王子を落とした男爵令嬢の○秘テクニック

夢草 蝶

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第三話 キャンディア王子

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「あらまぁ、これは酷い。ご報告ありがとうございます」

「いえ。切れ端からして最近破られたものだと思います。悪戯ならもしかしたら、他の本も被害に合っているかもしれません」

 一階の受付でふんわりとした雰囲気の女性教諭に破られた頁を見せて説明すると、女性教諭は眉尻を下げた。本を扱う職に就いている人間からすれば、本を破くなど信じられない暴挙だろう。
 ナイフィンは受付台越しに絵本を手渡し、思い至った可能性を女性教諭に伝えた。破り取られたことで剥き出しになった内側の面が白かったため、破られたのは最近だと思ったのだ。
 もし、これが本を無作為に選んで行われた悪質な悪戯だとすれば、他にも破られた本があるかもしれない。

「そうですね。一度調べてみます」

「あの、その本はどうするんですか?」

 受付の上に置かれた『ティアラ姫の冒険』の表紙を見て、ナイフィンはふと気になったことを訊ねた。

「とりあえず書架に移動させて、年末の整理で処分することになると思います。ラストの分からない絵本を並べて置く訳にもいきませんから」

 女性教諭は絵本の表紙を撫でて、残念そうに言う。
 破損によって未完状態になってしまった以上は仕方がない。

「・・・・・・そうですか。残念ですね」

 絵本の先行きを知ったナイフィンは、褪せた表紙を見つめて小さな声で言った。



 水を差されたナイフィンは、別の本を探して読書という気分にもなれず、鞄を持って図書館を出た。
 大分時間は経ったが、それでも迎えまでにはまだ少しある。
 カフェテリアもダメ。図書館もダメ。
 部活に入っていないナイフィンに、部室という選択はない。
 他に時間を潰せる場所が学園の敷地内にあったか逡巡する。

(中庭や屋上、小休憩所? ダメですね。そういう場所はすぐに居残りや私のような迎え待ちの生徒で埋まってしまいますから。いっそ、教室に戻りましょうか?)

 それぞれの教室は、最終下校時刻後に清掃員が清掃した後に纏めて施錠されるので、それまでは自由に出入りが出来る。しかし、ほとんどの生徒はより快適に過ごせる場所へ移動するので、放課後に教室に残る生徒は極稀だ。
 ナイフィンは誰もいない分、静かでいいだろうと教室へ戻ることにし、教室のある本校舎へと向かった。



「あれ? ナイ? 忘れ物?」

「キャンディア殿下」

 教室へ向かう途中、廊下を歩いていると背後から声を掛けられた。
 ナイフィンは立ち止まって振り返ると、声の主の名前を呼んだ。

 背後に立っていたのは、キャンディア・コットン=フレイブアート。
 淡いピンクがかった色素の薄い髪に、淡い灰色のを瞳をした青年。
 整った顔に浮かべる表情は穏やかで、春のような温もりを感じる。
 キャンディアが目の前まで来ると、ナイフィンは首を横に振って質問に答えた。

「いえ。迎えが来るまで教室で時間を潰そうかと思いまして」

「教室で? それは珍しいね」

「まぁ、色々ありまして。キャンディア殿下は何故ここに?」

「僕、今日日直だっただろう。放課後すぐに生徒会の会議があったから、生徒会室の方で日誌を書いたんだ。だから、これから教室に戻しに。一緒に行こう」

「はい」

 相手は婚約者で、目的地も同じ。断る理由のないナイフィンは頷いた。

「ナイフィンは今日ももう宿題を終わらせたの?」

「ええ。家にいるとついだらけてしまいますから」

「ナイフィンがだらけている姿は想像出来ないなぁ」

「キャンディア殿下が思っているよりもだらしないですよ? 私」

 肩を並べて教室へ向かう。
 自分からも何か話題を振ろうと思ったナイフィンは、つい先程の図書館での出来事を思い出し、キャンディアに話してみた。
 図書館の本の頁が切り取られていたという話に、キャンディアは痛ましそうな表情を浮かべる。

「そっか。それは残念だったね。切った人も何を思ってそんなことをしたんだろう?」

「さぁ? 大方、勉強のストレスとかじゃないですか? お話の最後が分からなくて残念でした」

 相変わらず無表情なままだが、少しだけしょんぼりしたのにキャンディアは気づき、ナイフィンの頭をぽんぽんと優しく叩いた。

「学園の図書館にある本なら、王宮の図書室にも所蔵されてるかもしれない。調べてみるよ」

「いいのですか?」

 ナイフィンはぱっと顔を上げる。
 ラスト直前まで読んだ以上、物語の結末が気になってしまうのは仕方なかった。

「うん。あったら王宮に遊びに来た時に用意しておくね」

「はい」

(まぁ、あの手の童話ならハッピーエンドでしょうけど、やっぱり最後まで読まないのはもやもやしますからね)

 あったらいいな、と思いながら教室へと着く。
 キャンディアがドアを開けた、その時。

「危ない!」

「え?」

 中から危険を知らせる声がして、前を向くと、丸い何かが勢いよくキャンディア目掛けて飛んできた。
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