闘破蒼穹(とうはそうきゅう)

きりしま つかさ

文字の大きさ
1,381 / 1,458
1400

第1427話 黒魔雷

しおりを挟む
周囲の視線もその瞬間、驚きを込めて蕭炎に向けられた。

明らかに予想外の言葉を口にしたことに彼らは戸惑いを隠せない。

「小生、ここで舌先で揉み手するなど貴様には何の得にもならない」候老怪が冷ややかに笑みながら言った。

話す間も炎炉を見つめ続けたその目は、依然として薬効の気配を感じていない。

途端に薄い冷笑を浮かべる。

蕭炎もまた笑みを返し、多くの視線を集める中でゆっくりと立ち上がった。

「うむ!」

彼が体勢を整えると同時に炎炉から微かな響きが発せられた。

「これは……」

その光景に多くの人々は驚愕の表情を見せた。

「この炎炉の中には、わずかに薬効の気配が」麻衣の大長老が嗄れた声で淡々と言った。

聞き届けた他の六名の長老もまた驚きを浮かべる。

彼らの力量では感知できなかったのに大長老の言葉は疑いなく、次々と蕭炎に視線を向けた。

「見せしめ!」

その光景に候老怪も一瞬驚いたがすぐに眉をひそめた。

彼の言葉など聞かず、蕭炎は手をゆっくりと上げて炎炉に向かい強く握り締める。

「ほーっ!」

掌の中で炎炉内の渦巻く火龍が突然鋭い叫びを上げた。

その瞬間炎炉は爆発し熱い炎の波が四方八方に飛び散り、場の温度が急上昇した。

近づきすぎていた薬師たちが慌てて後退る。

「ほーっ!」

火龍はわずか数呼吸で数百丈にも膨れ上がり空を巻き取り、その圧倒的な威圧感が遠くに浮かぶ九色の雷雲まで縮むように見えた。

「小生、貴様は何をするつもりだ?」

九色の雷雲が縮むのを見て候老怪は心臓を押さえて叫んだ。

「うるさい!」

蕭炎の冷たい表情が一瞬で変わり、鋭い眼光を候老怪に向けて投げつけた。

その圧力は彼の体内に衝撃を与え、体調不良で二歩後退らせた。

薬術を除けば、萧炎の一撃で彼は死ぬだろう。

「貴様!」

冷ややかな喝破で追い返された候老怪は激怒し、ようやく蕭炎の実力が自分より遥かに上であることに気付いた。

一時的に候老怪を威圧した後、蕭炎もここは小丹塔だと思い直して心を静め、空高く広がる巨大な火龍を見つめた。

手印が次々と変化する。

「炎龍凝丹」

炎の手印が刻一刻と変幻を繰り返すにつれ、空に舞う火龍は驚天動地の龍鳴を響かせながら、その体から一種異様なエネルギー波動がじわりと広がり始めた。

「これは……薬の波動か?」

その波動を感じ取った多くの薬師たちの顔に驚愕の色が浮かんだ。

前些日まで全く気付くことすらなかったこの振幅は、彼らの想像を遥かに超えていた。

「炎で物質を凝縮し、薬をその中に封じる……さらに物質そのものを薬にするとは…… Pharmacien, あなたにもできない技だ。

蕭炎がどうやって習得したのか?」

空を見上げた玄空子は驚きの声を上げた。

「この……」薬老は口を開こうとしたが、苦しげに笑みながら首を横に振った。

物質に薬を凝縮するには、炎の制御と霊力のバランスが極めて厳しい。

今の彼ですら日常的に使うことはできず、ましてや無師自通で習得したとは思いもよらなかった。

他の薬師達が驚嘆の声を上げる中、ある薬師は蕭炎の手に映る薬手を見つめた。

その瞬間、会場から次々と驚嘆の声が響き渡った。

この技を持つ人物は、指折り数えるほどしかいないのだ。

「 Pharmacien, この弟子は凄い」

石段の上では長老たちが互いに目配せし、ため息をついた。

「ドン!」

火龍から発せられる波動が次第に強まり、やがて驚異的な轟音と共に空が一瞬暗闇に包まれた。

雲は四方八方に急速に集結し、その色は漆黒ではなく極めて深い暗紫だった。

雷鳴は響かずとも、その深遠な闇雲を見つめる人々の心臓は激しく跳ね上がった。

九彩の雷雲が急激に縮小していく様子を見て、多くの者が息を呑んだ。

この現象は明らかに八品薬以上の領域を超えている。

Pharmacien, 九品の薬……蕭炎がそれを調合しているのか?

「 Pharmacien, 黒魔の雷は久しく見なかった」

麻衣の大長老は黙々と闇雲を見つめながら呟いた。

広場で蕭炎も凝重な表情で闇雲を睨みつけた。

その中に宿る破壊力は、九彩丹雷とは比べ物にならないほど圧倒的だった……

遥か空の黒い声層が蠕動を続け、天地は死のような静寂に包まれていた。

雷鳴すら聞こえないこの沈黙こそが、最も恐ろしいものだった。

十数分後、その黒雲の中心から円形の穴がゆっくりと開き、そこには無限の闇が広がっていた——最深のブラックホールを思わせる存在だ。

その瞬間、蕭炎(しょうえん)の全身の毛髪が逆立つ。

彼の体内に封じ込められていた圧倒的な気魄は、ついに爆発的に解放された。

「四!」

蕭炎の気魄が急上昇する直後、その黒い穴から異音と共に太さ二本指ほどの黒い稲妻が飛び出し、静かに火龍(ひりゅう)へと突進していった。

周囲の煉薬宗師たちが驚愕の表情を浮かべて急退する中、蕭炎はその小さな稲妻を見つめながら指先で五体の金色の影を召還した。

それは丹雷(たんらい)を吸収できる天妖傀(てんようかい)だった。

「ドン!」

黒い稲妻が最初の天妖傀の頭上に瞬時に到達し、その身体を直撃する。

しかし、これまで一度も失敗しなかったはずの天妖傀は、稲妻が体に触れた途端に硬直し、「ドン!」

と粉々に砕けた。

「ドン!ドン!ドン!ドン!」

次の四体も同様に、稲妻に触れただけで即座に爆散した。

これは蕭炎がこれまで見たことがないほどの破壊力だった。

五体の天妖傀を失ったことで、蕭炎の表情はさらに険しくなった。

これらの傀儡(くぐう)ではその黒い稲妻の力を吸収できないと悟り、彼は新たな手を準備した——自身で直接対決する覚悟だった。

「ふぅ……」

深呼吸をしながら、蕭炎が足を踏み出した瞬間、彼の身体は火龍上空に瞬時に移動した。

漆黒の瞳孔を見れば、稲妻が迫り来るのが分かる。

その稲妻を見つめながら、彼の拳(こぶし)がゆっくりと握り締まる。

周囲の空間が何かを引き寄せるようにエネルギーを集め、拳に集約されたそれは、聖域(しょうえき)級の力——斗聖(とうせい)強者の領域だった。

「破けろ!」

その拳は稲妻へと直撃した。

衝突点から広がる破壊的な風圧波が四方八方に飛び散り、空間自体が砕けるほどに荒れ狂った。

七彩の丹雷(たんらい)を纏う候老怪(こうろうかん)の頭髪もその衝撃で完全に消滅した。

空を見れば、既に稲妻は無残な破片となって散り散りになっていた——新たな危機が迫る中、候老怪の表情は複雑なものだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします。

樋口紗夕
恋愛
公爵令嬢ヘレーネは王立魔法学園の卒業パーティーで第三王子ジークベルトから婚約破棄を宣言される。 ジークベルトの真実の愛の相手、男爵令嬢ルーシアへの嫌がらせが原因だ。 国外追放を言い渡したジークベルトに、ヘレーネは眉一つ動かさずに答えた。 「国外追放ですか? 承りました。では、すぐに国外にテレポートします」

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

追放されたS級清掃員、配信切り忘れで伝説になる 「ただのゴミ掃除」と言って神話級ドラゴンを消し飛ばしていたら世界中がパニックになってますが?

あとりえむ
ファンタジー
【5話ごとのサクッと読める構成です!】 世界を救ったのは、聖剣ではなく「洗剤」でした。 「君のやり方は古いんだよ」 不当な理由でS級クランを追放された、ベテラン清掃員・灰坂ソウジ(38歳)。 職を失った彼だったが、実は彼にはとんでもない秘密があった。 呪いのゴーグルのせいで、あらゆる怪物が「汚れ」にしか見えないのだ。 ・神話級ドラゴン  ⇒ 換気扇の頑固な油汚れ(洗剤で瞬殺) ・深淵の邪神  ⇒ トイレの配管詰まり(スッポンで解決) ・次元の裂け目  ⇒ 天井の雨漏りシミ(洗濯機で丸洗い) 「あー、ここ汚れてるな。チャチャッと落としておくか」 本人はただ業務として掃除をしているだけなのに、その姿は世界中で配信され、人類最強の英雄として崇められていく! 可愛い元ダンジョン・コアや、潔癖症の聖女も入社し、会社は今日も大忙し。 一方、彼を追放した元クランは、汚れ(モンスター)に埋もれて破滅寸前で……? 「地球が汚れてる? じゃあ、一回丸洗いしますか」 最強の清掃員が、モップ片手に世界をピカピカにする、痛快・勘違い無双ファンタジー! 【免責事項】 この物語はフィクションです。実在の人物・団体とは関係ありません。 ※こちらの作品は、カクヨムと小説家になろうでも公開しています。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...