国民の監察医（こくみんのかんさつい）

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第0232話 猿を放つ

整容した女の子が手を振りながら走り出すと、息も絶え絶えでようやく後ろを見た。

その先には四・五メートル幅の道路があり、空虚な空間に並ぶ街灯だけが無休で光を放っていた。

その下には読書する子供すら一人もいない。

女の子はため息をついたが、すぐに脇道を見るように疑いの目を向けた。

動医の校舎はそもそも偏僻だった。

動物を飼うから匂いや音があるのだ。

この道も彼女が何度も通ったものだが、今は不気味で危険に感じられた。

しかし疲れきっていたため、もう走る気が起きなかった。

地面が汚れていたので街灯に手をつけて立ち上がり、誰か来ないことを確認した。

本当に逃げ切れたのか？

彼女自身も信じられなかった。

あの鋭い目つきの警察官が疑いの眼差しで見ていた記憶があるからだ。

きっと息を切らせて追いかけてきたはずだと想像した。

勝ち誇ったような表情。

得か損か分からない心理。

もしかしたら自分の感覚が狂っていたのか？

彼女は考え始めた。

ドン。

スマホが二度鳴った。

その音で思考が途切れた。

「もしもし」電話に出た女の子は小さく尋ねた。

「はい、どちら様ですか？」

「無事に出てきましたよ」息を整えて歩き出した彼女は言った。

「ああ、あの辺から出たのか？」

相手の男の声が弾んだように軽くなった。

その声色は好ましかった。

女の子も気分が晴れたようだ。

低い声で尋ねる。

「あなたはウロンさん山に着きましたか？サルを放生しましたか？」

「まだです、もうすぐでしょう」男の話しが変わった。

「貴方の方はどうですか？何か情報がありますか？」

ここで女の子は緊張した。

慌てて告げる。

「彼らが私を見つけようとしていますよ」

「なぜですか？」

「彼ら……私の指紋を発見し、それと照合できると言っています」

「前科はありますか？」

男の声も焦り気味になった。

「つまり、私の意味は、もし前科がないなら彼らは見つけることができないということです。

指紋照合にはデータベースに登録されたものが必要だからです」

女の子が激しく首を振った。

周囲を見回してから告げる。

「うちの学校は指紋カードシステムを使っています。

朝礼や授業で押すんです」

「そう……」男もしばらく黙り、低い声で続ける。

「こうなったら貴方来てください。

まずは遠くへ遊びに行きましょう。

風向きが変われば帰るのもいいでしょう」

女の子はためらった。

「それでいいですか？」

「どうして悪いですか。

貴方は他に手があるんですか？」

「それ……私はまだ受験勉強を続けたいのです」

「受験……どこでやるにも同じです。

それに、磨いてから切るのも効率的ですよ。

遊びに行ってからしっかり勉強すればいいでしょう。

とにかく明日まで待ってください。

来てくれれば良いですね。

場所は知っていますよ」

男の子は声を少しきつくして「もういいだろ」と電話を切った。

ネットアイドル顔の女の子がまた涙を流し、頬を拭きながら路灯に映る自分を見つめ直すと、メイクを少し直して学校正門へ向かっていった。

校門前には防犯用の長柄鋼鉄棍を持った警備員たちが胸を張り腹を引っ込めて巡回していた。

元々彼らは弱々しい印象を与えていたが、鋼鉄棍を持つことで一変した。

まるで『ふるとばおじいさん』に棍を持たせたような奇妙なコントラストだ。

大学生とサルの戦闘力を考えれば、この鉄門を突破できる者はほとんどいないだろう。

ネットアイドル顔の女の子はためらったがすぐに出口方向へ向かう。

するとそこにも警備員が立っていたので、彼女は再び宿舎エリアに戻る。

しかし今度は警備員に見つかり「緑の服の子！止まれ！」

と叫ばれ、彼女は無視して走り出した。

その瞬間、明らかだった。

警察も追いかけてきたが、彼らは鋼鉄棍を突き出し素早く彼女を倒した。

女の子は転んで掌を擦り傷つけ、周囲の学生たちに見られながら涙を流す。

「やめろ！野蛮だ！」

と男子たちは群がるが、警備員は「お前らどこのクラスだ？」

と尋ねると、彼らの気勢は消えた。

「お前の問題じゃない。

こんな扱いはおかしい」と抗議する。

「警察です！止まれ！」

周囲が固まる中、女の子は髪をかき上げて走り出した。

警備員たちは勇猛に追いかけると、鋼鉄棍で彼女を倒した。

彼女は軽傷ながらも周囲の視線に耐えられず泣き出す。

「お前らどこのクラスだ？」

と警備員が聞くと、男子たちの意気は消えた。

「お前の問題じゃない。

こんな扱いはおかしい」と抗議する。

後ろから追ってきた刑事が息を切らせながら確認すると、容姿が江遠（けんべん）の電話での説明に合致し、周囲で手錠をかけた。

手錠が付くと犯罪者として扱われるため、学生たちも小声で話すのが減った。

「解散だ。

これは『盗んだサル』事件の容疑者だ」刑事は適宜言葉を選んで言った。

清河学院のような豪華な環境では、美しい女性を逮捕するのも危険だが…

後者は少し口上が利き煽動性があるため、自分は隊長に助けを求めなければならなかった。

その時こそ真の恥辱が始まるのだ。

「どけろ。

未解決の容疑者を捕まえなきゃならないんだ。

早く帰って取り調べに戻るぞ」別の刑事も到着し、二人で女性を人波から護送した。

インフルエンサー顔の少女は最初は抵抗する気持ちはあったが、手錠と警服に圧倒され諦めた。

疲れたわ。

もうやだ。

結局金銭問題なら親に返済させればいいんだし。

清河学院派出所。

取り調べ室。

区刑事課は派出所の取り調べ室を借りて、犯人を早く取り調べた後、次の容疑者を逮捕するためだった。

二人の刑事は簡易的に準備を整え、強制的な取り調べを計画した。

老練な刑事の三本柱である「聞き込み」は最近効果が薄れている。

現代では非接触犯罪が増え、一般人もテレビや映画で皮毛程度の知識を得ているからだ。

しかし未熟な若い女性相手なら何でも有効だった。

老練な刑事は冗談も言わず直ちに取り調べを始め、厳粛な口調で「名前は？」

と尋ねた。

「郭雲霞です。

皆さんの身分証は確認済みです」

「年齢」

「21歳」

取り調べの流れが進むにつれ、郭雲霞さんは次第に沈黙するようになった。

長年の取り調べで培われた圧迫感は一般人には耐えられないものだった。

多くの老練な刑事は慣習犯から情報を引き出すのが好きだ。

特に予審官制度があった時代では、予審官の重要な仕事の一つが未解決事件を掘り起こすことだった。

そして彼らが最も重視したのは累犯者だった。

累犯や慣習犯は取り調べの雰囲気に慣れ親しんでいるため圧力に強い。

そのため事件を隠蔽するのだ。

都会のOLならどうだろう。

口上巧者の彼女でも、無窓で時間も分からない部屋に入れられれば、一日も経たないうちに何を聞かれてでも答えるようになるはずだ。

郭雲霞さんはまだ共犯者が一人残っているため、取り調べを急がせられたからこそ引きずり出されたのだった。

もし少し放置していれば、その場で問題を口走るところだったかもしれない。

実際、取り調べの刑事は彼女に最大限の圧力をかけなかったが、郭雲霞さんは次第に耐え切れなくなってきた。

彼女の恋人の所在について尋ねられた時、彼女は大声で叫んだ。

「一人で賠償すればいいわ！四匹のサルならどうせ殺人未遂でもないでしょう？」

刑事たちは彼女の家庭状況を事前に調べていたため、諭すように言った。

「これは60万円ですよ。

事件の規模が大きいため、金銭での解決は不可能です」

「もしそうなら……」郭雲霞さんはそこで言葉を切った。

目を見開いて叫んだ。

「冗談ですよね？サルっていくらよ？」

刑事は彼女を見て平静に言った。

「値上がりしたんだよ。

恒河猴の市場価格は15万円からだ。

運賃や取引コストを加味すれば16～7万円になる」

郭雲霞さんの目が丸くなった。

「嘘でしょ？そんな高価なサルどこにいるの？」



「どこまでこんなに値上がりするんだ」

「そういうもんです」刑事は直截に答えた。

「今になって、なぜこんなに多くの人が君を追いかけてるのか悟ったか？この事件は今年私が受けた窃盗金額最高の事件だ。

おそらく7年以上の刑期になるだろう」

刑期に関する説明は少々過大だった。

初犯、特に明らかに無知な状態で共犯者となった場合、女性の場合には減刑されることが多い。

ただし1～2年で出られる可能性は低い

郭雲霞の身体が自然と震え始めた

21歳で専門学校卒業試験を突破し大学院進学か公務員試験かを考えているような若い女性にとって7年の刑期など想像すらできなかった

彼女は以前さえも3年勤務期間か5年かで悩んでいた時期だった

「わたし……わたしは窃盗なんかしてない。

ただあのサルたちが可哀想に思えただけ」

郭雲霞は弁解を試みた

「それからどうした？」

「それで、放すことにしたの」

「誰々と？」

刑事がペンを走らせながら尋ねる

「わたし……わたしと阿偉、劉偉」

「劉偉とは何者か？」

「彼氏よ」

「つまりあなたと劉偉でサルを盗んだのか？」

郭雲霞は一瞬迷った末に告白した「わたしどもが決めて放すことにしただけ」

「誰がサルを盗むことを提案した？」

刑事が重ねて尋ねた

もし郭雲霞の意思ならこの事件では彼女が主犯で劉偉が共犯者となる

主犯と共犯者の違いは数年の刑期差になる

もちろん全員が主犯という可能性もある

郭雲霞はようやく悟ったように低く言った「劉偉が『放すと言った』」

「決めて放すならなぜサルを荷物箱に入れた？」

「なぜなら……なぜなら劉偉が『この学校の裏山では生きていけない、いずれ捕まえられるだろうから本当の山に移す必要がある』と主張したからだ。

それでわたしどもはそれを運び込んで吴瓏山に放生するつもりだった」

この時点で刑事は郭雲霞を騙されたことを確信した

そこで「具体的な手順を説明してくれ」と指示した

「実験室でサルを捕まえ、鎮静剤を注射して麻袋に入れ荷物箱に入れた」

「どうやってドアを開けたのか、どのようにサルを捕獲したか詳細に話せ」

警官の命令は次第に直接的になっていく

郭偉霞が話し出すと途端に涙声になった

彼女が泣き止んだ頃刑事は再び質問を続け「あなたは事前にサルの価値を知らなかったと言っていたが、今やそれを知った。

君の彼氏は知っていたと思うか？」

郭雲霞は驚いて目を見開いたがすぐにまた涙を流した

その間審議室の監視室では江遠と清河学院の校長が画面に映る様子を見ていた

校長は画面から目を離せないで何を考えているのか分からない表情だった

江遠は彼を見てふと興味を持って言った「吴瓏山には恒河猴はいないだろう」

自分が吴瓏山に滞在した時期の記憶をたどりその生態について調べていたからだ

校長が重々しく頷いて答えた「吴瓏山の優占種はヒマラヤオットウザルでその亜種には峨眉山サルという種類があり体格も性格も凶暴な」

「そうすると放生した恒河猴は生きられないだろうね」

校長がため息をつき恥ずかしさを感じながら言った「我々の教育に欠点があるわね」