国民の監察医(こくみんのかんさつい)

きりしま つかさ

文字の大きさ
670 / 776
0700

第0742話 養生局

しおりを挟む
十数メートルの高さを誇る単層工場内は、四十年前の区画分割がそのまま残されていたが、壁面はピカピカと清掃され、天井には通風に有利な石積みの装飾が施されていた。

内部はほぼ空室で生産用機械類はほとんど見当たらず。

床や壁はきめ細かく清掃されており、改修跡も確認できた。

少数の大容器が集積され、多くは埃を被りながら一部は漬物作りに使用されていた。

土壌を掘り返した一角には、並べられた十数体の遺体が確認された。

江遠らが数えると途端に驚愕が走った。

牧志洋は慣れた賛辞で「やはり北京だ」と前置きし、柳景輝は指折り計算しながら「十五体から始まった。

張麗珍の遺体を加えれば十六体だ」「不合理だよ。

埋設の方が水没より安全なのに、前後のレベル差が尋常じゃない」

遺体周辺に人が集まる中、柳景輝は江遠が誤判する可能性を危惧し注意喚起した。

江遠が立ち止まり低く「張麗珍の遺体は最初期で、こちらは進化形態か?」

「その差も大きい。

中央形態があるはずだ」と補足しつつ柳景輝は付け加えた「今はその点を口にしない方がいい。

現在の遺体数が周囲の神経を逆撫でするからな」

江遠が頷き大きく前へ進むと、長銃兵部隊の将校らと共に現場を指揮する副局长が報告した「我々は五人を逮捕し、彼らがこの埋設場所を告白させた。

他の場所にないか詳細はまだ不明だ」

短い一言で全てを包み込むように「分からない」を強調。

柳景輝が繰り返す「犯人が自発的に供述したのか?それだけの情報しかないのか?」

「埋設はこちらだけだ」

「この場所に埋めた遺体は特殊な身分か?防空壕内のものとの違いは?」

「彼らは骨を拾うんだ。

土葬して数年後に開棺し、骸骨を陶器類に入れて並べる……」

副局长が「骨集め」と発言するだけで周囲の理解が得られた。

国内では広西など一部地域で特殊な上塗り式墓参りを行うのは、彼らが骨集め葬を採用し、二次埋設時に風水の良い場所を選択するため。

これにより山奥での実施が可能になるという事情も関係していた。

牧志洋が「だから洞内の陶器に収めたのは拾い上げた骸骨か」と指摘すると柳景輝は「加四、二十だ」で会話終了。



副局长がうなずき、言った。

「ただし、容疑者の話では洞窟の中とここに埋まっているのは、ほぼ全員が重病の信者だったようだ。

『信者』という言葉はそのまま使う」

江遠は耳を傾けながら前に進み、遺体を見始めた。

防空壕の骨格たちよりは腐敗した半分の遺体の方がずっと親しみやすい。

白骨化した遺体は司法解剖医にとって大きな挑戦となる。

江遠にとっても同様だ。

白骨が状況を教えてくれる反面、情報量は限られる。

血と肉のある遺体は白骨より多くの情報を提供するという当たり前の事実だが、逆に言えば白骨化した遺体の方が解剖医の腕試しになる。

刑務所科捜査官にとって時間は永遠の敵だ。

時間は痕跡を消す。

遺体が新鮮から腐敗へ、そして白骨化する過程で失われる情報量は莫大だ。

江遠はまず遺体に触れないまま一具ずつ詳細に観察した。

8体の遺体を全て確認し、そのうち何体かの首元を開いた。

「現在のところこの8人中少なくとも4人は機械性窒息死です」

「絞殺ですか?」

柳景輝が即座に反応した

「ええ、非常に粗暴な方法で、隠す気はなかったようです。

4人の舌骨に骨折痕があります」江遠は手袋を外し言った。

「直接指で扼殺したのでしょう」

殺人に関する知識を得るには少し調べれば分かるが、窒息死の技術は複数のバリエーションがある。

最も強烈なのは縄を使う方法だ。

嘉靖朝の宮女もこの手を使ったが、緊張して死結を作り、結果として凌迟刑に処せられた。

しかし身長や体格に関係なく、若い女性でも中年男性を殺害できるほどの力がある。

硬質の物体で絞めることと指で扼殺することは、使用者に同じくらいの力を要求するが、残す痕跡は最も酷い。

被害者の首には加害者の指紋さえ残る場合もある。

最も痕跡が少ないのは枕などで窒息させる方法だ。

これは力差のある男女間や若壮年と高齢者間で使われることが多い。

この方法の最大の利点は舌骨骨折を起こさない点で、隠蔽性が高い。

LV1級の司法解剖医にとっては守門人のような存在となる。

江遠が「非常に粗暴」と言ったのもそのためだ。

これらの死者は老弱病篤者ばかりだが、より巧妙な方法で殺害する余裕があったはずなのに、そのまま指で扼殺した結果舌骨骨折を起こさせた。

白骨化してもその痕跡は検出できる。

そう考えて江遠は防空壕の遺体に戻りたいと思った。

そこで座っていた遺体の骨格は不完全だが、舌骨などは地中に散らばった骨の中から探す必要があるかもしれない

柳景輝は江遠の言葉を理解し、ノートパソコンを取り出して書き始めた。

「4人殺害なら簡単だ。

他の遺体も同様に隠蔽される可能性が高い」

「あり得る」

柳景輝がメモを続けながら言った。

「この事件で検察側は大変だろうな。

起訴後に殺人犯の特定と手法の明確化が必要になるからね。

大量の遺体と人物関係が絡むため、膨大な資料と証拠が発生する。

想像するだけで頭が痛い」

江遠は陶鹿に電話をかけた。

「4人の死体検査結果報告します。

他にも8体埋まっているとの情報です」

通話終了後、牧志洋に指示した。

「もう少し手伝ってくれる人を増やせ。

今日は夜遅くなるぞ」

地中の8具の遺体は掘り起こす作業量が大きい。

土から引き上げる際には混同や漏れを防ぐ必要がある

法医たちは埋葬者より詳細に調べるが、土の量は増える一方だ。

江遠一人で8体を掘り返すと来週までかかるだろう

県内の法医は限られているため、多忙時には刑事の手伝いが必要になる。

京都市では一室分の遺体でも解剖センターが対応できる

曾連栄率いる10人以上の法医チームが到着した頃、防空洞での作業も新たな段階に入った。

白服の人員が行き来し作業量を最大限に引き上げた

「どうするんだ?」

曾連栄は防空洞を見向きもせず遺体のみに注目していた

「全ての遺骸を運び帰り、検材を全部採取してから骨組みを再構築する」江遠が簡潔に指示した

法医たちは作業服に着替え、刑事たちと協力しながら土を掘り起こし遺体や昆虫の群れを収集し土を運搬した

防空洞内では江遠が遺体収集と同時に検査を行っていた。

土から掘り出す重労働よりは骨を集める方が楽だった

曾連栄も高齢で土を掘る作業は苦手だったため、防空洞内で様子を見に来た。

江遠が「英雄所見略同」という言葉を口にしたのを見て笑いながら近づいた

その時江遠が骨袋に入れていない数本の骨を持って脇に置き写真撮影させた上で詹龛に指示した。

「ここに防衛傷がある。

防空洞殺人1号と名付けよう」

曾連栄は目をこすり台の上の骨に近づいて詳細に観察すると、腕骨にある軽微な骨折が防御的な外傷であることを発見した

「この程度の怪我なら殴打によるものか?」

曾連栄が自然と推測した

江遠が言うと、「可能性として遮蔽しただけかもしれない。

洞内謀殺1号の遺骨は癌患者で、骨量減少が激しく、骨質も脆い……当然、事故による外傷の可能性もあるが、この環境では防御性外傷と判断するケースが9割近くある」

曾連榮は頷きながら手を引っ込めた。

本来なら解剖センターに持ち帰り詳細検査すべき遺骨を江遠が簡単に分類しタイプ分けしたようだった。

その時、江遠が一気に大量の遺骨を箱に入れ、距骨を取り上げた。

「運動障害による損傷で、繰り返し骨折の痕跡がある……」

さらに江遠は他の関連する遺骨を見直しながら、「プロアスリートに見える」と付け加えた。

一具の遺骨がプロアスリートかどうかを判断する方法は複数あるが、どれも完全に確実ではない。

しかし曾連榮は江遠がその結論を下す前に大量の遺骨を観察したと確信していた。

曾連榮は詳細を知りたいと思いながら、どう切り出すか考え始めた。

すると江遠が一気に大半の遺体を処理し、数本の小骨を持ち上げた。

「3号と4号の遺骨が混ざっている。

同時に取り出されたものだ」

曾連榮は視力が悪いため、江遠の手にした小さな骨を見ようとしたがすぐに諦めた。

誰の骨かを特定する作業は極めて困難だった。

曾連榮は以前そんな見せ物ショーで見たことがあったが、今は年老いて貴族のような余裕のある生活をしていると感じていた。

死臭を嗅ぎながら散歩するのも健康に良いと言っていた。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】『80年を超越した恋~令和の世で再会した元特攻隊員の自衛官と元女子挺身隊の祖母を持つ女の子のシンクロニシティラブストーリー』

M‐赤井翼
現代文学
赤井です。今回は「恋愛小説」です(笑)。 舞台は令和7年と昭和20年の陸軍航空隊の特攻部隊の宿舎「赤糸旅館」です。 80年の時を経て2つの恋愛を描いていきます。 「特攻隊」という「難しい題材」を扱いますので、かなり真面目に資料集めをして制作しました。 「第20振武隊」という実在する部隊が出てきますが、基本的に事実に基づいた背景を活かした「フィクション」作品と思ってお読みください。 日本を護ってくれた「先人」に尊敬の念をもって書きましたので、ほとんどおふざけは有りません。 過去、一番真面目に書いた作品となりました。 ラストは結構ややこしいので前半からの「フラグ」を拾いながら読んでいただくと楽しんでもらえると思います。 全39チャプターですので最後までお付き合いいただけると嬉しいです。 それでは「よろひこー」! (⋈◍>◡<◍)。✧💖 追伸 まあ、堅苦しく読んで下さいとは言いませんがいつもと違って、ちょっと気持ちを引き締めて読んでもらいたいです。合掌。 (。-人-。)

処理中です...