異世界の神子は、逆ハーを望まない

一花八華

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第2章

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「ミコト……大丈夫? 」

 さわさわと頬を風が緩やかに撫でる。木々の間から漏れる木漏れ日は、どこか擽ったくて、思わず目を細める。久しぶりに浴びた日の光と草木の香りに、ほんの少しだけ気持ちが和らぐ。

「ん……大丈夫だよ。だいぶ落ち着いたから」

 そう言って、隣に座るセシル君に笑いかける。大丈夫、ちゃんと笑えてるよね?

 魔王城の庭園で、私は今、セシル君と木陰に座り微睡んでいる。与えられた白い部屋で、ただ時を過ごす私を気遣い、セシル君が連れ出してくれたのだ。

 セシル君に声をかけられなければ、私は部屋に籠ったままだったと思う。正直、誰かに連れ出されなければ何処にもいけないだろう。私には常に、監視と制限がある。この世界に連れ去られてからずっとそうだったという事に、真実を知ってから気付いた。

 そうして魔王の城に連れ去られ、ヴォルフから衝撃の真実を告げられ、一週間……私は何もできないでいる。逃げ出すことも、心を決めることも。混乱はすぐに収まった。ただ、真実を知った事で、自分がどうしたいのか……それがわからないでいる。

 神子とか器とか……こちらの世界の都合で誘拐されて、騙されて、囲われて。あまつさえ子どもを産めだなんて、人権も何もない。いや、異世界人の私には、もともとこの世界で人権なんてないのだろう。

 そんな風に扱われて、この世界の人を憎んでもおかしくないのに……自分がもし逃げ出したら、この世界はどうなってしまうのだろう……なんて心配してしまう私は、とんだお人好しだなって笑ってしまう。

「私って馬鹿だなぁ……」

 思わず漏れた苦笑い。自嘲気味に零した言葉を拾いあげるように、左手に白い手が重ねられた。隣に目を向けると、眉をしかめたセシル君が、口元をぎゅっと結んで私を見つめる。

「……ごめん」
「え? 」

 ぽそりと零された言葉。その苦しげにな声色に、目を見開く。

「ごめん。ミコト……」
「ど……どうしたの? 急に……」

 わなわなと震えながら、私の手をギュッと握りしめるセシル君。そこから先の言葉を、飲み込むように下を向く。

「えっと……なにかわからないけど、大丈夫だよ? 私、セシル君の事、何も怒ってないし、気にしなくていいから」

 腰を屈め、視線を合わせる。瞬くと、音を立てそうなくらい長いセシル君の睫毛。その下にある大きな赤い瞳が、僅かに潤んでいるように見えた。

「だから……あやまら……」

ないで。っと続けた言葉は、驚きと共に消えた。

「セ……セシル……君? 」

 頬に、セシル君の白いふわふわの髪が触れる。痛いくらいに抱き締められ、そのまま地面へと倒れ込む。

「あ……あの。どっどうしたの? 」

 ぎゅっと力を込められた腕は、逃がさないとでも言ってるかのようで、胸が苦しくなる。

「……ねぇ。なんで怒らないの? なんで笑ってんのさ……大丈夫とか……笑って……平気なふりして……」

「怒りなよ。怒って、汚く罵って、恨み辛みをぶつけてきなよ」

 込められた力が苦しくて、「離して」っと言おうとしてやめる。

 私を抱きしめる、セシル君のその腕から小さな震えを感じたから。何も言えず黙り込む私に、セシル君はぽつりぽつりと言葉を落とす。

「笑わないでよ。僕に笑顔なんて、向けないで」

 小さな声。消え入りそうな言葉。


「……騙してたなって怒ってよ。顔も見たくない!私の前に現れるな!って、こっちに来ないでって、触れないでって……」

 零される言葉。その全てが、まるでセシル君の悲鳴のようで……


「気持ち悪いから……って……ちゃんと拒絶してよ……ミコト」



「……しないよ。セシル君の事……拒絶なんかする筈ない」

 背中に手を回し抱き締め返していた。私の、仕草と言葉に、彼の背中がピクリと跳ねる。

「……騙してなんか、なかったんでしょ? 」

 そう告げると、ひゅっと息を飲む音が聞こえた。体を起こし、私の顔を覗き込むセシル君。その目は、大きく見開かれている。

「……知らなかったんでしょ? セシル君は、神子の役目を……」

見上げて笑うと、セシル君の顔がくしゃりと歪んだ。歪んで、震えて、崩れ落ちそうで

「……あんた……馬鹿なの? どうして、僕が……あんたを騙してないって……いいきれるのさ」

「馬鹿じゃないの」そう呟かれる言葉に、なんだか安心してしまう。その言葉の中に含まれる、私への気遣いや情を感じて。

「馬鹿だけど、それはわかるよ。だってセシル君は、私の事大好きでしょ? 」

 そう言って返すと、泣き出しそうだった顔が途端に真っ赤に茹で上がり、眉がグイッと釣り上がる。

「はっ!? ばっ……あんっ……なにを! 」

「本気で嫌ってて、本気で好きになってくれたんでしょ? そう言ってくれたよね。セシル君って役目とかで人を好きにとかなれないよね。それともあれ、嘘だった? 」

 私の言葉にはくはくと口を開閉させながら、慌てるセシル君。その姿が可愛くて意地悪く返してしまう。あー我ながら、ちょっと……いや、だいぶ性格が悪いかも……いや、これは可愛すぎるセシル君が悪いんだ。掌でころころ転がるこの感じが、なんというかもう……

「……う」
「う?」

「嘘じゃない! 好きだよ! 前にも言った! 好き好き好き! 大好きだよ! 馬鹿みたいにお人好しで、真面目で、一生懸命で、前向きすぎる馬鹿なミコトが大好き!抱きしめて、キスして、その先だって考えちゃうくらいあんたが好き! こんなに大好きなのに何も知らなくて、何も力になれない自分が心底嫌で大嫌い! これで満足!?」

 顔を赤らめ、目を真っ赤に潤ませたセシル君。好きを連呼され、ぎゅうっと抱き締めなおされる。


「役目でもいいから……ミコトを抱きたい……そんな事考えちゃう自分が嫌なんだ……気持ち悪いよね。ごめん。本当にごめん。ねぇ、ミコト……僕の事……嫌わないで……」

 

 
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