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ヴィクトの策略

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 どこの家でも後継者の育成は重要事項だけど、特に他国と距離が近い辺境伯家にとって、跡取りは大切だ。
 普通の貴族は長男が爵位を継ぐものだが、辺境伯家は適性重視で指名制を採用しているところが多いらしい。ヴィクトの伯父様の辺境伯家はその中でも変わっていて、当主の子供からではなく、血族の子供の中から優秀な子を選ぶという形をとっている。
 そのため、婚姻はあまり重要ではなく、辺境伯様は独身らしい。
 そして、その辺境伯様が自分の後継者として指名したのが甥のヴィクトだった。
 ヴィクトには従弟がいるため、ヴィクトの実家の跡取りについては問題ないらしい。
 辺境伯の跡を継ぐため、ヴィクトは定期的に辺境伯家に長期滞在して辺境伯様の講義を受けているそうだ。
 今回の講義は来週からの予定だったようだけど、私があんなことを言ったから、予定を前倒しして突撃訪問をかましたようだ。弾丸か何かか。
 ヴィクトの行動には辺境伯も苦言を呈していたけど、ヴィクトが「母さんが止めなかったから問題ないでしょう」と反論すると、何故か「──まぁ、リアがそう判断したんなら問題ないか」と辺境伯様は納得していた。リアとはヴィクトのお母様の愛称だろう。ヴィクトリアおば様だから。とは言え、おば様の何が辺境伯様を納得させたのかはよく分からなかった。




「とにかく、始発で帰ります! ので! 私は寝ます! おやすみなさい!」

 そう宣言した私は、辺境伯様に頼んで侍女に客間に案内してもらうとすぐにベッドに潜り込んだ。

 明日は早起きして、すぐに駅に向かわなきゃ。
 そのためにも早起きをしなくちゃいけない。私は頭の中で羊を数えるけれど、羊の数が増えるほど、目的とは裏腹に頭は覚めていく。

 ・・・・・・帰りたくないなぁ。

 ぽろりと本音が零れた。

 本心を言えば、帰りたくない。
 帰ればリスミィともオーフェルとも顔を合わせなくちゃいけなくなる。
 暗い気持ちでいると、ヴィクトの言葉を思い出す。

 ──なら、結婚しなければいい。

 無理なこと言わないでよ・・・・・・。
 親の決めた人と結婚して、家名と血を守るために子供を産み、家を守る。
 それが男子のいない伯爵家の長子として生まれた私の責務だ。
 元々、私とオーフェルの結婚に愛は不要。
 オーフェルが他の誰かを好きになる覚悟はしていた。
 その相手がよりにもよって妹のリスミィだとは思わなかったけど。

「はぁ」

 つい、溜息が溢れる。
 いけない。令嬢たるもの、もっとしっかりしないと。
 正直、結婚しなければいいと言ってくれたヴィクトの言葉は嬉しかった。昔から人の立場は考えないけれど、人の気持ちを慮る子だった。助けられたことは何度もある。
 でも今回は訳が違う。今回は家の問題だ。
 ヴィクトを巻き込む訳にはいかないし、口を挟まれる謂れもない。
 帰ったら無断外泊についてお叱りを受けるだろうけれど、いいや。明日のことは明日の私に任せて、今は早起きするために寝ることに集中しよう。
 そう思って、毛布を頭まで被って瞼を閉じる。
 こうしてじっとしていれば、そのうち睡魔が訪れて来るだろう。

 ──パッパー! パララパッパラー!

 うとうとしてきたところで、ご機嫌な音が部屋の外で高らかに鳴った。
 就寝前には不似合い過ぎるそれに、私は跳ね起きてベッドから飛び下りる。
 こんな時間に、こんな場所で、こんな真似をする人は一人しかいない!
 私はすぅーっと大きく息を吸い込んで、部屋の扉を開けた。

「部屋の前でトランペットで陽気な曲を吹いて睡眠妨害しようとするの止めてくれる!?」

「じゃあ、徹夜でゲームでもするか? クリスの好きな炭酸割り紅茶と揚げ菓子もあるぞ」

「魅力的なお誘いだけど、寝かせて!!!!!」

 案の定、そこにはヴィクトがいた。
 トランペットを掲げた両腕に大量のゲームを抱え、わざわざ借りたのか、後ろにはティーセットとお菓子が乗ったワゴンが留まっている。
 ──ヴィクトの奴、私が始発で帰るって言ったから何が何でも徹夜させて寝坊させようとしてる・・・・・・っ!
 まぁ、流石にこんな見え見えの罠には引っ掛からないわよ。

「私、もう寝るから静かにしてね」

 パラパララパッパー!

「トランペットを吹かないで!」

 言った側からこれだから、私は思わずずっこけそうになった。
 何が何でも睡眠妨害する気か。
 どーしよ。わざわざお願いして部屋変えてもらうのもなー。そもそも同じ邸内だから意味ないし。
 どうやってヴィクトを追い返そうか悩んでいると、ヴィクトが呼び掛けるようにもう一度「パッパー!」とトランペットを吹いた。

「クリス、勝負をしよう」

「勝負? な、何?」

 突然の話に面食らう私を他所に、ヴィクトは話を続ける。

「内容はここにあるゲームなら何でも。クリスが勝ったら、俺は大人しく寝る。ただし、俺が勝ったらもう一戦だ。クリスが勝つまでこのルールは有効だ」

「断ったら?」

「朝までヴィクトのワンマンライブコースになるな」

「辺境伯様に怒られるわよ」

 条件と言ったら破格──でもないわね。単純にヴィクトが我儘押し通そうとしてきてるだけだし。
 とは言え、ヴィクトは有言実行。断ったりしたら本気で朝までワンマンライブやりかねない・・・・・・。

「・・・・・・分かったわよ。で? 何のゲームするの?」

「決めていいのか? じゃあ、ポーカー」

「初手から自分が一番得意で、私が苦手なゲームを選ばないでくれる!? 一回も勝てたことないんだけれど! というか提案飲むんだから、勝負の内容は私に決めさせなさいよ!」

「別にいいぞ。何する?」

 心なしかわくわくしているヴィクトは、「上がるぞ」と言ってワゴンを押して客間に入ると、ワゴンの下に積んでいた折り畳み式のローテーブルを開いてカーペットの上に置くと、いそいそとゲームやお菓子を並べ始めた。ふわふわのクッションまで持って来てる・・・・・・完全に完徹して楽しむ人だ。
 そんなヴィクトを傍目に、私は勝負内容を決めた。
 ゆうて、ダウトやポーカーみたいな心理戦が必要になるのは勝てないし、ボードゲームもヴィクトの方が強いのよね。レンガ積みとか? いや、崩れたら結構音響くしな。ここは運要素が濃いものを・・・・・・。

「じゃあ、大富豪」

「わかった」

 あっさりと頷いたヴィクトが、マジシャンがするみたいに器用にトランプを切る。
 まぁ、再戦ありだから焦る必要ないか。



「革命」

「ぎゃー! 待って待って!」

「待ったなし。アガリ」

「いーやー!」

「なぁ、飽きた。別の遊びしない?」

 現在、10戦0勝10敗中・・・・・・。


 ──結局のところ、ヴィクトに勝てずに明け方まで起きていた私は知らぬ間に寝落ちて、気がついたらベッドの中にいた。恐らく、ヴィクトが運んでくれたんだろう。自室に戻ったようで、その時にはヴィクトの姿はなかった。

 時間の確認をしようと見た時計の短針がすっかり12時を過ぎていることに気づき、リアルにちょっと体が浮いた。
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