国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
592 / 776
0600

第0653話 ありがとうございました

しおりを挟む
正広局の夕食は川菜料理店で行われた。

味が良く、辛さも控えめだった。

国内に何種類もの料理があるにもかかわらず、四川省料理の普及力は群を抜いていると言える。

さらに、四川省料理の浸透力を高めるにつれ、使用される調味料や食材の普及度も上昇している。

多くの地方料理が地元外に出ると適切な具材を見つけるのが困難になるが、四川省料理にはそのような問題がない。

普通のメニューを選べば材料は入手可能で、融合料理を加えると「正統派」への許容範囲が高い。

北京のシェフ技術も見逃せない。

例えば甘酢醤油炒め肉丝だけでも素晴らしい味わいだった。

酸甜辛咸の複合的な風味が特徴で、付け合わせには玉蘭片(冬筍)を使用していた。

正統派かどうかに関係なく江遠は絶賛した。

江遠はこの甘酢醤油炒め肉丝に集中し、二杯の米飯を進めた。

他の大皿料理についてはさっと味見だけで済ませた。

最近は父親から送られてくる醬肘子や醬牛肉、水煮羊肉、卤鹅、焼鳥、ローストビーフなどで満足していたため、単なる肉塊への欲求は低下していた。

陶鹿が江遠の好物である甘酢醤油炒め肉丝をもう一皿追加し、ビールを勧めた。

「今回の事件は複雑極まりない。

記者に書かせれば数週間分の連載になるだろう。

法医学植物学……本当にすごい技術だね。

多くの案件で応用できると思う」

「制約条件も多いよ」江遠は法医学植物学を日常兵器として使うことを好まなかった。

「今回の事件が複雑だったからこそ、通常ならLV5やL6の技術で十分だったんだ」

陶鹿の趣味については江遠は興味を持たない。

陶鹿が質問を続ける前に江遠は「この案件にもいくつか疑点がある。

遺体を探す必要があるか?」

清掃員が遺体を切り刻みゴミ箱に捨てた。

そのゴミ箱は鉄製の蓋付きで、専用車両が自動的に廃棄物を収集する時間帯だった。

劉慧敏は廃棄物回収の時間を知り、いつも適切なタイミングで遺体を捨てるようにしていた。

最近の猛暑で周囲に気付かれることがなかった。

警察側にとっても遺体を探すのは困難だった。

ゴミ山を掘り返す作業の面倒さと苦労は比例しないのだ。

陶鹿が江遠の質問に答え「探す必要がある」と言った瞬間、隣で大食いしていた劉晟たち刑事たちは咀嚼を止めた。

彼らはすぐに推理チェーンを組み立てた。

遺体がゴミ山の中にある場合、遺体を探すにはゴミ山を掘り返さなければならない。

その作業に派遣されるのはおそらく現場の一般巡査だろう……この酷暑の中でゴミ山を掘る……その点を考えただけで皆食欲が失せた。



陶鹿は哄笑しながら慌てて杯を掲げた。

「まずはゴミ処理会社と調整して、彼らの一部と我々が出向く……とにかく事件は解決したからこそ、これだけの日数を過ごせたんだ。

そうでなかったら、ただ虚しく過ごしていたに違いない」

一同が軽く笑い合った。

江遠が咳払いしながら話題を切り戻す。

「もう一つ問題がある。

劉慧敏はどうやって王欣のスマホパスワードを知っていたのか」

「顔認証だ」劉晟は短く述べたあと続けた。

「だからこそ現代の生体認証技術は信用できない。

パスワードの方がずっと安全なんだ。

顔認証や指紋認証は自らを危険にさらすものさ」

江遠が否定的ではないように返した。

「劉慧敏は年老いた農村女性だ。

スマホを使いこなせただけでも立派なのに、顔認証でロック解除し、王欣の上長にメッセージを送れるほどまで理解していたのか?」

箸を下ろしながら劉晟が眉根を寄せた。

「特に王欣の上長は会社外の人間だから、詳細は把握していないはずだ。

でも劉慧敏と王欣は長い付き合いだから、何かしら聞いていた可能性もある」

陶鹿は首を横に振った。

「微信の閲覧や『突然の旅行』といった機能は、高齢者は思いつかないだろう。

スマホの操作自体が難しいのに」

劉晟が「彼女は娘?」

と尋ねた。

「そうだ。

彼女の娘が関わっている程度は我々の想像を超えていたようだ」陶鹿も平静に続けた。

「捜査中にこんな問題に出くわすのは日常茶飯事さ。

今日のようなケースなら、せいぜい量刑に影響する程度でしかない」

劉晟は即座に電話を局内の取り調べ中の刑事にかけた。

スマホの話をした刑事が自身のスマホを取り出しアルバムを開き、ある写真を見つけ出した。

「ふと気がついたんだ。

王欣の会社の壁に企業文化に関するポスターがある。

その中に階層表のようなものがあって、三级構造が明記されていた」

写真には瑞成設計の企業文化展示コーナーが映っていた。

そこには「フラットな組織構造」と書かれた宣伝用ポスターがあり、三段階の構造図が詳細に描かれていた。

江遠が指摘した。

「この点を重点的に尋問する必要がある。

監視カメラがあればより説明しやすい」

これは証拠関連の問題だ。

陶鹿は即座にその件を担当させた。

食事は佳い気分で始まったものの、途中から劉晟らが重苦しい表情になった。

翌日。

劉晟らはゴミ山へ向かうため出動した。

劉慧敏の娘は早くから取り調べを受け、新たな証拠を前に即座に崩壊した。

刑事たちの予想通りだった。

王欣スマホの顔認証機能は決して先進的ではなかったため、母娘二人が目を皿のように見開いて解錠したのである。

劉慧敏の娘も確かに22階まで降りていたが、彼女の目的は王欣のデスクで銀行パスワードを探すことだった。

王欣が独身であることを知っていたからだ。

しかし、瑞成設計のオフィスエリアに侵入しようとした際、通行止めをくぐろうと胡乱な言い訳をしてから、劉慧敏の娘は屋上に戻り分尸作業に加わったのである。



その後、劉慧敏の娘は王欣が借りていた家を訪れた。

彼女の言葉では「母と子はいずれ北京を去らなければならないから、何か身を守る金が欲しいのかもしれない」と語った。

これに対し、劉晟たちは驚いて聞き入っていた。

これは明らかに証拠が二重化されたことだ。

ただし、死体の特定が行われない限り、それらは使えないものだった。

当然、劉晟にも感慨に浸る余裕はなかった。

灼熱の日差しの中、ゴミ山ではゴミが山積みでその臭気も同様に堆積していた。

劉晟が隊を率いて進むと、猪のように泥沼に足を取られながら、彼自身の方が猪よりも腐臭を放っていた。

彼が限界を迎えようとした時、陶鹿から電話があった。

「俺はお前たちを捨ててないんだぞ。

今回の江遠選の事件では、最初にお前の大隊が残したものを推薦したんだ」と陶鹿は笑みながら持ちかけた。

「彼は二年前の万隆ガーデン下水道遺体事件を選んだ」

劉晟は足元のゴミを見やり、山並みを見上げてため息をついた。

「ありがとうございます」

前回甲状腺の半分を切除したが、今回はリンパ転移があるため内分泌科医が残りも切るよう勧め、さらにヨウ素131治療が必要と告げられた。

つまり二度目の手術になるという事実に、防御ラインが崩壊しそうだった……猫のように甘える気分ではない。

悪い気分の時は文字を打つ以外には何もできない……他のことは自分のコントロール外だ……

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...