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そして朝。
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熟睡に後悔する早朝、俺は天井に向かい「いるか」と声を掛けた。
コツンと一つの返事がして、昨日の彼かと思い至る。
「ちゃんと寝てるのか?」
昨日も俺についていて、今朝ここにいるというのは大丈夫なんだろうか? そう思った途端、天井に向かって回復魔法を掛けていた。
無意識って怖い。俺、多分今無意識に回復魔法使ってた。
ゴトッ。何かが天井裏で落ちる音がして、カササと動く気配がした。
影は多分俺が生まれてからずっと傍にいたのかもしれない。
同じ人ではないだろうけれど、でも常に傍にいた。
でも、ここまで気配を感じさせる影は居なかった。
「大丈夫か? ……もし、差し障りなければ、降りて話しをしないか」
彼が昨日と同じ人物なら、昨日の事について感謝を直接言いたい。
そう思って天井に向かい言うと、ベッドの影から現れた。
「君は昨日も俺についていた?」
鑑定は流石に使えない。
使っても良いのかもしれないけれど、それは何か反する気がした。
「はい。昨日私は殿下の護衛の任についておりました」
「そうか。ご苦労。これから誰かに交代するのだな」
これから一日が始まる。
時計がこの世界には無いから、カーテンから差し込む日差しからの推測だけれど、多分まだ朝告げの鐘は鳴らない。
朝告げの鐘は前世で言うところの五時頃に鳴る。
朝告げの鐘:五時、活動の鐘:七時、昼告げの鐘:十二時、日暮れの鐘:五時、眠りの鐘:九時、日付替えの鐘:0時にそれぞれ鐘が鳴る。
王都では大神殿でこの鐘を鳴らす。ちなみに魔道具を使っているらしく、いつも同じタイミングで狂う事無く鐘がなっているらしい。
前世の様な時間の概念は無い筈で、この世界は時計すらないのに神殿の魔道具は確実に鐘を鳴らす。
乙女ゲームの設定は、こういうところで発揮しているんだろうなと思う。
「フードは外せるのか」
「殿下のご命令であれば」
「お前が私に顔を見せてもいいと思うなら、お前の意志でフードを外せ」
俺は天蓋付のベッドの中で体を起し、フードをかぶったままの人物に命令する。
声の感じから想像すると、父上くらいの年齢の男性の様な気がする。
「失礼致します」
目の前の人物は躊躇する間すらなくフードを外した。
薄暗い部屋の中、カーテンから漏れ入ってくる日差しは僅かではっきりと顔が見えない。
灯りの魔法をごく僅か、ベッドの周辺にだけ発動させるとその人は僅かに体を震わせた。
「結構若いな。年は」
「三十を少し過ぎた程度かと思いますが、実際の年は分りません」
「そうか」
影はその血筋を受け継ぐ家系の者の他、その家で孤児などを育てた者がいるとは聞いていた。年が分らないと言うことは、孤児だった可能性がある。
「名前は」
「百」
「ひゃく?」
「そう呼ばれております」
「名前ということか」
「いいえ、これはただの呼び名です。私の籍は神殿に残っておりません。私は臍の緒を付けたまま、ある神殿の前に捨てられていたそうです。親に繋がるものは何もなく、名もついてはいませんでした。拾われた私は神殿の中敷地内にあった孤児院で育ちました」
その答えに眉をひそめる。
捨て子で、名前が分らない場合神殿で名前を付ける筈だし、臍の緒がついたまま拾われたなら年は分る筈だ。
「仮の名は、神殿で付けられました。拾われた日は二月二日。ですからニノと呼ばれていました。ですが、引き取られてからは百に変わりました。訓練所に引き取られた丁度百人目の子供だった様です。年齢は訓練所の記録には残っていません。特に必要では無かったのでしょう。百はただの識別の為の呼び名でございます」
ニノという仮初めの名は、引き取られた時に奪われたということか。
訓練所ではニノという名も、年齢も捨てさせたと。
「ニノと言う名を名乗るつもりは」
「ございません。あれはすでに捨てた名にございます」
そういうものなのか。でも識別の番号として付けられただけの百と呼ぶのもなあ。
「お前は昨日、私の話に答えを寄越したな」
「はい。影の身では反する事ではありますが」
それはそうだ。任務で知った護衛対象の情報を上司に内緒にする影などいたら困る。
しかも、あれは多分重要な事だ。
だけどリリーナ先生も、目の前の影も話さないと誓ってくれたのだ。
「そうだな。陛下の影に無理な願いをしたと分っている。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
「エルネクト殿下にお礼を言っていただける様な事ではございません。影としては失格な行ないだと自覚しております」
「だからだよ。だが、私は兄上を嫉んではいないし、嫌っても憎んでもいない。兄上の弟として生まれた事を幸せな事だと思ってもいる。それは信じて欲しい」
「畏まりました。元より疑っておらぬからこその愚行でございます」
膝を付き、影は頭を下げる。
「エルネクト殿下、一つお願いしたき事がございます」
「なんだ。改まって、楽にしなさい。あの件はいつか兄上にも陛下達にも私から話すよ。心の整理をつけたら必ず、約束する」
「はい、それは殿下のお心を信じておりますので」
「なら、なんだ」
楽に、の言葉を掛けても影は立ち上がらない。
影にお願いをされる事なんか何かあったかな。
首を傾げながら
「私は陛下の任を離れ、殿下にお仕えしたく」
「なぜだ」
影の立場なんて俺には理解出来ない。
俺が知っているのは、影という者達が俺達の安全の為常に傍についているということ。
俺専任はおらず、父上の影が俺に交代で付いている。それしか知らなかった。
「失礼ながら、日々の護衛の任の中で殿下のお人柄に触れ、お仕えしたいと考えた次第です」
「だから、なぜだ」
「分りません」
なぜの問いに分らないと返されると、ちょっと困る。
この人は、正直な人なのかもしれないが、こういう答えはかなり困る。
「ただ、お仕えしたい。陛下でもレオンハルト殿下でもなく、エルネクト殿下に。そう考え陛下へ許可を願い出ました。陛下はお許し下さいました。これがその証に御座います」
片膝をついたまま、男は俺に書状を差し出す。
動揺を隠しながらそれを受取り、灯りの魔法で照らしながら中身を確認したら、確かに父上の筆跡で俺の専任とする旨書かれていた。こういう書状ですら名前の記載はない。百という呼び名すら書かれてはいない。
「変わり者だな、自ら私に付こうとするなど」
昨日ってなにかそういう節目だったのだろうか。
この世界がゲームだとすれば、確かに昨日の出来事はエピソードの一つというよりはイベントっぽかった。
ゲームで言うなら、大きなイベント。だけど、今はまだゲーム開始前だ。
「どうせ影として生きるなら、殿下のお傍にてその任を全うしたいと考えました。二心無く誠心誠意お仕え致します故、どうぞお傍にいる事をお許し下さい」
「私の事をよく知るお前を拒む事は出来ないだろうな」
何せ多分この人が一番俺の秘密を知っている。
どこまで父上達に報告しているか分らないけれど、でも昨日だけでも色々知りすぎただろう。
「俺の専任になるのなら、俺が隠している事は他言無用。誓えるか」
これからもっと色んな秘密を知ることになる。
多分今まで以上に。
「はい。勿論でございます」
「そうか、ではこれからアスクと名乗るがいい。一人では護衛の任は難しいだろうから、誰かが派遣されてくるだろうが」
アスクはこの世界の言葉で、頼るという意味がある。
「アスク。この様な素晴らしき名を賜り恐悦至極に存じます。私は決して殿下を裏切りません。心を尽くしお仕え致します」
「頼りにしている」
従者、護衛、影、なぜか突然専任が出来た。
彼らだけではまだ十分な人数とは言えないけれど、俺に仕えると言ったその言葉は本物の筈だ。
そう考えると責任重大だと身が引き締まる思いだけれど、どこか面はゆい様な不思議な感覚もあった。
信頼出来る相手がいる。それだけで心強い。
周囲すべてが敵という環境では無くても、心強く感じる。
突然配下を得たのは、ゲームの強制力か何かなのか。
考えながら俺は、アスクに今日の指示を与えたのだった。
コツンと一つの返事がして、昨日の彼かと思い至る。
「ちゃんと寝てるのか?」
昨日も俺についていて、今朝ここにいるというのは大丈夫なんだろうか? そう思った途端、天井に向かって回復魔法を掛けていた。
無意識って怖い。俺、多分今無意識に回復魔法使ってた。
ゴトッ。何かが天井裏で落ちる音がして、カササと動く気配がした。
影は多分俺が生まれてからずっと傍にいたのかもしれない。
同じ人ではないだろうけれど、でも常に傍にいた。
でも、ここまで気配を感じさせる影は居なかった。
「大丈夫か? ……もし、差し障りなければ、降りて話しをしないか」
彼が昨日と同じ人物なら、昨日の事について感謝を直接言いたい。
そう思って天井に向かい言うと、ベッドの影から現れた。
「君は昨日も俺についていた?」
鑑定は流石に使えない。
使っても良いのかもしれないけれど、それは何か反する気がした。
「はい。昨日私は殿下の護衛の任についておりました」
「そうか。ご苦労。これから誰かに交代するのだな」
これから一日が始まる。
時計がこの世界には無いから、カーテンから差し込む日差しからの推測だけれど、多分まだ朝告げの鐘は鳴らない。
朝告げの鐘は前世で言うところの五時頃に鳴る。
朝告げの鐘:五時、活動の鐘:七時、昼告げの鐘:十二時、日暮れの鐘:五時、眠りの鐘:九時、日付替えの鐘:0時にそれぞれ鐘が鳴る。
王都では大神殿でこの鐘を鳴らす。ちなみに魔道具を使っているらしく、いつも同じタイミングで狂う事無く鐘がなっているらしい。
前世の様な時間の概念は無い筈で、この世界は時計すらないのに神殿の魔道具は確実に鐘を鳴らす。
乙女ゲームの設定は、こういうところで発揮しているんだろうなと思う。
「フードは外せるのか」
「殿下のご命令であれば」
「お前が私に顔を見せてもいいと思うなら、お前の意志でフードを外せ」
俺は天蓋付のベッドの中で体を起し、フードをかぶったままの人物に命令する。
声の感じから想像すると、父上くらいの年齢の男性の様な気がする。
「失礼致します」
目の前の人物は躊躇する間すらなくフードを外した。
薄暗い部屋の中、カーテンから漏れ入ってくる日差しは僅かではっきりと顔が見えない。
灯りの魔法をごく僅か、ベッドの周辺にだけ発動させるとその人は僅かに体を震わせた。
「結構若いな。年は」
「三十を少し過ぎた程度かと思いますが、実際の年は分りません」
「そうか」
影はその血筋を受け継ぐ家系の者の他、その家で孤児などを育てた者がいるとは聞いていた。年が分らないと言うことは、孤児だった可能性がある。
「名前は」
「百」
「ひゃく?」
「そう呼ばれております」
「名前ということか」
「いいえ、これはただの呼び名です。私の籍は神殿に残っておりません。私は臍の緒を付けたまま、ある神殿の前に捨てられていたそうです。親に繋がるものは何もなく、名もついてはいませんでした。拾われた私は神殿の中敷地内にあった孤児院で育ちました」
その答えに眉をひそめる。
捨て子で、名前が分らない場合神殿で名前を付ける筈だし、臍の緒がついたまま拾われたなら年は分る筈だ。
「仮の名は、神殿で付けられました。拾われた日は二月二日。ですからニノと呼ばれていました。ですが、引き取られてからは百に変わりました。訓練所に引き取られた丁度百人目の子供だった様です。年齢は訓練所の記録には残っていません。特に必要では無かったのでしょう。百はただの識別の為の呼び名でございます」
ニノという仮初めの名は、引き取られた時に奪われたということか。
訓練所ではニノという名も、年齢も捨てさせたと。
「ニノと言う名を名乗るつもりは」
「ございません。あれはすでに捨てた名にございます」
そういうものなのか。でも識別の番号として付けられただけの百と呼ぶのもなあ。
「お前は昨日、私の話に答えを寄越したな」
「はい。影の身では反する事ではありますが」
それはそうだ。任務で知った護衛対象の情報を上司に内緒にする影などいたら困る。
しかも、あれは多分重要な事だ。
だけどリリーナ先生も、目の前の影も話さないと誓ってくれたのだ。
「そうだな。陛下の影に無理な願いをしたと分っている。改めて礼を言わせてくれ。ありがとう」
「エルネクト殿下にお礼を言っていただける様な事ではございません。影としては失格な行ないだと自覚しております」
「だからだよ。だが、私は兄上を嫉んではいないし、嫌っても憎んでもいない。兄上の弟として生まれた事を幸せな事だと思ってもいる。それは信じて欲しい」
「畏まりました。元より疑っておらぬからこその愚行でございます」
膝を付き、影は頭を下げる。
「エルネクト殿下、一つお願いしたき事がございます」
「なんだ。改まって、楽にしなさい。あの件はいつか兄上にも陛下達にも私から話すよ。心の整理をつけたら必ず、約束する」
「はい、それは殿下のお心を信じておりますので」
「なら、なんだ」
楽に、の言葉を掛けても影は立ち上がらない。
影にお願いをされる事なんか何かあったかな。
首を傾げながら
「私は陛下の任を離れ、殿下にお仕えしたく」
「なぜだ」
影の立場なんて俺には理解出来ない。
俺が知っているのは、影という者達が俺達の安全の為常に傍についているということ。
俺専任はおらず、父上の影が俺に交代で付いている。それしか知らなかった。
「失礼ながら、日々の護衛の任の中で殿下のお人柄に触れ、お仕えしたいと考えた次第です」
「だから、なぜだ」
「分りません」
なぜの問いに分らないと返されると、ちょっと困る。
この人は、正直な人なのかもしれないが、こういう答えはかなり困る。
「ただ、お仕えしたい。陛下でもレオンハルト殿下でもなく、エルネクト殿下に。そう考え陛下へ許可を願い出ました。陛下はお許し下さいました。これがその証に御座います」
片膝をついたまま、男は俺に書状を差し出す。
動揺を隠しながらそれを受取り、灯りの魔法で照らしながら中身を確認したら、確かに父上の筆跡で俺の専任とする旨書かれていた。こういう書状ですら名前の記載はない。百という呼び名すら書かれてはいない。
「変わり者だな、自ら私に付こうとするなど」
昨日ってなにかそういう節目だったのだろうか。
この世界がゲームだとすれば、確かに昨日の出来事はエピソードの一つというよりはイベントっぽかった。
ゲームで言うなら、大きなイベント。だけど、今はまだゲーム開始前だ。
「どうせ影として生きるなら、殿下のお傍にてその任を全うしたいと考えました。二心無く誠心誠意お仕え致します故、どうぞお傍にいる事をお許し下さい」
「私の事をよく知るお前を拒む事は出来ないだろうな」
何せ多分この人が一番俺の秘密を知っている。
どこまで父上達に報告しているか分らないけれど、でも昨日だけでも色々知りすぎただろう。
「俺の専任になるのなら、俺が隠している事は他言無用。誓えるか」
これからもっと色んな秘密を知ることになる。
多分今まで以上に。
「はい。勿論でございます」
「そうか、ではこれからアスクと名乗るがいい。一人では護衛の任は難しいだろうから、誰かが派遣されてくるだろうが」
アスクはこの世界の言葉で、頼るという意味がある。
「アスク。この様な素晴らしき名を賜り恐悦至極に存じます。私は決して殿下を裏切りません。心を尽くしお仕え致します」
「頼りにしている」
従者、護衛、影、なぜか突然専任が出来た。
彼らだけではまだ十分な人数とは言えないけれど、俺に仕えると言ったその言葉は本物の筈だ。
そう考えると責任重大だと身が引き締まる思いだけれど、どこか面はゆい様な不思議な感覚もあった。
信頼出来る相手がいる。それだけで心強い。
周囲すべてが敵という環境では無くても、心強く感じる。
突然配下を得たのは、ゲームの強制力か何かなのか。
考えながら俺は、アスクに今日の指示を与えたのだった。
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