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05 幾年と生きる
しおりを挟む「この部屋です」と着物がいくつかかけてある部屋に案内した後、サダネさんは出て行き、その部屋に時成さんと二人きりになる。
所詮衣装部屋というものだろうか…
色とりどりの着物や袴が、壁一面の戸棚にかけてあった。
どれでも選んでいいのだろうか、と目移りしている私の横を通り過ぎ、時成さんらさっさといくつかの布を手にとり衝立にかけたかと思うと、自分は傍にあった椅子に腰かけた。
「じゃあまず、肌着から着てね。着る順にそこ置いたからね」
もう自分の仕事は終わりとばかりに、後は口を動かすだけだ、という雰囲気を醸し出してくる時成さんに私は頷くと「じゃあ、あの。出て行ってください」と廊下を指差した。
着替えるので、と付け加えれば時成さんは不思議そうに首を傾げた後、理解したように頷いてみせた。
「気にしないでもいいよ。幾年と生きる私にとって君の着替えを見たところでその辺の猫を見るのとなんら変わらなーー」
「私が気にするんです」
何かとても失礼なことを言われた気がしたけど、私はその言葉を遮って時成さんを部屋からむりやり追い出し、戸をスパンと閉める。
というか『幾年と生きる私』ってなに?見た目的にも私の少し上ぐらいの歳でしょ、と心の中で思っていれば、ふとそういえばと思い出す。
その時々で滞在する世界が違う、とか言っていたっけ…。
それってどういうことなのか未だにわからないけど…単純に見た目で年齢を判断はできない、ということだろうか…。
「あの、時成さんって歳いくつなんですか?」
「由羅の思う年齢で構わないよ」
「いや、そういうのいいですから」
「答えられないんだよ。自分でもわからないからね」
「え?」
自分で歳が分からないなんて…それほどになるまで長生きってこと?
え、どういうことそれって、もはや人間じゃないような…いやそもそも滞在する世界を変えることができる時点でもう怪しい。
「…もしかして人間じゃないとか言いませんよね?」
「由羅の好きに思ってくれていいよ」
さっきとまったく同じような返事をされたけど、もう私はなにも言うことができなくなってしまった。
とりあえず、この人が普通の人間ではないことは確かだ。
今のところ危険はなさそうに見えるけど簡単に警戒を解くのは間違いかもしれない。
時成さんのいる廊下からなるべく離れた部屋の隅で、戸を隔てながらもなんとか着付けを教わり、姿見を見てうんと満足する。
少し不格好ながらも一人で形にすることはできた。
着ていたスーツはどうしようかと迷ったけど畳んで隅の方に置いて部屋を出た。
仕上げの途中で、もう大丈夫だろうと先に戻ってしまった時成さんはどこへ行ったのかと探す。
とりあえず先ほどまでいた応接室に戻れば、中から聞いたことのあるような会話が聞こえてきた。
「ではこの商談は後日行うとして、こちらの書類のお目通しと…来週、卸に出す商品の確認をーー」
ーあぁ、なんだろうこの会話…サダネさんが上司である時成さんに報告しているこの感じ…。
ものすごく聞き覚えあるというか、凄く私のいたあの世界を感じる。
そういえば私って無断欠勤になるのだろうか。
カバンも靴も穴に落ちたときなくしたし、この身ひとつでこの世界にきてしまったからなぁ、と今更なことを考えながら、よみがえってくる社畜としての自分が、この部屋に入室することをためらっている…。
なんだかとても入りづらい、と部屋の戸の前で止まっていると、「サダネ」と、時成さんが名前を呼ぶ声が聞こえた。
「顔色が悪いね」
「え…」
「最近はサダネの負担も増えたからね。ちょうどいいから由羅には小間使いとして働いてもらおうか」
「助かりますが、由羅さんはそれで良いんでしょうか」
「大丈夫だよここではないが侍女の経験はあるからね」
ないですが?と心の中で否定を叫べど聞こえるわけもなく、話はとんとんと進んでいき…
勝手に入社させられたばかりか、部署も勝手に決められてしまった…。
「じゃあ私は少し出てくるよ。サダネは由羅に教えてあげて」
「はい」
スッと開かれた戸から、出てきた時成さんとパチリと目が合う。
戸の前にいた私に、気付いていたのかそうでないのかわからないけど、時成さんは平然としたまま「そういうことだからよろしくね」とだけ言ってさっさと玄関へ向かってしまった。
「あの、本当に良いんですか…?」
部屋から顔を覗かせたサダネさんに、心配げな顔で聞かれた質問に苦笑いを零す。
「何を言っても無駄だと、この数分で悟りました」
時成という男と、まともな意思疎通ができた試しがない。
この世界の説明も、あの人自身の説明もまだなのに、なにもわからない私をサダネさんに丸投げし、自分はさっさとどこかへ行ってしまう…。
そんな男の元へと舞い降りてしまったのが運の尽きなのか…と、諦めのようなため息を吐く。
「相手があの時成様ではそうなってしまうのも分かる気がします」
私が考えていたようなマイナスの感情ではなく、どこか尊敬を含んだサダネさんの物言いに私は大きく首を傾げる。
まるであの人は凄い人だから、とでもいいたげな目をしているけど、あの人全部放置して丸投げしただけの、いい加減な男な気がするのは…私の気のせいなのでしょうか…。
はたしてあの男のどこに尊敬する箇所があるのだろうか、とだいぶ失礼なことを考えながらも「まずこの家の案内をしましょうか」と歩き出したサダネさんにおとなしくついていく事にした。
一階には台所と居間、さきほどの応接室などの他に生活に欠かせないものが一通りと、なにやら医務室と書かれた部屋まであった。
応接室と隣接する事務室らしき場所までくると「由羅さんはこの机を使ってください」と立派な机をあてがわれる。
「サダネさんはこの家に住んでるんですか?」
会社の事務所にしてはやたらと生活感があるものが多かったな、と思い聞いてみれば、サダネさんは間を置くことなく頷いた。
「ここはトキノワ本部の事務所なのですが社員の社宅も兼ねてますので。今は俺とあと一人ここに住んでますね。…おそらくまだ起きてると思うので、行ってみましょうか」
二階になります、と案内されるがままについていきながら、まだ起きてると思う、とはどういう意味だろうかと考える。
昼とはいえないまでも朝日が昇ってからだいぶ経つ。
まだ起きてる、ということはこれから寝る予定なのだろうか…もしかしてこの会社は夜勤などがあって交代制とかなのかな。
階段を上った二階の一室の前まで来ると、サダネさんはトントンとノックをして「起きてますか?」と声をかけ、中からくぐもったような返事が聞こえてきたのを確認すると、その戸を開けた。
視界に飛び込んできたその部屋の中は、敷き詰められるように並ぶ本棚とその本棚から溢れたような本や紙が床に置かれ、壁から床まで一面書物だらけの、ほんの気持ち程度に足の踏み場が存在しているような空間だった。
本の重さで床が抜けるのでは、と心配になるほどの予想外の光景に圧倒されていると、奥にある大量の本の山の一番上から…もぞもぞと動く物体と目が合った。
「おんやぁ?誰だろう。知らない女の子だな」
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