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21.見えない経緯
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騎士爵とミラーシャさんが去り、私達だけが取り残される。
ミラーシャさんが去っていった方を見ながら、アウグスト様が心配そうに言った。
「あの子、かなり怯えていたけれど、大丈夫かなぁ。何があったんだろう?」
「親子喧嘩というには、ミラーシャさんの反応が尋常ではありませんでしたね」
「そうそう。リスリアーノ、あの子と知り合いなの?」
「お互いの名前は知っているでしょうけれど、知り合いではありませんね。アウグスト様も夜会の時に見掛けていますよ」
「夜会の招待客だったの? けど、会場で彼女を見た覚えはないなぁ」
「いえ、そうではなくて、外で」
「外? けれど、あの時あったのはリスリアーノだけで、後は──あ」
夜会の晩のことを思い出しているのだろう。
思案顔で首を捻っているアウグスト様だったが、あの時の光景を思い出したようで、目を丸くしている。それからじわじわと頬や耳が赤く色づき始めた。
「え、え!? 彼女なのっ? あの時の──じゃあ!?」
「私の元婚約者の恋人です」
「えええええええええ!!!!?」
驚いたり、赤くなったり、吹き零れた鍋のような慌ただしさだ。
目蓋と口を何度も開閉させて、アウグスト様はわたわたとしている。
アウグスト様が狼狽することでもないはずなのだが、そういえば二人が口づけを交わすのを目撃した時もこんな感じだったな。あの時のことを思い出してしまったのだろう。
まるで蕾のように恥じらっている。アウグスト様、私より年上なのにどれだけ耐性がないのだろう……少し心配になる。
「そっか、そうなんだ……ん? ねぇ、リスリアーノ」
「何でしょう」
「聞き間違いかもしれないけど、今元婚約者って言わなかった?」
「あ」
失言を隠すように口元を隠す。
正確には現時点ではまだ「元」ではないが、大差はないだろう。
それはそれとして、どうしたものか。
まだ正式には婚約破棄していないので、外部の人間にこの話をするのは些かよくない。
とはいえ、アウグスト様だしな。下手に誤魔化して返って興味を持たれて調べられたら同じことだし、それにまぁ、アウグスト様なら話しても問題ないだろう。好奇心が強いだけで、得た情報を悪用する人柄でもなさそうだし。
「リスリアーノ?」
「あー、実は、婚約者とは婚約破棄することになりました」
「えええええええええ!!!!? 随分と急展開だね!? 口振りからして、その話って夜会の後のことだよね? ならここ一週間のことだから──今日出掛けてて大丈夫? なんか、ごめんね?」
「いえ、街へ行くとこを決めたのは私ですし、日時を指定したのも私ですので、アウグスト様に謝っていただくことはありせん。婚約破棄の件は──まぁ、時間の問題だとは思っていましたから……まだ正式な書面は交わしてませんが、特に問題は起きてませんし。ただ、このことは発表まで内密に願います」
私にとっては前から心構えをしていたことだが、アウグスト様にとっては寝耳に水の話だろう。
私ももし、港町の方に行っているアイシャが短期間で筋骨粒々になって帰ってきたら驚くだろうし。それと似たようなものだろう。
「わかった。リスリアーノが困ってないならいいけど……あ、今はアウグストって呼んでくれたね」
「え?」
「さっきは俺のことグラシエルって呼んだから、気になって」
「ああ。申し訳ありません、あの場を収める最善手と思い、アウグスト様の家名を出させていただきました」
グラシエル公爵家の名前を利用したことは事実なので、そのことに関しては頭を下げて謝罪した。
「ううん、大丈夫だよ。けれど、あの子本当に大丈夫かな? 父親のあの様子だと帰ったらもっと酷いことになりそう……」
「未遂でしたが、手を上げていましたからね。ミラーシャさんの様子だと、騎士爵のあの様子は今日はたまたまという訳でもなさそうですし」
怒りは時間が経てば落ち着いてくるものだというが、それだって人による。
これは私の母親の場合だが、彼女を怒らせた人間は私の知る限り、たった一人を除いて何らかの制裁を受けている。それこそ、数年越しの時も。
もし、騎士爵の怒りが静まっていても、あの性格では元々怒りやすいのだろう。家で同じことになりそうだ。
「だよね……放置していていいのかな」
「家庭内のことですからね。易々と干渉は出来ないでしょう。家庭内──そういえば、ミラーシャさんは近々レプレール前伯爵の養子に入るとウォレスト様が言っていましたね」
「騎士爵の娘が前伯爵の? それはまた、珍しい話だね」
「ですよね。多分、ウォレスト様──元婚約者と婚約のためなのでしょうけれど、そこからどうやってレプレール前伯爵との繋がりが出てきたのかが謎です」
レプレール前伯爵が隠居したのは、恐らく騎士爵が叙爵されるより前だろう。ウォレスト侯爵家も、ウォレスト様自身も前伯爵との交流はほとんどなかっただろうし、ミラーシャさん本人なら尚のこと会う機会もないだろう。前伯爵が隠居後にわざわざ養子を探していたとも考えにくいし。ちっとも経緯が見えない。
「なら、レプレール前伯爵は彼女──ミラーシャ嬢? のお義父さんになるんだよね? だったら今見たことは伝えておいた方がいいかもしれないね」
ミラーシャさんが去っていった方を見ながら、アウグスト様が心配そうに言った。
「あの子、かなり怯えていたけれど、大丈夫かなぁ。何があったんだろう?」
「親子喧嘩というには、ミラーシャさんの反応が尋常ではありませんでしたね」
「そうそう。リスリアーノ、あの子と知り合いなの?」
「お互いの名前は知っているでしょうけれど、知り合いではありませんね。アウグスト様も夜会の時に見掛けていますよ」
「夜会の招待客だったの? けど、会場で彼女を見た覚えはないなぁ」
「いえ、そうではなくて、外で」
「外? けれど、あの時あったのはリスリアーノだけで、後は──あ」
夜会の晩のことを思い出しているのだろう。
思案顔で首を捻っているアウグスト様だったが、あの時の光景を思い出したようで、目を丸くしている。それからじわじわと頬や耳が赤く色づき始めた。
「え、え!? 彼女なのっ? あの時の──じゃあ!?」
「私の元婚約者の恋人です」
「えええええええええ!!!!?」
驚いたり、赤くなったり、吹き零れた鍋のような慌ただしさだ。
目蓋と口を何度も開閉させて、アウグスト様はわたわたとしている。
アウグスト様が狼狽することでもないはずなのだが、そういえば二人が口づけを交わすのを目撃した時もこんな感じだったな。あの時のことを思い出してしまったのだろう。
まるで蕾のように恥じらっている。アウグスト様、私より年上なのにどれだけ耐性がないのだろう……少し心配になる。
「そっか、そうなんだ……ん? ねぇ、リスリアーノ」
「何でしょう」
「聞き間違いかもしれないけど、今元婚約者って言わなかった?」
「あ」
失言を隠すように口元を隠す。
正確には現時点ではまだ「元」ではないが、大差はないだろう。
それはそれとして、どうしたものか。
まだ正式には婚約破棄していないので、外部の人間にこの話をするのは些かよくない。
とはいえ、アウグスト様だしな。下手に誤魔化して返って興味を持たれて調べられたら同じことだし、それにまぁ、アウグスト様なら話しても問題ないだろう。好奇心が強いだけで、得た情報を悪用する人柄でもなさそうだし。
「リスリアーノ?」
「あー、実は、婚約者とは婚約破棄することになりました」
「えええええええええ!!!!? 随分と急展開だね!? 口振りからして、その話って夜会の後のことだよね? ならここ一週間のことだから──今日出掛けてて大丈夫? なんか、ごめんね?」
「いえ、街へ行くとこを決めたのは私ですし、日時を指定したのも私ですので、アウグスト様に謝っていただくことはありせん。婚約破棄の件は──まぁ、時間の問題だとは思っていましたから……まだ正式な書面は交わしてませんが、特に問題は起きてませんし。ただ、このことは発表まで内密に願います」
私にとっては前から心構えをしていたことだが、アウグスト様にとっては寝耳に水の話だろう。
私ももし、港町の方に行っているアイシャが短期間で筋骨粒々になって帰ってきたら驚くだろうし。それと似たようなものだろう。
「わかった。リスリアーノが困ってないならいいけど……あ、今はアウグストって呼んでくれたね」
「え?」
「さっきは俺のことグラシエルって呼んだから、気になって」
「ああ。申し訳ありません、あの場を収める最善手と思い、アウグスト様の家名を出させていただきました」
グラシエル公爵家の名前を利用したことは事実なので、そのことに関しては頭を下げて謝罪した。
「ううん、大丈夫だよ。けれど、あの子本当に大丈夫かな? 父親のあの様子だと帰ったらもっと酷いことになりそう……」
「未遂でしたが、手を上げていましたからね。ミラーシャさんの様子だと、騎士爵のあの様子は今日はたまたまという訳でもなさそうですし」
怒りは時間が経てば落ち着いてくるものだというが、それだって人による。
これは私の母親の場合だが、彼女を怒らせた人間は私の知る限り、たった一人を除いて何らかの制裁を受けている。それこそ、数年越しの時も。
もし、騎士爵の怒りが静まっていても、あの性格では元々怒りやすいのだろう。家で同じことになりそうだ。
「だよね……放置していていいのかな」
「家庭内のことですからね。易々と干渉は出来ないでしょう。家庭内──そういえば、ミラーシャさんは近々レプレール前伯爵の養子に入るとウォレスト様が言っていましたね」
「騎士爵の娘が前伯爵の? それはまた、珍しい話だね」
「ですよね。多分、ウォレスト様──元婚約者と婚約のためなのでしょうけれど、そこからどうやってレプレール前伯爵との繋がりが出てきたのかが謎です」
レプレール前伯爵が隠居したのは、恐らく騎士爵が叙爵されるより前だろう。ウォレスト侯爵家も、ウォレスト様自身も前伯爵との交流はほとんどなかっただろうし、ミラーシャさん本人なら尚のこと会う機会もないだろう。前伯爵が隠居後にわざわざ養子を探していたとも考えにくいし。ちっとも経緯が見えない。
「なら、レプレール前伯爵は彼女──ミラーシャ嬢? のお義父さんになるんだよね? だったら今見たことは伝えておいた方がいいかもしれないね」
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