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自覚 ヴィクト視点

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 ──この辺にしておくか。

 予定よりも早めに今日やると決めた範囲が終わった俺は、経営学の本を閉じると、大きく伸びをした。
 辺境伯領は国外との商談も多いから、物流の隆盛を把握するのは骨が折れる。
 今年は隣国で野菜が高騰しているらしく、辺境伯領での輸入量を抑えるべく、伯父上が領内で賄えるよう頭を悩ませていた。辺境伯領でも農業は盛んだが、気候の問題で栽培に適さない品種の野菜もあるしな。

 もう、こんな時間か。
 外からは夕日が差し込み、部屋の壁一面を橙色に染めていた。
 そろそろ、クリスは帰ってきただろうか。
 昨日、伯父上に言われた。俺がクリスを「愛してる」んじゃないかと。
 クリスのことは好きだ。それは間違いない。
 ただ、愛してるのかと訊かれれば返答に窮する。
 愛してる・・・・・・今まで考えたこともない。
 だからクリスを観察して、自身がクリスに抱いている感情を算出することにした──のだが、今のところ、全然わからない。そもそも「愛してる」自体ニュアンスでしか理解していないのだ。いきなり自分に当て嵌めることが出来ない。
 クリスに対する感情は、やはりクリスと一緒にいる時に顕著になる。クリスが帰っているなら、夕食まで広間のソファで座って話してみるのもいいかもしれない。
 そんなことを考えながら部屋を出る。
 クリスの所在を確認しようとして広間へ入ると、伯父上がいたから訊いてみることにした。

「伯父上」

「っ、ヴィクトか──丁度良かった。今、お前のところへ行こうとしてたんだ」

「クリスはもう帰ってますか? 俺にどんな用件でしょう」

「そのクリス嬢のことだ。彼女、帰っちゃったぞ」

「・・・・・・・・・・・・は?」

 帰った? クリスが? ──何故!!?

 いきなりのことに俺は冷静さを欠き、思わず伯父上に詰め寄った。

「いつ!?」

「つい、今しがた。赤い顔して帰って来たと思ったら、急に今すぐ帰るって言って、帰りの運賃を貸してほしいって」

「それでのこのこ返したんですか? 何で!?」

「お前が無理矢理連れてきたからだろーが! 端からクリス嬢が帰ると言い出したら止める権利は俺にはねぇよ」

「んなもん、口八丁で丸め込んでくださいよ!」

「何悪徳官僚みたいなこと言ってんだ、お前は!?」

 まずい。
 まだ結婚式の日は過ぎていないんだぞ。
 この状況でクリスを帰したら、伯爵家が何らかの手を打ってくるかも。
 向こうには母さんがいるとはいえ、頼り過ぎてもよくない。
 何より、クリスが貴族令嬢の責任感から余計意固地になって、話を聞いてもらえなくなる可能性がある。
 こうしてはいられない!

「伯父上、俺も帰ります! また、本来の滞在開始日に来ますから。誰か! 帰り支度を手伝ってくれ」

「おいおい。いきなり来た上、今度はいきなり帰るのかよ。慌ただしいなぁ」

「文句は次来た時に聞きます。今は急を要するので」

「・・・・・・なぁ、ヴィクト。お前は一体、どうしてそんなに慌ててるんだ?」

 侍女たちに帰り支度を頼んで、自分もすぐに準備をしようとしたが、伯父上が会話を切り上げてくれない。
 呆れたように肩を竦めている様子が、余裕のない今は腹立たしく映る。

「伯父上がクリスを引き留めてくれなかったからですよ!」

「クリス嬢は自分の意思で帰ったんだぞ? クリス嬢が大切なら、お前はその意思を尊重してやるべきじゃないか?」

「・・・・・・っ、それは」

「クリス嬢をここへ引き留めたい、結婚させたくないのはお前の我儘だろう」

「クリスの望みです」

「なら、どうして彼女は帰った?」

「それは──」

 それは、クリスは真面目だから。
 自分に与えられた役割を果たそうとする奴だから。
 素直で、頑なで、自分よりも他のことを優先してしまうから──
 俺が答えを探していると、伯父上は溜息を吐いて後頭部を掻いた。
 そしてまるで、横に回れば進めることに気づかず、壁の前で立ち往生している者に助言するかのように言った。

「ヴィクト、いい加減、クリス嬢のためと言って、自分の願いを押し通そうとするのは止めろ。それは明確な「ずる」だぞ」

「何の話です?」

「自覚ないのが質悪いな、お前・・・・・・自分の胸に手を当てて考えてみろ。どうしてクリス嬢に結婚して欲しくないのか。「クリス嬢のため」以外の、自分の声を聞いてみろ」

「俺の──」

 伯父上は何を──
 俺はただ、クリスが泣くから、だから──
 ──本当に?
 本当にそうなのだろうか?
 クリスにあの侯爵の息子と結婚して欲しくない。あの男はクリスを泣かせた。きっと、クリスは幸せになれない。
 そう思うのは本心だ。
 だが、そこに私欲が全くないと言えるだろうか?
「クリスのため」という理由を差し引いて、後には何が残る?
 自分自身に問い掛ける。
 泥水をろ過するように、何度も、何度も。
 何だろう。削いで、削いで、削いで、透かして、透かして、透かした先。
 そこには言語化し難い感情があった。
 これは何だろう。よくわからない。けれど、大切なもののような気がする。

 ──もしかして、これがなのか。

 ふと、あの言葉を当てはめたら、それがしっくり来るような気がして、パズルが完成したような、全く解けなかった問題がふとした拍子に解けるような、視界が明るく広くなった心地がした。
 これが、そうなら、クリスを止められるか?
 なら、一刻も早くしなければ!

「伯父上、俺はやっぱり帰ります。クリスを止めるために」

「その理由を訊いても?」

「はい」

 今なら、答えられる。
 伯父上もずるとは言わないだろう。
 俺は────────・・・・・・
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