【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

おまけ 愛のかたち4 (蜘蛛視点)

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「ありがとう、くぅちゃん」
「いや、蜘蛛で役に立てるなら」

 話すことで楽になれるなら蜘蛛はいくらでも聞く、秘密にしてくれと願うなら、たとえ命を奪われる様な事になったとしても誰かに話したりはしない。

「ずっと認めたくなかったけれど、ダニエラが命を狙われた理由は私だと思うの」

 覚悟はしていても、予想よりも重い内容に蜘蛛は「母上殿は何故そう思ったのだ?」としか言えなかった。
 母上殿の顔色はとても悪く、無理をして話しているのが分かるが止められない。
 
「陛下は私を気に入っていたの。王妃様ではなく」
「は?」

 まさかそんな話を聞かされる事になるとは思わず、蜘蛛は間抜けな声を上げた。
 陛下は王妃と仲が悪いわけではなく、すべての優先順位が父上殿なだけだ。
 蜘蛛が王妃を操っているのは知らない筈だが、声を荒げる等は無くいつも穏やかに接している。
 意外なというのは失礼だが、陛下は父上殿が関わらなければ驚くほどに優秀で人格者だ。
 賢王と言われる人と聞いても、蜘蛛は父上殿への執着を知っているから別人かと思ってしまうが、歴代の王と比べても陛下の治めるこの国は平和で豊かだ。
 それは陛下の努力の賜物だったが、それは結果論でもある。
 陛下の努力の理由が父上殿だからだ。
 なにせ、国を豊かに平和にと善政を敷いているのも、すべて父上殿が憂いなく豊かに暮らせる為なのだとニール様から聞いた時はあまりなことに寒気がしたが、それが陛下だ。
 だから蜘蛛は、王妃はダニエラを憎むのは陛下が溺愛している父上殿の娘だからなのかと考えていた。

「婚約者候補は他にもいたの。私達姉妹と、他の公爵家の令嬢が数人。公爵家はこの国に当時五家あったわ。今はウィストン家が加わって六家ね。各公爵家と王家は過去に何度も婚姻を繰り返していて、王女や王子が公爵家に入ったり陛下に令嬢が嫁いだりしているのは知っているかしら」
「ああ、従兄妹と言いながら兄妹と変わらない血の濃さだとか」

 かなり昔には実の姉や妹どころか、姪や娘を娶った王もいたというから、血の濃さ相当なものだろう。
 今の陛下と王妃には子供が二人いるだけだが、父上殿は兄、弟の他妹が二人いるんだったか?
 弟は主の元上司ウーゴ魔法師団長で、妹はどちらも公爵家に嫁いでいる。
 
「ええ。たまに公爵家以外に嫁いだこともある様だけれど、殆どは公爵家と王家ね。数代前に他国から王女が嫁いできたのと、第一王子に隣国から王女が嫁いできたのはかなりの例外」

 どれだけ血が濃くなっているのか分からないなと、蜘蛛は思わず天を仰ぐ。
 それで良くダニエラが主と結婚できたものだ。
 いや、ネルツ家には確か過去に王女が嫁いできていたんだったか? 王子だったか? 記憶があやふやだ。

「それで、母上殿は婚約者候補の一人だった」

 そして陛下が気に入っていたのが母上殿。
 陛下のあの性格で、気に入ったというならそれは伴侶として確定という意味なのではないか?
 生半可な気持ちでは、気に入ったなど言わないだろう。
 なぜ父上殿と婚約を?

「陛下は旦那様がこの世の誰よりも大切なの。自分が気に入って妻にしたいと思った私を、旦那様も気に入っていると知った途端、自分の相手を苦手だと仰っていた今の王妃様に決める位」
「……王妃様の事は、気に入ってはいなかった?」

 それどころか、苦手だと?

「王妃は誰との縁を望んでいたのだ?」

 操る前、王妃を観察していた時に感じたのは、王妃の傲慢さだ。
 母上殿への対抗心もあった様に思うが、自分より目立つ女性の存在を許さず影から嫌がらせをしていた。
 第一王子の伴侶となった他国の王女は、王妃の標的の一人で公の席では彼女を褒めながら、ちくりちくりと彼女に嫌味が届く様に陰口を言い「やはり第一王子の妻はダニエラが良かったわ」と嘆いてみせる。
 おかげでダニエラは変な恨みをかっているのだ。

「王妃様は旦那様との結婚を望んでいたの。でも旦那様も陛下も王妃様は苦手だと」

 ちょっと待て、頭が混乱してきた。
 他にも候補がいたのなら、母上殿を父上殿へ譲っても陛下は他の令嬢を王妃に選べたのではないのか?

「だったらなぜ陛下は王妃に」
「彼女が旦那様へ手が出せないように、自分が見張ると仰ったのよ。陛下は王妃様の性格をよく理解されて、野放しにすれば旦那様に迷惑がかかると考えたのでしょう」
「王妃の性格」
「あの方はなぜか昔から私と張り合っていてね、私より優秀で守りの魔法の腕も上なのに、十回の内たった一回私の方が上手く出来たことを後々まで覚えている方なの。歌を披露してもダンスをしても王妃様の方が上手なのよ。でも誰かに私がお世辞として褒められても不機嫌になったわ。両親も彼女の性格を理解して、私を庇ってくれたけれどそれが余計に彼女を刺激してしまうの」

 母上殿はダニエラ同様おっとりしているが、無能ではないからそれは困っただろう。

「母上殿は大変だったのだな」

 蜘蛛の同情に、母上殿はゆっくりと頷く。

「これは一生弟には内緒だと。私を妻にしたいけれど弟がそなたを望んでいるから。愛する弟を兄は幸せにするものだと仰って」

 ざわりと背筋が寒くなった。
 つまり、父上殿が母上殿を望んでいたから、陛下は母上殿を父上殿へ譲り、好きでも何でもないむしろ苦手な女を見張るために伴侶に選んだということか?

「選ぶ権利は陛下にあったの。陛下は自分と王妃様の婚約を決めた後で、旦那様には私が似合いだろうと私達の婚約も決めたの。王妃様は自分が陛下に望まれたのなら、仕方が無いと私に言ったわ。自分が優れているから陛下に選ばれてしまったと」

 自分が陛下に望まれたのだと、そう王妃は信じたと言う事か。
 だが、実際には望まれたのではなく、そうではなく。

「陛下は自分の幸せより、父上殿の幸せを選んだ?」
「旦那様の幸せが陛下の幸せなの。自分の事はどうでもいいのよ。誰を妻にしようと子供がどうなろうと関係ないのよ。でも私以外の者が旦那様に近付くのはお嫌なの。旦那様の家族と陛下以外は旦那様の視界にも本当は入れたくないの」

 家族というのはどこまでをいうのだろう。
 母上殿と、ニール様とダニエラだろうか。でもダニエラの結婚は陛下に認められた。子供とその伴侶と孫も家族なのか?
 でもウーゴ魔法師団長は認められていないのか? どうにも分からない。

「そういえば、王冠を戴く父上殿の姿を見たいと王位を譲ろうとしたのだったか」
「ええ。でも旦那様が陛下が賢王と皆に尊敬されている姿を見たいと、陛下が治める豊かな国に暮らせる幸せを自分に与えて欲しいと望まれたから、陛下は渋々王のままでいらっしゃるのよ」

 王位とはそんな簡単に譲ろうとか、やっぱり続けようとか出来るものだっただろうか。
 でも、陛下にとってはそうなのか。

「……まさか、ダニエラの命が狙われたのは、王妃が陛下の思いに気が付いたからなのか」

 母上殿が自分のせいだというのは、そういう意味か。

「ええ、そうよ。陛下は気に入っていた私と、最愛の弟の間に生まれた娘が自分の子と婚約する事を望んでいたわ。ダニエラが生まれてすぐに婚約者候補の筆頭となったのはその為。陛下はニールとダニエラを自分の子より愛しているのを見て、王妃様は気が付いたの。自分は陛下に愛されていないと」

 それは、ダニエラは逆恨みされたということなのか。

「王妃様は、つまり」
「そうよ、ダニエラは私のせいで王妃様に恨まれてしまった。そして命を狙われたの。自分の息子と私の娘を絶対に結婚させたくないから」
「それを父上殿は」

 アデライザの耳に話が聞こえない様に、蜘蛛は魔法を使ったのは正しかった。
 例え意味が分からなくても、こんな話とても幼子に聞かせられはしない。

「旦那様はご存知ないわ。薄々察してはいても私にも陛下にも話さないでしょう。旦那様は私とダニエラを守るために陛下の側にいて、陛下が私達を見放さないように仕向けているの」
「そうなのか」

 陛下の感情は歪みすぎて、蜘蛛には良く分からない。

「くぅちゃん、私はね。第一王子の妻になったあの方が恐ろしいのよ」
「王妃に悪感情を植え付けられているからか」
「ええ、王妃様は最近静かになられたけれど、第一王子妃であるあの方がどうなるか怖いの」

 何かあったのだろうか。
 そう言えば母上殿は最近父上殿と王宮に行ったばかりでは無かったか?

「何かあったのか」

 蜘蛛の心配に母上殿は力なく頷いたんだ。

※※※※※※※※
若い頃のお父さん編では出て来ない、陛下の気持ちです。
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