闘破蒼穹(とうはそうきゅう)

きりしま つかさ

文字の大きさ
16 / 1,458
0000

第0016話 「逃亡開始」

しおりを挟む
少年がゆっくりと近づいてくるのを見て、肖眉たちは足を止めた。笑い声は次第に弱まった。  
肖眉の傍らにいる数人の爽やかな少女たちは、かつて家族の誇りだった少年を見上げていた。彼女たちの小さな顔には、何とも言えない寂しさが浮かんでいた。  

肖眉はその場で立ち止まり、心の中で葛藤を抱えていた。正直に言えば、かつて彼女の憧れだった少年との会話を望む気持ちはあるが、現実的にはその距離は日に日に広がり、無駄な思いを続けるのは非効率だと感じていた。  
彼女は眉を微かに寄せてから緩やかに開き、内心で暗に「挨拶くらいするべきか。少なくとも表の関係なら」とつぶやいた。  

一方、肖炎は後ろ手に頭を支えて、気もそぞろに近づいてきた。  
肖炎が目の前まで来ると、肖眉は笑顔を浮かべようとしたが、少年の態度を見てその表情は突然凍りついた。奇妙なほど滑稽な光景だった。  

肖炎は両手で頭を支え、目も背も向けず、少女たちの間を通り抜けていった。  
肖眉は赤い唇を開いて少年の背中を見送り、不思議に感じた。自分の容姿がどうあれ、こんな扱いを受けたのは初めてだった。胸中で憤りを感じながら「肖炎表哥」と呼びかけた。  

歩みを止めた肖炎は、背中に向けて淡々と尋ねた。「何か用?」  
その生ぬるい言葉に肖眉は一瞬途端になり、「……」と返事できなかった。  
肖炎は眉を上げて首を横に振ると、そのまま先へ進み続けた。  

肖眉は憤然として小路の先を見送り、すぐに同じ道を歩き出した。  
曲がり角を越えると、眼前には広い部屋があった。その壁に書かれた「闘技堂」の文字は鮮血のように赤く躍動していた。  

闘技堂の中からは喝采声が響いていた。普段は静かなこの場所がなぜか賑わっているのは、訓練場で行われている試合のせいだった。  
肖炎は首をすくめて不思議に思った。ここにはいつもより多くの人々が集まっていた。  

肩をすくめて考えもせず、彼はその疑問を放り出して闘技堂に入った。  
するとすぐに少年少女の歓声が押し寄せてきた。訓練場では二人の者が試合を行っているようだった。  

「肖寧表哥の『斗之気』の濃度は八段くらいか?」  
「ふん、二ヶ月前からすでに八段だぞ」  
「でも彼には九段の薰香表姐がいるんだから勝てないわね」  
「薰香表姐頑張って!」  

肖炎はこれらの声に反応して足を止めた。訓練場を見渡すと、淡紫の衣装をまとった美しい少女が試合を行っている最中だった。

「この娘は今日はなぜ余裕で試合に臨めるのか?」  
心の中でそう思った瞬間、蕭炎は大庁の東側で足を止めた。近くの棚から黒い巻物を取り出し、ゆっくりと展開した。展開後の巻物には背面に黄色の大きな文字が浮かんでいた。  

黄段階中級:砕石掌!  

ゆったりと書架に身を預けながら、蕭炎は「砕石掌」の修練法を読み進め、時折騒がしい訓練場の様子をちらりと見やった。  

広い大庁は二つの世界に分かれていた。西側では賑やかな喧嘩が絶えないが、東側は静かで平和だった。  
薰(くん)の相手は少年で、その年の十七八歳といったところだ。外見は整っているが、加列オとは比べ物にならないほど平凡な容姿だった。  

その少年の名は蕭寧。大长老の孫で、修練の才能もそれなりにあり、十七歳にして八段の斗気を修得している。家族内で唯一薰(くん)に負けない存在だ。  
蕭炎はこの表兄弟に対して特別な印象を持たなかった。たまに会ったときでも、ぎりぎりと距離を保ちながら挨拶だけして別れる。おそらくその理由は祖父と自分の父親の間にある微妙な不和が影響しているのだろう。また、過去自分が見せていた無気力さのせいもあってか、この表兄弟は三年間もわざわざ自分に絡んできたことはない。  

軽く笑みを浮かべた蕭炎は、脳裡から浮かんだ記憶を振り払うと、「砕石掌」の修練に戻った。  

訓練場では薰(くん)が淡紫の蝶のように優雅に動いていた。俊敏な動きで萧寧の猛攻を避けるたびに、その清潔な小顔は変わらず平静だった。  
彼女の小さな手が無意識に蕭寧の一撃を受け止めた瞬間、薰(くん)は突然視線を大庁内に向けた。  

大堂東端の書架で少年が黙々と修練している姿を見た瞬間、薰(くん)の顔に優雅な微笑みが浮かんだ。  
その一瞬の表情に周囲の観客たちも呆然となった。  

「薰(くん)表妹、気をつけて!」  
薰(くん)がわずかに意識を散漫にする直前、誰かの声が響いた。  
背後の強烈な殺意を感じ取った瞬間、薰(くん)は眉を上げて書架方向を見やった。  

同じタイミングで蕭炎も顔を上げた。訓練場で突然襲われた薰(くん)を見て、彼は眉をひそめながら首を横に振った。その目には言葉では言い尽くせない心配が滲んでいた。  
薰(くん)は頬を緩めて目を細めると、突然左へ一歩踏み出した。この軽い動きで蕭寧の攻撃は見事に外れた。  

その足元から発した金光が、萧寧の掌の防御を切り裂き、胸に当たった。  
脚先が青石床を軽く弾むように跳ね上がり、薰(くん)は円を描いて反動を消し去り、訓練場の外へと一歩踏み出した。  

観客たちが静寂になり、次いで喝采が沸き起こった。  
「ふん、薰(くん)表妹は家族の一線に立つ若者の中で第一人だ。本当に強くなったね」  
萧寧は訓練場を後にし、大庁内へと戻ってきた。彼の瞳孔には依然として薰(くん)への憧れが滲んでいた。  

薰(くん)は礼儀作法で会釈したものの、その態度は明らかに距離を置いている。  
「萧寧表哥、お見事でした」  
そう言いながらも、彼女はすぐに書架の陰で修練中の少年を見つめ、笑顔で近づいていった。  

大庁内の視線が薰(くん)の動きに集まり、次々と訓練場から書架方向へと移動する。  
その先端には黙然としている少年の姿があった。彼は周囲の注目をまるで感じていないように、自分の世界に没頭していた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。

小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。 「マリアが熱を出したらしい」 駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。 「また裏切られた……」 いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。 「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」 離婚する気持ちが固まっていく。

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

【完結】平凡な容姿の召喚聖女はそろそろ貴方達を捨てさせてもらいます

ユユ
ファンタジー
“美少女だね” “可愛いね” “天使みたい” 知ってる。そう言われ続けてきたから。 だけど… “なんだコレは。 こんなモノを私は妻にしなければならないのか” 召喚(誘拐)された世界では平凡だった。 私は言われた言葉を忘れたりはしない。 * さらっとファンタジー系程度 * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

私が……王太子……のはずだったのに??

#Daki-Makura
ファンタジー
最愛と朝を迎えたら……城下が騒がしい……?? 一体……何が起きているのか……??

追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】 世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。 「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。 ・神話級ドラゴン  ⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺) ・深淵の邪神  ⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決) ・次元の裂け目  ⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い) 「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」 本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……? 「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー! 【免責事項】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 ※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。

処理中です...