国民の監察医（こくみんのかんさつい）

きりしまつかさ

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第0286話屠殺場のオーナー

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柳景輝は人海戦術を好まない警察官ではなかった。

しかし一来二往と繰り返すうちに、長陽市刑捜隊の人員まで約150人に達していた。

柳景輝がわざわざ電話で余温書に状況を説明し、資源を浪費していないことを示したのはそのためだ。

しかし余温書はまったく構わず、むしろ大盤振る舞いのように宣言する。

「命案の未解決事件を扱うなら、100人超も何ともないさ。

破りゃいいんだよ、千人も使わせたっていいから。

お前の責任にならないように、私が調整してやる。

安心して使ってろ。

もし無理だった場合、次のお食事会で罰ゲーム三杯だ」

柳景輝はその冗談めいた返答に笑いながら電話を切った。

余温書の言葉は明確だった。

人員投入は許可だが、解決が条件だ。

解決できればさらに増やしても構わない。

しかし解決しなかった場合の問題点も柳景輝は理解していた。

人海戦術を嫌う理由の一つがそこにあるのだ。

多くの人員が労力を費やした後に、ロマンチックな推理話や楽しい仕事談義をする余裕などないからだ。

問題は柳景輝の推論自体も必ずしも成功するとは限らない点だった。

特に各方面の連携が不十分な場合、彼の本質を見抜く推理は検証される前に自然消滅してしまうことが多かった。

確かに柳景輝もいくつかの大規模事件を経験した人物ではあるものの、そのような案件には必ず核心となる指揮官が存在し、通常は参謀役としてしか動けないのが現状だった。

多くの県警の上級警部補も同様で、現場に赴いた際には様々な提言ができるものの、実行するか、具体的にどうするかは地元刑捜隊の判断次第だ。

省庁の幹部である彼が人事や予算を管理できるわけでもなく、単に仕事をしたいだけでは必ず障害が立ちはじける。

多くの現場責任者は言葉は美辞麗句だが、案件が自分の許容範囲を超えた場合や資源投入量が心理的限界を超えれば、前々の約束も無効になる傾向があった。

しかし今回は余温書が本当に権限を委譲した。

ただし柳景輝にはではなく江遠に向けたものだった。

柳景輝は江遠を見つめた。

その男は驚くべき方法で長陽市刑捜隊の支隊長を折伏していたのだ。

彼が手掛けた案件の大半は、嫌疑者の供述なしで起訴できる状態（零口供）であり、特に命案ではほとんどが確実な証拠に基づいていた。

そのような江遠は刑事課長たちから自然と信頼されていた。

一方柳景輝の推理はしばしば曖昧なものだった。

検察側から追加調査を要求されるケースも多かった。

「今日はこれで終了だ。

江遠、ゆっくり休んで明日良いニュースが聞けるといいね」柳景輝は羨望の眼差しで江遠を見やった上で配慮の言葉を添えた。

命案未解決事件は業務量が無限にあり、提出すべき書類も束単位だ。

しかし柳景輝は江遠にはそのような作業をさせなかった。

汪遠（※原文の「汪遠」はおそらく「江遠」の誤記と推測）は柳景輝の机上の文書を見やると、相手の立場に配慮した提案をした。

「午後ずっと移動していたからね。

報告書くらい書いてあげよう」

「えっと……」柳景輝は江遠が書類作成に不慣れかもしれないという懸念でためらった。

江遠が隣に座り、報告書を手に取って二度見ただけで、サッと書き始めた。

書き終えると柳景輝に渡し、また別の報告書を取り出す。

柳景輝は驚きの目で一通り見た。

予想外にも素晴らしい内容だった。

柳景輝は江遠を見つめ、「君もこの手を練習したことがあるのか？」

と尋ねた。

「うむ……学生時代には少し触れていた程度だ」と江遠は返す。

自分が『公文書作成LV4』というスキルを得たこと、柳景輝の八倍以上の能力を持っていることを口にできない。

柳景輝は報告書を二度読み返した。

彼は江遠がとても上手だと感じていたが、誤字脱字を見つけることができなかった。

公文書とは些細な飾り気もないものだ。

特に普通の公文書なら既成のテンプレートに従って作ればいいだけのこと。

しかし公文書は本当に重要な決定や決議、証拠となるものなのだ。

その重要性を軽視するならば未熟者と見なされる。

「凡庸の中に真実を見出す」という言葉通り、文字の力が最も現れるのは、経験豊富なベテラン公務員でない限り書けないものだ。

現場警察は大抵文章が粗い。

上手に書けるのは市局や省庁レベルの者たちで、それは必須スキルと言える。

王伝星や唐佳のような警官たちは学歴も高く、学習意欲があり、環境にも恵まれているからこそ公文書作成の達人なのだ。

江遠のようには柳景輝が偏見を持たないわけではない。

もし優れた学生なら県庁に勤めるはずだが──この男は実家のある江村出身で帰郷組みだったのだ。

柳景輝が息を呑んで江遠に尋ねる、「君の『少し触れていた』という程度、どのくらいまでなのか？」

江遠は隠さずに答えた。

「現場調査のレベルかな」と。

彼は犯罪現場検証LV4で経験値を積み重ねている。

公文書作成スキルは習得していないが、偶然手に入れたLV4はほぼ同水準だ。

柳景輝が息を吐きながら報告書を江遠に投げつけ、「やってみなよ」と言った。

「僕も全ての種類は書けないんだよ。

いくつかは書けないものがある」

江遠は選別しながら六枚の報告書から二枚を取り、さらに一枚残して「この二つだけ書いてみよう。

問題があればまた言うよ」と言った。

「了解だ」柳景輝はその様子を見てほっとした──まさか全てに精通しているわけではないのか……と思ったが、すぐに反芻する。

「これは公文書作成の高度な応用で、目の前で断言を避けているのか？」

しかも基準がないという状況なら「柔軟に対応できる」ということになる。

つまり権限を持つということだ。

地方公務員の権限はペン先から流れ出てくるものなのだ。

柳景輝はさらに深く考える──江遠が公文書をこんなに上手に書けるのは、申請して権限を得たからだし、また権限を使っている。

そして責任回避の理由も用意しているのか……。

……

江遠はすぐに休息に戻った。

柳景輝の仕事を手伝うのは活躍するためでもあり、自分のスキルを活かす機会でもある。

同時に専門捜査本部内外の状況にも触れるのだ。

満足感を得た江遠はもう興味を持たない。

彼は案件に時間を費やすことを好むのだ。

深い眠りについた。

目覚めた時間、江遠は招待所でしばらく呆然といた。

最近泊まっているホテルの条件は少し劣っているようだ。

もし毎回死んでくるのが各社の社長クラスなら、生活水準が高くなるだろうに。

朝食は大湾村特産の豆腐料理。

大きな鉢で盛り付けられ、具材入りのスープと共にパンと小菜が添えられる。

全て自由に食べられるが品数は限られている。

味はまあ普通だが、それなりに食べられる程度の特色と言えるだろう。

柳景輝は本部を現地の派出所へ移動させた。

この大規模な集落にある派出所も業務は非常に多忙だ。

特にこのような大きな町や村の派出所では数十人規模の職員が毎日忙しく働いており、さらに半分の廊下スペースを占められたら不満に思うのは当然のことだろう。

しかし柳景輝はそれ以上気にする余裕はない。

出張中の警官から届く情報が多いということは、この案件で逮捕と取り調べの段階に入ることになる可能性が高い。

その場合、最低限の設備が整っていないと証拠チェーン自体が疑問視される。

派出所側も不満げながら協力し始めた。

午前中頃には重要な情報が伝わってきた。

「屠畜場の経営者が見つかったらしい。

前方の同僚によると、この男は何か知っている可能性があるようだ。

現在説得して帰国させようとしている。

午後の便で」

派出所に用意された小さな事務室で柳景輝は興奮を抑えながらこう述べた。

11年前の未解決事件がついに進展した状態にある。

屠畜場経営者が本当に問題を抱えているなら、この案件はほぼ解決したことになるだろう。

仮にすぐに犯人を捕まえることができなくても、長期にわたる逃亡追跡だけでも完璧と言える。

「抵抗はなかったのか？」

江遠が尋ねた。

「多少の言葉での反発はあるようだが、今では考えているところだ。

取り調べ室に入ったらじっくり訊く」

嫌疑者が動揺している場合、外で質問したり取り調べたりするのはリスクが高い。

通常は連行してから訊くのが一般的だ。

国内の取調べ制度において、一般人が取り調べ室に入った瞬間には抵抗しないという前提がある。

取調べ官が利害関係を説明し、日本の司法制度とアメリカとは異なることを理解させれば、弁護士が介入する前から多くの人は供述するだろう。

ただし黙秘する場合は逆に取調べ官が興奮するものだ。

その場合、重大な問題が隠されている可能性が高い。

些細なミスで殺人事件に関わるかもしれない。

かつては「予審」の時代があり、特に積年の未解決事件を業績と見なす際には取り調べ手法も変わった時期があった。

特に積年の未解決事件を扱う場合、取調べの方法が変化したのだ。

現在では予審はないため、屠畜場経営者が殺人を行っていなければ、飛行機で帰国させればほとんどの人は納得するだろう。

「しかし、護送中の嫌疑者に圧力をかけることはできない。

むしろ連日『大丈夫だよ、問題ない』と励ます必要があるんだ」

警察が最も笑顔を浮かべる瞬間は、結婚式ではなく、嫌疑者の護送の時である。

夕方。

屠畜場経営者は長陽市公安局の捜査本部へ直接連行された。

彼が手錠を付けられ、特に縛り紐（※原文此处应为“縛り紐”）を装着される際に、少々肥えた屠場の経営者が肉眼でその動揺を見せた。

「ただ質問するだけだろ？どうして手錠が必要なんだよ。

それにこの何とか……」

屠場の経営者は体を捩りながら、鎖がガラガラと鳴き出す。

「縛り紐は安全ベルトと思ってればいいんだ」柳景輝が返した。

その表情を見つめつつ、彼は直截に切り出した。

「お前が警察から呼ばれた理由、知ってるか？」

「金を要求するのか？」

屠場の経営者が警戒しながら。

「我々は警察だ」柳景輝が強調し、続けた。

「11年前の未解決事件。

覚えているか？」

「貴方はどこ出身の警察だ？」

屠場の経営者が反問した。

「省庁の柳景輝だ」柳景輝が身分証を提示した。

屠場の経営者は丁寧に確認し、数秒間呆然と見つめ、やっと口を開いた。

「ああ、タクシー運転手さんが死んだ事件か。

我々は貴方が殺したとは思わないんだろう？」

「詳細を説明すれば問題ないさ」

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