後悔はなんだった?

木嶋うめ香

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治癒師の限界4

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「ガスパール先生のせいじゃないの。怖い薬を使った人が悪いの。それに……」

 お母様は気付け薬を、本来の気付け薬の用途とは違う使い方をしていた。
 そもそも気付け薬というものは、失神したり意識を失いそうな時に使うものであって、気持ちを落ち着けるために使うものではない。
 以前の私はそれを使われているのを社交の場で見た程度だったけれど、近くにいると、鼻にツンと来るような不快な匂いがしていたのは覚えている。
 つまり、かなり刺激の強い匂いがするから、気軽に使えるものではないのだ。
 けれどお母様の気付け薬の匂いはそうじゃない、薬草の様な匂いがする。というより、魔物に使う薬草そのものの匂いなのだろう。
 この薬がキム先生の言う通り、依存性のあるものなのは以前の私の経験からも確かだ。
 以前の記憶が戻った今だから分かる、以前の私は、些細なことで心が乱れる度に匂い袋を使い、不安になればなるほど匂い袋に頼った。
 使っていくうちにあれがないと眠れなくなったし、数少ない社交の際は扇に匂い袋をこすりつけ匂い付けし、あの匂いが微かでもしてないと馬車に乗れない程に依存していた。
 だからお母様も私と同じだったのだと思う。
 あれが側にないと不安で、あの匂いが側にないと不安になるのがおかしいとすら思わない。扇に匂い袋を擦り付ける行為を異常だと思わないのだから、すでに心は壊れ始めていたのだと思う。
 そして心だけでなく、あれは私の体を確実に壊していったのだと思う。
 私は、滋養魔法と強壮魔法を子供が生まれてからも自分に掛けていた。
 もう習慣になっていて、眠る前に掛けずにはいられなかった。
 それがある時から、魔法の効きが急に悪くなった。
 それは匂い袋の効き目が良くなるように少し改良したと、パティが告げた頃と一致していたと思う。
 私の気鬱が酷くなってきたのが心配だからと、パティは言っていた。
 改良された匂い袋は確かに効き目が良くなったけれど、私は精神の安定を手に入れて、それと同時に健康を手放してしまった。
 滋養魔法と強壮魔法の効き目が感じられなくなり、治癒魔法を掛けても体の怠さが残るようになった。
 自分の体に体調確認の魔法を掛けても病は確認できず、ただ体が弱っていると感じるだけだった。
 既にガスパール先生も亡くなっていたから、パティが手配する治癒師しか診てくれる人はいなかった。
 その治癒師に、これは治療出来ないと思うと言われ私は諦めてしまった。
 諦めるのは簡単だった、元々望んでも手に入らないものは多かったから、健康もその一つなのだと、私の中から無くなったのだと簡単に納得してしまった。
 それはすなわち、生きる気力が無くなったようなものだった。
 諦めた後の私は、パティの支えなしでは満足に歩くことすら出来なくなった。
 そして最後は、パティの手で命を落としすことになった。
 以前の私はパティを信じることが楽だった、辛い現実に勇気を持ち立ち向かうよりも、部屋にこもり匂い袋に頼り、パティを信じる。
 現実を理解し、自分には何も無く、信じているパティの姿すら嘘だと自覚するよりも、夫と子供が私ではなくパティを大切にしていると気がついても、部屋の中から庭で皆が楽しそうにお茶会をしているのを見ても、パティは自分の味方だとそう信じていると、自分を慰める方が楽だったのだ。
 私は不安になればなるほど、匂い袋の匂いを嗅ぎ安らぎを求めた。
 孤独感に押しつぶされそうになり、どれだけ暖炉に薪をくべ部屋を暖めても心も身体も温まることは無かった。
 真冬の嵐の中にたった一人取り残されて、遥か遠くの灯りを悲しく見ている。
 私には手の届かないものだと、諦めて毛布に包まり、ここだけが安心できる場所だと自分に言い聞かせていた。
 寂しくて、心が苦しくて、いつも重い石で胸の奥を押しつぶしているような感じがしていた。
 お母様の中にも、そんな辛さや寂しさがあったのかもしれない。
 だから子爵夫人に付け込まれてしまったのだ。
 
「気付け薬って、お母様みたいに使うものなのかな? 本当は何に使うもの?」
「侯爵夫人の使い方は、本来の使い方ではありません。でも、誰もそれを指摘しなかった。あまりにも日常に溶け込みすぎていて、不審に思わなかったのか……」

 以前の自分を思い出し、暗い気持ちになりながら疑問を口にすると、キム先生がそれをすぐに否定する。

「本来は気を失った人を、刺激のある匂いで気付かせる為に使うものです。ああそうです、だから誰も不審に思わなかったのでしょう。匂いが違うのですから」
「匂いが違う?」

 私と兄様が顔を見合わせていると、ガスパール先生はため息を一つついた後でテーブルの上の焼き菓子を指さした。

「これは甘い匂いがしますよね。ミルフィーヌお嬢様の好きなら甘い焼き菓子の匂いです」
「とっても美味しい匂いがするのよ」

 こくりと頷き、手を伸ばし焼き菓子を手に取ると、甘い匂いを吸い込む。

「でもとても嫌な匂いがしていたら、美味しいと勧められても食べたいと思わないでしょう? 食べられるものだとすら思わないかもしれません」
「あぁ、そうですね。例え方はちょっとあれですが、見た目や匂いに惑わされることは往々にしてあることだ」

 キム先生とガスパール先生は二人でウンウンと納得しているけれど、何だか私にはよく分からない。

「あれが普通の気付け薬の匂いでは無かったから、お母様が普段から手元に置いていても誰もおかしいと思わなかったということですか? お母様は気付け薬と言っていたけれど、本当はそう呼んでいるだけの違うものだと、周りは思っていたということ?」

 暫く考えた後、兄様はポンと手を打ったのだった。
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