国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

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第0108話「致命的なホルモン」

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「帆子、行こうよ、指紋を押せ」と同村の知り合いが五金店に駆け込みながら呼びかけた。

待つだけだった。

陳帆は目をこすって奥から出てきて眉をひそめて言った。

「指紋なんか押すか、馬鹿やん。

俺は犯罪者じゃないんだぜ、なんで押せっていうんだよ」

「町役場の通達見てないのか? 店を開いてるなら押せと。

押さなきゃ……ってことにはしないけど、店が閉じられるかもしれないからな」同村の知り合いは笑みを浮かべて言った。

「あいつらのデータベースに個人情報売られてるんだぜ。

毎日『ミャンマーで商売するように』とか騙すメール来てんのに、指紋押せってのは大したことないだろ」

「詐欺師は俺に『西港で海鮮ビジネスやれ』と誘ってるんだよなあ。

一ヶ月で一年分の儲けになるんだぜ」陳帆はぼんやりとした口調で話し、体が重くて動きたくもなかった。

「海鮮生意気だぜ、ブーコン(ボイル)ならまだしも。

行くか? 行かないよりはいいだろ」

何か言葉に触れたのか、陳帆は尋ねた。

「本当に押せばいいんだよな?」

「公務員や公的機関の人は全部押したぜ。

俺たち店屋連中は、彼らのリストにあるから、行くしかないんだ」同村の知り合いは一人で並ぶのが嫌だったのか、誘いを続けた。

「今行かないと、後で家に来られるかもしれない」

「行かねーけど、店が閉じられるとでも?」

「お前の店に消火器一個足りないから閉じられるんだぜ」同村の知り合いは以前のことを持ち出した。

陳帆は消火器不足で何回もエビチリを食べさせられたのだ。

陳帆はうなずきながら考えた。

「じゃあお前が先に行って、俺はもう少しだけ寝るからいいか? あとで行く」

「昨日の夜に何してたんだよ?」

「ただ一局勝ちするための睡眠を確保しただけだぜ。

ほぼ徹夜だったんだ」

陳帆は奥の工場に戻って車床を見つめていた。

彼の五金店は父から継いだもので、古い前店後工房方式だった。

ちょっとした技術があるし、修理や訪問サービスもできるし、老客に先延ばし払いができるから、近所ではそれなりに繁盛していた。

陳帆が儲ける仕事は一つだけじゃない。

最も儲かっているのは空気銃を作る技術だ。

通常は高圧式のもので鳥やウサギを撃てる。

ただし売り物の主なポイントはM16やAK-47のような銃器の形を模した点だった。

でも撃つ機能も必要だから、それがないとレゴの方が買う方がいいだろう。

なぜならレゴより安価に本格的なものができるからだ。

しかし陳帆が得る収入は減ってきている。

以前は作った空気銃をバラして宅急便で送り、混ぜて機械部品を追加すればよかったのだ。

今は荷物検査が厳しくなっていて、各地の仲間たちは教訓を学んでいたし、買う人が減っていた。

偽造銃はいつでも違法事件になるので、仕事も減る一方だった。

陳帆は気楽に思っていようとも収入は減っているのは確かだ。

そのため叔父たちの狩猟グループに加わることになったが、それは家族伝統を継ぐことにもなった。

でも何度か参加した後、見た光景には驚いた。

血を見慣れた連中は本当に野生的だった。

奥の工場に戻ると陳帆は車床を見つめていた。

自分の指紋が犯罪現場に残っていないとは限らないかもしれない。

今は残ってないけど、いつか残る可能性もあるから、提供しない方がいいんだよな……

本当にやむを得ないなら指紋を消すのも手だ。

陳帆はかつてある大物が硫酸で指紋を消した話を聞いたことがある。

その痛みは言うまでもなく、手の機能まで損なう可能性もあった。

しかし効果は抜群だった。

それ以降何事をしても自由に行動できたし、何も怖くなくなった。

車床で指を削り続けるのも一つの策だ。

少なくとも今は指紋が消えているので警察のデータベースには登録されない。

ただしこれは非常に危険な行為だ。

逆に隠れていたことがバレて疑われることも恐ろしい。

陳帆は車床を見つめながら考え込んだ。

しばらく黙考した後、彼は決断を下す。

三十六計走為上計と心の中で唱えながら「とにかく逃げ出すしかない」と思った。

もし本当に何か問題が起きたら警察の手に落ちて取り返しのつかない事態になるかもしれないからだ。

その後で誰かに問われたとしても「指紋採取を嫌った」などと言えば済む話だ。

一方、指を削ること自体は今すぐやる必要もない。

逃亡の妨げになるし、痛みが酷いと手を傷つけて得不相失だ。

陳帆はまだ将来の生活を技術で支えつつ遊びたいと考えていたのだ。

ドン ドン ドン

前からドアを数回叩かれる音がした。

同時にインターホンが鳴りながら「おーせん? おーせんはいるか?」

という声が響く。

陳帆は一瞬ためらったがスマホで監視カメラの映像を確認すると制服姿の何人かが店内を行き来しているのが見えた。

特に言うことはない。

彼はそのまま無関心にふり切る。

同時に前店の会話もスマホから聞こえてくる。

「人がいないのか?」

「電話かけてみよう。

看板に書いてある番号にかける」

陳帆は制服たちの会話を聞きながらニヤリと笑った。

別のスマホを取り出して飛行モードにする。

「繋がらない」

「じゃあ次の店に行こうか」

陳帆の口角が自然と上がった。

彼は内心で「そうこその」と呟く。

その考えを固めた直後、高身長の一人が「俺がボスの指紋をスキャンしてみよう」と言い出した。

監視カメラを通じて会話が聞こえてくる。

「どこから取る?」

「レジ台だろう。

そこは間違いなくボスの指紋があるはずだ」そう言いながら高身長の男が前に進んで作業にかかった。

陳帆は自分の手を見つめつつ車床を眺めた。

ふと「10本の指を無駄にしてしまった」とため息が出た。

前店では江遠がレジ台を一瞥しただけでその一枚の指紋を認識した。

数百人規模で全郷の2万人に指紋採取させた目的は、まさにこの一枚だったのだ。

彼にとって今はこれが最も慣れ親しんだ指紋だった。

「よし次の店へ行こう」江遠は無表情に店内から出て行った。

現場には4名の警察がいたが犯人を捕まえるのに十分な数だ。

しかし状況不明で周囲の同僚も馴染みがないため江遠は何も言わずに黙々と行動した。

店を出た後少し歩くと江遠はスマホを取り出して柳景輝に電話をかけた。

一刻も早く文郷最繁盛商店街の両端が封鎖された。

柳景輝は防弾チョッキとヘルメットを着用し、一隊の特攻警察と共に五金店の裏庭へ直撃した。

彼が先頭に立つのは恐れなかったが重要な容疑者を後ろから見張るだけでは不安だった。

一方江遠は群衆の中に混ざり込み一般市民と同じように首を伸ばして観戦していた。

犯人が銃を持っている可能性があり且つ威力の大きい制式拳銃だとすれば、警校でさえ訓練されていない江遠が現場封鎖に立ち会う資格すらなかった。

「警察!」

「動くな!」

「両手を上げろ!」

「降りろ!」

突然の叫びと命令が響き渡った。



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