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魔王の初恋
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弱冠十歳で、神殿主催の魔力測定で異常値を叩き出した少年――ユリウス・アルヴェント。
彼が宮廷魔導師となるのは、もはや必然だった。
魔獣を学ぶ学生たちが集う「黒の塔」に最年少十一歳で入学すると、わずか一年で四年分の課程を修了し、飛び級の主席という形で卒業。あまりにも異例の速度で魔法に関する知識を蓄えた彼を、周囲の大人たちはどのように扱うべきか困惑した。
結局、既定路線として宮廷魔導師となることが決まり、宮廷に上がるための一年間の予備教育を経て、正式にその仲間入りを果たす。年端もいかぬ少年が宮廷に席を得たことに対して、反発の声も少なくなかったが、それをすべて黙らせたのは彼自身の力だった。
十五歳にして魔獣討伐で比類なき力を見せつけ、気がつけば十七歳の若さで宮廷魔導師を束ねる魔導総帥に準じる役職を得る。
だが、それ以上の昇進の話が持ち上がるたび、ユリウスは「面倒くさい」という理由でひたすら固辞した。結果、宮廷魔導師の中で最も栄誉と栄典が与えられる最高位の「月」の称号を授かり、魔獣討伐をはじめ、隣国アルバトル帝国に対する戦略的な抑止力として、ひっそりと、けれど堂々と国を支える大魔導師の一人となった。
それから数年後。
地方で大規模な魔獣の発生が確認され、ユリウスは討伐のために駆り出された。
本音を言えば、「こんな面倒なことは、やりたい奴に任せればいい」とすら思っていた。だが、意外なほど手こずっているという騎士団からの報告を受け、しぶしぶ現地に赴いた。
そして彼が目にしたのは、想像以上に悲惨な光景だった。
魔獣の蹂躙を受け、壊滅状態に陥った戦場。そして、時を同じくして王都からの救援として派遣された、予備の補充団員たち。
貴族たちにとっては、まさに「盾」として扱われる貧乏くじの部隊。
その中に、彼女はいた。
茶色の髪と瞳。どこにでもいるような凡庸な外見。
騎士団長に連れられて、数人の仲間たちと陣営に挨拶に来た時も、特に興味はなかった。はずだった。
しかし、その相貌にはどこか鋭さがあり、年の割に貧相な体つきと、男性陣に混じって剣を振るう姿は、どこか小さな小栗鼠を連想させた。
本当に、ちょろちょろとよく動く。
傷ついた兵士たちの手当てをし、戦場を駆け回り、救護所では手を血に染めながら負傷者の応急処置を施す。
忙しなく動き回るその姿に、ユリウスは知らず目を留めていた。
とはいえ、仕事としての役割も、身分と階級が異なる彼と彼女に接点が生まれることは、本来あり得なかった。
――あの時までは。
◇◇◇
討伐が難航していたのには理由がある。
ユリウスですら珍しいと感じるほど知能の高い魔獣が相手だった。
ただの獣とは違い、相手は知恵を持ち、狡猾に戦場をかき乱す。
そして、連戦続きで補給も滞り始めた頃――やつは夜襲を仕掛けてきた。
(へえ、面白い)
そう思ったのは事実だったが、目の前に広がるのは地獄絵図。
人々の悲鳴が響き、騎士たちは混乱し、次々と幕屋が蹂躙されていく。
本来なら、こんなことになる前に討伐を終えていればよかった。
――後悔したことは、後にも先にもこれきりだ。
ユリウスには、こんな場面で焦る理由などなかった。
命じられれば、一撃で仕留めることができる。
だが、現地の貴族たちはユリウスの介入を拒み、手柄を独占しようと勝手な動きをしていた。
彼らの浅はかな駆け引きと無謀な策のせいで、戦況は泥沼化し、本来なら最小限で済んだはずの被害が拡大していた。
(魔獣の方が、よほど賢いな)
そんなことを考えながら、ユリウスは指示された範囲内で、必要最低限の支援に留めていた。
しかし、夜襲は完全に想定外だった。
騎士たちが翻弄され、陣営が蹂躙されていく中――、ユリウスはふと、一つの影を見つけた。
仲間を撤退させるため、しんがりとして小物の魔獣と戦う、小さな影。
それは、茶色の髪をなびかせ、必死に剣を振るう少女の姿だった。
燃え移った焚き木の光が彼女の瞳を金色に染め上げたのかと錯覚するほど、苛烈なまでにその姿が脳裏に焼き付いた。
数体の魔獣をたった一人で切り伏せ、時間稼ぎの役を買って出た少女。
その佇まいに、ユリウスは息を呑み、呆然と立ち尽くしてしまった。
魔獣を次々と斬り伏せた少女が背後を確認するように振り返る。
彼女――後にその名をクラリス・カートライトだと知ることになるが――は、何か叫びながらこちらへ駆けてきた。
手にしていた剣を、ユリウスにではなく、彼の斜め右横へ向かって投げ放つ。
「――ッ!」
次の瞬間、彼女は両手を広げ、そのまま飛び込んできた。
問う暇もなく体を引き倒される。
「何を――」
そう言葉を発するよりも早く、視界いっぱいに鮮血が散った。
鋭い痛みも、衝撃もなかった。
だが、それが何を意味するか理解するのに、一秒もかからなかった。
――ユリウスは、気配を殺して忍び寄っていた魔獣の存在に気づいていなかった。
否、彼女にばかり意識を囚われすぎていたせいで、狙われたのだ。
クラリスは咄嗟に剣を投げつけ、魔獣に一瞬の隙を作る。
そのままユリウスを抱き込むように覆いかぶさり、振り上げられた凶爪から身を挺して守ったのだった。
「……ッ」
遅れた反撃は、一撃で魔獣を屠った。
しかし、勝利の安堵など微塵もなかった。
代償はあまりにも大きかった。
クラリスの背中は無残に引き裂かれ、深々と刻まれた傷は、生涯消えることはないだろう。
最大の失態だった。
彼の力があれば、あんな傷を負わせる前に、魔獣など塵一つ残さず消し飛ばせたはずだったのに。
――それが、ユリウスとクラリスの出会い。
そして胸を焼き尽くすような焦燥と執着のはじまりだった。
彼が宮廷魔導師となるのは、もはや必然だった。
魔獣を学ぶ学生たちが集う「黒の塔」に最年少十一歳で入学すると、わずか一年で四年分の課程を修了し、飛び級の主席という形で卒業。あまりにも異例の速度で魔法に関する知識を蓄えた彼を、周囲の大人たちはどのように扱うべきか困惑した。
結局、既定路線として宮廷魔導師となることが決まり、宮廷に上がるための一年間の予備教育を経て、正式にその仲間入りを果たす。年端もいかぬ少年が宮廷に席を得たことに対して、反発の声も少なくなかったが、それをすべて黙らせたのは彼自身の力だった。
十五歳にして魔獣討伐で比類なき力を見せつけ、気がつけば十七歳の若さで宮廷魔導師を束ねる魔導総帥に準じる役職を得る。
だが、それ以上の昇進の話が持ち上がるたび、ユリウスは「面倒くさい」という理由でひたすら固辞した。結果、宮廷魔導師の中で最も栄誉と栄典が与えられる最高位の「月」の称号を授かり、魔獣討伐をはじめ、隣国アルバトル帝国に対する戦略的な抑止力として、ひっそりと、けれど堂々と国を支える大魔導師の一人となった。
それから数年後。
地方で大規模な魔獣の発生が確認され、ユリウスは討伐のために駆り出された。
本音を言えば、「こんな面倒なことは、やりたい奴に任せればいい」とすら思っていた。だが、意外なほど手こずっているという騎士団からの報告を受け、しぶしぶ現地に赴いた。
そして彼が目にしたのは、想像以上に悲惨な光景だった。
魔獣の蹂躙を受け、壊滅状態に陥った戦場。そして、時を同じくして王都からの救援として派遣された、予備の補充団員たち。
貴族たちにとっては、まさに「盾」として扱われる貧乏くじの部隊。
その中に、彼女はいた。
茶色の髪と瞳。どこにでもいるような凡庸な外見。
騎士団長に連れられて、数人の仲間たちと陣営に挨拶に来た時も、特に興味はなかった。はずだった。
しかし、その相貌にはどこか鋭さがあり、年の割に貧相な体つきと、男性陣に混じって剣を振るう姿は、どこか小さな小栗鼠を連想させた。
本当に、ちょろちょろとよく動く。
傷ついた兵士たちの手当てをし、戦場を駆け回り、救護所では手を血に染めながら負傷者の応急処置を施す。
忙しなく動き回るその姿に、ユリウスは知らず目を留めていた。
とはいえ、仕事としての役割も、身分と階級が異なる彼と彼女に接点が生まれることは、本来あり得なかった。
――あの時までは。
◇◇◇
討伐が難航していたのには理由がある。
ユリウスですら珍しいと感じるほど知能の高い魔獣が相手だった。
ただの獣とは違い、相手は知恵を持ち、狡猾に戦場をかき乱す。
そして、連戦続きで補給も滞り始めた頃――やつは夜襲を仕掛けてきた。
(へえ、面白い)
そう思ったのは事実だったが、目の前に広がるのは地獄絵図。
人々の悲鳴が響き、騎士たちは混乱し、次々と幕屋が蹂躙されていく。
本来なら、こんなことになる前に討伐を終えていればよかった。
――後悔したことは、後にも先にもこれきりだ。
ユリウスには、こんな場面で焦る理由などなかった。
命じられれば、一撃で仕留めることができる。
だが、現地の貴族たちはユリウスの介入を拒み、手柄を独占しようと勝手な動きをしていた。
彼らの浅はかな駆け引きと無謀な策のせいで、戦況は泥沼化し、本来なら最小限で済んだはずの被害が拡大していた。
(魔獣の方が、よほど賢いな)
そんなことを考えながら、ユリウスは指示された範囲内で、必要最低限の支援に留めていた。
しかし、夜襲は完全に想定外だった。
騎士たちが翻弄され、陣営が蹂躙されていく中――、ユリウスはふと、一つの影を見つけた。
仲間を撤退させるため、しんがりとして小物の魔獣と戦う、小さな影。
それは、茶色の髪をなびかせ、必死に剣を振るう少女の姿だった。
燃え移った焚き木の光が彼女の瞳を金色に染め上げたのかと錯覚するほど、苛烈なまでにその姿が脳裏に焼き付いた。
数体の魔獣をたった一人で切り伏せ、時間稼ぎの役を買って出た少女。
その佇まいに、ユリウスは息を呑み、呆然と立ち尽くしてしまった。
魔獣を次々と斬り伏せた少女が背後を確認するように振り返る。
彼女――後にその名をクラリス・カートライトだと知ることになるが――は、何か叫びながらこちらへ駆けてきた。
手にしていた剣を、ユリウスにではなく、彼の斜め右横へ向かって投げ放つ。
「――ッ!」
次の瞬間、彼女は両手を広げ、そのまま飛び込んできた。
問う暇もなく体を引き倒される。
「何を――」
そう言葉を発するよりも早く、視界いっぱいに鮮血が散った。
鋭い痛みも、衝撃もなかった。
だが、それが何を意味するか理解するのに、一秒もかからなかった。
――ユリウスは、気配を殺して忍び寄っていた魔獣の存在に気づいていなかった。
否、彼女にばかり意識を囚われすぎていたせいで、狙われたのだ。
クラリスは咄嗟に剣を投げつけ、魔獣に一瞬の隙を作る。
そのままユリウスを抱き込むように覆いかぶさり、振り上げられた凶爪から身を挺して守ったのだった。
「……ッ」
遅れた反撃は、一撃で魔獣を屠った。
しかし、勝利の安堵など微塵もなかった。
代償はあまりにも大きかった。
クラリスの背中は無残に引き裂かれ、深々と刻まれた傷は、生涯消えることはないだろう。
最大の失態だった。
彼の力があれば、あんな傷を負わせる前に、魔獣など塵一つ残さず消し飛ばせたはずだったのに。
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