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蛍サイド
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「ひ、昼飯食い損ねてさ。帰り道コンビニ寄って……」
そういえばドーナツのクリームが手に付いたのを舐め取った後、ハンカチで手を拭いただけだったと思い出して焦り出す。なんで帰って来てすぐに手を洗わなかったんだろう。
いつもなら、洗面台で手洗いとうがいをしてからリビングに入るのに、予想外に拓がいたから忘れてたんだ。
それより拓、鼻が良すぎないか? バニラの匂いは強かった気がするけれど手にちょっとついたクリームの、しかも拭き取った後の匂いだぞ。犬並みの嗅覚じゃないか。
「ひとりで?」
くんっとまた匂いを嗅ぎながら、拓は俺の手を掴んだまま離さずに聞いてくる。
匂いが気になるのかもしれないけれど、手を離して欲しい。
焦るし、拓の手の温度に俺の顔が熱くなる。
「え、うん。勿論一人だよ。会社に丁度課長が来てたから打ち合わせはしたけど、俺は先に会社出たし」
しどろもどろの言い訳をしながら、なんで言い訳してるんだと考える。
やましいことはしていない、会社に行って帰って来ただけ、いつもと違うのは帰りがけにコンビニでドーナツとコーヒーを買って食べたこと。それだけだ。
「ふうん、そっか」
俺の言い訳に、拓は納得した風に声に出すけれど手はそのままだ。
こんなの、手を握られるのすら今まで無かった。三年一緒に暮らしてても、拓から俺に触れるなんて無かった。
拓の手の温度と感触を意識して恥ずかしいと思うより、その事実に涙が出そうになる。
好きなら触れたいと思うだろう? でも拓はきっと俺にそんな感情がやっぱりないんだと思う。
だから今までほんの少し触れる事すらなかったんだ、俺達は一緒に暮らしてる、でもそれだけなんだ。
拓は、俺を友達としか思っていない。どうやったって俺の片思いで……やばい、なんか泣きそうだ。
「え、蛍。どうした?」
「……なんでもない。腹空いてるんだろ、拓。手、離してくれないかな」
このまま話をしていたら、俺本当に泣くかもしれない。
拓が俺に触れてくれたのが、三年一緒に住んでて初めてだって気が付いたら、やっぱり友達以上にはなれないんだなってそう気がついちゃったんだ。
「蛍?」
「手、離してよ。夕飯作るから」
泣きたくないと思うと、キツイ言い方になってしまう。
俺の声に拓は、パッと手を離して俺の顔色を窺っている。
身長差があるから、拓が俺を見下ろすのが常で、今は見下ろすというか俺の顔を覗き込んでいる。
俺は顔を見られたくなくて、拓から視線を外して冷凍庫の引き出しに手を伸ばす。
「豚肉でいい? 冷凍してあるのがあるんだ」
「え、ああ、いいよ。なんでも、蛍の作る料理美味いし」
俺が無理矢理話題を変えたのを拓は感じているだろうけれど、返事をしてついでに褒めてくれる。
それがお世辞だと分かっていても嬉しいと感じながら、冷凍庫の中に下ごしらえして保存していた肉巻きと業務スーパーで買った冷凍ブロッコリーの袋を取り出す。
「フライパン、あとは鍋と雪平と」
手を洗ってから、雪平に二人分のスープの量の水をいれてから火に掛ける。
鍋には冷凍ブロッコリーを適量入れてから水を入れて、こちらも火に掛ける。
「俺着替えて来るから、これ見てて」
フライパンにサラダ油をちょっと入れて、冷凍してあった肉巻きを並べる。
主婦歴五年の姉ちゃんが「困ったら薄切りの豚肉で野菜を巻いて焼くのよ。簡単なのに手が込んで見えるのよ」と教えてくれた。俺の得意料理、薄切り豚肉の野菜巻きだ。
今日のは冷凍しててもそれなりに美味いと俺が思っている、ネギを巻いた奴とえのきを巻いた奴だ。
「分かった」
「じゃあ、よろしく」
手をもう一度洗ってから足早にキッチンから出て、置きっぱなしの鞄を持って自室に戻る。
パタンとドアを閉めてから、その場に座り込む。
「最悪だ」
今すぐ泣き出したいと思うけど、そんなことしてたら拓がどう思うか分からない。
まさか、自分が恋愛的な意味で好きだと思われてるなんて、拓は気が付いてもいないだろう。
「見込みないなら、このままでいた方がいいのかもな。でも、辛いよ」
拓は俺に対して友情以上の気持ちが無いから、あんな風に急に手を握っても深い意味なんて無い。
だけど俺の気持ちはそうじゃないから、些細な接触ですら意識してしまうし、その些細な接触すら拓からは今まで無かったと気が付いてショックだった。
「好意があるなら、もっとそういうのあるよな。だけど何にも無かったもんな今まで」
一緒に酒を何度も飲んで、そのままリビングで寝てしまうことはあった。
俺はすぐに酔っぱらうからそういう時に眠くなるのも俺の方が早い、そんな時拓は俺に毛布を掛けて自分は部屋に戻ってしまう。
たまに拓が先に寝てしまった時、俺は拓の寝顔見ながら過ごしたりするけど、逆は無かった。
目覚めた時、暗い部屋にぽつりと一人だけ、綺麗に片づけられたテーブル、俺に掛けられた毛布、そういうのを虚しい気持ちで見て、朝起きて来た拓に「毛布ありがとう」って礼を言うと拓は「蛍はすぐに寝ちゃうよな」と笑って終わる。
一緒に居られるのが俺は嬉しいけれど、拓はそうじゃない。俺はただの同居人だから、毛布は掛けてくれても眠る俺の側にいたいなんて思わないんだ。
「仕方ないよな。それが当たり前だ」
いつか、拓に彼女が出来たら、同居は解消になるんだろう。
俺はその時笑って、今までありがとうと言えるだろうか。
好きだって告げず、拓に彼女が出来る前に同居を解消するべきなんだろうか。
答えが出ないのか、答えを出したくないのか、それを考えることすら出来ずに立ち上がると、のろのろと着替えを始めた。
そういえばドーナツのクリームが手に付いたのを舐め取った後、ハンカチで手を拭いただけだったと思い出して焦り出す。なんで帰って来てすぐに手を洗わなかったんだろう。
いつもなら、洗面台で手洗いとうがいをしてからリビングに入るのに、予想外に拓がいたから忘れてたんだ。
それより拓、鼻が良すぎないか? バニラの匂いは強かった気がするけれど手にちょっとついたクリームの、しかも拭き取った後の匂いだぞ。犬並みの嗅覚じゃないか。
「ひとりで?」
くんっとまた匂いを嗅ぎながら、拓は俺の手を掴んだまま離さずに聞いてくる。
匂いが気になるのかもしれないけれど、手を離して欲しい。
焦るし、拓の手の温度に俺の顔が熱くなる。
「え、うん。勿論一人だよ。会社に丁度課長が来てたから打ち合わせはしたけど、俺は先に会社出たし」
しどろもどろの言い訳をしながら、なんで言い訳してるんだと考える。
やましいことはしていない、会社に行って帰って来ただけ、いつもと違うのは帰りがけにコンビニでドーナツとコーヒーを買って食べたこと。それだけだ。
「ふうん、そっか」
俺の言い訳に、拓は納得した風に声に出すけれど手はそのままだ。
こんなの、手を握られるのすら今まで無かった。三年一緒に暮らしてても、拓から俺に触れるなんて無かった。
拓の手の温度と感触を意識して恥ずかしいと思うより、その事実に涙が出そうになる。
好きなら触れたいと思うだろう? でも拓はきっと俺にそんな感情がやっぱりないんだと思う。
だから今までほんの少し触れる事すらなかったんだ、俺達は一緒に暮らしてる、でもそれだけなんだ。
拓は、俺を友達としか思っていない。どうやったって俺の片思いで……やばい、なんか泣きそうだ。
「え、蛍。どうした?」
「……なんでもない。腹空いてるんだろ、拓。手、離してくれないかな」
このまま話をしていたら、俺本当に泣くかもしれない。
拓が俺に触れてくれたのが、三年一緒に住んでて初めてだって気が付いたら、やっぱり友達以上にはなれないんだなってそう気がついちゃったんだ。
「蛍?」
「手、離してよ。夕飯作るから」
泣きたくないと思うと、キツイ言い方になってしまう。
俺の声に拓は、パッと手を離して俺の顔色を窺っている。
身長差があるから、拓が俺を見下ろすのが常で、今は見下ろすというか俺の顔を覗き込んでいる。
俺は顔を見られたくなくて、拓から視線を外して冷凍庫の引き出しに手を伸ばす。
「豚肉でいい? 冷凍してあるのがあるんだ」
「え、ああ、いいよ。なんでも、蛍の作る料理美味いし」
俺が無理矢理話題を変えたのを拓は感じているだろうけれど、返事をしてついでに褒めてくれる。
それがお世辞だと分かっていても嬉しいと感じながら、冷凍庫の中に下ごしらえして保存していた肉巻きと業務スーパーで買った冷凍ブロッコリーの袋を取り出す。
「フライパン、あとは鍋と雪平と」
手を洗ってから、雪平に二人分のスープの量の水をいれてから火に掛ける。
鍋には冷凍ブロッコリーを適量入れてから水を入れて、こちらも火に掛ける。
「俺着替えて来るから、これ見てて」
フライパンにサラダ油をちょっと入れて、冷凍してあった肉巻きを並べる。
主婦歴五年の姉ちゃんが「困ったら薄切りの豚肉で野菜を巻いて焼くのよ。簡単なのに手が込んで見えるのよ」と教えてくれた。俺の得意料理、薄切り豚肉の野菜巻きだ。
今日のは冷凍しててもそれなりに美味いと俺が思っている、ネギを巻いた奴とえのきを巻いた奴だ。
「分かった」
「じゃあ、よろしく」
手をもう一度洗ってから足早にキッチンから出て、置きっぱなしの鞄を持って自室に戻る。
パタンとドアを閉めてから、その場に座り込む。
「最悪だ」
今すぐ泣き出したいと思うけど、そんなことしてたら拓がどう思うか分からない。
まさか、自分が恋愛的な意味で好きだと思われてるなんて、拓は気が付いてもいないだろう。
「見込みないなら、このままでいた方がいいのかもな。でも、辛いよ」
拓は俺に対して友情以上の気持ちが無いから、あんな風に急に手を握っても深い意味なんて無い。
だけど俺の気持ちはそうじゃないから、些細な接触ですら意識してしまうし、その些細な接触すら拓からは今まで無かったと気が付いてショックだった。
「好意があるなら、もっとそういうのあるよな。だけど何にも無かったもんな今まで」
一緒に酒を何度も飲んで、そのままリビングで寝てしまうことはあった。
俺はすぐに酔っぱらうからそういう時に眠くなるのも俺の方が早い、そんな時拓は俺に毛布を掛けて自分は部屋に戻ってしまう。
たまに拓が先に寝てしまった時、俺は拓の寝顔見ながら過ごしたりするけど、逆は無かった。
目覚めた時、暗い部屋にぽつりと一人だけ、綺麗に片づけられたテーブル、俺に掛けられた毛布、そういうのを虚しい気持ちで見て、朝起きて来た拓に「毛布ありがとう」って礼を言うと拓は「蛍はすぐに寝ちゃうよな」と笑って終わる。
一緒に居られるのが俺は嬉しいけれど、拓はそうじゃない。俺はただの同居人だから、毛布は掛けてくれても眠る俺の側にいたいなんて思わないんだ。
「仕方ないよな。それが当たり前だ」
いつか、拓に彼女が出来たら、同居は解消になるんだろう。
俺はその時笑って、今までありがとうと言えるだろうか。
好きだって告げず、拓に彼女が出来る前に同居を解消するべきなんだろうか。
答えが出ないのか、答えを出したくないのか、それを考えることすら出来ずに立ち上がると、のろのろと着替えを始めた。
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