曖昧な関係

木嶋うめ香

文字の大きさ
4 / 23
蛍サイド

4

しおりを挟む
「ひ、昼飯食い損ねてさ。帰り道コンビニ寄って……」

 そういえばドーナツのクリームが手に付いたのを舐め取った後、ハンカチで手を拭いただけだったと思い出して焦り出す。なんで帰って来てすぐに手を洗わなかったんだろう。
 いつもなら、洗面台で手洗いとうがいをしてからリビングに入るのに、予想外に拓がいたから忘れてたんだ。
 それより拓、鼻が良すぎないか? バニラの匂いは強かった気がするけれど手にちょっとついたクリームの、しかも拭き取った後の匂いだぞ。犬並みの嗅覚じゃないか。
 
「ひとりで?」

 くんっとまた匂いを嗅ぎながら、拓は俺の手を掴んだまま離さずに聞いてくる。
 匂いが気になるのかもしれないけれど、手を離して欲しい。
 焦るし、拓の手の温度に俺の顔が熱くなる。

「え、うん。勿論一人だよ。会社に丁度課長が来てたから打ち合わせはしたけど、俺は先に会社出たし」

 しどろもどろの言い訳をしながら、なんで言い訳してるんだと考える。
 やましいことはしていない、会社に行って帰って来ただけ、いつもと違うのは帰りがけにコンビニでドーナツとコーヒーを買って食べたこと。それだけだ。

「ふうん、そっか」

 俺の言い訳に、拓は納得した風に声に出すけれど手はそのままだ。
 こんなの、手を握られるのすら今まで無かった。三年一緒に暮らしてても、拓から俺に触れるなんて無かった。
 拓の手の温度と感触を意識して恥ずかしいと思うより、その事実に涙が出そうになる。
 好きなら触れたいと思うだろう? でも拓はきっと俺にそんな感情がやっぱりないんだと思う。
 だから今までほんの少し触れる事すらなかったんだ、俺達は一緒に暮らしてる、でもそれだけなんだ。
 拓は、俺を友達としか思っていない。どうやったって俺の片思いで……やばい、なんか泣きそうだ。

「え、蛍。どうした?」
「……なんでもない。腹空いてるんだろ、拓。手、離してくれないかな」

 このまま話をしていたら、俺本当に泣くかもしれない。
 拓が俺に触れてくれたのが、三年一緒に住んでて初めてだって気が付いたら、やっぱり友達以上にはなれないんだなってそう気がついちゃったんだ。

「蛍?」
「手、離してよ。夕飯作るから」

 泣きたくないと思うと、キツイ言い方になってしまう。
 俺の声に拓は、パッと手を離して俺の顔色を窺っている。
 身長差があるから、拓が俺を見下ろすのが常で、今は見下ろすというか俺の顔を覗き込んでいる。
 俺は顔を見られたくなくて、拓から視線を外して冷凍庫の引き出しに手を伸ばす。

「豚肉でいい? 冷凍してあるのがあるんだ」
「え、ああ、いいよ。なんでも、蛍の作る料理美味いし」

 俺が無理矢理話題を変えたのを拓は感じているだろうけれど、返事をしてついでに褒めてくれる。
 それがお世辞だと分かっていても嬉しいと感じながら、冷凍庫の中に下ごしらえして保存していた肉巻きと業務スーパーで買った冷凍ブロッコリーの袋を取り出す。

「フライパン、あとは鍋と雪平と」

 手を洗ってから、雪平に二人分のスープの量の水をいれてから火に掛ける。
 鍋には冷凍ブロッコリーを適量入れてから水を入れて、こちらも火に掛ける。

「俺着替えて来るから、これ見てて」

 フライパンにサラダ油をちょっと入れて、冷凍してあった肉巻きを並べる。
 主婦歴五年の姉ちゃんが「困ったら薄切りの豚肉で野菜を巻いて焼くのよ。簡単なのに手が込んで見えるのよ」と教えてくれた。俺の得意料理、薄切り豚肉の野菜巻きだ。
 今日のは冷凍しててもそれなりに美味いと俺が思っている、ネギを巻いた奴とえのきを巻いた奴だ。

「分かった」
「じゃあ、よろしく」

 手をもう一度洗ってから足早にキッチンから出て、置きっぱなしの鞄を持って自室に戻る。
 パタンとドアを閉めてから、その場に座り込む。

「最悪だ」

 今すぐ泣き出したいと思うけど、そんなことしてたら拓がどう思うか分からない。
 まさか、自分が恋愛的な意味で好きだと思われてるなんて、拓は気が付いてもいないだろう。

「見込みないなら、このままでいた方がいいのかもな。でも、辛いよ」

 拓は俺に対して友情以上の気持ちが無いから、あんな風に急に手を握っても深い意味なんて無い。
 だけど俺の気持ちはそうじゃないから、些細な接触ですら意識してしまうし、その些細な接触すら拓からは今まで無かったと気が付いてショックだった。

「好意があるなら、もっとそういうのあるよな。だけど何にも無かったもんな今まで」

 一緒に酒を何度も飲んで、そのままリビングで寝てしまうことはあった。
 俺はすぐに酔っぱらうからそういう時に眠くなるのも俺の方が早い、そんな時拓は俺に毛布を掛けて自分は部屋に戻ってしまう。
 たまに拓が先に寝てしまった時、俺は拓の寝顔見ながら過ごしたりするけど、逆は無かった。
 目覚めた時、暗い部屋にぽつりと一人だけ、綺麗に片づけられたテーブル、俺に掛けられた毛布、そういうのを虚しい気持ちで見て、朝起きて来た拓に「毛布ありがとう」って礼を言うと拓は「蛍はすぐに寝ちゃうよな」と笑って終わる。
 一緒に居られるのが俺は嬉しいけれど、拓はそうじゃない。俺はただの同居人だから、毛布は掛けてくれても眠る俺の側にいたいなんて思わないんだ。

「仕方ないよな。それが当たり前だ」

 いつか、拓に彼女が出来たら、同居は解消になるんだろう。
 俺はその時笑って、今までありがとうと言えるだろうか。
 好きだって告げず、拓に彼女が出来る前に同居を解消するべきなんだろうか。
 答えが出ないのか、答えを出したくないのか、それを考えることすら出来ずに立ち上がると、のろのろと着替えを始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられた氷の聖子は隣国の野獣皇帝に執着(愛)されすぎて溶かされる

たら昆布
BL
暴君皇帝×薄幸の聖子

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *不定期連載です。

平凡な男子高校生が、素敵な、ある意味必然的な運命をつかむお話。

しゅ
BL
平凡な男子高校生が、非凡な男子高校生にベタベタで甘々に可愛がられて、ただただ幸せになる話です。 基本主人公目線で進行しますが、1部友人達の目線になることがあります。 一部ファンタジー。基本ありきたりな話です。 それでも宜しければどうぞ。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

神楽

立樹
BL
谷川彰也は、大学でも美形で人の注目を集めている近松神楽にモーニングコールをしている。 ただ、モーニングコールをするだけの仲だった。ある日、コールをしていることがバレてしまった。 彰也も近松に言っていない秘密があって……。

すみっこぼっちとお日さま後輩のベタ褒め愛

虎ノ威きよひ
BL
「満点とっても、どうせ誰も褒めてくれない」 高校2年生の杉菜幸哉《すぎなゆきや》は、いつも一人で黙々と勉強している。 友だちゼロのすみっこぼっちだ。 どうせ自分なんて、と諦めて、鬱々とした日々を送っていた。 そんなある日、イケメンの後輩・椿海斗《つばきかいと》がいきなり声をかけてくる。 「幸哉先輩、いつも満点ですごいです!」 「努力してる幸哉先輩、かっこいいです!」 「俺、頑張りました! 褒めてください!」 笑顔で名前を呼ばれ、思いっきり抱きつかれ、褒められ、褒めさせられ。 最初は「何だこいつ……」としか思ってなかった幸哉だったが。 「頑張ってるね」「えらいね」と真正面から言われるたびに、心の奥がじんわり熱くなっていく。 ――椿は、太陽みたいなやつだ。 お日さま後輩×すみっこぼっち先輩 褒め合いながら、恋をしていくお話です。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

星降る夜に ~これは大人の純愛なのか。臆病者の足踏みか。~

大波小波
BL
 鳴滝 和正(なるたき かずまさ)は、イベント会社に勤めるサラリーマンだ。  彼はある日、打ち合わせ先の空き時間を過ごしたプラネタリウムで、寝入ってしまう。  和正を優しく起こしてくれたのは、そこのナレーターを務める青年・清水 祐也(しみず ゆうや)だった。  祐也を気に入った和正は、頻繁にプラネタリウムに通うようになる。  夕食も共にするほど、親しくなった二人。  しかし祐也は夜のバイトが忙しく、なかなかデートの時間が取れなかった。  それでも彼と過ごした後は、心が晴れる和正だ。  浮かれ気分のまま、彼はボーイズ・バーに立ち寄った。  そしてスタッフメニューの中に、祐也の姿を見つけてしまう。  彼の夜の顔は、風俗店で働く男娼だったのだ……。

処理中です...