【完結済み】婚約破棄致しましょう

木嶋うめ香

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神の裁き

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「それはお前の勝手な思いだ。私が望んだことではない。フィリップ殿下は私の子ではない。あの夜の行いは私の本意ではない、あれは神の教えに背く行い。あれで子を授かったのなら、神に赦された子ではないということだ」

  フィリエ伯爵は王妃様を拒絶し、同時にフィリップ殿下をも拒絶しました。
 己の意思と反することを、王妃様は精神操作の魔法によってフィリエ伯爵にさせたとすれば、それは悪夢の様なものでしょうし、フィリップ殿下は伯爵にとって罪の象徴の様なものなのでしょう。

「……母上、あなたは罪の意識はないのですね」

 フィリップ殿下の呟きに視線を向ければ、フィリップ殿下は王妃様を見下ろしながら、何かに耐える様にぎゅっと拳を握りしめていました。

「陛下、どうか私を罰してください。私は陛下の血が流れていないにも関わらず身分を詐称していました」
「フィリップ、何を言うのっ」
「母上、これは私の罪です。王家の血を全く受け継いでいない私が王子だと言って過ごした。それは大罪です」

 王妃様からの魔法による呪縛が解けたフィリップ殿下は、今までとは違う理性的な話し方で陛下へそう訴えると、私の方を一瞬見た後に言葉を続けました。

「どうぞ私を裁いてください」
「フィリップ、どうして罪だというの。あなたは私とお義兄様の愛の証。罪などではないのよっ」
「いいえ、罪です。陛下どうぞ私も罰してください。本意ではなくとも私は王妃様と不貞を働きました」

 フィリップ殿下に続き、フィリエ伯爵までもが陛下からの裁きを望みました。

「お義兄様、不貞なんかじゃないわ。私達こそが正しかったの。不貞なんかじゃ」

 王妃様は一人罪を認めず抵抗しています。
 
「私の罪です、ですが妻と子の命はどうぞ私の妻であり子であったことを哀れと思いお救い下さい。私は罪人として裁かれて当然です。ですが、妻も子も何も知らなかったのです」
「お前にとっての妻とは誰だ」
「フィリエ伯爵夫人ただ一人です」
「そうか」
「お義兄様、お義兄様、私があなたの妻よ。私だけがっ」

 床に座り込んだまま髪を振り乱し叫ぶ王妃様を、陛下が悲し気に一瞥した後王太子殿下に無言で指示を出しました。

「フローリア、この先はお前には辛いだろう。ケネスと一緒に外へ出ていなさい」

 陛下に一礼した後部屋を出て行った王太子殿下を見送りながら、今まで無言を貫いていたお父様が私に何故かそう言いました。

「お父様?」
「そうよ、フローリア。お前がこの先を見る必要はないわ」

 お母様までもがそう言ってケネスに私を連れて外に出る様にと促しますが、私が戸惑っている内に王太子殿下が第二王子のラッセル殿下を連れ戻って来てしまいました。

「あれは」
「あれは神の裁きだ」

 王太子殿下が両手に持つ銀盆の上には五つの小さな足つきの盃が載せられいるのが見えました。

「神の裁き、まさか」

 この裁きはすでに陛下とお父様の間では決められていたのでしょうか。
 ラッセル殿下が持つ銀盆の上には装飾品の様なものが見えます。

「まさか全員」
「そうだ。だからお前は出ていなさい」
「い、いいえ。見届けます。私は侯爵家を継ぐ人間です。ですから逃げてはいけないと思います」

 あの杯を王妃様が数々の罪の償いとして賜るのであれば、それはお兄様の命を奪った罪の償いでもあるのです。
 お兄様の事をずっと忘れていた不甲斐ない妹ですが、せめて王妃様が償うその瞬間を逃げずに見るべきです。

「ケネスは出ていいのよ」
「フローリアが出ないなら、君と一緒にいる」

 ぎゅっと私の手を握り、ケネスはお父様に顔を向けました。

「後から辛いと言っても遅いのだぞ」
「言いません」

 そう答えながら、震えてしまうのは仕方ありません。
 お父様の神の裁きという言葉が聞こえたのでしょう王妃様は王太子殿下の持つ銀盆を見て、声を失っていました。
 
 神の裁きというのは、大罪を犯した人間を裁く際に使う毒です。
 この毒を飲んだ後一ヶ月程度生き続けることから来ているそうです。
 絞首刑や火あぶりなども刑としてはありますが、それよりも罪が重い罪人について行う裁きです。

 神の裁きは、解毒は出来ないと聞いています。
 体のすべてが痛み、呼吸が苦しくなり高熱が出続けるそうです。
 死んだ方がいいという苦しみが延々と続きますが、意識を失うことも正気を無くすことも出来ないそうです。
 命を失うその寸前まで、正気を保ったまま苦しみ続けることから『神の裁き』の名が付いたのだそうです。

「王妃よ、そなたは誰よりも高潔で慈悲深くあらねばならぬ立場にも関わらず、己の欲の為だけに罪のない人の命を奪った。また、精神操作の魔法という恐ろしい魔法を使い、無力の者に罪を負わせたその罪は重い」

 杯は五つあります。
 王妃様、アヌビート、フィリエ伯爵、フィリップ殿下で四人。もう一人は誰だというのでしょうか。
 まさかエミリアさん? ですが、王妃様と他の四人の罪は同じでしょうか。
 同じく神の裁きを受けなければならない罪だというのでしょうか。

「毒杯、神の裁きを王妃に与える。神が死の許しを授けるその日まで、己の罪の日々を悔いて過ごすがよい」
「母上。最後の贈り物です。どうぞその額の印を隠してください」

 王太子殿下はラッセル殿下が持つ銀盆から額飾りを手に取ると、茫然と杯を見つめる王妃様の額にその飾りを着けました。

「ひっ。外して、アダム、これを外して、痛いのよ。額が燃える様に熱いのっ」

 王妃様の額を覆う幅の金の額飾りは、悶え苦しむ王妃様が外そうとしても外れません。

「熱い? あれは魔道具の効果ですか」

 震えながらお父様に問うと、お父様は小さく首を横に振りました。

「違う。あれは魔道具だがそれは神の裁きの為の物。王妃様の額飾りが熱を持っているのは神聖契約を破った証を額飾りで隠したことによる罰だ」
「罰。破った証を隠そうとしても隠れない。隠そうとした罰に額の証が熱を持つ」

 苦しむ王妃様を見ながら、繋いでいたケネスの手を無意識にぎゅっと握りしめていました。
 恐ろしい光景でした。
 熱い熱いと額飾りを外そうともがく王妃様は、額の証の辺りに手を伸ばした直後大きく体を震わせました。

「いやああっ」

 体を大きくのけぞらせ、王妃様は悲鳴を上げました。

「額飾りに印が」

 金で出来た額飾りに、そんな模様は無かったというのに。
 のけぞった王妃様から一瞬だけ見えた額飾りには、神聖契約を破った証があったのです。

 隠そうとしても隠れない。それは本当だったのです。

「王妃よ。そなたの罪の償いはこれからだ」

 小さな杯を一つ右手に持った陛下が王妃様に近づいて行きました。
 一歩また一歩、王妃様に近づく陛下のその顔は、悲しみと苦しみとが混ざった様な複雑なお顔でした。
 陛下は最愛の人を、その手で王妃様へ罪を償わせるのだと悟ったのです。
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