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本編
第二十七話 今はもう、別の花
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たたたたたっと、走るような音が聞こえます。雨粒が馬車の車窓を叩く音でした。
薄暗い車内には、私一人です。
あのパーティーの日は緊急事態だったため、ライラックと同じ馬車に乗りましたが、私たちは基本的に二人だけの時はシアーガーデン公爵家とツルーネ男爵家がそれぞれ馬車を用意してそれに乗ります。
これもしきたりのためでした。
「──ふぅ」
双子の姉弟が家に帰るまでの僅かな時間すら、同じ馬車の中で二人でいることも許されないことに不自由さを感じつつも、いつものことと思いながら馬車の揺れに身を委ねました。
揺り篭の中にいるように睡魔と対面していると、やがてシアーガーデン公爵家へ到着した馬車が停止しました。
まだ雨が降っているので、傘を持ってくるまで待つように言われた私は大人しく従いました。
少し経つと、黒い傘を差した人が馬車の扉をノックしました。
「ライラック」
「アルメリア、入って」
「ありがとう」
そう言ってライラックは傘を馬車へ隙間なくくっつけ、傘を持っていない方の手は私の手をとって降車のエスコートをしてくれます。
「疲れただろう? 父上たちへの報告は俺がやっておくから、アルメリアは今日はもう休んでもいいぞ」
「ありがとう。けど、平気だよ。元婚約者のことだもの。私からちゃんと説明するよ」
「……そうか」
ライラックが少し心配そうな顔をしていたので、私は笑顔をつくって見せました。
屋敷の玄関ポーチにつくと、その脇に王宮の花園で見たものと似た景色がありました。
ライラックの木と、アルメリアの花壇。
私とライラックが生まれてすぐに、お父様とお母様が誕生のお祝いに植えてくださったものです。
シアーガーデン公爵家のライラックとアルメリアも、王宮の花園同様にライラックの花は散り、アルメリアの花は咲き残っておりました。
「…………」
「アルメリア? どうした、入らないのか?」
傘を閉じて邸内へ入ろうとしていたライラックが、よそ見をして立ち尽くしている私に声をかけてくれました。
「ううん、入るよ」
「何を見てたんだ? ──ああ、アルメリアか。綺麗だな」
私の視線の先に気づいてアルメリアを見たライラックは、嬉しそうに顔を綻ばせました。
互いと同じ名前を持つ花が一等好きなのも、昔から変わらないことでした。
「うん、そうだね。綺麗だね」
雨に濡れながら咲くアルメリアの花を見て、私も頷くとライラックが意外そうな顔をしました。
「どうしたの?」
「いや、アルメリアがアルメリアの花を褒めるの珍しいなって思って」
「そう?」
「うん。俺もだけど、自分と同じ名前の花って自分と重なって見えるから、ちょっと褒めにくいよな」
「ふふ、花は花だし、私は私だよ」
なんて、笑って言って見せますが、そのことにライラックよりも拘泥していたのは私です。
春にシアーガーデンの屋敷へ来る度に、咲くライラックとアルメリアの花を見ては一喜一憂して、ライラックが散ってしまればアルメリアも散ってしまえと心を荒らしておりました。
けれど、今はそんな気持ちにはなりませんでした。
アルメリアは春を美しいまま終わらせてくれる花だとアクシズ殿下が仰ってくださって、呪縛から解放されたようにアルメリアがただの花に見えるのです。
とはいえ、私たちの名前の由来は変わりませんし、来年の春も私はライラックの開花に喜んで、散華に悲しむのでしょう。それでも散らないアルメリアを恨みがましく思うことはもうないと思います。今、あのアルメリアを綺麗だと思えているのですから。
以前なら、この景色をライラックと見るのは胸が締めつけられるほど苦しかったことと比べると、あのお言葉は一日で私の心の内に劇的な変化をもたらしてくれました。
平穏無事に、とは言えない縁談でしたが、それでも今日アクシズ殿下とお会いできて良かったと心から思いました。
「…………」
「どうしたの? ライラック。私の顔じっと見て」
「いや、なんでもない」
今日は泊まりなのに、何故かライラックはいつも別れ際に浮かべている寂しそうな顔をしていました。
そのことが気になりましたが、ライラックの顔の横。片方の肩が濡れていることに気づきました。多分、私の方へ傘を傾けてくれたから濡れてしまったんですね。
「大分冷えてきたし、お父様たちにご報告する前にあったかいもの飲もうか。ライラックの好きなホットミルク作ってあげるね」
「本当か!」
「うん、お砂糖いくつ?」
「ふたつ」
ぱぁああと明るい顔になったライラックに安心しながら、私たちは邸内へと入りました。
薄暗い車内には、私一人です。
あのパーティーの日は緊急事態だったため、ライラックと同じ馬車に乗りましたが、私たちは基本的に二人だけの時はシアーガーデン公爵家とツルーネ男爵家がそれぞれ馬車を用意してそれに乗ります。
これもしきたりのためでした。
「──ふぅ」
双子の姉弟が家に帰るまでの僅かな時間すら、同じ馬車の中で二人でいることも許されないことに不自由さを感じつつも、いつものことと思いながら馬車の揺れに身を委ねました。
揺り篭の中にいるように睡魔と対面していると、やがてシアーガーデン公爵家へ到着した馬車が停止しました。
まだ雨が降っているので、傘を持ってくるまで待つように言われた私は大人しく従いました。
少し経つと、黒い傘を差した人が馬車の扉をノックしました。
「ライラック」
「アルメリア、入って」
「ありがとう」
そう言ってライラックは傘を馬車へ隙間なくくっつけ、傘を持っていない方の手は私の手をとって降車のエスコートをしてくれます。
「疲れただろう? 父上たちへの報告は俺がやっておくから、アルメリアは今日はもう休んでもいいぞ」
「ありがとう。けど、平気だよ。元婚約者のことだもの。私からちゃんと説明するよ」
「……そうか」
ライラックが少し心配そうな顔をしていたので、私は笑顔をつくって見せました。
屋敷の玄関ポーチにつくと、その脇に王宮の花園で見たものと似た景色がありました。
ライラックの木と、アルメリアの花壇。
私とライラックが生まれてすぐに、お父様とお母様が誕生のお祝いに植えてくださったものです。
シアーガーデン公爵家のライラックとアルメリアも、王宮の花園同様にライラックの花は散り、アルメリアの花は咲き残っておりました。
「…………」
「アルメリア? どうした、入らないのか?」
傘を閉じて邸内へ入ろうとしていたライラックが、よそ見をして立ち尽くしている私に声をかけてくれました。
「ううん、入るよ」
「何を見てたんだ? ──ああ、アルメリアか。綺麗だな」
私の視線の先に気づいてアルメリアを見たライラックは、嬉しそうに顔を綻ばせました。
互いと同じ名前を持つ花が一等好きなのも、昔から変わらないことでした。
「うん、そうだね。綺麗だね」
雨に濡れながら咲くアルメリアの花を見て、私も頷くとライラックが意外そうな顔をしました。
「どうしたの?」
「いや、アルメリアがアルメリアの花を褒めるの珍しいなって思って」
「そう?」
「うん。俺もだけど、自分と同じ名前の花って自分と重なって見えるから、ちょっと褒めにくいよな」
「ふふ、花は花だし、私は私だよ」
なんて、笑って言って見せますが、そのことにライラックよりも拘泥していたのは私です。
春にシアーガーデンの屋敷へ来る度に、咲くライラックとアルメリアの花を見ては一喜一憂して、ライラックが散ってしまればアルメリアも散ってしまえと心を荒らしておりました。
けれど、今はそんな気持ちにはなりませんでした。
アルメリアは春を美しいまま終わらせてくれる花だとアクシズ殿下が仰ってくださって、呪縛から解放されたようにアルメリアがただの花に見えるのです。
とはいえ、私たちの名前の由来は変わりませんし、来年の春も私はライラックの開花に喜んで、散華に悲しむのでしょう。それでも散らないアルメリアを恨みがましく思うことはもうないと思います。今、あのアルメリアを綺麗だと思えているのですから。
以前なら、この景色をライラックと見るのは胸が締めつけられるほど苦しかったことと比べると、あのお言葉は一日で私の心の内に劇的な変化をもたらしてくれました。
平穏無事に、とは言えない縁談でしたが、それでも今日アクシズ殿下とお会いできて良かったと心から思いました。
「…………」
「どうしたの? ライラック。私の顔じっと見て」
「いや、なんでもない」
今日は泊まりなのに、何故かライラックはいつも別れ際に浮かべている寂しそうな顔をしていました。
そのことが気になりましたが、ライラックの顔の横。片方の肩が濡れていることに気づきました。多分、私の方へ傘を傾けてくれたから濡れてしまったんですね。
「大分冷えてきたし、お父様たちにご報告する前にあったかいもの飲もうか。ライラックの好きなホットミルク作ってあげるね」
「本当か!」
「うん、お砂糖いくつ?」
「ふたつ」
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