【本編完結済】夫が亡くなって、私は義母になりました

木嶋うめ香

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番外編

兄の寵愛弟の思惑75 (トニエ視点)

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「ロサルバ嬢?」

 第二王子殿下とサデウス嬢を部屋に残し、手洗いに向かった私は部屋に戻る途中で見知った顔を見つけて立ち止まる。
 この屋敷のメイド服を着ているが、それはどう見ても級友のルチーア・ロサルバ嬢だ。

「トニエ様」
「あなた、なぜこの屋敷に?」

 ロサルバ嬢はこの国の男爵位の家の令嬢だがまだ学生だというのに、なぜメイドの姿をしてここにいるのだろう。
 その疑問に、ロサルバ嬢は微笑みながら「先日雇って頂いたばかりです」と答えた。

「メイド志望だったわけではありませんよね」
「違います、そうですね分かりやすい保護とでも言えばいいでしょうか」

 いつもはおろしている茶色の髪を、三つ編みのおさげに結っているのがなんだか新鮮に感じる彼女は少し眉間に皺を寄せながら、内緒話をするように声を落とす。

「保護、ああくだらない事をする方がいるのでしたか?」
「……ええ、まあそんな感じです。でも下期から専門科に移動するのでそうなれば接点は無くなるでしょうから、それまでの我慢なのですが」

 先日私とロサルバ嬢は、一般授業免除のための試験を受け合格した。
 準備があるらしく、夏休み明けから専門科に二人とも移動すると説明を受けている。
 正直な話、すでに私は母国で一般教養の勉強は終えているから授業免除はありがたい話だが、生徒の殆どは勉強の為というより社交の為に学校に通っている者が殆どだから、試験を受けた者はそう多くは無かった。
 
「もっとも保護だけでなく、移動はまだでもすでに一般授業は受けなくて良くなりましたから、時間が余ってしまったというのもあるんです」
「あぁ、確かに選択科目しか受けなくて良くなりましたから、私も余裕ができました」

 選択科目は、授業を受けるかどうか本人が決めるものだ。そういうのは薬学や魔方陣学など専門的なものが多く、そういう授業は授業免除対象外の科目だ。
 私はいくつか取っているが、それでも一般授業を受けなくて良くなり時間に余裕が出来た。
 その余裕が出来た時間で日薬草の手入れをしたり、日薬草の加工等をしている。

「私もです。それでボナクララ様がお誘い下さったのです。こちらにお部屋も頂いたので寮の部屋は引き払いました。学校優先にと配慮下さってますし、とても助かっているんですよ」
「それは良かった」
「はい! 私学費は寄親の家から出して頂いているのですが、生活費は自分持ちなので食事を頂けるだけでも助かります」

 そういえば彼女の家は、男爵と言っても領地は持っていないらしい。
 母国には無いが、この国にはそういう貴族も多いらしいが、そういう貴族は王宮等に勤めるか寄親の治める地で代官等をするそうだ。
 この国の場合、寄親は抱える寄子の家の子息令嬢の教育費等を負担することも多いと聞く。
 優秀な人間に育てば、行く行くは自分の領地で働かせられるからどちらにとっても得なのかもしれない。

「そうですか、それは良かったですね」
「はい。薬学は色々揃えなくてはいけないものも多いですから、稼げる時にしっかり稼いで貯めておかないといけませんし」
「しっかりとしたところからの収入があるのは安心ですね。ロサルバ嬢の寄親の家は勿論頼りになるでしょうが、頼るのも限度もありますし」

 ロサルバ嬢の表情が明るくて、つい私もつられて笑顔になる。
 試験勉強を成り行きで一緒にするようになり、私達は気軽な会話をするようになった。
 
「そうなんです。とても親身になって下さる方だと分かっていますが、自力で出来るところは頑張りたいなって思うので、しっかり稼ぐつもりなんですよ。薬学も魔法も沢山勉強したいですし、そうなるとやっぱり先立つものが必要ですからね」

 ロサルバ嬢は「本格的に薬のことを学べるのが嬉しくって」とふふふと笑う。
 その優しい笑顔に頷きながら、あぁ好きだなと思う。
 留学先でまさか、こういう感情が芽生えるとは予想もしていなかった。
 婚約者はいないし、そういう話もまだない。
 それでも、この感情には蓋をしてしまおうと思っている。
 トニエ家は、政略結婚を殆どしていない珍しい家で、大抵自分で結婚相手を見つけてしまう。それでも他国からというのは今まで無かった。
 この国と違い、母国はどちらかと言えば閉鎖的な考えを持つ者が多いし、陰湿な考え方をする貴族がとても多い。
 大らかな性格の人が多いこの国で生まれ育った彼女を連れて行くのは、申し訳ないと思う。
 それにきっと、彼女の好みから私は遠く離れている気がする。ようするに自信がないのだ。

「トニエ様、どうかなさいましたか? あ、もしかして私一人で話しすぎちゃいましたか」
「いいえ、私も勉強が楽しみだと思っていただけですよ」

 考えこんでいた私の顔を、見上げるようにロサルバ嬢が見ている。
 その瞳の輝きに、見惚れてしまう。
 ロサルバ嬢の大きな緑色の瞳はとても綺麗で、いきいきとしているのだ。

「それなら良かったです。でもトニエ様はすでに薬師様なのですよね?」
「ええ、でも私の国とこちらでは薬の配合が違うものがあるようなので、そういうのを知れるのは楽しみなんですよ」
「わぁ、薬って国によって違うなんて知りませんでした」
「面白いですよね」

 なにせこの国では、魔力回復薬がある意味媚薬の様に使われているのだ。
 副作用を逆手に取った使い方だが、これを知った時は目を疑ったものだ。

「そうだ! 勉強を教えて頂いたお礼まだ出来ていなかったですよね」
「お礼をして頂く程ではありませんよ」
「そんなことありません! 私すっごく助かったんですよ。何かお礼……」
「それじゃ、王都を案内して頂けませんか」

 彼女もあまり詳しくは無かっただろうか? お思いながら、最初で最後の記念とばかりにお願いしてみる。

「王都、私が知っているのは女の子が好きそうなお店ばかりですよ」
「構いませんよ。こちらの国に来て観光らしいこと何もしていませんから」
「……観光、それなら私の好きなところがあるのでそちらに行きませんか」
「はい、是非」

 少し考え込んだ後で、そう提案する声に私はにっこりと笑いながら頷いたのだ。
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