国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
99 / 776
0000

第0099話「銃に関わる」

しおりを挟む
江遠は証拠収集の段階に忙殺されていたため、まだ何も考えていなかった。

その半分黒い弾丸が証拠袋に入り込んだ瞬間、彼の頭の中で鈴が鳴った。

現代の警察官として「銃撃事件」という言葉は稀だった。

代わりに「涉銃事件」が使われるようになったのは、その程度を示すのに十分だった。

現場警備員たちにとって、ほとんどの場合、「涉銃」は単に銃器に関連するという意味で、実際には銃を使うことすらなかったり、ましてや射殺された事件などではなかった。

銃撃死の件数が年間数件にも満たない地域もある。

「涉銃」という言葉自体もグレード分けされていた。

2ジュールの玩具銃は別として、最も一般的なのは模造銃、次に空気銃、自制鉄砂銃、高級なら自制散弾銃、さらに上位...

「一般」でさえ最高だった。

最上位は古式銃で、その場合は重大事件扱いになる。

つまり、本物の銃器が関わった時点で、警察組織全体が命案として対応するのだ。

県警刑事課の弾痕鑑定書は黄ばんでいたし、技術員も内勤業務に回っていた。

しかし江遠が見つけたこの弾丸は本物だった。

これで柳景輝殺人事件は「本物の銃撃死」になる可能性があった。

証拠を収集した後、火場の反対側に立った江遠は片手で銃を構えるポーズを作り、向こう側を指差した。

弾丸が突き刺さった角度と位置から、殺害者は立位で坐位の李三秋の腹部を撃ち抜いたと判断したのだ。

弾丸は地面から30cmの洞壁に突入し、そこで砕けた。

江遠が周囲を探しても追加の証拠は見つからなかった。

この洞壁には土壌・岩石・植物・昆虫・菌類や苔など様々なものが存在したため、短期間で詳細を把握するのは不可能だった。

三脚とカメラを収めた後、江遠は柳景輝に近づいて叫んだ。

柳景輝は高所から景色を眺めていたが、ガイドの向こう側には来ていた。

江遠は手勢を制止した。

警察官ほど情報隠蔽意識が高い職業もない。

特に外部の人間と情報を共有するようなことはしなかった。

柳景輝は近そうに見えたが、江遠の元まで戻るのに十数分かかったようだ。

途中で転倒し、服も汚れていた。

それでも柳景輝は江遠の前に来てシャツを整えながら尋ねた。

「何か発見したのか?」

「中に入って聞け。

外に待ってろ」江遠は柳景輝だけを洞窟内に連行した。

外界から内部に入る際、視界が一瞬暗くなり、しばらくして慣れるまでだった。

江遠は弾丸を入れた証拠袋を持ち上げて柳景輝に見せた。

柳景輝の瞳孔が急膨張し、洞内外の光量差で目を細めたようだ。

「君が発見したのか?」

柳景輝の表情は平静だった。

まるで予想通りという態度だった。



福尔摩スのような推理狂は皆、他人が論理以外の証拠を提示することを許さない。

彼らは驚きに値する言葉だけを投げかける権利がある。

「カメラで撮影した証拠だ」

江遠がカメラを開け柳景輝に見せた。

柳景輝は弾丸の位置を見ただけでカメラを返し、火の向かい側に移動した。

彼もまた視線を火越えに向けながらゆっくりと語った。

「撃ち手は立って射った」

「そうか」

「ここにはまだ他の人がいる」

「え?」

江遠が柳景輝を見た時、柳景輝はこう続けた。

「李三秋は文化人で礼儀正しい隠居者だ。

もし犯人と二人だけなら、犯人が近づくと彼は自然に立ち上がり会釈するか、少なくとも身を起こすだろう。

しかし現在の状況では、まだ誰かが話している最中に犯人が入ってきた場合、犯人は上から下からの射撃ができる」

江遠は特に否定しなかった。

証拠に基づくのが彼の主義だった。

「じゃあどうする?」

柳景輝は打切られても不満を示さなかった。

むしろ江遠への好印象が増していたようだ。

この重要な証拠、吴瓏野人事件で三次も捜査に失敗したという事実は明らかに問題だった。

「私の提案は支援を呼ぶことだ。

人員を増やせば方針も変わる」

柳景輝が尋ねた。

「現地調査員か?弾痕鑑定士か?それとも銃器の検証か?」

江遠は一呼吸置いて続けた。

「銃器の検証に詳しい現地調査員がいれば最善だ。

この弾丸は下の実験室で調べる必要があるが、私はできない。

人員数は貴方次第だ。

人数が多いほど方法も変わる」

柳景輝が笑った。

「従順な人か?」

江遠は冷静に答えた。

「働ける奴ならそれでいい。

彼らがどう思うかは貴方の判断じゃない。

私の階級や経歴はまだ浅いし若い。

現地事情も詳しくない。

技術員たちが協力してくれれば理想的だが、そうでなくても自分で調べるだけだ」

現地の現場調査官たちは能力も普通だろう。

寧台県の彼らのようにトイレの証拠さえ見つけられないような者も多い。

山奥で複雑な状況下でも100点を目指すなんて期待できない。

「控衛在此」の言葉が頭をかすめた。

多くの人々は一生に一度も100点を取れないのは、彼らが意図しないからではない。

柳景輝は江遠の考えを読み取りながら真顔で言った。

「欲しい人を具体的に言えばいい。

資本があるから資源は確保できる」

江遠は周囲を見回しながらシンプルに答えた。

「現地調査員なら従順な奴二人、銃器の検証に詳しい者一名。

洞窟内外を徹底的に調べて欲しい。

山辺の方にも行ってみてほしい。

それから犬も連れてこい。

捜索犬や死体探知犬で周囲を探してみろ。

何か散らばった遺体や断片があるかもしれない」

江遠から見れば、この洞窟の規模なら昼夜一回の捜索は既に詳細に行われたと言える。

さらに二日間かけて掘り返すことも可能だが、銃弾という決定的な証拠が発見された以上、捜査の方向性自体を変えざるを得ない状況だ。

しかし、そのような判断は柳景輝の自然な権限範囲内のこと。

江遠としては触れない領域である。

柳景輝もこれで頭を整理し、頷いて洞窟内のバッグから衛星電話を取り出し、ガイドに一緒に電波を探すよう指示した。

短時間後、柳景輝が戻り、頷きながら報告する。

「今晩には救助隊が到着します。

警視庁が人員を組織中で、明日明後日にも一組来ます」

「今晩の救助隊…山下派出所じゃないのか?」

江遠が尋ねる。

「違う。

私は現場検証ができる部隊を要請したんだ。

立元市はすぐそばだから、警察署と区警備本部から人員を動かすのは早い」

柳景輝が勢いよく続けた。

「次はどうする?手伝うか?」

「洞窟の底をもう一度捜そう。

午後発見した遺体の位置だ。

江遠が見つけた銃弾は洞窟下部にあった。

都市住民の住宅で例えるなら、腰掛とコンセントの間くらいの高さだ」

その場所は日常的に通る人々が詳細に観察する機会がない。

さらに陰湿な環境ゆえに、多くの生物が棲息するエリアでもある。

柳景輝が「うむ」と頷き、洞窟の中心部で火を焚く場所に立ち、静かに様子を見守る。

「銃撃後に李三秋は慌てて外に出たのか、あるいは引きずり出されたのか。

ここでの違いは重大だ。

夜間睡眠時に洞窟があるかどうかが生死を分ける」

柳景輝が江遠を見る。

「なぜ彼らは李三秋に銃撃した?」

江遠も同じように柳景輝を見つめる。

拍手喝采するような相手ではないため、柳景輝の興味は急速に冷め、「この位置まで来ている人物は、登山者以外なら問題ありだ…しかし、殺人後に銃を用いたのは凶暴性が強い」

「刃物で殺す場合、加害者が負傷しやすいはずだ」江遠が法医の視点から付け足す。

ネット動画では犯人がナイフで襲ってきたら逃げるのが最善策と説明される。

しかし逆に、ナイフを振りかざして無防備な人間を殺そうとする場合、その人物は容易に反撃され、致命傷を与える可能性がある

法医が刃物による死体を調べる際、最初に区別する傷は防御傷だ。

ある遺体には20~30個の防御傷があった例もある。

つまり、ただ一人の人間を殺すために数十回も攻撃しなければならない場合、加害者は疲労しやすいし、ミスが生じる

要約すると、人間は簡単に死なせるが、他人を殺すのは容易ではない。

無傷で殺すには戦略が必要だ

柳景輝が江遠の意図を理解し、「我々は先に火の周りに第三人物の存在を指摘したが、加害側の人数が多いことを示している。

李三秋が座っている姿勢からも、襲撃を予期していなかったことが分かる。

多数対少数、準備万端でナイフと銃を使うことから、少なくとも弾薬に困らず射撃技術にも長けている」

「まあね」江遠は証拠がないため反論できないが、柳景輝の理論を否定しない

「それは些細な問題だ」柳景輝が火の上を指で叩くようにして続けた。

「重要なのはなぜこんなに簡単に遺体を捨てたのか。

私は崖の上まで登って見たが、山奥へ100メートルほど進むと救助隊も来ないだろう。

警察が捜索範囲外になる」



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...