国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
328 / 776
0300

第0356話 消費者

しおりを挟む
江遠は偽札事件の捜査資料を一人で調べた後、近隣他県の報告書も閲覧し、黄強民に訪ねた。

「黄局長。

」江遠が新任の黄強民の部屋に入ると挨拶してから、状況を説明し始めた。

黄強民はただその呼びかけだけで心地よさを感じていた。

江遠の報告を聞いた後、考えながら言った。

「経済犯罪捜査部の事件でもできないわけではないが、偽札事件は関連範囲が広く解決が難しいものだ。

捜査に必要な移動距離も大きい」

江遠はうなずき、その点についてはあまり考慮していなかったため、自分のチームについて話し出した。

「うちの部下たちは最近暇しているんです」

「そうだろうよ、いずれにせよ借り物だからね」黄強民の脳裏が新たなチャンネルを切り替えた。

江遠の部下は長陽市のものも谷旗市から来た新任も、いずれも短期間しか勤務できないと感じていたため、フル回転で使わざるを得ない。

江遠は黄強民がどこまで考えているのか分からないまま、案件について話し出した。

「省庁の関与を検討したい」

「ああそのアイデアは良いね」黄強民は膝を叩いた。

偽札事件の核心問題は範囲が広すぎる点だ。

犯人である造作者と直接対面するのは初期段階では困難で、使用者や運搬者の取り締まりから間接的に近づくしかない。

そしてこれらの人物は県内だけでなく全国にわたって活動している。

寧台県のような小規模県警が、例えば使用者を逮捕するための旅費だけでも大きな負担になる。

しかし省庁が出動すれば、少なくとも経費と資源の一部は提供されるだろう。

省庁にとっては些細なことかもしれないが、県警にとっては十分に潤沢だ。

ただし一般的には県警が省公安機関を動かすのは難しい。

各省省公安機関の取り組み方は様々で、治安維持や密輸・麻薬取締りなど専門分野があるからだ。

刑事捜査は業務の一環ではあるものの、最重要課題ではない。

黄強民が県警長になっていても省公安を動かせないが、江遠が交渉すれば問題ない。

その日の午後、柳景輝が長陽市から寧台県に到着した。

柳景輝は普段の捜査より江遠と共同で働く方が楽しいと言っていた。

彼は省庁警官であるため、四級警部補という階級では昇進余地がほとんどない。

現在の地位を維持するだけでも精一杯で、仕事への情熱は案件そのものにある。

柳景輝にとって、江遠と協力して捜査するのは効率的だと信じていた。

普段通りに寧台県警に出勤し、黄強民らと挨拶した後、江遠と共に会議室で資料を調べ始めた。



四十余歳の柳景輝は清潔に整えられたシャツとスーツを着て、会議テーブルの向かい側で堂々と座っていた。

その姿からはかつての放蕩者としての影さえも読み取れない。

誰が彼の名前を知ろうとも、この場面から見る限り、明らかに凡人ではない人物であることが分かる。

柳景輝の前に置かれたファイルを見ながら、江遠はテーブル上の観葉植物を指で弄りつつ、無関心そうにしていた。

柳景輝が到着する前からその案件を調べていた江遠は、柳景輝の早さに驚き、そのまま議論を続けるために待機していた。

柳景輝もその点を理解しており、ページめくりの速度を速めたものの、重要な部分にはやはり目を通す必要があった。

この仕事では常にプレッシャーがつきものだ。

特に柳景輝のようなベテランにとっては当然のことである。

「ふむ……最近の偽造紙幣事件は十数件あり、一つの系列に属する可能性が高い」

柳景輝が最後のファイルを閉じながら言った。

「しかし一件も解決されておらず、逮捕された犯人は一人もいない。

つまり、その手口を使っているグループが複数存在しているということだ」

「被害者は全て小規模飲食店やスーパーの経営者で、偽造紙幣を受け取った際に怒って警察に通報したようだが、二十円単位の事件なので誰も真剣に取り組んでいない。

警察が通報を受けて捜査を始めると、既に犯人は姿をくらませている。

時間経過と監視カメラの映像から判断すると、複数のグループが関与しているようだ。

また、使用された二十円紙幣には五種類の冠号(※)があるという点も注目すべきところです」

唐佳は積極的に発言した。

彼女は柳景輝と以前共事していたためか、江遠の積案班に新たに加わった女性警官の一人として活発だった。

「二十円紙幣が消費者向けというのはどういうことですか?」

董冰も慣れたように質問を投げた。

彼女はこの場面で柳景輝とやり取りするようになじんでいたようだ。

柳景輝は二人からの質問に同時に答える必要があり、満足そうに腹を撫でながら言った。

「一つずつ説明しよう」

江遠の様子を見てさらに笑顔になった柳景輝は、「同じ時期に紙幣を受け取ったという判断は彼らの移動経路から導き出しました。

全ての被害者が通報したわけではないので、ある種の予測に基づいたものですが、後日再確認する必要があります」

「二十円紙幣が消費者向けというのはどういう意味ですか?」

柳景輝は唐佳の質問に答えながら続けた。

「偽造紙幣が流通しているというより、あくまで消費レベルでの使用を想定した物だと言えます。

これは私の見解です」

「つまり20円の偽札と100円の偽札の違いだ。

100円の偽札を使う人たちは、比較的小額な支出を好み、支払い時に返金される分が利益になる傾向がある。

一方20円の偽札は、直接使用したり、現金と一緒に混ぜて使うケースが多く、小額ゆえに気づかれにくい」

「でも現代人は現金を使うのが少なくなったんじゃない?」

柳景輝がうなずいた。

「道中ではまだまだ多いんだ。

ガソリンスタンドや路地裏の飲食店、スーパー、田舎町などネット環境が悪い地域ほど現金利用が多い。

特に高齢者が多い場所は現金取引が増える傾向がある…」

柳景輝の頭の中には複数の推理が浮かんでおり、どれも実行可能性が高い。

すると江遠が言った。

「監視カメラを調べてみよう」

柳景輝が驚いて笑った。

「田舎での取引だから監視カメラも不完全だし、この事件は複数県にまたがる。

各地の報告書も適切に処理されていない…」

「どれだけでもいいさ」江遠が笑って言った。

「使えるものがあるだろう」

「なんて陳腐な方法なんだよ」柳景輝は呆れながら江遠を見た。

「こんなつまらない手法で解決するなら、わざわざここまで来なくてもよかったんだぜ?」

二人のトップの視線がぶつかった。

部下たちも声を出せないほど緊張し、黙々と業務に没頭している。

すぐに数本の収集された監視映像が再生された。

江遠らは全員監視カメラの映像に注目した。

柳景輝はまだ到着したばかりで、この映像は王伝星たちが既に見た上で選別したものだった。

すると大画面に一斉に4つの映像が表示され、対比を生んだ。

「いつも一人だけだ」唐佳が指摘した。

「一度に1~2枚使うけど総額も低い」

董冰は負けじと反論した。

「全員マスクや帽子を被っているから準備済みで意図的な偽造だと分かる」

「彼らが1日中複数の場所を回って利益を得るなら、通報件数が少ないのはおかしいんじゃないか?」

柳景輝はため息をついた。

「だからこれらは最終消費者だ。

捕まえても何も分からないだろう。

重要なのは彼らのパターンを見つけて全体像を把握することなんだ」

「柳課長の考えは、より多くの最終消費者を見つけ出してパターン分析するということかな?」

江遠が要約した。

「完全に頼るわけではないけど、やはり手掛かりが増えれば偽造者を特定しやすくなる。

彼らはかなり隠れ身分だからね」柳景輝は映像を指して言った。

「これらの人間たちはずっと移動しながら活動していて、車両で追跡するのが難しい」

「スマホの位置情報を調べればいいんじゃないか?」

江遠が提案した。

「電話番号は…」柳景輝は自問自答するように続けた。

「道路監視カメラから探すのか?少し手間をかける必要があるかもしれない。

さっき見た車両の中にナンバーが撮影されていた気がする」

隣の警察官が即座に逆再生した。

「ここだ」柳景輝が画面の隅を指し示した。

「車両でスマホ位置情報を特定するのはいいアイデアだ」

「構わないよ」江遠はどちらかと言えば柳課長の積極的な関与の方が好ましいと考えていたので、その手間は省いてしまった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...