯爵様。
爵位を継ぐことを何よりも望まれていたはずなのに、それを手に入れるどころか存在そのものを永遠に失うこととなりました。ライラックの言う通り、皮肉が過ぎますね。
「父上としては侯爵家の一角が欠けるのは避けたかったみたいだけど、罪状が罪状だけに簡単に減刑にするわけにもいかなくてホータラン侯爵にグジルのことは諦めさせたかったみたいなんだけどね。ホータラン侯爵が頑として頷かなかったからそうだよ。それに「これが何より、息子にとっての罰になりますから」って」
「動機を考えれば確かにこの上ない罰だな。親として罰を与えるのと同時に、罰そのもので減刑を請われたのか。したたかだな」
「そういうところ含めて、父上は手放すのは惜しいと思ってたっぽいからなー。残念がってたよ」
「じゃあ、陛下はホータラン侯爵の嘆願を受け入れられたのか」
「ああ。グジルは有期懲役ってことで話が固まってるよ。とはいっても、数十年は出て来られないだろうけど」
「やったことを考えれば、それでも運がいいくらいだろう」
実際、極刑の可能性もあったと考えればかなり手心の加えられた量刑です。
数十年がどれくらいなのか、少なくとも十年や二十年ではないでしょう。四十年か、五十年か、それとももっと長いのか。無期懲役に比べたら、終わりがあるだけでもマシと言えるのでしょうが、それでも私とライラックの年齢を足しても足りない年月です。
そんな長い長い時間を思うと、頭に一人の女性が浮かび上がりました。
「──リマリーさんは、これからどうされるのでしょう」
あの日からずっと雨続きの後の珍しく晴れた空の下、場所はあの時と同じガゼボです。
用件は縁談の続き──ではなく、一連の騒動の区切りが着いたとのことで、その説明のためです。当事者の一人にアクシズ殿下がいらっしゃいますので、場合によっては口裏を合わせる必要があるため、情報を共有しておくとのことでした。
私たちを出迎えてくださったアクシズ殿下は頬のお怪我はすっかり快癒されたようで、そのお顔を見て安堵いたしました。
席に座ると、アクシズ殿下がさっそくお話を始められました。
「二人とも久しぶり。さて、早速で悪いんだけど本題に入らせてもらうぞ。まず、二人はあの後のことはどれくらい把握している?」
「私はほとんど……ホータラン侯爵様が登城されて、陛下と内々の話し合いをされたと耳にしましたが、グジル様たちにどのような処分が下されたのかも存じません」
「俺は父上から聞いて大体知ってる。ホータラン侯爵もあんな愚息のためにあそこまでするとはな」
「ライラック、それどういうこと?」
ライラックの言葉はホータラン侯爵様がグジル様のために何か行動を起こされたように聞こえます。
「俺から説明するよ。拘束された二人のうち、リマリーはラムヘッド子爵家が罰金を支払って身柄を引き取りにきた。彼女は王宮に侵入こそしたが、それ以外は特に問題を起こしてなかったからな。子爵家が正規の手順を踏んで釈放を要求すれば止める理由もない。で、問題のグジルの方だが──こっちの罪状は王宮への侵入及び、王族への暴行罪だからな。王族への暴行罪に罰金はないから、金でどうこうすることはできない。当たり前だが、ホータラン侯爵もそのことは理解していた。だから──ホータラン侯爵は自らの爵位の返上と引き換えにグジルの減刑を父上に嘆願したらしい」
「爵位の返上!?」
思わず大きな声が出てしまいました。
貴族が爵位を王家へ返上することなど、滅多にありません。少なくとも、私とライラックが生まれてから今までの年月の中にそうされた方はいないと思います。それも高位貴族の爵位返上は歴史を見てもほとんど例がないのではないでしょうか。
「王族を殴ったとあれば大問題だからな。普通に極刑も有り得る罪状だ。減刑を求めるならそれくらいやらねばならないと考えたんだろう」
「まぁ、グジルのあれは俺が仕向けたようなものだから、さすがに極刑まではいかないようにするつもりだったけど、そんなことホータラン侯爵は知らないしなぁ」
王族に危害を加えることは重罪中の重罪です。
例え極刑を免れたとしても、重い刑が課されるでしょう。
前例もないでしょうし、ホータラン侯爵が爵位を返上されたとしても、どの程度の減刑が望めるかは陛下のお心次第です。
それにしても、ホータラン侯爵様もなんて思いきったことを。
爵位を返上するということは、家系の断絶を意味します。例えこれから先、血は続いてもご先祖様たちが気づいてきた誇りや権威や歴史を全て失うことになります。それがどれほど重いことなのか……。
──けれど、これは……。
「ホータラン侯爵様は、グジル様がリマリーさんに対してできなかったことをグジル様にして差し上げたのですね」
「皮肉なものだな。あいつは自分が選びきれなかったやり方で、愛よりも選んだものをこの世から消す結果になるとは」
愛よりも爵位を選ばれたグジル様。
爵位よりも息子の減刑を選んだホータラン侯爵様。
爵位を継ぐことを何よりも望まれていたはずなのに、それを手に入れるどころか存在そのものを永遠に失うこととなりました。ライラックの言う通り、皮肉が過ぎますね。
「父上としては侯爵家の一角が欠けるのは避けたかったみたいだけど、罪状が罪状だけに簡単に減刑にするわけにもいかなくてホータラン侯爵にグジルのことは諦めさせたかったみたいなんだけどね。ホータラン侯爵が頑として頷かなかったからそうだよ。それに「これが何より、息子にとっての罰になりますから」って」
「動機を考えれば確かにこの上ない罰だな。親として罰を与えるのと同時に、罰そのもので減刑を請われたのか。したたかだな」
「そういうところ含めて、父上は手放すのは惜しいと思ってたっぽいからなー。残念がってたよ」
「じゃあ、陛下はホータラン侯爵の嘆願を受け入れられたのか」
「ああ。グジルは有期懲役ってことで話が固まってるよ。とはいっても、数十年は出て来られないだろうけど」
「やったことを考えれば、それでも運がいいくらいだろう」
実際、極刑の可能性もあったと考えればかなり手心の加えられた量刑です。
数十年がどれくらいなのか、少なくとも十年や二十年ではないでしょう。四十年か、五十年か、それとももっと長いのか。無期懲役に比べたら、終わりがあるだけでもマシと言えるのでしょうが、それでも私とライラックの年齢を足しても足りない年月です。
そんな長い長い時間を思うと、頭に一人の女性が浮かび上がりました。
「──リマリーさんは、これからどうされるのでしょう」
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