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後悔4
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「父としての願いか。子と思わぬと言いながらそう願うか。神の裁きの苦しみは本当に辛いと聞く。飲んだ瞬間から苦しみ始め、体中の痛みに気絶することも出来ぬと言うぞ。苦しみに慣れることはなく、正気を失うこともない。水すら取れぬ苦しみを休むことなく体中に感じながら、それでも裁きが終わるまで死ぬことはない。それをあの愚かな者の為に自ら長引かせると?」
「私が出来る唯一の償いでしょう。彼を世に生み出したのは私です。つまり王家を謀らせたのは私です。彼は何も知らないかった。知っていたらあんなに寂しそうな顔で陛下や殿下方を見てはいなかったでしょう」
「寂しい? あれがいつ?」
フィリエ伯爵はあまりフィリップ殿下と交流を図ってはいなかった印象があります。
それなのに、いつフィリップ殿下の様子を見ていたのでしょう。
「夜会の場で、フィリップ殿下は他の殿下方とは離れていらっしゃいました」
「ああ、仲が悪かったからな。顔を合わせる度にあれは私達に食って掛かることしかしなかった。離れているのが一番の打開策だったのだ」
「ご存じでしたか。フィリップ殿下は自分の外見に劣等感を感じていらっしゃったのですよ。昔、そう婚約が決まる前です。王族の皆様の茶会の席に私達家族も招待頂いた日のことです」
「ああ、おばあ様がご存命の頃はそういう茶会もあったな」
「私は妻と子供達と茶会の席を離れ庭園を散策していました。王妃様の前に妻達と長く置いておきたくなかったからです。幸い王妃様は陛下がお側にいらっしゃり私を気にする暇はありませんでした」
王妃様が我が侯爵家を脅していた様に伯爵をも脅していたとするなら、恐ろしくて王妃様の傍に大切な家族を晒しておくなど出来ないでしょう。
王妃様は自分の妊娠の偽装の為、王太后様の茶会で流産を謀った過去があるのです。
伯爵の妻の命を奪うため何をされるか分かりません。
「茶会の席を離れ、私はようやく息がつけた気がしました。妻達は何も知らず美しい庭園を眺めていました。王太后様の宮の庭はとても美しく整えられていて、珍しい花も沢山植えられていました」
「それで」
「その庭の、目立たぬ場所にフィリップ殿下は一人膝を抱えて座っていらっしゃったのです」
「フィリップが?」
それは意外な言葉でした。
私が知っているフィリップ殿下は、気に入らないことばあれば大声を上げ周囲の注目を集めようとされる方です。
誰もいない場所で、しかも目立たぬ場所でそんな風にされる方ではありません。
第二王子殿下も同じ印象だったのでしょう。とても信じられないというお顔で、フィリエ伯爵に問いていました。
「はい。フィリップ殿下にとって私は王妃様の義兄です。つまり伯父でございます。私の姿を見るとめると悲し気に自分がここにいた事を言わないで欲しいと仰られました」
「婚約前なら四歳頃だろう。何故フィリップはそんなところに?」
「フィリップ殿下はその時初めて、王族の皆様とご自分の違いに気が付かれたのです」
「違い?」
「はい。金色の髪と青い瞳です。フィリップ殿下には無く皆様が当たり前の様にお持ちな王族の象徴とも言える色です」
それは確かに王族の色です。
血が薄まれば両方が揃う事は珍しくなりますが、王家の直系血族であれば金髪、青い瞳は当たり前に持っているものなのです。だからこそフィリップ殿下がお生まれになった際に大騒ぎになったのですから。
「どうして私は違うのだ。そう私に仰いました」
「それで」
「フィリップ殿下はお母様である王妃様と同じお色なのですよと答えました」
それは正しい様で正しくありません。
正しい答えは、フィリップ殿下が王家の血を受け継いでいないからです。
よくよく見れば色だけでなく、フィリップ殿下のお顔はどこにも王家のどなたにも似ていないと分かったでしょう。
「すると、フィリップ殿下は母上は自分を兄弟の中で一番愛しているから、自分だけ母上の色になったのか。そう言われました」
「ああ、フィリップの口癖だな。あれは自分はいかに母上に愛されているか。口を開けばそればかりだ。確かに母上は私達を愛してはいなかったのだろう。フィリップが自信を持っても無理はない」
うんざりした様に第二王子殿下はそう仰ると、フィリエ伯爵は首を横に振りました。
「いいえ、フィリップ殿下はそう言い切ることでしかご自分の外見を認められなかったのです。私に、自分は殿下達と同じ色ではないのを悲しんでいる等ではないのだ。ただ不思議だっただけだと何度も仰り、誰も絶対に言うなと念を押されたのです」
「悲しむ? あれにそんな感情が?」
「一人だけ異なった外見をお持ちのフィリップ殿下は、あの茶会の場で浮いていらっしゃいました。フィリップ殿下の存在を王太后様は完全にいないものとされていましたから、それに倣う様に他の王族の皆様もフィリップ殿下にはお声を掛ける方はいらっしゃいませんでした」
「そんなことが?」
「はい。それは王太后様はどんな場でもフィリップ殿下にお声を掛けられることはありませんでした。王妃様はその事を不快に思われ、それが多分」
「おばあ様の命を奪った理由か」
大きなため息が王太子殿下のいらっしゃる方から聞こえてきました。
「そうだな。私はよく覚えている。おばあ様はフィリップを自分に近づけるなと侍女達に命じていた。おばあ様に忠実な侍女達は、巧みにフィリップを誘導しおばあ様の視界にすら入らない様にしていたのだ。私はそれをフィリップが横暴な性格でおばあ様を苛立たせるせいだと思っていた」
「王太子殿下」
「フィリップ以外、母上は誰の事も膝の上に抱き上げてくれたことすら無かった。末の子で年が離れているからという理由で私達兄弟はフィリップを遠ざけていたが、弟や妹達にしてみれば母上を独占しているフィリップが憎らしかったのだろう」
弟や妹達と仰いましたが、それは長兄の王太子殿下も同じだったのかもしれません。
「私が出来る唯一の償いでしょう。彼を世に生み出したのは私です。つまり王家を謀らせたのは私です。彼は何も知らないかった。知っていたらあんなに寂しそうな顔で陛下や殿下方を見てはいなかったでしょう」
「寂しい? あれがいつ?」
フィリエ伯爵はあまりフィリップ殿下と交流を図ってはいなかった印象があります。
それなのに、いつフィリップ殿下の様子を見ていたのでしょう。
「夜会の場で、フィリップ殿下は他の殿下方とは離れていらっしゃいました」
「ああ、仲が悪かったからな。顔を合わせる度にあれは私達に食って掛かることしかしなかった。離れているのが一番の打開策だったのだ」
「ご存じでしたか。フィリップ殿下は自分の外見に劣等感を感じていらっしゃったのですよ。昔、そう婚約が決まる前です。王族の皆様の茶会の席に私達家族も招待頂いた日のことです」
「ああ、おばあ様がご存命の頃はそういう茶会もあったな」
「私は妻と子供達と茶会の席を離れ庭園を散策していました。王妃様の前に妻達と長く置いておきたくなかったからです。幸い王妃様は陛下がお側にいらっしゃり私を気にする暇はありませんでした」
王妃様が我が侯爵家を脅していた様に伯爵をも脅していたとするなら、恐ろしくて王妃様の傍に大切な家族を晒しておくなど出来ないでしょう。
王妃様は自分の妊娠の偽装の為、王太后様の茶会で流産を謀った過去があるのです。
伯爵の妻の命を奪うため何をされるか分かりません。
「茶会の席を離れ、私はようやく息がつけた気がしました。妻達は何も知らず美しい庭園を眺めていました。王太后様の宮の庭はとても美しく整えられていて、珍しい花も沢山植えられていました」
「それで」
「その庭の、目立たぬ場所にフィリップ殿下は一人膝を抱えて座っていらっしゃったのです」
「フィリップが?」
それは意外な言葉でした。
私が知っているフィリップ殿下は、気に入らないことばあれば大声を上げ周囲の注目を集めようとされる方です。
誰もいない場所で、しかも目立たぬ場所でそんな風にされる方ではありません。
第二王子殿下も同じ印象だったのでしょう。とても信じられないというお顔で、フィリエ伯爵に問いていました。
「はい。フィリップ殿下にとって私は王妃様の義兄です。つまり伯父でございます。私の姿を見るとめると悲し気に自分がここにいた事を言わないで欲しいと仰られました」
「婚約前なら四歳頃だろう。何故フィリップはそんなところに?」
「フィリップ殿下はその時初めて、王族の皆様とご自分の違いに気が付かれたのです」
「違い?」
「はい。金色の髪と青い瞳です。フィリップ殿下には無く皆様が当たり前の様にお持ちな王族の象徴とも言える色です」
それは確かに王族の色です。
血が薄まれば両方が揃う事は珍しくなりますが、王家の直系血族であれば金髪、青い瞳は当たり前に持っているものなのです。だからこそフィリップ殿下がお生まれになった際に大騒ぎになったのですから。
「どうして私は違うのだ。そう私に仰いました」
「それで」
「フィリップ殿下はお母様である王妃様と同じお色なのですよと答えました」
それは正しい様で正しくありません。
正しい答えは、フィリップ殿下が王家の血を受け継いでいないからです。
よくよく見れば色だけでなく、フィリップ殿下のお顔はどこにも王家のどなたにも似ていないと分かったでしょう。
「すると、フィリップ殿下は母上は自分を兄弟の中で一番愛しているから、自分だけ母上の色になったのか。そう言われました」
「ああ、フィリップの口癖だな。あれは自分はいかに母上に愛されているか。口を開けばそればかりだ。確かに母上は私達を愛してはいなかったのだろう。フィリップが自信を持っても無理はない」
うんざりした様に第二王子殿下はそう仰ると、フィリエ伯爵は首を横に振りました。
「いいえ、フィリップ殿下はそう言い切ることでしかご自分の外見を認められなかったのです。私に、自分は殿下達と同じ色ではないのを悲しんでいる等ではないのだ。ただ不思議だっただけだと何度も仰り、誰も絶対に言うなと念を押されたのです」
「悲しむ? あれにそんな感情が?」
「一人だけ異なった外見をお持ちのフィリップ殿下は、あの茶会の場で浮いていらっしゃいました。フィリップ殿下の存在を王太后様は完全にいないものとされていましたから、それに倣う様に他の王族の皆様もフィリップ殿下にはお声を掛ける方はいらっしゃいませんでした」
「そんなことが?」
「はい。それは王太后様はどんな場でもフィリップ殿下にお声を掛けられることはありませんでした。王妃様はその事を不快に思われ、それが多分」
「おばあ様の命を奪った理由か」
大きなため息が王太子殿下のいらっしゃる方から聞こえてきました。
「そうだな。私はよく覚えている。おばあ様はフィリップを自分に近づけるなと侍女達に命じていた。おばあ様に忠実な侍女達は、巧みにフィリップを誘導しおばあ様の視界にすら入らない様にしていたのだ。私はそれをフィリップが横暴な性格でおばあ様を苛立たせるせいだと思っていた」
「王太子殿下」
「フィリップ以外、母上は誰の事も膝の上に抱き上げてくれたことすら無かった。末の子で年が離れているからという理由で私達兄弟はフィリップを遠ざけていたが、弟や妹達にしてみれば母上を独占しているフィリップが憎らしかったのだろう」
弟や妹達と仰いましたが、それは長兄の王太子殿下も同じだったのかもしれません。
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