国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0024話「一から始める」

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午後の軽い手入れを済ませた江遠と王鍵は、それぞれの小型バイクに乗り、発生現場となった住宅街へ向かった。

郊外にある赤レンガ造りの一戸建て住宅が時代感を漂わせていた。

二車線の道路には左右と中央に品種が怪しい大きな木々が植えられ、薄い灌木は周辺の維持管理レベルの低さを物語っていたが、時間で育まれた樹木は居住区としての最低限の質を保っていた。

県域の遠方にあるこの地域は、近隣に工場があるため、県内の他のエリアより繁栄している。

しかし、それは「繁栄」ではなく「賑わい」ではない。

目には止まらない古い住宅街と新興の仮設建築が周囲を覆い、環境は依然として旧工業地帯レベルに留まっていた。

地域の主流ビジネスモデルである小さな商店は、古びた看板が並ぶ通り沿いに軒を連ねていた。

店舗の外観も陳腐で、買い物欲を刺激する要素は皆無だった。

これらのシャッターさえ手入れしない店舗は、カメラ設置の欲望すら持ち合わせていない。

市政整備は時間と共に停止したかのように見えた。

旧道は良好に維持されていたが、それ以上の近代化や改善はほとんど行われていなかった。

発生現場となった住宅街は周辺よりさらに寂びていた。

正面玄関には数人の老人が集まり、周囲を警戒するような視線で見守っていた。

他の二つの出入口はチェーンロックで閉ざされていた。

もともと利便性のための措置だったものが、現在では悪因となった。

「何者か?」

江遠と王鍵がバイクで門内に入るよう試みた時、老人が体当たりで道を塞いだ。

「警察です」と警官証を見せる二人は、身分を示した。

老人は眉をひそめ、「最近偽造警察証の事件が多いと聞いた。

君たちもその手の詐欺師か……」

「信じられなければ110番に電話してみればいい」王鍵が言い、続けた。

「我々は現場再鑑識のために来ている。

協力してくれたら署名だけすれば済むんだ」

老人はスマホを取り出す直前で一瞬硬直した。

「何?」

「中に入って現場を確認し、残された証拠を探してみよう。

その際、中に立って様子を見ていてくれればいい」王鍵が簡潔に説明した。

中国の刑事事件現場検証制度は、捜査機関が犯罪現場の鑑識活動を第三者自然人(見届け人)の前で行うことを義務付けている。

これはアメリカドラマなどで頻繁に登場する米国の司法制度とは対照的だ。

アメリカでは警察自身が証明書を作成し、現場録音制度によって警察の鑑識活動の公正性と規範性を自ら証明する方式を採用している。

一方、ドイツやロシアも見届け人制度を導入しているものの、それぞれ独自の形で運用している。

簡単に言えば、見届け人がいる国では、犯罪現場での採取物証には必ず第三者が立ち会う必要があり、偽証を可能な限り防ぐ仕組みになっている。

一方アメリカのような見届け人がいない国では、警察自身が自制し、偽証が発覚した場合その警察の関与した全ての事件に疑いが生じる。

実務上は不完全な部分もあるものの、王鍵と江遠は規範通りに業務を遂行していた。

実際、通りすがりの一人や二人を選ぶことは現場検証の見識制度の精神に反する。

その制度は、現場をある程度知り、刑事鑑定の理解がありながらも事件に関係ない人物を証人として選ぶことが求められるからだ。

さらに複数回現場を見守ってもらうなら理想的だが。

しかし現在、一般市民が制度を知らないことや証人が経済的補償を受けないこと、警察が忙殺されること、司法システムの要件が低い現状ではその要求は現実的ではない。

警察はむしろ指示に従い捜査を妨げず情報漏洩しない協力的な証人を選ぶ傾向がある。

早退した企業の定年未到の男性二人は適切だ。

彼らは警察官が証人に当たるより法的にも妥当だった。

玄関先に集まっていた何人かの男性たちは暇つぶしで来ていたのか、それとも凶悪犯罪現場への好奇心からなのか、若い二人を案じながら見送り、ようやく彼らが事件現場のある建物に入ると消えた。

王鍾は事務室から鍵を取り、警戒テープを簡単に外し、そのまま中に入る。

そしてドアを閉め直して着替えを済ませた。

一方、定年未到の男性二人は彼に指示されて壁際で立ち止まり、話さず動かず写真撮影も禁止された。

「どこから始めよう?」

王鍾は最初から参加するつもりではなかったが、江遠が意図を示したので付き従った。

江遠は周囲を見回し、ゆっくりと口を開いた。

「最初からやり直そう」

その言葉と共にシステムが半透明のインターフェースを展開した:

タスク:最初からやり直す

タスク内容:薛明事件現場で再検証を行い、手掛かりや証拠を得る。

江遠は数秒間システム画面を見つめた後、それが消えると頷いた。

「最初から?」

王鍾はその提案に驚きを隠せない。

そして江遠の耳元で囁くように言った。

「本当に必要なのか?」

「試してみよう」江遠が答えた。

彼は装備を広げ、玄関のシューズラックにあるグラスを取り出し、綿棒に水滴を含ませて軽く絞り、それを杯口に沿って擦り始めた。

王鍾は資格や経験では江遠に劣るが、内面的には彼の技術には信頼していた。

例えば指紋採取のような専門スキルにおいては、実力の差は一目で分かるからだ。

数秒間呆然と見つめていた王鍳だが、江遠の動きを見て言葉を失った。

通常の鑑識ではグラスを拭く際、綿棒を杯口に沿って一周するだけ。

その方法でもDNA採取は可能だが、あくまで簡易的な手法で能力不足による常套手段と言える。

しかし江遠の擦り方は王鍳が極めて稀に見るものだった。

彼はまず綿棒に水滴を含ませて軽く絞り、半乾きの状態にしてから拭い始める。

そして杯口の一点に焦点を当て、上下に綿棒を動かしながら均一な力を加え、三回から四回繰り返すことでDNA採取を目指していた。

一つの点を終わらせると、江遠は次のポイントを選んで同じ動作を繰り返し、そのグラスのDNA採取を完了させた。

この方法は従来の一周擦る方法より時間を要するが、採取確率は格段に高かった。

王鐘はこれまで江遠のDNA採取法を試したことがなかったが、その細かい動作から分かるように、江遠の技術レベルは隊内の鑑識員を遥かに超えていた。

例えば、半乾きの綿棒よりも乾いたものや水で湿らしたものを用いる方がDNA転移効率が高いという事実だ。

泥と水を使わないことがポイントだった。

北方人なら分かるように、綿棒はゴシゴシするスポンジに例えられる。

乾いているスポンジで乾いた肌を擦るとほとんど汚れが落ちないし、水で湿らしたスポンジだと滑りやすいだけだ。

半乾きの状態が最適で、同じく半乾きの肌を擦るときこそ最大限の効果が出る。

非北方人向けに説明すると、舌で例える。

干いた舌で干いた肌を舐めるとほとんど付着しないし、水で潤った舌だと滑りやすいだけだ。

半乾きの舌と半乾きの肌が最適な摩擦力を生むのだ。

江遠が特定の点を擦る方法は、周囲を回すよりも遥かに効果的だった。

北方人なら分かるように、定点で擦る(例えれば「ゴシゴシ」)と、長いストロークで擦る(例えれば「サクサク」)では落とせる量が雲泥の差があった。

王鐘は江遠の実力に感心し、黙って手伝うことにした。

刑務所科捜査班の痕跡検証部門で何年も働いていた王鐘は知っていた。

ある技術を理解できたり、思いついたり、正確に使えるようになったり、そして効率的に実行できるようになるまでには段階があるのだ。

例えば義務教育を受けた誰でもが分かるように、欧州幾何学の公理は5条しかないし、ニュートンの運動法則も百字程度だ。

授業で聞いたことは理解できても、問題が出されたときにどの公式を使うか分からないこともあるし、使えたとしても正確に適用できない場合もあるし、正確に適用できたとしても効率的に解けないこともある。

王鐘は現場検証に出ることが多いので江遠の細かい作業を見ていたが、その正確さと速さには驚きを隠せなかった。

しかし指紋採取の際は既に慣れていたため、二度目からはスムーズになったし、何より手伝うことが快適だった。

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