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第0289話「終末の審判者」
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「ありがとうございます、ありがとうございます!暗月様に感謝します!」
レーマの父は床に膝をつき、オフィリアに感謝の言葉を述べた。
「秩序にもお礼を申すべきです」
オフィリアが付け加えた。
「はい、はい。
秩序の神々に感謝します!あの連中の野郎どもは死んじまった方がいい!死んでしまってください!」
オフィリアの説明によれば、そのループ教団の男は人質を取って魂を悪魔の儀式で搾り取る目的だった。
そしてレーマこそが彼が選んだ犠牲者だった。
幸いにも暗月島を守護する暗月騎士団に発見され救出された。
その中でも秩序神官が大活躍だったようだ。
このレストランのオーナーにとってはこれで十分だった。
支払った金銭は、カルンが手に入れたネックレスと比べれば微々たるものだった。
守り人が言っていたように、ネックレスを賠償に充てることにする。
つまりそのネックレスをあげて善後処理をしてほしいということだ。
なぜなら尊貴なループの守り人に常に大量の世俗の金を持ち歩かせるわけにはいかないから。
彼女は券すら持たないかもしれないほど高貴なのだから。
レストランを出たオフィリアは目を閉じ、厳粛な表情になった。
「夜食どこにする?」
カルンが尋ねた。
彼はオフィリアの心の中のことを推測できたようだ。
暗月一族として島民を守る立場ながらも以前は戦えない状態で、カルンに頼んでいた。
そして最後には相手の父親からの感謝を受けたことへの皮肉さが胸に刺さっていた。
それは一時的な説明とはいえ、オフィリアにとっては痛い言葉だった。
「カルン、君は正しい」
「え?」
「おじいちゃんに言ったように、暗月は秩序の影だけを照らす存在なのよ」
「あれはおじいちゃんの前で自分を高ぶらせようとしてわざとそんなことを言ったんだ。
タフマン将軍にお詫びしてちょうだい」
「それは事実です。
みんなが知っていること。
ただ状況によって聞こえ方が変わるだけ。
父の世代、私の世代も暗月島のために頑張り続けなければいけないんだわ。
百年後、二百年後の暗月島で、ある女性を指さして『あんな下等な女』と呼ぶ人がいないようにしたい。
そしてその木陰に隠れていたプリンセスが堂々と名乗り出て、彼の首を斬り落とすことが出来るように。
「どうした?多隆スみたいに百年くらい眠ってから目覚めてみる気?」
オフィリアはカルンを見つめながら唇を尖らせた。
彼女はカレンが話題を逸らす方法に一瞬の間隔を作られ、空気感が崩れたように息を詰めた。
「ふーん、夜食でも食べようよ。
食べるだけでストレス解消になるんだから」
「いいわね」
オフィーリアが焼き場付きの店を選んだ。
三列に並ぶグリルの熱気が香辛料と海鮮の匂いを混ぜ合わせ、カレンは先日コンマーの魂が体に入ってきたときと同じくらい眩暈を覚えた。
窓際席に着くなりオフィーリアが注文した炭焼き生牡蠣が次々と運ばれてくる。
暗月島の牡蠣はウィーンでカレンが見たものより数倍も大きく、白くふっくらとした身は「大柄で脂っこい」という言葉を完全に体現していた。
しかしカレンは一口も食べず、レーマの父から持ってきた果酒をグラスに注ぎながら黙々と飲んでいた。
オフィーリアだけがずっと食事を続け、彼女は明らかに全ての重荷を捨て去り、ただ美食を楽しむことに没頭していた。
一皿の牡蠣が食べ尽くされ次の料理が来るまでの間、オフィーリアがカレンから手渡されたウェットペーパーで口元を拭きながら尋ねた。
「常識的に考えれば、あなたの方が私より食べる量が多いはずでしょう?」
彼女は先日の戦闘時、カレンの状態と比べて劣らない強さを見せていたことを指しているのだ。
カレンは光の力で暗月の力を変換しているため、その結果として身体改造や向上機会を失っていると説明した。
「私の胃が弱いからよ」
「構わないわ。
あなたが食べ物を見る目つきを見ているだけで、私は食欲が湧いてくるの」
「あら、私が食べる様子を見ていても、あなたはとても可愛らしいと思うわ」
先祖ベルナールの筆記にこうあるという。
「女性が男性に『善良な良い人』と褒められ、男性が女性に『可愛い』と言うとき、それは相手から距離を置く意図があるのよ」
彼女の先祖像は崩壊しているものの、その言葉には生活経験に基づいた知恵が含まれている。
オフィーリアは構わないと笑い、
「どうせあなたは私を受け入れないんだし、いくら太ってもドレスに問題はないわ。
むしろ心配する必要なんてないのよ」
実際彼女は武者なので、いくら食べてもそれほど太ることはないのだ。
カレンがオフィーリアにグラスを渡すと、
「帰るときは送らないわね。
それが不自然だから」
「ええ」
「秩序神教で落ち着いたら、ヨーク城まで来て」
「じゃああなたはウィーンの醤油料理店に連れて行ってあげようか?」
オフィーリアが笑いながら続けた。
「安心して。
いずれ会うわよ。
あなたの婚約者に会ってみたいわ。
彼女に『私は羨ましい』と伝えてあげるわ」
そう言いながらグラスをカレンに向けて、
カレンもグラスを持ち上げようとしたその時、新しく焼かれた牡蠣が運ばれてきた。
オフィーリアはグラスを置き、すぐに料理に手を伸ばした。
ホテルに戻ったのは深夜だった。
隊長本人は部屋にいないらしかった。
どこへ行ったのか分からないまま。
入浴を終えるとカルンはベッドに横になり、今日の出来事を脳裏に浮かべた。
暗月島に来てからまだ日が浅いにも関わらず、毎日起こる出来事が多すぎて、逆に長く滞在しているような錯覚を抱いてしまう。
帰らなければならないのだ。
カルンは目を閉じて睡眠に入った。
目覚めると曇り空の灰色が部屋を包み込み、黄ばんだ色合いだった。
おそらく午後、あるいは夕方近い時間帯だろうか。
カルンはため息をつきながら首を横に振った。
自分がこんなにも長く眠っているのは、消耗した精力を補う必要があるからだ。
しかし自分自身もその理由を理解している。
このままでは毎日仕事をするたびに睡眠時間を確保しなければならず、生活リズムが正常に戻らない。
隊長のベッドは空いていたが、枕と毛布の位置が変わっていたので、隊長は休息のために戻ってきたのだろう。
カルンは起き上がり洗顔を済ませると、洗面所から出たところで隊長がドアを開けて入ってきたところだった。
「最近は眠り神様に改宗したのか?」
「その神様が存在するかね?」
「誰にも分からない。
もしかしたら世界中の不眠症の人々の祈りによって生まれるかもしれない」
「ふーん、まあいいや」
隊長はベッドの端に座りながら言った。
「明日には帰るぞ」
「ああ」
「午前中、ヴォルフォーン枢機卿が私と話をしたんだ。
お前とオフィーリアの間で感情的な問題があったのか?」
「感情?」
カルンは首を横に振った。
「私は良い友人だ」
「あーあ、そうか。
それだと私の中隊長ポジションは消滅するわけだな」
「隊長、次回あなたが類似の決定をする際には事前に知らせてほしい」
「昇進は何かの驚きを添えるべきだよ。
私が最初に考えていたのは、私が中隊長になり、三小隊を指揮し、お前は正規編成で副隊長になるか、あるいは正隊長がお前の上位か下位かはお前に任せる。
これも悪くないんじゃないか?」
「悪い」
「分かった。
次回からは事前に伝えるぞ」
「隊長、あなたは昇進を望んでいるのか?」
「誰でもそう願うだろう。
ただ私は実権が欲しいんだ。
だから文官の道には向かない。
ああそうだ、ヴォルフォーン枢機卿からお前にも伝えろと言われた。
帰還後約半月後に選抜があるらしい。
神教が優秀な若者を選び出すのだ。
ヨークランド大区からは五人を選ぶようだ」
「それだけか?」
「各管区で五人ずつ、その後再び総合選抜を行うそうだ。
あとはヴォルフォーン枢機卿からお前への忠告だが、試験は魂の幻影テストが中心だから、この間しっかり準備してほしい」
「承知した」
総合的な評価なら、年齢制限がある中でカルンはヨークランド大区の選抜を通過できる自信はある。
しかし管区ごとの代表者が集まって最終審査を行う際には、絶対に確信はない。
なぜなら秩序神教が何でもないのは天才だけだというから。
厳密に言えば、ディスも若い頃は秩序神教の生まれた天才と呼べる存在だったが、結局のところその進展は秩序神教の意図とは違った。
この世には、自分だけが奇遇を経験し、資源を得て、才能があるという現実がある。
しかし他人から見れば距離が遠すぎるため天才は希少に映る。
だが真の天才の目にはいつまでも混雑しているのだ。
もし魂への試練選抜ならカレンは特に心配する必要もなかった。
その分野で天才がいても、彼は横になって何もせずにトップ12に入ることは疑いようもない。
仮にこの年齢でトップ12に入れないなら、各大神教は洗濯を待てばいい。
数十年後に天才の爆発する秩序神教が教会全体を統一し、偉大なる秩序の神が世界の一元神となるだろう。
「でも私は不思議だ。
ヴォルフレン枢機卿がなぜあなたに急に優しくなったのか。
彼の孫娘を奪ったのはあなたでしょう」
「オフィーリアと…」
「うんうん、わかってるけど、奪っても返さないというのはさらなる侮辱ではないか?」
「隊長」
「我々はただ事実を述べているだけだ。
単に選抜リストにあなたの名前を入れただけでなく、問題のヒントまで教え込んだ。
あー、理解できないわね。
さて、あなたが祖父のマスクをヴォルフレン枢機卿に託夢したのではないのか?」
「いいや、今は緊急時以外はそのマスクを使わない」
「そうか、昨日何があったのかしら。
今日は一日中寝てたわね、何かあったはずよ」
カレンが隊長に昨晩の出来事を話した。
話を聞いた後、隊長は唇を嚙みながら言った。
「あー、結局人を殺せなかったのね、ふふふ」
「殺す方法がなかったからだ」
「わかってるけど、あなたもあまりにも自制しすぎてるわよ」
「まだ自分の力を制御できないからだ」
「問題じゃないわ。
帰ったら時間を見つけて、私が練習相手になってあげるわ。
あなたはきっと私を殴りたいのよね、理由は正しきものがあるわね」
「隊長、光の力を使うのは許可しないわよ」
「ふん」とニオが笑った。
「夢想だわ」
「それは不公平よ」
「いいや、私は気づいたわ。
あなたは本当に私を殴りたいのよ」
翌朝、一行は荷物をまとめた。
ベルナホテルの侍者が馬車で荷物一式を伝送点まで運び、生体が入っていないよう個別梱包して伝送させられるように指示されていた。
カレンはコストに関係していると推測した。
おそらく正統派神教だけが、伝送法陣に加えてこんな大規模な体制を構築できるのだろう。
両神教が撤退する際には再び衝突は起こらなかった。
実際、交渉終了後、この数日間は双方の人員の間に殺伐さが減少していた。
多くの人々が別れ際に記念品を交換し合う光景も見られた。
もっと極端な例なら、理チャールとループス教の神官が互いに記念品を交換したかもしれない。
相手から贈られたのは銀製の腕輪で、聖器ではないが手工で鍛造され、デザイン性も十分だった。
デロン爺が理チャに贈った宝石は品質中程度の護身具だった。
カレンから見れば完全な損失だが、リチャはその触電のような感覚を楽しんでいた。
両神教が戦い始めると互いに敵対関係となり、それぞれの陣営に所属する若者たちが目線を交わすことは禁じられていた。
しかし禁忌こそが異常な快楽をもたらし、愛の偉大さを際立たせる。
結局恋は自分自身を悦ばせることで成り立つのだ。
リチャの速さについてカレンが尋ねると「最近ずっと寝てたから」と答えた。
孟フィスが人魚劇場に同行してくれなかったため、一人でぶらぶらしていた時に見つけたという。
名前はベリヤと告げられ「連絡先は?」
と訊くと「手紙を送ればいいよ、伝書法陣なら効率的」と返答。
カレンが「高いんじゃないの?」
と聞くと「信封にポイント券入れてあるから大丈夫だよ」と説明した。
「あなたも優しいね」カレンが感心する。
「父さんみたいに小気味悪いわけじゃないのか?」
「母さんが結婚前は古マン家に入籍して何も得られなかったと嘆いてたわ。
でもうちの家庭環境は悪くないでしょう?いい相手を見つけてもケチケチしないようにしなきゃ」
「ポイントは足りてる?」
カレンが心配する。
「暗月島の土産物をほぼ網羅してあげたんだよ。
ベリヤは回転神官だけど、その家族は回転神教の大名家族に違いない。
西モ森家のような名門が複数あるからね」
「あなたも思いやりがあるわ」カレンが感心する。
「彼女が普通の回転神官だと見せかけてるけど、実際はもっと特別な存在なんだろう?」
「その伏線だよ」とリチャが笑った。
レーマの父は床に膝をつき、オフィリアに感謝の言葉を述べた。
「秩序にもお礼を申すべきです」
オフィリアが付け加えた。
「はい、はい。
秩序の神々に感謝します!あの連中の野郎どもは死んじまった方がいい!死んでしまってください!」
オフィリアの説明によれば、そのループ教団の男は人質を取って魂を悪魔の儀式で搾り取る目的だった。
そしてレーマこそが彼が選んだ犠牲者だった。
幸いにも暗月島を守護する暗月騎士団に発見され救出された。
その中でも秩序神官が大活躍だったようだ。
このレストランのオーナーにとってはこれで十分だった。
支払った金銭は、カルンが手に入れたネックレスと比べれば微々たるものだった。
守り人が言っていたように、ネックレスを賠償に充てることにする。
つまりそのネックレスをあげて善後処理をしてほしいということだ。
なぜなら尊貴なループの守り人に常に大量の世俗の金を持ち歩かせるわけにはいかないから。
彼女は券すら持たないかもしれないほど高貴なのだから。
レストランを出たオフィリアは目を閉じ、厳粛な表情になった。
「夜食どこにする?」
カルンが尋ねた。
彼はオフィリアの心の中のことを推測できたようだ。
暗月一族として島民を守る立場ながらも以前は戦えない状態で、カルンに頼んでいた。
そして最後には相手の父親からの感謝を受けたことへの皮肉さが胸に刺さっていた。
それは一時的な説明とはいえ、オフィリアにとっては痛い言葉だった。
「カルン、君は正しい」
「え?」
「おじいちゃんに言ったように、暗月は秩序の影だけを照らす存在なのよ」
「あれはおじいちゃんの前で自分を高ぶらせようとしてわざとそんなことを言ったんだ。
タフマン将軍にお詫びしてちょうだい」
「それは事実です。
みんなが知っていること。
ただ状況によって聞こえ方が変わるだけ。
父の世代、私の世代も暗月島のために頑張り続けなければいけないんだわ。
百年後、二百年後の暗月島で、ある女性を指さして『あんな下等な女』と呼ぶ人がいないようにしたい。
そしてその木陰に隠れていたプリンセスが堂々と名乗り出て、彼の首を斬り落とすことが出来るように。
「どうした?多隆スみたいに百年くらい眠ってから目覚めてみる気?」
オフィリアはカルンを見つめながら唇を尖らせた。
彼女はカレンが話題を逸らす方法に一瞬の間隔を作られ、空気感が崩れたように息を詰めた。
「ふーん、夜食でも食べようよ。
食べるだけでストレス解消になるんだから」
「いいわね」
オフィーリアが焼き場付きの店を選んだ。
三列に並ぶグリルの熱気が香辛料と海鮮の匂いを混ぜ合わせ、カレンは先日コンマーの魂が体に入ってきたときと同じくらい眩暈を覚えた。
窓際席に着くなりオフィーリアが注文した炭焼き生牡蠣が次々と運ばれてくる。
暗月島の牡蠣はウィーンでカレンが見たものより数倍も大きく、白くふっくらとした身は「大柄で脂っこい」という言葉を完全に体現していた。
しかしカレンは一口も食べず、レーマの父から持ってきた果酒をグラスに注ぎながら黙々と飲んでいた。
オフィーリアだけがずっと食事を続け、彼女は明らかに全ての重荷を捨て去り、ただ美食を楽しむことに没頭していた。
一皿の牡蠣が食べ尽くされ次の料理が来るまでの間、オフィーリアがカレンから手渡されたウェットペーパーで口元を拭きながら尋ねた。
「常識的に考えれば、あなたの方が私より食べる量が多いはずでしょう?」
彼女は先日の戦闘時、カレンの状態と比べて劣らない強さを見せていたことを指しているのだ。
カレンは光の力で暗月の力を変換しているため、その結果として身体改造や向上機会を失っていると説明した。
「私の胃が弱いからよ」
「構わないわ。
あなたが食べ物を見る目つきを見ているだけで、私は食欲が湧いてくるの」
「あら、私が食べる様子を見ていても、あなたはとても可愛らしいと思うわ」
先祖ベルナールの筆記にこうあるという。
「女性が男性に『善良な良い人』と褒められ、男性が女性に『可愛い』と言うとき、それは相手から距離を置く意図があるのよ」
彼女の先祖像は崩壊しているものの、その言葉には生活経験に基づいた知恵が含まれている。
オフィーリアは構わないと笑い、
「どうせあなたは私を受け入れないんだし、いくら太ってもドレスに問題はないわ。
むしろ心配する必要なんてないのよ」
実際彼女は武者なので、いくら食べてもそれほど太ることはないのだ。
カレンがオフィーリアにグラスを渡すと、
「帰るときは送らないわね。
それが不自然だから」
「ええ」
「秩序神教で落ち着いたら、ヨーク城まで来て」
「じゃああなたはウィーンの醤油料理店に連れて行ってあげようか?」
オフィーリアが笑いながら続けた。
「安心して。
いずれ会うわよ。
あなたの婚約者に会ってみたいわ。
彼女に『私は羨ましい』と伝えてあげるわ」
そう言いながらグラスをカレンに向けて、
カレンもグラスを持ち上げようとしたその時、新しく焼かれた牡蠣が運ばれてきた。
オフィーリアはグラスを置き、すぐに料理に手を伸ばした。
ホテルに戻ったのは深夜だった。
隊長本人は部屋にいないらしかった。
どこへ行ったのか分からないまま。
入浴を終えるとカルンはベッドに横になり、今日の出来事を脳裏に浮かべた。
暗月島に来てからまだ日が浅いにも関わらず、毎日起こる出来事が多すぎて、逆に長く滞在しているような錯覚を抱いてしまう。
帰らなければならないのだ。
カルンは目を閉じて睡眠に入った。
目覚めると曇り空の灰色が部屋を包み込み、黄ばんだ色合いだった。
おそらく午後、あるいは夕方近い時間帯だろうか。
カルンはため息をつきながら首を横に振った。
自分がこんなにも長く眠っているのは、消耗した精力を補う必要があるからだ。
しかし自分自身もその理由を理解している。
このままでは毎日仕事をするたびに睡眠時間を確保しなければならず、生活リズムが正常に戻らない。
隊長のベッドは空いていたが、枕と毛布の位置が変わっていたので、隊長は休息のために戻ってきたのだろう。
カルンは起き上がり洗顔を済ませると、洗面所から出たところで隊長がドアを開けて入ってきたところだった。
「最近は眠り神様に改宗したのか?」
「その神様が存在するかね?」
「誰にも分からない。
もしかしたら世界中の不眠症の人々の祈りによって生まれるかもしれない」
「ふーん、まあいいや」
隊長はベッドの端に座りながら言った。
「明日には帰るぞ」
「ああ」
「午前中、ヴォルフォーン枢機卿が私と話をしたんだ。
お前とオフィーリアの間で感情的な問題があったのか?」
「感情?」
カルンは首を横に振った。
「私は良い友人だ」
「あーあ、そうか。
それだと私の中隊長ポジションは消滅するわけだな」
「隊長、次回あなたが類似の決定をする際には事前に知らせてほしい」
「昇進は何かの驚きを添えるべきだよ。
私が最初に考えていたのは、私が中隊長になり、三小隊を指揮し、お前は正規編成で副隊長になるか、あるいは正隊長がお前の上位か下位かはお前に任せる。
これも悪くないんじゃないか?」
「悪い」
「分かった。
次回からは事前に伝えるぞ」
「隊長、あなたは昇進を望んでいるのか?」
「誰でもそう願うだろう。
ただ私は実権が欲しいんだ。
だから文官の道には向かない。
ああそうだ、ヴォルフォーン枢機卿からお前にも伝えろと言われた。
帰還後約半月後に選抜があるらしい。
神教が優秀な若者を選び出すのだ。
ヨークランド大区からは五人を選ぶようだ」
「それだけか?」
「各管区で五人ずつ、その後再び総合選抜を行うそうだ。
あとはヴォルフォーン枢機卿からお前への忠告だが、試験は魂の幻影テストが中心だから、この間しっかり準備してほしい」
「承知した」
総合的な評価なら、年齢制限がある中でカルンはヨークランド大区の選抜を通過できる自信はある。
しかし管区ごとの代表者が集まって最終審査を行う際には、絶対に確信はない。
なぜなら秩序神教が何でもないのは天才だけだというから。
厳密に言えば、ディスも若い頃は秩序神教の生まれた天才と呼べる存在だったが、結局のところその進展は秩序神教の意図とは違った。
この世には、自分だけが奇遇を経験し、資源を得て、才能があるという現実がある。
しかし他人から見れば距離が遠すぎるため天才は希少に映る。
だが真の天才の目にはいつまでも混雑しているのだ。
もし魂への試練選抜ならカレンは特に心配する必要もなかった。
その分野で天才がいても、彼は横になって何もせずにトップ12に入ることは疑いようもない。
仮にこの年齢でトップ12に入れないなら、各大神教は洗濯を待てばいい。
数十年後に天才の爆発する秩序神教が教会全体を統一し、偉大なる秩序の神が世界の一元神となるだろう。
「でも私は不思議だ。
ヴォルフレン枢機卿がなぜあなたに急に優しくなったのか。
彼の孫娘を奪ったのはあなたでしょう」
「オフィーリアと…」
「うんうん、わかってるけど、奪っても返さないというのはさらなる侮辱ではないか?」
「隊長」
「我々はただ事実を述べているだけだ。
単に選抜リストにあなたの名前を入れただけでなく、問題のヒントまで教え込んだ。
あー、理解できないわね。
さて、あなたが祖父のマスクをヴォルフレン枢機卿に託夢したのではないのか?」
「いいや、今は緊急時以外はそのマスクを使わない」
「そうか、昨日何があったのかしら。
今日は一日中寝てたわね、何かあったはずよ」
カレンが隊長に昨晩の出来事を話した。
話を聞いた後、隊長は唇を嚙みながら言った。
「あー、結局人を殺せなかったのね、ふふふ」
「殺す方法がなかったからだ」
「わかってるけど、あなたもあまりにも自制しすぎてるわよ」
「まだ自分の力を制御できないからだ」
「問題じゃないわ。
帰ったら時間を見つけて、私が練習相手になってあげるわ。
あなたはきっと私を殴りたいのよね、理由は正しきものがあるわね」
「隊長、光の力を使うのは許可しないわよ」
「ふん」とニオが笑った。
「夢想だわ」
「それは不公平よ」
「いいや、私は気づいたわ。
あなたは本当に私を殴りたいのよ」
翌朝、一行は荷物をまとめた。
ベルナホテルの侍者が馬車で荷物一式を伝送点まで運び、生体が入っていないよう個別梱包して伝送させられるように指示されていた。
カレンはコストに関係していると推測した。
おそらく正統派神教だけが、伝送法陣に加えてこんな大規模な体制を構築できるのだろう。
両神教が撤退する際には再び衝突は起こらなかった。
実際、交渉終了後、この数日間は双方の人員の間に殺伐さが減少していた。
多くの人々が別れ際に記念品を交換し合う光景も見られた。
もっと極端な例なら、理チャールとループス教の神官が互いに記念品を交換したかもしれない。
相手から贈られたのは銀製の腕輪で、聖器ではないが手工で鍛造され、デザイン性も十分だった。
デロン爺が理チャに贈った宝石は品質中程度の護身具だった。
カレンから見れば完全な損失だが、リチャはその触電のような感覚を楽しんでいた。
両神教が戦い始めると互いに敵対関係となり、それぞれの陣営に所属する若者たちが目線を交わすことは禁じられていた。
しかし禁忌こそが異常な快楽をもたらし、愛の偉大さを際立たせる。
結局恋は自分自身を悦ばせることで成り立つのだ。
リチャの速さについてカレンが尋ねると「最近ずっと寝てたから」と答えた。
孟フィスが人魚劇場に同行してくれなかったため、一人でぶらぶらしていた時に見つけたという。
名前はベリヤと告げられ「連絡先は?」
と訊くと「手紙を送ればいいよ、伝書法陣なら効率的」と返答。
カレンが「高いんじゃないの?」
と聞くと「信封にポイント券入れてあるから大丈夫だよ」と説明した。
「あなたも優しいね」カレンが感心する。
「父さんみたいに小気味悪いわけじゃないのか?」
「母さんが結婚前は古マン家に入籍して何も得られなかったと嘆いてたわ。
でもうちの家庭環境は悪くないでしょう?いい相手を見つけてもケチケチしないようにしなきゃ」
「ポイントは足りてる?」
カレンが心配する。
「暗月島の土産物をほぼ網羅してあげたんだよ。
ベリヤは回転神官だけど、その家族は回転神教の大名家族に違いない。
西モ森家のような名門が複数あるからね」
「あなたも思いやりがあるわ」カレンが感心する。
「彼女が普通の回転神官だと見せかけてるけど、実際はもっと特別な存在なんだろう?」
「その伏線だよ」とリチャが笑った。
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半竜皇女〜父は竜人族の皇帝でした!?〜
侑子
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小さな村のはずれにあるボロ小屋で、母と二人、貧しく暮らすキアラ。
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まだ九歳だけれど、人一倍力持ちで頑丈なキアラは、体の弱い母を支えるために森で狩りや採集に励む中、不思議で可愛い魔獣に出会う。
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