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「それじゃあ、私は帰るわ。国を出立する準備があるの。今ドレスを沢山作っているのよ、あちらの仕立てはあまり好きじゃないからこちらで沢山好みのドレスを作らないとね」

 王女殿下のドレスは何て言うか派手で、金を掛けたと一目で分かるドレスです。
 夜会なら兎も角、今着ている物も驚く程に派手だから、私の母国のドレスでは物足りないのだろう。
 なにせ、私の母国の女性は小柄で華奢な人が私を含めて多いから、王女殿下が着ている様なドレスでは体形がドレスに負けてしまう。
 王女殿下は私と比べるとだいぶ背が高い。
 これ、王太子殿下と身長があまり変わらないかもしれない、うちの国って男女共に小柄なんだなとこちらの国に来て感じた。
 大人と子供位に身長が違うんだもの、私の侍女ジジは背が高いと思っていたけれど王女殿下に比べると多分ちょっと低めだと思う。
 王太子殿下、私とでさえ身長差があまりなくて不機嫌だったというのに、王女殿下とあまり変わらないというのは大丈夫なのかと、余計な事だけど心配になってしまう。

「王女殿下は華やかなドレスがお似合いになりますから」
「そうよ、お前が贈って来るドレスはいつも地味でつまらなかったわ。もっともこの女は顔が地味だから似合うんじゃないかしら。あら、でもこのドレスは良いわ。飾りを足せば私でも」
「きゃあっ」

 どさっと、ばさっと音が重なりメイドの悲鳴が部屋に響いた。
 恐ろしい事に、王女殿下はメイド達が持っていたドレスを力任せに奪ったのだ。
 賢く王女殿下に抵抗しなかったメイド達は、床に倒れ込んでいる。

「形は飾りが少なすぎるけれど、色が素敵だわ。ねえ、私の方が似合うと思わない?」

 何を言っているんだろう。
 王女殿下と私では体形が違い過ぎる。
 私には王女殿下の様な放漫な胸は無いしそもそも身長が違い過ぎるから、多分王女殿下では私のドレスは入らないだろう。

「ほら、どう?」
「王女殿下と違い、その彼女は」
「何よ、私の方が似合うでしょ」
「恐れながら申し上げます。我が主人は、母国でも体つきが幼いと言われておりましたので大人の女性の魅力溢れる王女殿下のお体では……」

 口ごもる旦那様に助け舟を出したのは、メイドの一人だ。
 床に倒れ込みながら、それでも私達に助け舟を出している。
 助け船、確かに旦那様では私の体が貧弱だとは言えないだろうけれど、幼い体つきは酷すぎないだろうか。
 それにしても熱が上がり過ぎていて、意識を保つのが辛くなってきてしまった。

「ふふふ、使用人ごときが私に話しかけるなど厳罰ものだけれど、お前の主人は嫁ぐ年齢だというのにそんなに可哀相な体なの。それじゃお前が初夜で乱暴になっても仕方ないわよねえ。私の代わりがそんな貧弱な女の魅力も無い地味女だなんて。さすがに可哀相になってくるわ」

 寄り掛かったままのジジの背中が大きく揺れて、私はぼんやりしていた意識から浮上した。
 王女殿下の酷い言葉に、ジジが怒りに震えているんだろう。
 怒っちゃ駄目、その気持ちを込めて私はジジの背をそっと撫でる。

「ああ可笑しい。嫁いだら教えてあげなくちゃ、嫁ぎ先で元婚約者が夫に蔑ろにされているってね。きっと喜んでくださるわ。だってどうしても好きになれなかったと言っていたもの」

 王太子殿下なら言いそうなことだ。
 あの人は本当性格が悪いから、私はこの家に嫁げて幸せだ。
 主人を馬鹿にされて怒りに震える侍女がいて、私を守ろうとしてくれる人達が居て幸せだ。

「そんな女だけど、お前は我慢して子供を設けるのよ」
「畏まりました。私は良き夫にはなれはしませんが」

 良き夫にはなれないの言葉は、多分自分を責めているせいで出て来たのだろう。
 しょんぼりした大型犬に見える彼を思い出し、私はつい顔が緩んでしまう。

「仕方ないわ、ドレスは諦めましょう。それにしてもみすぼらしい長持ちね。私のものは金と宝石で飾られて美しいというのに、顔が地味だと持ち物も地味になるのね。ああそうだわ良いことを思いついた」

 ジジが持ち出してきたのは、トレントキングの材木を使いつくられた長持です。
 トレントキングというのは魔物の素材ですがその木材から作られた長持ちは、とても丈夫で撥水効果があ上に黴等出ない為長旅には諜報しますし、服を仕舞うのにも本などをしまうのにも適しています。
 宝石や金で飾りたてた長持ちも持っていますが、見せる為の長持ちと実用品は用途が違うのです。

「王女殿下の持ち物は、王女殿下同様なのでしょう」

 旦那様が思わずこぼしたその言葉に、私は反応してしまいました。
 それはもしかして嫌味なのではないでしょうか、大丈夫かしら。

「そうよ、私は綺麗なものが好きなの。この女は地味過ぎると王太子殿下が何度もそう言うのよ。好きで地味な顔に生まれた訳ではないというのに可哀想でしょう。だから飾りを付けてあげるわ。私は優しいから」

 ドレスへの興味を失ったのか、王女殿下の足音が聞こえそれは私の側にやって来た。

「王女殿下、病が移ります。近付いてはなりませんっ」

 旦那様の慌てる声がするけれど、女性のしかも王族の体に触れられる人なんてこの部屋にはいない。

「顔を見せなさい。……あら、本当に具合が悪いのね。顔色が土の様よ」

 ジジの背にもたれ掛かっていた私は、気力を振り絞り王女殿下の方に顔を向けた。

「お前に挨拶された覚えが無いけれど、お前は私よりも偉いのかしら? でも具合が悪いのだから仕方がないわね不敬は許してあげるわ」

 私の顎を扇の先で持ち上げ、顔を覗き込む。
 体が辛過ぎて声が出せない。

「わざとらしく額に汗まで、見苦しいわねえ」

 ふふふと嗤いながら王女殿下は、私の頬を扇で何度も撫で始めた。
 ぐりぐりと、押し付ける様に何度も動かされる扇に私は我慢できずにうめき声を上げる。

「いっ」

 撫でると言うよりも、扇の一部を頬に押し付け擦り付けている。
 それは扇の要の部分を止めている金具だろうか、それとも親骨に施されている飾りだろうか。
 どこか分からないけれど、それは確実に私の頬を傷付けていた。

「この位の飾りが無いとね」
「王女殿下、お止めくださいっ」
「ふん、こんな女の血が付いた物なんていらないわ」

 私の顔に扇を投げつけて、高笑いとともに王女殿下は部屋から出て行った。
 静かに閉められた扉を見ていた旦那様は、ため息と共に私に振り返った。
 メイドがそっと廊下を窺い、王女殿下が戻って来ないと確認したから漸く私も力を抜けた。

「なんて酷い傷を、守れなくてすまない」
「いいえ、十分守ってくださいました。それに、怒らせるのは得策ではありませんから」
「だが、傷が」

 泣きそうに歪むその顔に、母性が刺激させれる。
 なんだろう、この人は私に新たな性癖を植え付けようとしているんだろうか。
 罪悪感ありありの顔で私を見ているものだから、頭を撫でて抱きしめてあげたくなってしまう。

「気になさらないで下さい。王女殿下に旦那様が私に優しくしていると気づかれる方が問題でした。だからこれは正しいのです。私は理由があって傷付けられた。それで王女殿下は満足されたのですから。これは正しいのです」

 王家は私の母国もこの国も、酷すぎると思う。
 臣下は王家の玩具ではないのだから、心を踏みにじっていいものではない。
 そう私は思うけれど、こんな善良過ぎる旦那様に私の気持ちは言えない。

「すまなかった。君達にも感謝する」

 旦那様は、罪悪感の塊の様な顔で一瞬だけ私を見た後でそう言った。
 優しすぎる旦那様は、この国では生き難いのではないだろうかと心配になる。
 こんな善良な人、私はこの世界で誰も知らない、旦那様以外は誰も。

「いいんです。夫婦の困難を二人で無事に乗り越えられましたね」

 体を起こせずに、ジジの背中にもたれたまま旦那様へ微笑む。
 傷は痛むし、体は怠い。
 正直に言えばもう休みたかった。

「シャルリア様お熱が上がって……」
 
 ジジは私が動けないと悟っているのか、自分の体を動かさずに心配している。

「熱? 高いのか。毒のせいなんだな。申し訳ない、私は役立たずだ」 

 大きな手が私の肩を掴んだ。
 支えるというよりは、掴んだが正しいと思う。
 心配そうに私を見る顔に、私はきゅんと心の奥が震えてしまうのを止められなかった。
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