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番外編
ほのぼの日常編1 再婚を祝う人々17(ダニエラ視点)
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「くぅちゃん、これあなたの目から見てどうかしら」
私がくぅちゃんと話し始めると、タオが私にあるものを手渡してきました。
「ナンダ」
「これよ」
ディーンの肩に乗り私の方を見ているくぅちゃんに、私はタオから受け取ったものを見せました。
うん、私はだいぶくぅちゃんに慣れて来たと思います。
大きいくぅちゃんはまだ気絶する自信がありますが、この肩のりサイズのくぅちゃんであれば少なくとも気絶はしません。
「女郎蜘蛛、これはダニエラが刺したノカ。蜘蛛の巣ト主の杖ダナ」
「ええ、くぅちゃんが巣を見せてくれたでしょう? だから出来たのよ。本には巣の絵が無かったの」
くぅちゃんが認めてくれた女郎蜘蛛と蜘蛛の巣、それはディーンに贈る剣帯の帯飾りに刺繍したものです。
前回はお父様に、ピーターは文官だから剣帯につける帯飾りは必要無いと言われていたので作りませんでしたが、この国の貴族は結婚の日に妻から夫に刺繍をした帯飾りを贈り、夫から妻に髪飾りを贈ります。
婚姻の儀式の前、大抵は神殿の儀式の間の扉の前でそれを贈り合うのですが、ディーンの気持ちを切り替える為ちょっと前倒ししてしまいました。
ディーンは魔法師団に勤めていますが、剣も扱うため剣帯も礼服に付けていますから、これに付けるための飾りです。
前回は私もですが、向こうもこの贈り物を用意していませんでした。
夫から贈られた髪飾りを夫に着けて貰い儀式に臨むものですが、私の髪にその飾りは無く礼装を纏った夫の腰帯にも飾りは何もありませんでした。
でも、今回は違います。
「ふむ、主の帯飾りダナ。知っていル。公爵夫人に聞いタカラな」
くぅちゃんは、ディーンと共に領地に向かいましたが、何度か単独で公爵家にやってきて私以外の家族とも親交を深めました。
森のくぅちゃんの寝床とした場所に、くぅちゃん魔力だけが反応する魔法陣を設置したそうで、くぅちゃんはネルツ家の屋敷もウィンストン公爵家にも好きな時に転移出来る様になったためです。
これはお兄様の提案でした。
家族と親しくなったくぅちゃんですが、その中でも驚きなのは、お母様と仲良くなった事でした。
お母様は大きなくぅちゃんでも気絶したりしなかったそうです、お母様曰くディーンを主としている蜘蛛より人の方が余程怖いわ。だそうです。
ディーンが信頼されているのか、くぅちゃんの方か分かりませんが負けた気がしました。
「夫になる男性を象徴するものを刺繍するのが一般的なのだけれど、ディーンらしいかしら」
「良いと思うゾ」
くぅちゃんと蜘蛛の巣、それにディーンが使っている魔法使いの杖を組み合わせて刺繍した力作です。
魔法使いの杖とディーンだけを刺していましたが、くぅちゃんとの絆を知ってから蜘蛛の巣と女郎蜘蛛の模様を付け足したのです。
魔物図鑑の大魔女郎蜘蛛の絵は恐ろしく正確に描かれていて、見ているだけで震えて来ましたが頑張りました。
「ディーン、くぅちゃんから認められたわ。これを受け取ってくれる?」
「ダニエラ、こんな素敵な帯飾りを貰える夫は世界広しと言えど私だけでしょう。ありがとうございます。ダニエラの素敵な刺繍には及びませんが、どうかこれを受け取って下さい」
貴族の女性は普通、蜘蛛を刺繍したりはしないでしょうと内心苦笑いしながら喜ぶディーンを見つめますが、こんなに喜んでくれるなら努力のかいがありました。
「いかがですか」
ディーンは帯飾りを自分の帯に付けた後、髪飾りを見せてくれました。
「素敵な髪飾りね。金色の薔薇の花びらがとても繊細で、この石の色も綺麗……」
ディーンの瞳の色と同じ石が中央に、その石を挟み両側に薔薇の花が二つずつ付いていて、両端に中央の石より少し小さな石が付けられています。
「気に入って頂けましたか」
「ええ、とっても素敵な髪飾りね。これはどちらの工房のものなの? 私こんな綺麗な髪飾り見たことがないわ」
本物の皇帝の薔薇をそのまま小さくして髪飾りにしたような出来の良さに、思わず尋ねてしまいました。
公爵家で雇っているところではないと思います。
あそこは、飾り彫りは得意ですがこういう立体的な飾りは苦手なのです。
金属の立体加工は比較的新しい技術ですから、苦手でも仕方がありません。
「工房ですか?」
「ええ、こんな繊細な薔薇を作れる工房主の腕は相当なものなのでしょうね。見てタオ、こんなに薄い花びらが何枚も重なって本物の薔薇みたい」
「はい、ダニエラ様。この様に美しい髪飾りは王宮の宝物庫にもないでしょう」
タオは恐ろしく不敬な事を言っていますが、確かに王妃殿下ですら持ってはいないでしょう。
「そんなに褒めラレルと、照れるナ。主良かったナ、頑張ったかいがあったとイウモノダ」
何故くぅちゃんが照れるのでしょう。
「ディーン? くぅちゃん?」
「それは、あの、私とこの蜘蛛で作りました。石は守り石で効果は腕輪の守り石と同じです」
「守り石だけでは無く薔薇も?」
「はい。ダニエラが頂いた土地に迷宮がありましたので確認がてら蜘蛛と全層攻略して、ヒヒイロカネを採掘してこれたので使いました」
「ヒヒイロカネ、知っているわ。希少な金属ね」
ゲームに出てきます。
ダニエラの娘が採掘しようとして、迷宮に単身で入り失敗し死にかけるのです。
そこを王子とロニーとディーンに助けられて、娘は婚約者への思いを募らせるのですが、婚約者はヒロイン以外寄せ付けない為ヒロイン憎しとなっていくのです。
「そうですね、でも蜘蛛は採掘場を見つけるのが得意ですしあの迷宮は鉱物が多い様ですよ。ヒヒイロカネ以外にミスリルやオリハルコン等もありましたから、オリハルコンはニール兄上に献上しました」
ディーンが取ってきた物は勿論ディーンの物ですから、何の問題もありません。
鉱物が出る迷宮は難易度も魔素も高く、冒険者に定期的に迷宮に入って魔物を狩り鉱物を採掘してもらわないといけないのだそうです。
その管理を前領主が出来なかった事も、領地衰退の理由だったと聞きました。
「簡単、そうなの、ね。簡単」
迷宮の中に大量にいる魔物を狩るだけでも大変だと聞いていたのに、くぅちゃんと一緒に全層攻略して来たというのは、何と言えばいいのでしょうか。
「ディーン、あなたが凄い人だと分かっているけれど怪我には気をつけてね。でも、こんな素敵な髪飾りを着けて婚姻の儀式を受けられるのはとても嬉しいわ。ありがとうディーン、くぅちゃん」
「喜んで貰えて嬉しいです。受け取って下さりありがとうございます!」
「主が喜ぶのは蜘蛛も嬉シイ」
「タオ、着けてくれる?」
「畏まりました」
タオに髪飾りを着けて貰いながら、くぅちゃんが話してくれた昔話を思い出していました。
ディーンの寂しさに絆されて使役獣になってから、ディーンの心の内をより深く見られる様になったこと、幼い頃母親から受けた虐待の記憶、兄と比較され蔑まれ続けた記憶、母親に愛されたい誰かを愛したいと願い続け諦めてしまった記憶、それを使役獣としてディーンの魔力を食べることで深く知ることになり、母親がディーンを愛してくれないのなら、傷付けるだけなのなら蜘蛛達がディーンを愛し守ろうと思うようになったのだそうです。
蜘蛛達はディーンの望みを叶えるために、糸の質を上げ自分達も強く賢くなりました。
その一方で、ディーンが誰よりも強くなるように、強い魔物を狩りディーンに餌として与え始めました。
魔物は他の魔物の肉を食べることで自分を強くするのだそうですが、同じことをディーンにもさせようとしたのだそうです。
確かに人間も魔物の肉は食べますが、それは強くなる為ではないとおもいます。
しかも、餌。くぅちゃんはやはり、魔物なのだと思ってしまいました。
「そうだ、くぅちゃんにも贈り物があるのよ」
餌という言葉に、ゲームでは自分が蜘蛛の餌になっていたと余計な事まで思い出してしまい、慌てて記憶を脳の隅に押しやって私はくぅちゃんに話しかけました。
「ナンダ」
「ディーン、これをくぅちゃんにつけてあげて」
「これは、リボンですか」
「ええ、婚姻の儀式に参列するのですもの。くぅちゃんもおしゃれしなければね」
幅広のリボンの両端には、蜘蛛の巣を小さく金色の糸で刺しています。
ディーンはそれをくぅちゃんの首? の辺りに大きなリボン結びにしましたが、何故かリボンのループが二つずつあります。これ前世でダブルリボン結びと言われていたもので、私は何度練習しても上手く出来ませんでした。
それなのに一瞬でこんな高度な結び方を完璧に行ってしまうディーンは、一体何を目指しているのでしょう。
「くぅちゃん可愛いわ。似合っているわ!」
「ありがとうございます。蜘蛛にまで気を配って下さるなんて、ダニエラはなんて優しいのでしょう」
「ダニエラ、ありがとウ」
リボンがついていると、ちょっとオブジェみたいで目に優しい見た目になった気がします。
なんて本心は言えません。
「お待たせしました、とても良くお似合いですわ。ダニエラ様」
メイナと一緒に私の髪を編み込みをしていた様な気配を感じていましたが、タオはやりきった笑顔を私に向けて喜んでいました。
どこから取り出したのか、メイナが私に手鏡を手渡し見せてくれました。
前髪を右耳に向け編み込みをして、髪飾りを右耳の上に止めています。
婚姻の儀式では、髪は結い上げずに後ろに長くおろしたままにして、髪飾りをつけるだけにしますが、なかなか凝った髪型になりました。
「そう? ディーンどうかしら」
「あぁ、ダニエラ。とても似合っています。なんて綺麗なんだろう」
ディーンがうっとりと見ているのは、私の髪ではないかと思うのは気のせいでしょうか。
「ダニエラ、愛しています。どうか私をあなたの夫にして下さい。生涯あなたを愛し続けることを許して下さい」
跪き私の髪を一房取ると、ディーンは口づけました。
これから婚姻の儀式をするというのに、何故今ディーンは私に愛し続ける事を許せと言うのでしょう。
まさか、第一王子殿下を戯言を聞いて不安になったのでしょうか。
「許すわ」
くぅちゃんが私を見上げる、その目を見ながら私は口を開きました。
神よりも、この蜘蛛が、くぅちゃんこそが誓いを見守る存在です。
「ディーン、私はあなたが私を愛する限り妻としてずっと一緒にいるわ。あなたは私を生涯愛し続けるわよね? 私達は生涯共に生きるのよ」
「はい、誓います。私はあなたを愛し続けます。だからどうか私を、ほんの少しでもいいから、私を愛して下さい」
生涯愛すると誓うのに、ほんの少しでいいから愛して欲しいと願う。
ディーンのその気持ちが悲しくて、愛しさが込み上げて来ました。
「愛するわ、あなたを夫として」
そう言った瞬間、しゅるりと細い糸が私の手に絡みつきました。
「くぅちゃん?」
糸に絡まれた左手は、同じく糸が絡み持ち上げられたディーンの手に伸ばされていき、やがて私達の手は一つに糸でまとめられてしまいました。
「互いに魔力を流セ」
「魔力を?」
不思議に思いながら、糸の感触に恐怖を覚えつつ魔力をディーンに向けて流し始めました。
「糸が消えていく?」
「絆の糸ダ。それはまじないデ守りダ。二人が思い合いツヅケル間は誰も二人ヲ分つことは出来ナイ」
まじないで守り、それはどういう意味なのでしょう。
私とディーンの手に吸い込まれるように糸は消えていきましたが、あれが私達を守るのでしょうか。
「これは二人を分かツ邪魔者に、害ソウとする者に向けた呪いダ。悪意はすべて己に返る。毒なら毒が、攻撃なら攻撃ガ数倍になって返って行く」
くぅちゃんは、普通の魔物ではないのでしょうか。
そんな事が出来る魔物って一体。
疑問は残りますが、私を餌にするわけではなく、これがくぅちゃんの守りである限り安心していられる筈です。
「ありがとう、心強いわ。ディーン、誰も私達を離すことは出来ないわね」
「はいっ!」
素直に喜んでいるだけのディーンは、くぅちゃんに全幅の信頼を寄せて疑いもしないのでしょう。
「ダニエラ様、そろそろお時間でございます」
小さな鐘の音が聞こえてきました。
「ディーン行きましょう」
「はい」
ディーンのフードの中に、カサカサと音を立てながらくぅちゃんは入っていきました。
この神殿で今迄沢山の人達が婚姻の儀式をしてきた筈ですが、魔物の蜘蛛に立ち会われてその儀式を受けるのは私達位のものでしょう。
「今から扉を開きますので、お二人はそのまま祭壇の前までお進み下さい」
ディーンと共に扉の前に進むと、待っていた神官に声を掛けられました。
「……諦めない、ダニエラ」
誰かの声が聞こえた気がしました。
一瞬、耳に届いた声がゾクリと背筋を冷やしましたが、開かれた扉の向こうに見えた祭壇の、シード神の姿にすぐに忘れてしまいました。
「お進み下さい」
私達は夫婦になります。
夫婦になり、私はディーンの子を生んで育てますが、ゲームは本当に始まるのでしょうか。
それは、今の私には分からないのです。
おわり
※※※※※※※※
これで終わりです。
ほのぼのがあまり仕事してませんが、一応ほのぼの編その1でした。
次回からその2スタートしますので、このままお付き合い下さいませ。
私がくぅちゃんと話し始めると、タオが私にあるものを手渡してきました。
「ナンダ」
「これよ」
ディーンの肩に乗り私の方を見ているくぅちゃんに、私はタオから受け取ったものを見せました。
うん、私はだいぶくぅちゃんに慣れて来たと思います。
大きいくぅちゃんはまだ気絶する自信がありますが、この肩のりサイズのくぅちゃんであれば少なくとも気絶はしません。
「女郎蜘蛛、これはダニエラが刺したノカ。蜘蛛の巣ト主の杖ダナ」
「ええ、くぅちゃんが巣を見せてくれたでしょう? だから出来たのよ。本には巣の絵が無かったの」
くぅちゃんが認めてくれた女郎蜘蛛と蜘蛛の巣、それはディーンに贈る剣帯の帯飾りに刺繍したものです。
前回はお父様に、ピーターは文官だから剣帯につける帯飾りは必要無いと言われていたので作りませんでしたが、この国の貴族は結婚の日に妻から夫に刺繍をした帯飾りを贈り、夫から妻に髪飾りを贈ります。
婚姻の儀式の前、大抵は神殿の儀式の間の扉の前でそれを贈り合うのですが、ディーンの気持ちを切り替える為ちょっと前倒ししてしまいました。
ディーンは魔法師団に勤めていますが、剣も扱うため剣帯も礼服に付けていますから、これに付けるための飾りです。
前回は私もですが、向こうもこの贈り物を用意していませんでした。
夫から贈られた髪飾りを夫に着けて貰い儀式に臨むものですが、私の髪にその飾りは無く礼装を纏った夫の腰帯にも飾りは何もありませんでした。
でも、今回は違います。
「ふむ、主の帯飾りダナ。知っていル。公爵夫人に聞いタカラな」
くぅちゃんは、ディーンと共に領地に向かいましたが、何度か単独で公爵家にやってきて私以外の家族とも親交を深めました。
森のくぅちゃんの寝床とした場所に、くぅちゃん魔力だけが反応する魔法陣を設置したそうで、くぅちゃんはネルツ家の屋敷もウィンストン公爵家にも好きな時に転移出来る様になったためです。
これはお兄様の提案でした。
家族と親しくなったくぅちゃんですが、その中でも驚きなのは、お母様と仲良くなった事でした。
お母様は大きなくぅちゃんでも気絶したりしなかったそうです、お母様曰くディーンを主としている蜘蛛より人の方が余程怖いわ。だそうです。
ディーンが信頼されているのか、くぅちゃんの方か分かりませんが負けた気がしました。
「夫になる男性を象徴するものを刺繍するのが一般的なのだけれど、ディーンらしいかしら」
「良いと思うゾ」
くぅちゃんと蜘蛛の巣、それにディーンが使っている魔法使いの杖を組み合わせて刺繍した力作です。
魔法使いの杖とディーンだけを刺していましたが、くぅちゃんとの絆を知ってから蜘蛛の巣と女郎蜘蛛の模様を付け足したのです。
魔物図鑑の大魔女郎蜘蛛の絵は恐ろしく正確に描かれていて、見ているだけで震えて来ましたが頑張りました。
「ディーン、くぅちゃんから認められたわ。これを受け取ってくれる?」
「ダニエラ、こんな素敵な帯飾りを貰える夫は世界広しと言えど私だけでしょう。ありがとうございます。ダニエラの素敵な刺繍には及びませんが、どうかこれを受け取って下さい」
貴族の女性は普通、蜘蛛を刺繍したりはしないでしょうと内心苦笑いしながら喜ぶディーンを見つめますが、こんなに喜んでくれるなら努力のかいがありました。
「いかがですか」
ディーンは帯飾りを自分の帯に付けた後、髪飾りを見せてくれました。
「素敵な髪飾りね。金色の薔薇の花びらがとても繊細で、この石の色も綺麗……」
ディーンの瞳の色と同じ石が中央に、その石を挟み両側に薔薇の花が二つずつ付いていて、両端に中央の石より少し小さな石が付けられています。
「気に入って頂けましたか」
「ええ、とっても素敵な髪飾りね。これはどちらの工房のものなの? 私こんな綺麗な髪飾り見たことがないわ」
本物の皇帝の薔薇をそのまま小さくして髪飾りにしたような出来の良さに、思わず尋ねてしまいました。
公爵家で雇っているところではないと思います。
あそこは、飾り彫りは得意ですがこういう立体的な飾りは苦手なのです。
金属の立体加工は比較的新しい技術ですから、苦手でも仕方がありません。
「工房ですか?」
「ええ、こんな繊細な薔薇を作れる工房主の腕は相当なものなのでしょうね。見てタオ、こんなに薄い花びらが何枚も重なって本物の薔薇みたい」
「はい、ダニエラ様。この様に美しい髪飾りは王宮の宝物庫にもないでしょう」
タオは恐ろしく不敬な事を言っていますが、確かに王妃殿下ですら持ってはいないでしょう。
「そんなに褒めラレルと、照れるナ。主良かったナ、頑張ったかいがあったとイウモノダ」
何故くぅちゃんが照れるのでしょう。
「ディーン? くぅちゃん?」
「それは、あの、私とこの蜘蛛で作りました。石は守り石で効果は腕輪の守り石と同じです」
「守り石だけでは無く薔薇も?」
「はい。ダニエラが頂いた土地に迷宮がありましたので確認がてら蜘蛛と全層攻略して、ヒヒイロカネを採掘してこれたので使いました」
「ヒヒイロカネ、知っているわ。希少な金属ね」
ゲームに出てきます。
ダニエラの娘が採掘しようとして、迷宮に単身で入り失敗し死にかけるのです。
そこを王子とロニーとディーンに助けられて、娘は婚約者への思いを募らせるのですが、婚約者はヒロイン以外寄せ付けない為ヒロイン憎しとなっていくのです。
「そうですね、でも蜘蛛は採掘場を見つけるのが得意ですしあの迷宮は鉱物が多い様ですよ。ヒヒイロカネ以外にミスリルやオリハルコン等もありましたから、オリハルコンはニール兄上に献上しました」
ディーンが取ってきた物は勿論ディーンの物ですから、何の問題もありません。
鉱物が出る迷宮は難易度も魔素も高く、冒険者に定期的に迷宮に入って魔物を狩り鉱物を採掘してもらわないといけないのだそうです。
その管理を前領主が出来なかった事も、領地衰退の理由だったと聞きました。
「簡単、そうなの、ね。簡単」
迷宮の中に大量にいる魔物を狩るだけでも大変だと聞いていたのに、くぅちゃんと一緒に全層攻略して来たというのは、何と言えばいいのでしょうか。
「ディーン、あなたが凄い人だと分かっているけれど怪我には気をつけてね。でも、こんな素敵な髪飾りを着けて婚姻の儀式を受けられるのはとても嬉しいわ。ありがとうディーン、くぅちゃん」
「喜んで貰えて嬉しいです。受け取って下さりありがとうございます!」
「主が喜ぶのは蜘蛛も嬉シイ」
「タオ、着けてくれる?」
「畏まりました」
タオに髪飾りを着けて貰いながら、くぅちゃんが話してくれた昔話を思い出していました。
ディーンの寂しさに絆されて使役獣になってから、ディーンの心の内をより深く見られる様になったこと、幼い頃母親から受けた虐待の記憶、兄と比較され蔑まれ続けた記憶、母親に愛されたい誰かを愛したいと願い続け諦めてしまった記憶、それを使役獣としてディーンの魔力を食べることで深く知ることになり、母親がディーンを愛してくれないのなら、傷付けるだけなのなら蜘蛛達がディーンを愛し守ろうと思うようになったのだそうです。
蜘蛛達はディーンの望みを叶えるために、糸の質を上げ自分達も強く賢くなりました。
その一方で、ディーンが誰よりも強くなるように、強い魔物を狩りディーンに餌として与え始めました。
魔物は他の魔物の肉を食べることで自分を強くするのだそうですが、同じことをディーンにもさせようとしたのだそうです。
確かに人間も魔物の肉は食べますが、それは強くなる為ではないとおもいます。
しかも、餌。くぅちゃんはやはり、魔物なのだと思ってしまいました。
「そうだ、くぅちゃんにも贈り物があるのよ」
餌という言葉に、ゲームでは自分が蜘蛛の餌になっていたと余計な事まで思い出してしまい、慌てて記憶を脳の隅に押しやって私はくぅちゃんに話しかけました。
「ナンダ」
「ディーン、これをくぅちゃんにつけてあげて」
「これは、リボンですか」
「ええ、婚姻の儀式に参列するのですもの。くぅちゃんもおしゃれしなければね」
幅広のリボンの両端には、蜘蛛の巣を小さく金色の糸で刺しています。
ディーンはそれをくぅちゃんの首? の辺りに大きなリボン結びにしましたが、何故かリボンのループが二つずつあります。これ前世でダブルリボン結びと言われていたもので、私は何度練習しても上手く出来ませんでした。
それなのに一瞬でこんな高度な結び方を完璧に行ってしまうディーンは、一体何を目指しているのでしょう。
「くぅちゃん可愛いわ。似合っているわ!」
「ありがとうございます。蜘蛛にまで気を配って下さるなんて、ダニエラはなんて優しいのでしょう」
「ダニエラ、ありがとウ」
リボンがついていると、ちょっとオブジェみたいで目に優しい見た目になった気がします。
なんて本心は言えません。
「お待たせしました、とても良くお似合いですわ。ダニエラ様」
メイナと一緒に私の髪を編み込みをしていた様な気配を感じていましたが、タオはやりきった笑顔を私に向けて喜んでいました。
どこから取り出したのか、メイナが私に手鏡を手渡し見せてくれました。
前髪を右耳に向け編み込みをして、髪飾りを右耳の上に止めています。
婚姻の儀式では、髪は結い上げずに後ろに長くおろしたままにして、髪飾りをつけるだけにしますが、なかなか凝った髪型になりました。
「そう? ディーンどうかしら」
「あぁ、ダニエラ。とても似合っています。なんて綺麗なんだろう」
ディーンがうっとりと見ているのは、私の髪ではないかと思うのは気のせいでしょうか。
「ダニエラ、愛しています。どうか私をあなたの夫にして下さい。生涯あなたを愛し続けることを許して下さい」
跪き私の髪を一房取ると、ディーンは口づけました。
これから婚姻の儀式をするというのに、何故今ディーンは私に愛し続ける事を許せと言うのでしょう。
まさか、第一王子殿下を戯言を聞いて不安になったのでしょうか。
「許すわ」
くぅちゃんが私を見上げる、その目を見ながら私は口を開きました。
神よりも、この蜘蛛が、くぅちゃんこそが誓いを見守る存在です。
「ディーン、私はあなたが私を愛する限り妻としてずっと一緒にいるわ。あなたは私を生涯愛し続けるわよね? 私達は生涯共に生きるのよ」
「はい、誓います。私はあなたを愛し続けます。だからどうか私を、ほんの少しでもいいから、私を愛して下さい」
生涯愛すると誓うのに、ほんの少しでいいから愛して欲しいと願う。
ディーンのその気持ちが悲しくて、愛しさが込み上げて来ました。
「愛するわ、あなたを夫として」
そう言った瞬間、しゅるりと細い糸が私の手に絡みつきました。
「くぅちゃん?」
糸に絡まれた左手は、同じく糸が絡み持ち上げられたディーンの手に伸ばされていき、やがて私達の手は一つに糸でまとめられてしまいました。
「互いに魔力を流セ」
「魔力を?」
不思議に思いながら、糸の感触に恐怖を覚えつつ魔力をディーンに向けて流し始めました。
「糸が消えていく?」
「絆の糸ダ。それはまじないデ守りダ。二人が思い合いツヅケル間は誰も二人ヲ分つことは出来ナイ」
まじないで守り、それはどういう意味なのでしょう。
私とディーンの手に吸い込まれるように糸は消えていきましたが、あれが私達を守るのでしょうか。
「これは二人を分かツ邪魔者に、害ソウとする者に向けた呪いダ。悪意はすべて己に返る。毒なら毒が、攻撃なら攻撃ガ数倍になって返って行く」
くぅちゃんは、普通の魔物ではないのでしょうか。
そんな事が出来る魔物って一体。
疑問は残りますが、私を餌にするわけではなく、これがくぅちゃんの守りである限り安心していられる筈です。
「ありがとう、心強いわ。ディーン、誰も私達を離すことは出来ないわね」
「はいっ!」
素直に喜んでいるだけのディーンは、くぅちゃんに全幅の信頼を寄せて疑いもしないのでしょう。
「ダニエラ様、そろそろお時間でございます」
小さな鐘の音が聞こえてきました。
「ディーン行きましょう」
「はい」
ディーンのフードの中に、カサカサと音を立てながらくぅちゃんは入っていきました。
この神殿で今迄沢山の人達が婚姻の儀式をしてきた筈ですが、魔物の蜘蛛に立ち会われてその儀式を受けるのは私達位のものでしょう。
「今から扉を開きますので、お二人はそのまま祭壇の前までお進み下さい」
ディーンと共に扉の前に進むと、待っていた神官に声を掛けられました。
「……諦めない、ダニエラ」
誰かの声が聞こえた気がしました。
一瞬、耳に届いた声がゾクリと背筋を冷やしましたが、開かれた扉の向こうに見えた祭壇の、シード神の姿にすぐに忘れてしまいました。
「お進み下さい」
私達は夫婦になります。
夫婦になり、私はディーンの子を生んで育てますが、ゲームは本当に始まるのでしょうか。
それは、今の私には分からないのです。
おわり
※※※※※※※※
これで終わりです。
ほのぼのがあまり仕事してませんが、一応ほのぼの編その1でした。
次回からその2スタートしますので、このままお付き合い下さいませ。
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「匂い、ですか……それこそ、勘違いでは? ほら、誰かからの移り香という可能性もあります」
否定はしたのですが、男はわたしのことを『番』だと言って聞きません。
「番という素晴らしい存在を感知できない憐れな種族。しかし、俺の番となったからには、そのような憐れさとは無縁だ。これから、たっぷり愛し合おう」
「お断りします」
この男の愛など、わたしは必要としていません。
そう断っても、彼は聞いてくれません。
だから――――実験を、してみることにしました。
一月後。もう一度彼と会うと、彼はわたしのことを『番』だとは認識していないようでした。
「貴様っ、俺の番であることを偽っていたのかっ!?」
そう怒声を上げる彼へ、わたしは告げました。
「あなたの『番』は埋葬されました」、と。
設定はふわっと。
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