3 / 3
第三話 キャンディア王子
しおりを挟む
「あらまぁ、これは酷い。ご報告ありがとうございます」
「いえ。切れ端からして最近破られたものだと思います。悪戯ならもしかしたら、他の本も被害に合っているかもしれません」
一階の受付でふんわりとした雰囲気の女性教諭に破られた頁を見せて説明すると、女性教諭は眉尻を下げた。本を扱う職に就いている人間からすれば、本を破くなど信じられない暴挙だろう。
ナイフィンは受付台越しに絵本を手渡し、思い至った可能性を女性教諭に伝えた。破り取られたことで剥き出しになった内側の面が白かったため、破られたのは最近だと思ったのだ。
もし、これが本を無作為に選んで行われた悪質な悪戯だとすれば、他にも破られた本があるかもしれない。
「そうですね。一度調べてみます」
「あの、その本はどうするんですか?」
受付の上に置かれた『ティアラ姫の冒険』の表紙を見て、ナイフィンはふと気になったことを訊ねた。
「とりあえず書架に移動させて、年末の整理で処分することになると思います。ラストの分からない絵本を並べて置く訳にもいきませんから」
女性教諭は絵本の表紙を撫でて、残念そうに言う。
破損によって未完状態になってしまった以上は仕方がない。
「・・・・・・そうですか。残念ですね」
絵本の先行きを知ったナイフィンは、褪せた表紙を見つめて小さな声で言った。
水を差されたナイフィンは、別の本を探して読書という気分にもなれず、鞄を持って図書館を出た。
大分時間は経ったが、それでも迎えまでにはまだ少しある。
カフェテリアもダメ。図書館もダメ。
部活に入っていないナイフィンに、部室という選択はない。
他に時間を潰せる場所が学園の敷地内にあったか逡巡する。
(中庭や屋上、小休憩所? ダメですね。そういう場所はすぐに居残りや私のような迎え待ちの生徒で埋まってしまいますから。いっそ、教室に戻りましょうか?)
それぞれの教室は、最終下校時刻後に清掃員が清掃した後に纏めて施錠されるので、それまでは自由に出入りが出来る。しかし、ほとんどの生徒はより快適に過ごせる場所へ移動するので、放課後に教室に残る生徒は極稀だ。
ナイフィンは誰もいない分、静かでいいだろうと教室へ戻ることにし、教室のある本校舎へと向かった。
「あれ? ナイ? 忘れ物?」
「キャンディア殿下」
教室へ向かう途中、廊下を歩いていると背後から声を掛けられた。
ナイフィンは立ち止まって振り返ると、声の主の名前を呼んだ。
背後に立っていたのは、キャンディア・コットン=フレイブアート。
淡いピンクがかった色素の薄い髪に、淡い灰色のを瞳をした青年。
整った顔に浮かべる表情は穏やかで、春のような温もりを感じる。
キャンディアが目の前まで来ると、ナイフィンは首を横に振って質問に答えた。
「いえ。迎えが来るまで教室で時間を潰そうかと思いまして」
「教室で? それは珍しいね」
「まぁ、色々ありまして。キャンディア殿下は何故ここに?」
「僕、今日日直だっただろう。放課後すぐに生徒会の会議があったから、生徒会室の方で日誌を書いたんだ。だから、これから教室に戻しに。一緒に行こう」
「はい」
相手は婚約者で、目的地も同じ。断る理由のないナイフィンは頷いた。
「ナイフィンは今日ももう宿題を終わらせたの?」
「ええ。家にいるとついだらけてしまいますから」
「ナイフィンがだらけている姿は想像出来ないなぁ」
「キャンディア殿下が思っているよりもだらしないですよ? 私」
肩を並べて教室へ向かう。
自分からも何か話題を振ろうと思ったナイフィンは、つい先程の図書館での出来事を思い出し、キャンディアに話してみた。
図書館の本の頁が切り取られていたという話に、キャンディアは痛ましそうな表情を浮かべる。
「そっか。それは残念だったね。切った人も何を思ってそんなことをしたんだろう?」
「さぁ? 大方、勉強のストレスとかじゃないですか? お話の最後が分からなくて残念でした」
相変わらず無表情なままだが、少しだけしょんぼりしたのにキャンディアは気づき、ナイフィンの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「学園の図書館にある本なら、王宮の図書室にも所蔵されてるかもしれない。調べてみるよ」
「いいのですか?」
ナイフィンはぱっと顔を上げる。
ラスト直前まで読んだ以上、物語の結末が気になってしまうのは仕方なかった。
「うん。あったら王宮に遊びに来た時に用意しておくね」
「はい」
(まぁ、あの手の童話ならハッピーエンドでしょうけど、やっぱり最後まで読まないのはもやもやしますからね)
あったらいいな、と思いながら教室へと着く。
キャンディアがドアを開けた、その時。
「危ない!」
「え?」
中から危険を知らせる声がして、前を向くと、丸い何かが勢いよくキャンディア目掛けて飛んできた。
「いえ。切れ端からして最近破られたものだと思います。悪戯ならもしかしたら、他の本も被害に合っているかもしれません」
一階の受付でふんわりとした雰囲気の女性教諭に破られた頁を見せて説明すると、女性教諭は眉尻を下げた。本を扱う職に就いている人間からすれば、本を破くなど信じられない暴挙だろう。
ナイフィンは受付台越しに絵本を手渡し、思い至った可能性を女性教諭に伝えた。破り取られたことで剥き出しになった内側の面が白かったため、破られたのは最近だと思ったのだ。
もし、これが本を無作為に選んで行われた悪質な悪戯だとすれば、他にも破られた本があるかもしれない。
「そうですね。一度調べてみます」
「あの、その本はどうするんですか?」
受付の上に置かれた『ティアラ姫の冒険』の表紙を見て、ナイフィンはふと気になったことを訊ねた。
「とりあえず書架に移動させて、年末の整理で処分することになると思います。ラストの分からない絵本を並べて置く訳にもいきませんから」
女性教諭は絵本の表紙を撫でて、残念そうに言う。
破損によって未完状態になってしまった以上は仕方がない。
「・・・・・・そうですか。残念ですね」
絵本の先行きを知ったナイフィンは、褪せた表紙を見つめて小さな声で言った。
水を差されたナイフィンは、別の本を探して読書という気分にもなれず、鞄を持って図書館を出た。
大分時間は経ったが、それでも迎えまでにはまだ少しある。
カフェテリアもダメ。図書館もダメ。
部活に入っていないナイフィンに、部室という選択はない。
他に時間を潰せる場所が学園の敷地内にあったか逡巡する。
(中庭や屋上、小休憩所? ダメですね。そういう場所はすぐに居残りや私のような迎え待ちの生徒で埋まってしまいますから。いっそ、教室に戻りましょうか?)
それぞれの教室は、最終下校時刻後に清掃員が清掃した後に纏めて施錠されるので、それまでは自由に出入りが出来る。しかし、ほとんどの生徒はより快適に過ごせる場所へ移動するので、放課後に教室に残る生徒は極稀だ。
ナイフィンは誰もいない分、静かでいいだろうと教室へ戻ることにし、教室のある本校舎へと向かった。
「あれ? ナイ? 忘れ物?」
「キャンディア殿下」
教室へ向かう途中、廊下を歩いていると背後から声を掛けられた。
ナイフィンは立ち止まって振り返ると、声の主の名前を呼んだ。
背後に立っていたのは、キャンディア・コットン=フレイブアート。
淡いピンクがかった色素の薄い髪に、淡い灰色のを瞳をした青年。
整った顔に浮かべる表情は穏やかで、春のような温もりを感じる。
キャンディアが目の前まで来ると、ナイフィンは首を横に振って質問に答えた。
「いえ。迎えが来るまで教室で時間を潰そうかと思いまして」
「教室で? それは珍しいね」
「まぁ、色々ありまして。キャンディア殿下は何故ここに?」
「僕、今日日直だっただろう。放課後すぐに生徒会の会議があったから、生徒会室の方で日誌を書いたんだ。だから、これから教室に戻しに。一緒に行こう」
「はい」
相手は婚約者で、目的地も同じ。断る理由のないナイフィンは頷いた。
「ナイフィンは今日ももう宿題を終わらせたの?」
「ええ。家にいるとついだらけてしまいますから」
「ナイフィンがだらけている姿は想像出来ないなぁ」
「キャンディア殿下が思っているよりもだらしないですよ? 私」
肩を並べて教室へ向かう。
自分からも何か話題を振ろうと思ったナイフィンは、つい先程の図書館での出来事を思い出し、キャンディアに話してみた。
図書館の本の頁が切り取られていたという話に、キャンディアは痛ましそうな表情を浮かべる。
「そっか。それは残念だったね。切った人も何を思ってそんなことをしたんだろう?」
「さぁ? 大方、勉強のストレスとかじゃないですか? お話の最後が分からなくて残念でした」
相変わらず無表情なままだが、少しだけしょんぼりしたのにキャンディアは気づき、ナイフィンの頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「学園の図書館にある本なら、王宮の図書室にも所蔵されてるかもしれない。調べてみるよ」
「いいのですか?」
ナイフィンはぱっと顔を上げる。
ラスト直前まで読んだ以上、物語の結末が気になってしまうのは仕方なかった。
「うん。あったら王宮に遊びに来た時に用意しておくね」
「はい」
(まぁ、あの手の童話ならハッピーエンドでしょうけど、やっぱり最後まで読まないのはもやもやしますからね)
あったらいいな、と思いながら教室へと着く。
キャンディアがドアを開けた、その時。
「危ない!」
「え?」
中から危険を知らせる声がして、前を向くと、丸い何かが勢いよくキャンディア目掛けて飛んできた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日
クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。
いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった……
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新が不定期ですが、よろしくお願いします。
妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
【完結】愛されないと知った時、私は
yanako
恋愛
私は聞いてしまった。
彼の本心を。
私は小さな、けれど豊かな領地を持つ、男爵家の娘。
父が私の結婚相手を見つけてきた。
隣の領地の次男の彼。
幼馴染というほど親しくは無いけれど、素敵な人だと思っていた。
そう、思っていたのだ。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました
らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。
そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。
しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような…
完結決定済み
幼馴染の許嫁
山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
幼い頃に、大きくなったら結婚しようと約束した人は、英雄になりました。きっと彼はもう、わたしとの約束なんて覚えていない
ラム猫
恋愛
幼い頃に、セリフィアはシルヴァードと出会った。お互いがまだ世間を知らない中、二人は王城のパーティーで時折顔を合わせ、交流を深める。そしてある日、シルヴァードから「大きくなったら結婚しよう」と言われ、セリフィアはそれを喜んで受け入れた。
その後、十年以上彼と再会することはなかった。
三年間続いていた戦争が終わり、シルヴァードが王国を勝利に導いた英雄として帰ってきた。彼の隣には、聖女の姿が。彼は自分との約束をとっくに忘れているだろうと、セリフィアはその場を離れた。
しかし治療師として働いているセリフィアは、彼の後遺症治療のために彼と対面することになる。余計なことは言わず、ただ彼の治療をすることだけを考えていた。が、やけに彼との距離が近い。
それどころか、シルヴァードはセリフィアに甘く迫ってくる。これは治療者に対する依存に違いないのだが……。
「シルフィード様。全てをおひとりで抱え込もうとなさらないでください。わたしが、傍にいます」
「お願い、セリフィア。……君が傍にいてくれたら、僕はまともでいられる」
※糖度高め、勘違いが激しめ、主人公は鈍感です。ヒーローがとにかく拗れています。苦手な方はご注意ください。
※『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる