184 / 212
治癒師の限界4
しおりを挟む
「ガスパール先生のせいじゃないの。怖い薬を使った人が悪いの。それに……」
お母様は気付け薬を、本来の気付け薬の用途とは違う使い方をしていた。
そもそも気付け薬というものは、失神したり意識を失いそうな時に使うものであって、気持ちを落ち着けるために使うものではない。
以前の私はそれを使われているのを社交の場で見た程度だったけれど、近くにいると、鼻にツンと来るような不快な匂いがしていたのは覚えている。
つまり、かなり刺激の強い匂いがするから、気軽に使えるものではないのだ。
けれどお母様の気付け薬の匂いはそうじゃない、薬草の様な匂いがする。というより、魔物に使う薬草そのものの匂いなのだろう。
この薬がキム先生の言う通り、依存性のあるものなのは以前の私の経験からも確かだ。
以前の記憶が戻った今だから分かる、以前の私は、些細なことで心が乱れる度に匂い袋を使い、不安になればなるほど匂い袋に頼った。
使っていくうちにあれがないと眠れなくなったし、数少ない社交の際は扇に匂い袋をこすりつけ匂い付けし、あの匂いが微かでもしてないと馬車に乗れない程に依存していた。
だからお母様も私と同じだったのだと思う。
あれが側にないと不安で、あの匂いが側にないと不安になるのがおかしいとすら思わない。扇に匂い袋を擦り付ける行為を異常だと思わないのだから、すでに心は壊れ始めていたのだと思う。
そして心だけでなく、あれは私の体を確実に壊していったのだと思う。
私は、滋養魔法と強壮魔法を子供が生まれてからも自分に掛けていた。
もう習慣になっていて、眠る前に掛けずにはいられなかった。
それがある時から、魔法の効きが急に悪くなった。
それは匂い袋の効き目が良くなるように少し改良したと、パティが告げた頃と一致していたと思う。
私の気鬱が酷くなってきたのが心配だからと、パティは言っていた。
改良された匂い袋は確かに効き目が良くなったけれど、私は精神の安定を手に入れて、それと同時に健康を手放してしまった。
滋養魔法と強壮魔法の効き目が感じられなくなり、治癒魔法を掛けても体の怠さが残るようになった。
自分の体に体調確認の魔法を掛けても病は確認できず、ただ体が弱っていると感じるだけだった。
既にガスパール先生も亡くなっていたから、パティが手配する治癒師しか診てくれる人はいなかった。
その治癒師に、これは治療出来ないと思うと言われ私は諦めてしまった。
諦めるのは簡単だった、元々望んでも手に入らないものは多かったから、健康もその一つなのだと、私の中から無くなったのだと簡単に納得してしまった。
それはすなわち、生きる気力が無くなったようなものだった。
諦めた後の私は、パティの支えなしでは満足に歩くことすら出来なくなった。
そして最後は、パティの手で命を落としすことになった。
以前の私はパティを信じることが楽だった、辛い現実に勇気を持ち立ち向かうよりも、部屋にこもり匂い袋に頼り、パティを信じる。
現実を理解し、自分には何も無く、信じているパティの姿すら嘘だと自覚するよりも、夫と子供が私ではなくパティを大切にしていると気がついても、部屋の中から庭で皆が楽しそうにお茶会をしているのを見ても、パティは自分の味方だとそう信じていると、自分を慰める方が楽だったのだ。
私は不安になればなるほど、匂い袋の匂いを嗅ぎ安らぎを求めた。
孤独感に押しつぶされそうになり、どれだけ暖炉に薪をくべ部屋を暖めても心も身体も温まることは無かった。
真冬の嵐の中にたった一人取り残されて、遥か遠くの灯りを悲しく見ている。
私には手の届かないものだと、諦めて毛布に包まり、ここだけが安心できる場所だと自分に言い聞かせていた。
寂しくて、心が苦しくて、いつも重い石で胸の奥を押しつぶしているような感じがしていた。
お母様の中にも、そんな辛さや寂しさがあったのかもしれない。
だから子爵夫人に付け込まれてしまったのだ。
「気付け薬って、お母様みたいに使うものなのかな? 本当は何に使うもの?」
「侯爵夫人の使い方は、本来の使い方ではありません。でも、誰もそれを指摘しなかった。あまりにも日常に溶け込みすぎていて、不審に思わなかったのか……」
以前の自分を思い出し、暗い気持ちになりながら疑問を口にすると、キム先生がそれをすぐに否定する。
「本来は気を失った人を、刺激のある匂いで気付かせる為に使うものです。ああそうです、だから誰も不審に思わなかったのでしょう。匂いが違うのですから」
「匂いが違う?」
私と兄様が顔を見合わせていると、ガスパール先生はため息を一つついた後でテーブルの上の焼き菓子を指さした。
「これは甘い匂いがしますよね。ミルフィーヌお嬢様の好きなら甘い焼き菓子の匂いです」
「とっても美味しい匂いがするのよ」
こくりと頷き、手を伸ばし焼き菓子を手に取ると、甘い匂いを吸い込む。
「でもとても嫌な匂いがしていたら、美味しいと勧められても食べたいと思わないでしょう? 食べられるものだとすら思わないかもしれません」
「あぁ、そうですね。例え方はちょっとあれですが、見た目や匂いに惑わされることは往々にしてあることだ」
キム先生とガスパール先生は二人でウンウンと納得しているけれど、何だか私にはよく分からない。
「あれが普通の気付け薬の匂いでは無かったから、お母様が普段から手元に置いていても誰もおかしいと思わなかったということですか? お母様は気付け薬と言っていたけれど、本当はそう呼んでいるだけの違うものだと、周りは思っていたということ?」
暫く考えた後、兄様はポンと手を打ったのだった。
お母様は気付け薬を、本来の気付け薬の用途とは違う使い方をしていた。
そもそも気付け薬というものは、失神したり意識を失いそうな時に使うものであって、気持ちを落ち着けるために使うものではない。
以前の私はそれを使われているのを社交の場で見た程度だったけれど、近くにいると、鼻にツンと来るような不快な匂いがしていたのは覚えている。
つまり、かなり刺激の強い匂いがするから、気軽に使えるものではないのだ。
けれどお母様の気付け薬の匂いはそうじゃない、薬草の様な匂いがする。というより、魔物に使う薬草そのものの匂いなのだろう。
この薬がキム先生の言う通り、依存性のあるものなのは以前の私の経験からも確かだ。
以前の記憶が戻った今だから分かる、以前の私は、些細なことで心が乱れる度に匂い袋を使い、不安になればなるほど匂い袋に頼った。
使っていくうちにあれがないと眠れなくなったし、数少ない社交の際は扇に匂い袋をこすりつけ匂い付けし、あの匂いが微かでもしてないと馬車に乗れない程に依存していた。
だからお母様も私と同じだったのだと思う。
あれが側にないと不安で、あの匂いが側にないと不安になるのがおかしいとすら思わない。扇に匂い袋を擦り付ける行為を異常だと思わないのだから、すでに心は壊れ始めていたのだと思う。
そして心だけでなく、あれは私の体を確実に壊していったのだと思う。
私は、滋養魔法と強壮魔法を子供が生まれてからも自分に掛けていた。
もう習慣になっていて、眠る前に掛けずにはいられなかった。
それがある時から、魔法の効きが急に悪くなった。
それは匂い袋の効き目が良くなるように少し改良したと、パティが告げた頃と一致していたと思う。
私の気鬱が酷くなってきたのが心配だからと、パティは言っていた。
改良された匂い袋は確かに効き目が良くなったけれど、私は精神の安定を手に入れて、それと同時に健康を手放してしまった。
滋養魔法と強壮魔法の効き目が感じられなくなり、治癒魔法を掛けても体の怠さが残るようになった。
自分の体に体調確認の魔法を掛けても病は確認できず、ただ体が弱っていると感じるだけだった。
既にガスパール先生も亡くなっていたから、パティが手配する治癒師しか診てくれる人はいなかった。
その治癒師に、これは治療出来ないと思うと言われ私は諦めてしまった。
諦めるのは簡単だった、元々望んでも手に入らないものは多かったから、健康もその一つなのだと、私の中から無くなったのだと簡単に納得してしまった。
それはすなわち、生きる気力が無くなったようなものだった。
諦めた後の私は、パティの支えなしでは満足に歩くことすら出来なくなった。
そして最後は、パティの手で命を落としすことになった。
以前の私はパティを信じることが楽だった、辛い現実に勇気を持ち立ち向かうよりも、部屋にこもり匂い袋に頼り、パティを信じる。
現実を理解し、自分には何も無く、信じているパティの姿すら嘘だと自覚するよりも、夫と子供が私ではなくパティを大切にしていると気がついても、部屋の中から庭で皆が楽しそうにお茶会をしているのを見ても、パティは自分の味方だとそう信じていると、自分を慰める方が楽だったのだ。
私は不安になればなるほど、匂い袋の匂いを嗅ぎ安らぎを求めた。
孤独感に押しつぶされそうになり、どれだけ暖炉に薪をくべ部屋を暖めても心も身体も温まることは無かった。
真冬の嵐の中にたった一人取り残されて、遥か遠くの灯りを悲しく見ている。
私には手の届かないものだと、諦めて毛布に包まり、ここだけが安心できる場所だと自分に言い聞かせていた。
寂しくて、心が苦しくて、いつも重い石で胸の奥を押しつぶしているような感じがしていた。
お母様の中にも、そんな辛さや寂しさがあったのかもしれない。
だから子爵夫人に付け込まれてしまったのだ。
「気付け薬って、お母様みたいに使うものなのかな? 本当は何に使うもの?」
「侯爵夫人の使い方は、本来の使い方ではありません。でも、誰もそれを指摘しなかった。あまりにも日常に溶け込みすぎていて、不審に思わなかったのか……」
以前の自分を思い出し、暗い気持ちになりながら疑問を口にすると、キム先生がそれをすぐに否定する。
「本来は気を失った人を、刺激のある匂いで気付かせる為に使うものです。ああそうです、だから誰も不審に思わなかったのでしょう。匂いが違うのですから」
「匂いが違う?」
私と兄様が顔を見合わせていると、ガスパール先生はため息を一つついた後でテーブルの上の焼き菓子を指さした。
「これは甘い匂いがしますよね。ミルフィーヌお嬢様の好きなら甘い焼き菓子の匂いです」
「とっても美味しい匂いがするのよ」
こくりと頷き、手を伸ばし焼き菓子を手に取ると、甘い匂いを吸い込む。
「でもとても嫌な匂いがしていたら、美味しいと勧められても食べたいと思わないでしょう? 食べられるものだとすら思わないかもしれません」
「あぁ、そうですね。例え方はちょっとあれですが、見た目や匂いに惑わされることは往々にしてあることだ」
キム先生とガスパール先生は二人でウンウンと納得しているけれど、何だか私にはよく分からない。
「あれが普通の気付け薬の匂いでは無かったから、お母様が普段から手元に置いていても誰もおかしいと思わなかったということですか? お母様は気付け薬と言っていたけれど、本当はそう呼んでいるだけの違うものだと、周りは思っていたということ?」
暫く考えた後、兄様はポンと手を打ったのだった。
643
あなたにおすすめの小説
なぜ、私に関係あるのかしら?
シエル
ファンタジー
「初めまして、アシュフォード公爵家一女、セシリア・アシュフォードと申します」
彼女は、つい先日までこの国の王太子殿下の婚約者だった。
そして今日、このトレヴァント辺境伯家へと嫁いできた。
「…レオンハルト・トレヴァントだ」
非道にも自らの実妹を長年にわたり虐げ、婚約者以外の男との不適切な関係を理由に、王太子妃に不適格とされ、貴族学院の卒業式で婚約破棄を宣告された。
そして、新たな婚約者として、その妹が王太子本人から指名されたのだった。
「私は君と夫婦になるつもりはないし、辺境伯夫人として扱うこともない」
この判断によって、どうなるかなども考えずに…
※ 中世ヨーロッパ風の世界観です。
※ ご都合主義ですので、ご了承下さい、
※ 画像はAIにて作成しております
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
結婚しても別居して私は楽しくくらしたいので、どうぞ好きな女性を作ってください
シンさん
ファンタジー
サナス伯爵の娘、ニーナは隣国のアルデーテ王国の王太子との婚約が決まる。
国に行ったはいいけど、王都から程遠い別邸に放置され、1度も会いに来る事はない。
溺愛する女性がいるとの噂も!
それって最高!好きでもない男の子供をつくらなくていいかもしれないし。
それに私は、最初から別居して楽しく暮らしたかったんだから!
そんな別居願望たっぷりの伯爵令嬢と王子の恋愛ストーリー
最後まで書きあがっていますので、随時更新します。
表紙はエブリスタでBeeさんに描いて頂きました!綺麗なイラストが沢山ございます。リンク貼らせていただきました。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
あなたの姿をもう追う事はありません
彩華(あやはな)
恋愛
幼馴染で二つ年上のカイルと婚約していたわたしは、彼のために頑張っていた。
王立学園に先に入ってカイルは最初は手紙をくれていたのに、次第に少なくなっていった。二年になってからはまったくこなくなる。でも、信じていた。だから、わたしはわたしなりに頑張っていた。
なのに、彼は恋人を作っていた。わたしは婚約を解消したがらない悪役令嬢?どう言うこと?
わたしはカイルの姿を見て追っていく。
ずっと、ずっと・・・。
でも、もういいのかもしれない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる