異世界の神子は、逆ハーを望まない

一花八華

文字の大きさ
24 / 49
第1章

20

しおりを挟む

「む。何の騒ぎだ?」

海からの帰り、その日宿泊する予定の宿の付近で、荒れる声が耳に入る。

冷たい男の声と、それにすがりつくような感情的な女性の声。

「さぁ?痴話喧嘩かなんかじゃない?」

そんな事よりも、早く宿に戻ろうよ。僕、もうくたくたなんだけど…っとセシル君は、げんなりさせた顔で呟いている。

「しかし…宿の前で騒いでいるからな…」

どうしたものか…とルドルフさんが、顎に手をあて思案している。私も、そちらへと目をやる…

「あれ?ヴォルフ?」

先に戻った筈のヴォルフの姿。男の声は、ヴォルフだった。…私は、ヴォルフのあんなに冷たい声を、聞いた事がない…。

「それに…」

すがりつくように泣いているのは…女性というより…少女?私より、背中姿しか見れないけれど、少し下の…金色のふわふわとした長い髪が、街灯の下でキラキラと光輝いている。

「…ヴォルフ?…何?別れ話のもつれとか何か?ほんっと…いい加減にしてよね。」

イライラとした様子で、セシル君が顔をしかめる。

「このままでは、中に入りずらい上に、宿にも迷惑がかかるな。私がなんとかしてくる。二人は此処で待っていてくれ。」

ルドルフさんが、私とセシル君をその場に残し、ヴォルフと少女?の元に行ってしまった。

「此処。あいつの生まれ育った街だからね。大方、昔の恋人の一人に見つかって詰め寄られてるんじゃないの?」

呆れたように話すセシル君。
ヴォルフの生まれ育った街。
そうなんだ。だから、この街の案内をかってでてくれたり、常連なお店があったりしたんだ。

街を見て、時折、眉をしかめていたヴォルフの横顔が思い出された。

「ほら。行くよ。なんとかなったみたい。」

ぼーっとしていた私の腕を、セシル君が手に取り歩きだす。少女は、お付きの人らしき初老の男性に手を引かれ、馬車に乗り込むところだった。そしてヴォルフは…

無感情な顔を少女に向け、直ぐに踵を返し宿へと入っていく。

「…。捨てた女には、興味がない…ていう事か。ほんっと…酷い奴。」

苦々しくセシル君が呟いた。
私は、黙ってそれを聞き。

ヴォルフの背中を目で追った。



◇◇◇


眠れない。
昼間の出来事や、宿の前で目にした光景が気になって…とてもじゃないけど眠れそうにない。

優しかったり、蠱惑的だったり、軽い軟派男かと思えば、悲痛な面持ちで拒絶や懇願をしてくる…。

気遣ったりチャラけたりする姿ばかり見てきたけど…あんな風に冷たく…無感情な顔で人を見る事もあるんだ…。

この街に着いてから、ヴォルフの知らない顔ばかり目にしている。

…ううん。

私、ヴォルフの事…何も知らない。


ー知りたい。



そう心で呟くとともに、私の足は、ヴォルフの部屋へと向かっていた。





ーコンコン。

扉を軽くノックしてみる。


返事は、ない。
もう寝ちゃったのかな。

自分の部屋に戻ろうかと、手を卸した時

ーヴッ…ヴぁああぁ!!

っと呻く声が、聞こえた。

「ヴォルフ?どうしたの?」

扉に手をかけ、中にいるヴォルフに問いかける。

ーヴぅううっ… ああぁああ!!

返事の代わりに聞こえてくるのは、苦しそうな呻き声。

ー扉に鍵は…かかって…ない!

「ヴォルフっごめん!勝手に入るよ!」

ガチャっと扉を開け、中に入る。
部屋の中の明かりは、消えていて、閉ざされたカーテンの隙間から、微かに月の光が零れている。


「…っじょう…さん?」

掠れるように聞こえるヴォルフの声。

「ヴォルフ?どうしたの!?すごく苦しそうな呻き声が聞こえて…それで私…」
「帰れ。」

底冷えのするような冷たさを孕んだ声が、静かに落とされた。

「…ヴォルフ?」

「何故、此処に…きた。」

ーそれは…。此処に来てしまった理由。それを思い浮かべ、私は言い淀む。

「そんな事よりヴォルフ、どこか悪いんでしょ!?大丈夫なの!?」

ベッドの端に座り呻く、ヴォルフの影にソッと手を伸ばす。

「…ッ!来るな!俺に触れるな!ほっといてくれ!!」

拒絶の声が、部屋に響く。暗がりの中でも、荒々しく肩で息をし、苦しんでいる様子が伺える。


「そんなに苦しそうにしてるのに…ほっとけるわけないでしょ!!」

ヴォルフの肩に手をおき、その顔を確認しようと覗き込んだ。

「止めろ!」

そう呻き、手を払われた時…カーテンも共に開く。


そこにあったのは、卸された銀髪に…警戒されたようにピンと立つ2つの獣の耳…そして外された眼帯と、私を見つめる金色と銀色の瞳。


美しい銀狼が、苦悶の表情を浮かべ、私を見つめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

妻の遺品を整理していたら

家紋武範
恋愛
妻の遺品整理。 片づけていくとそこには彼女の名前が記入済みの離婚届があった。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...