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 熱が下がったら元の世界に戻っていた。
 何てことがあるわけもなく、私は不遇令嬢? 夫人? のままだった。

 私はシャルリア・ディアロとなり、アンドリュー・ディアロの妻になった。
 もしもこの世界が前世の私が読んだ小説の世界なら、私はこの家で冷遇されながらも女の子を産むことになる。
 そして、その後は小説の舞台から消える、そして自分の死が戦争の引き金となる。
 戦争も嫌だし、死ぬのも嫌だ。
 母国の陛下も、実家の父も兄も他国との争いは望んではいなかった。
 国は小さいけれど温暖な気候で実りは豊かだったし、国土を広げたいなんて誰も思っていなかった。
 不本意ながらの婚約だったけれど、王太子妃になるために教育を受けていたからその辺りは良くわかっている。
 国土を広げるよりも、魔物を討伐する方が大事で他国と争う余裕はないっていうのが正しかったりするんだ。

「ふう、体がベタついてる」

 着替えはしているし、体も拭いてくれていたけれど汗をかいていたからお風呂に入りたい。
 浄化の魔法はあるけれど、病気の時は何故か使わないし高貴な身分の者は浄化では無くお風呂を使うというのが普通だ。
 この辺りは日本人の記憶が戻っている今の、凄く変だなと思う。

「取り敢えず浄化しよ」


 浄化の魔法を使ってみると、物凄くお腹が空き始めた。
 寝込んでいる間固形物が食べられず、果汁やスープばかりだから当たり前だ。
 体が怠いし今すぐに何か食べたい、ジジを呼ぼう。
 ベッドの脇にある飾棚の上に置いてあった呼び鈴を掴み小さく振ると、可愛い音が鳴った。
 こういうの今迄は何も感じずに使っていたけれど、前世では使ったことないから、生きている世界が違うなあと感じずにはいられない。

「お嬢様、お呼びでしょうか」
「あなた達、お嬢様は駄目よ」

 すぐに部屋に入って来たジジ達に苦笑しながら、お腹が空いたのだと打ち明けたら、すぐに動き始めた。

「私はどのくらい寝ていたの」
「五日でございます」
「そんなに?」

 私がベッドの上で食事が出来るように整えているジジに尋ねると、予想を越える日数で驚いてしまった。
 通りで体が怠い筈だ。
 一週間寝込むと筋肉量が何パーセントか減るとか、聞いたことがあった気がする。
 まさに私はそんな感じだ。

「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「私の指細くなったかしら?」

 手を伸ばして指の状態を見ていると、ジジは心配そうな顔をしてこちらを見ていた。

「細くもなります。長旅の疲れも癒えぬ内に結婚式でしたし初夜での騒動もありましたし、その挙げ句高熱が続いたのですから」
「ふふ、そうね。ジジ達にも苦労を掛けたわね」
「お嬢様のお心を思えば私達など」
「だからお嬢様は駄目よ。奥様と呼んでいいのかどうかはこの家の使用人達を見ないと分からないけれど、取り敢えずシャルリアと呼んで」
「畏まりました、シャルリア様」

 ジジと話をしている内に、スープが運ばれて来た。
 いい匂いにお腹が鳴りそうになって、かなり恥ずかしい気持ちになる。
 今までこんなにお腹が空くことが無かったから仕方ないのよ、これは止められないわ。

「柔らかく煮た玉ねぎと丸芋を潰して、牛の乳で煮たそうです。その他はのお食事は治癒師にお体を見せてからと」
「治癒師を呼んだの?」
「はい、熱の方だけ見ていただきました」

 それは当然だ、初夜は無かったのだからそちらが原因の熱では無いのだし見られるのは駄目だろう。
 でも私は子供を生むらしいのに、何故あの時はあんな行いをしたのだろう。
 私を大切にしなかったとだけ、あの見張りに知らしめたかったのだろうか。

「そう。それでどうなの?」
「話を聞く限り、あの晩だけ見張りが王宮から来ていたそうです」
「何のために?」
「王女殿下は元婚約者は自分のものだから、お飾りの妻を愛するのは許せないそうで」

 私は熱で耳がおかしくなったのかしら、ジジが何を言っているのか理解出来ないみたい。

「誰が誰のものですって?」
「元の婚約者であるアンドリュー・ディアロ様が王女殿下のものだと言われている様です」

 あの女、頭沸いてんじゃないの?
 いけない、前世を思い出したからって言葉が悪くなっているわ。
 考えているだけじゃなく、その内ジジ達に前世の様な言葉で話さない様に気をつけなければ。

「ちなみに、今の話は誰から」
「恐ろしいことに、あの見張りをしていた女性からです」

 衝撃続きで頭が痛い。
 スープは美味しいのに、なんだか胃のあたりが重くなってきてしまった。

「まさかジジが直接その話を聞かされたの」
「はい。あの見張りは治癒師が帰るまで部屋の前をウロウロしておりましたが、部屋を出た私を見つけるなり寄って来て。母国の王太子に捨てられて、ここでも夫に虐げられてお気の毒だと、だが侯爵は元婚約者ではあっても王女殿下のものだから、王女殿下はお飾りの妻を侯爵が愛するのは許せないと仰せ、だからここで幸せになるなど考えない方がいいと」
「なるほど、それで」
「治癒師が出てきて、傷が酷いから暫く閨事は出来ないだろうと何故か私に話始めまして、それを聞いた途端自分の仕事は済んだと屋敷を出ていきました」

 なんだろう、その見張り頭が悪いんだろうか。
 それにしても傷が酷いというのは、どういうことなんだろう。

「治癒師は侯爵の味方なのかしら?」
「侯爵家の専属の治癒師の様です。この屋敷に暮らしていると聞いております」
「それでは侯爵の指示でそんな傷なんて話をしたのね」

 それなら熱の診察しかするわけないわね。
 それにしても、王女殿下の性格がとんでもなさ過ぎる。

「王女殿下のその考えは、王族の中で認められているのかしら」

 隣りの国とはいえ、嫁いだらそんなに簡単には帰ってこられない。
 嫁ぐ前に一旦戻っては来ているみたいだけれど、馬車で半月以上掛かるのだから結婚式の日程を考えたらそろそろ出発する時期だろう。

 あれ、待って? 結婚式の日程?

「ジジ、私もしかしたら嫁いで早々失敗してしまった?」
「失敗ですございますか」
「式の次の日、王宮に結婚の報告をしに行くと言われていたわよね」

 通常であればそんな挨拶はわざわざ王宮に行って、陛下に謁見してなんてしない。
 ただこの結婚は王命だし、私が他国の人間だからだと言われていたのに。
 それをすっぽかして、五日も寝込むなんて。

「それは仕方がないといいますか、逆に信憑性が増していいのではないでしょうか?」
「信憑性?」
「はい、優しさの欠片もなく初夜を行ったという」

 ジジは笑いながら言うけれど、それ笑える話じゃないからね。
 げんなりしながら、私は無理矢理にスープを完食したのだった。
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