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Season.01 戒晴
Diary.08 色香に弟──teenage dream,
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──眠りから覚めると、隣で姉が眠っていた。
僕を抱き枕か何かだと勘違いしているのか、僕の頭を自分の胸の谷間へと抱き寄せている。柔らかい。良い匂いがする。誰が今の僕と同じ状況になったとしても感じるだろう感想しか浮かばない。欲情なんてもっての他。とにかく抱き寄せる力が強すぎて窒息しそうだ。
またかよ。
そんな感じ。美しくて麗しい姉は弥生の一時のみで、もうそれも終わってしまった。今は卯月が始まり、姉も卯月と化している。もうそれはただの比喩なんかではなくて、八日前から事実として刻まれ続けている。
「卯月、起きて。その、苦しいから」
そろそろ限界と臨界が見え始めている。バタバタ、ドンドンととりあえずのたうち回ってみる。そこはさすがに素直に解放してくれた。卯月の卯月はとにかく優しいから。
「……ん。……おはよう、碧。今日も元気だねぇ」
目を瞑ったまま口の端を上げて卯月が言う。容姿は年中変わらずこのただのモデルやアイドルよりも可愛い顔と最高のスタイル。いやその、全っ然気にしてないから。実の姉のルックスなんか正直どうでもいいから。
ダメだ、またこの無防備なことを咎めるのを忘れていた。というか無防備以前にわざわざ僕の部屋まで入ってきてその上ベッドの中に入ってくるなんて。
「だからさ、何回も言ってるでしょ」
「ごめんごめん。朝ご飯でチャラね。あーさごーはんつっくりましょー」
自由の女神か。マジで自由すぎる。
僕のベッドに正座を崩したような座り方で大きく欠伸を一つ。ボサボサの天然パーマの短髪を掻く。この女はアロマディフューザーかよと思うくらいまた良い匂いがする。そして立ち上がって部屋を出て階下へ下りていってしまった。まるで一人の動物をウォッチングしているみたいだ。巷では女優やモデルのモーニングルーティーンとやらが流行っているが、こんなもの見せられない。いや、これもまたギャップというやつなのか?
少しの間ボーっとした後、僕も部屋着姿のまま階段を下りていった。いつもより早めな起床は、完全になんとなくだ。別に今日が入学式だからというわけではない。確かに、高校生になることには胸を高鳴らせてはいるが。
もう高校生だと言うことを考えると、気分が高揚する。卯月の作る朝ごはんの香りが鼻腔を掠める。卯月の朝ごはんがあればさらに上乗せして気分が高鳴る。それが空野卯月の料理であり、かつ空野卯月である。
「眠たいわね~、ふぁぁ~。今日が入学式なんだっけ? はい、おみそ汁」
カウンター越しにみそ汁の入ったお椀を受け取り、ダイニングに着席した。
「お母さんもお父さんも帰って来れなくて残念。でも安心して、私がいるわ」
卯月は自分の分のみそ汁を掬うためにおたまを持っていたのに、それをぶんぶん振って僕に突き付けてくる。お行儀が悪いからやめような。気持ちは確かにありがたいけど。
お母さんもお父さんも同じ職場で働いているのに、二人とも海外で働いているからなかなか帰って来ない。二つ年上の卯月がいてくれるし、必要なものは全部勝手に銀行に振り込まれているから心配はない。それに卯月がいてくれていることで、僕はなんというか。……寂しくはない。空野卯月という人物が騒がしくて喧しくてけたたましいから、こっちも全く暇はしない。
「昨日はお姉ちゃん、眠れなかったわ……」
「いやめっちゃ寝てたじゃん」
そう、僕のベッドでな。
ああいうのが毎日続くと、「今日もか」という呆れの方が勝ってしまい、15歳に標準装備されている煩悩もはたらいて許してしまいそうになるが、ダメだ。相手は実の姉。手を出そうもんなら僕が自分で命を絶つ。でもまあ。僕からはお触り禁止を守っているので、向こうから来られる分には──いやダメだろ。
「碧ももう高校生なんだって思ったら感慨に耽っちゃってね。私もお姉ちゃんとして、ちゃんとしなきゃね!」
ふんす、と息を巻いた音がしたような気がした。にへらと口元が緩む、あるいは綻ぶ感じの笑顔が卯月の笑顔だ。見ているとこちらまで笑顔が綻んでしまいそうになる。改めて卯月の顔を正面からちゃんと見ると、やっぱりこの人はそこらの女子とはステージが違うことが分かる。凛々しくてクール系な顔をしているのに、起こす言動がいちいち天然で可愛らしい。ってあれ。めちゃくちゃ僕、卯月のこと好きじゃん。
「ど、どうしたの? 歯に何か付いてる?」
「うん、わかめが挟まってるよ」
見惚れている時にあんまり本当に顔に何か付いていたり歯に何か挟まっていたり……などしないものだが、そういうドジさも卯月の個性。でもめちゃくちゃ優しい。本当のお母さんをそう呼んでいた時期の記憶がないのにも関わらず、卯月のことをママと呼んでしまうことがある。その時のことを思い出して恥ずかしくなり、しれっと話題を逸らす。
「そうは言ってもさ、卯月も高校三年生になるんだよ。受験だよ」
卯月が箸を一瞬止める。僕には気付かれまいと思ってすぐにまた食事を再開したが、その一瞬を見逃すわけがなかった。
「どうしたの」
いたずらがバレた幼い子どものような困り顔をして、卯月が話してくれた。
「私には関係ないことだなーって思っただけだよ。それに、三年生になるって自覚も全然ないや」
とても寂しそうに、自分の存在自体を蔑むように卯月は笑った。こんな思いをさせてしまうなら、僕が余計なことを言わなければ良かった。こんな、卯月を困らせて悲しませて、はっきりと自覚させて何が楽しいのか。
「大丈夫、まだ時間はあるから!」
そんな言葉で卯月が救われたとは思わなかったが、卯月は社交辞令的に「ありがとう」とまたにへら、とはにかんだ。その笑顔がどうしても痛々しく思えてしまった。
僕を抱き枕か何かだと勘違いしているのか、僕の頭を自分の胸の谷間へと抱き寄せている。柔らかい。良い匂いがする。誰が今の僕と同じ状況になったとしても感じるだろう感想しか浮かばない。欲情なんてもっての他。とにかく抱き寄せる力が強すぎて窒息しそうだ。
またかよ。
そんな感じ。美しくて麗しい姉は弥生の一時のみで、もうそれも終わってしまった。今は卯月が始まり、姉も卯月と化している。もうそれはただの比喩なんかではなくて、八日前から事実として刻まれ続けている。
「卯月、起きて。その、苦しいから」
そろそろ限界と臨界が見え始めている。バタバタ、ドンドンととりあえずのたうち回ってみる。そこはさすがに素直に解放してくれた。卯月の卯月はとにかく優しいから。
「……ん。……おはよう、碧。今日も元気だねぇ」
目を瞑ったまま口の端を上げて卯月が言う。容姿は年中変わらずこのただのモデルやアイドルよりも可愛い顔と最高のスタイル。いやその、全っ然気にしてないから。実の姉のルックスなんか正直どうでもいいから。
ダメだ、またこの無防備なことを咎めるのを忘れていた。というか無防備以前にわざわざ僕の部屋まで入ってきてその上ベッドの中に入ってくるなんて。
「だからさ、何回も言ってるでしょ」
「ごめんごめん。朝ご飯でチャラね。あーさごーはんつっくりましょー」
自由の女神か。マジで自由すぎる。
僕のベッドに正座を崩したような座り方で大きく欠伸を一つ。ボサボサの天然パーマの短髪を掻く。この女はアロマディフューザーかよと思うくらいまた良い匂いがする。そして立ち上がって部屋を出て階下へ下りていってしまった。まるで一人の動物をウォッチングしているみたいだ。巷では女優やモデルのモーニングルーティーンとやらが流行っているが、こんなもの見せられない。いや、これもまたギャップというやつなのか?
少しの間ボーっとした後、僕も部屋着姿のまま階段を下りていった。いつもより早めな起床は、完全になんとなくだ。別に今日が入学式だからというわけではない。確かに、高校生になることには胸を高鳴らせてはいるが。
もう高校生だと言うことを考えると、気分が高揚する。卯月の作る朝ごはんの香りが鼻腔を掠める。卯月の朝ごはんがあればさらに上乗せして気分が高鳴る。それが空野卯月の料理であり、かつ空野卯月である。
「眠たいわね~、ふぁぁ~。今日が入学式なんだっけ? はい、おみそ汁」
カウンター越しにみそ汁の入ったお椀を受け取り、ダイニングに着席した。
「お母さんもお父さんも帰って来れなくて残念。でも安心して、私がいるわ」
卯月は自分の分のみそ汁を掬うためにおたまを持っていたのに、それをぶんぶん振って僕に突き付けてくる。お行儀が悪いからやめような。気持ちは確かにありがたいけど。
お母さんもお父さんも同じ職場で働いているのに、二人とも海外で働いているからなかなか帰って来ない。二つ年上の卯月がいてくれるし、必要なものは全部勝手に銀行に振り込まれているから心配はない。それに卯月がいてくれていることで、僕はなんというか。……寂しくはない。空野卯月という人物が騒がしくて喧しくてけたたましいから、こっちも全く暇はしない。
「昨日はお姉ちゃん、眠れなかったわ……」
「いやめっちゃ寝てたじゃん」
そう、僕のベッドでな。
ああいうのが毎日続くと、「今日もか」という呆れの方が勝ってしまい、15歳に標準装備されている煩悩もはたらいて許してしまいそうになるが、ダメだ。相手は実の姉。手を出そうもんなら僕が自分で命を絶つ。でもまあ。僕からはお触り禁止を守っているので、向こうから来られる分には──いやダメだろ。
「碧ももう高校生なんだって思ったら感慨に耽っちゃってね。私もお姉ちゃんとして、ちゃんとしなきゃね!」
ふんす、と息を巻いた音がしたような気がした。にへらと口元が緩む、あるいは綻ぶ感じの笑顔が卯月の笑顔だ。見ているとこちらまで笑顔が綻んでしまいそうになる。改めて卯月の顔を正面からちゃんと見ると、やっぱりこの人はそこらの女子とはステージが違うことが分かる。凛々しくてクール系な顔をしているのに、起こす言動がいちいち天然で可愛らしい。ってあれ。めちゃくちゃ僕、卯月のこと好きじゃん。
「ど、どうしたの? 歯に何か付いてる?」
「うん、わかめが挟まってるよ」
見惚れている時にあんまり本当に顔に何か付いていたり歯に何か挟まっていたり……などしないものだが、そういうドジさも卯月の個性。でもめちゃくちゃ優しい。本当のお母さんをそう呼んでいた時期の記憶がないのにも関わらず、卯月のことをママと呼んでしまうことがある。その時のことを思い出して恥ずかしくなり、しれっと話題を逸らす。
「そうは言ってもさ、卯月も高校三年生になるんだよ。受験だよ」
卯月が箸を一瞬止める。僕には気付かれまいと思ってすぐにまた食事を再開したが、その一瞬を見逃すわけがなかった。
「どうしたの」
いたずらがバレた幼い子どものような困り顔をして、卯月が話してくれた。
「私には関係ないことだなーって思っただけだよ。それに、三年生になるって自覚も全然ないや」
とても寂しそうに、自分の存在自体を蔑むように卯月は笑った。こんな思いをさせてしまうなら、僕が余計なことを言わなければ良かった。こんな、卯月を困らせて悲しませて、はっきりと自覚させて何が楽しいのか。
「大丈夫、まだ時間はあるから!」
そんな言葉で卯月が救われたとは思わなかったが、卯月は社交辞令的に「ありがとう」とまたにへら、とはにかんだ。その笑顔がどうしても痛々しく思えてしまった。
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