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第2章
~大人になった日~3
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腰をかけた芝生の上、ローレルの木の下。風に揺れる度、柔らかな光が木々の切れ間から零れ落ちてくる。
「ありがとう。誘ってくれて」
隣にいるミコトの声と向けられた笑顔に、胸がどうしようもなく締め付けられ、息苦しさを覚える。
【ミコトは、知っている】
ヴォルフの口から耳にしたあの日から、ミコトを避けていた。僕がミコトを好きな気持ちは、嘘じゃない。だけど、ミコトからしたら……僕が彼女を好きだと言った事は……きっと【護衛の役目】だからだと思われる。合わせる顔なんて持ち合わせてない。
歳だけ重ねて形だけ大人になっても、僕はやっぱりガキで、自分の事しか考えられない奴なんだ。避けて、いっそこのまま消えてしまおうと思っていた。ミコトの前から。ミコトに拒絶されたら、僕は平静でいられる自信なんてない。人を好きになったのが初めてだから、好きになった相手から……拒絶されるのが怖い。
「はっ……笑える。ダレに嫌われようが、興味もなかったくせに【嫌われたくない】だなんて……今更」
あの日の夜、ダークグリーンの天井を見上げながら自嘲気味に笑った。そう、僕は他人にどう思われようが平気だった。今までそうだったし、これからもそのつもりだった。それなのに……左手で覆っていた眼。くしゃりと白い髪をかきむしる。僕の嫌いな髪。白い髪に赤い眼。【魔族の子】だ! っと蔑まれ忌み嫌われた僕の醜いこの姿。
魔力の高い僕は、普通の母から産まれた。白い肌に白い髪。冷たい体温に高すぎる魔力。
普通の人間の母が産んだ普通じゃない僕。人は異質なモノを受け入れない。魔族に排他的な村だったから、人らしくない僕とそれを生んでしまった母は迫害された。
蔑み、拒絶され、罵られ、向けられてきた眼。拾われ、魔術師となり役職についたとたん反された手の平。媚びへつらう中に混じる嫉妬や畏怖。取り入り、利用しようと向けられる醜い感情。人は汚い。僕は誰も信じない。魔力がないと僕には価値がない。僕が魔術師でいれば母さんを守れる。だから、僕は必死で魔法を覚え役に立つ存在でいた。向けられる感情を見ないようにして。
「どんどんと枯渇していく魔力をひた隠して……周りを欺いてきた報いがきたのかな……」
神子の相手には、魔力の高い者が選ばれる。それは、神子に次の魔王を産ませる為だ。
「……僕は……きっと選ばれない。選ばれるのは、ヴォルフだ」
身体の異変が起きたのは一年前から。魔王城へ呼ばれてから、魔力が徐々に減っていった。魔力のない、魔術師なんて役に立たずにお払い箱だ。身体の弱い母さんを路頭に迷わせるわけにはいかない。誰にも気付かれないよう、必死に誤魔化してやってきたのに……
「きっと、役立たずな僕は不要になる」
母さんをどう守っていこうか……そう焦る筈なのに、ミコトの相手になれない事、ミコトが抱かれるのがヴォルフだと思うと、イライラとした気持ちが沸き上がり、何もかも壊してしまいたい衝動に駆られる。
だから、「神子の好意があるうちに、抱け」そう命令された時、喜んでしまった。「命令だから仕方ない」なんてしぶしぶミコトを呼び出し誘って……木漏れ日の中、向けられた笑顔にときめいた。【彼女を僕のモノにしたい】そう願ってしまう、醜くて汚くて疚しくて意地汚い、そんな僕は、ミコトに嫌われて拒絶されるべきだ。
「私って馬鹿だなぁ」
そんな風に笑う彼女に、僕は邪な感情を抱く。この世界の都合で人生をめちゃくちゃにされ、尊厳も人権も全てを奪われかけているのに、そんな自分を「ばかだな」って笑うお人好しなミコト。そんな彼女の全てが欲しい。僕は色んなモノを失った彼女から、更に奪おうとしてるんだ。
「……ごめん」
はらはらと落ちるローレルの葉。隣に座るミコトの手を思わず握りしめ口にする。
「ごめん。ミコト……」
懺悔した所で、赦されるわけじゃない。赦されるなんて思ってない。奪われ続ける君から、更に欲しいと願ってしまう僕は、この世で一番醜く酷い生き物で、心まで【バケモノ】なんだろう。
「えっと……なにかわからないけど、大丈夫だよ? 私、セシル君の事、何も怒ってないし、気にしなくていいから」
自分よがりに謝る僕に、ミコトは腰を屈め、視線を合わせてくる。黒くて綺麗な瞳。僕の好きなその眼に、僕の醜い赤い眼が映ってて……
「だから……あやまら……」
ミコトの言葉に何かがきれた。
「セ……セシル……君? 」
ー驚く声。
「あ……あの。どっどうしたの? 」
ー困惑する彼女の声。だめだよ。ミコト。許しちゃだめ。そんな風に僕に気を許して、僕に優しくして、笑いかけて……自分が一番辛い筈なのに僕の心配をしてきて……馬鹿だなぁ。
「……ねぇ。なんで怒らないの? なんで笑ってんのさ……大丈夫とか……笑って……平気なふりして……」
「怒りなよ。怒って、汚く罵って、恨み辛みをぶつけてきなよ」
騙されてたんだよ?それだけじゃない。これからもっと酷い目にあうんだよ?不安でしょ?
「笑わないでよ。僕に笑顔なんて、向けないで」
本当に馬鹿。
「……騙してたなって怒ってよ。顔も見たくない!私の前に現れるな!って、こっちに来ないでって、触れないでって……」
僕もこの世界の人間なんだよ?君を騙した世界の人間。その上、君を抱きたいと思ってるんだ。
「気持ち悪いから……って……ちゃんと拒絶してよ……ミコト」
お願い拒絶して。僕がミコトを諦められるように。他の奴みたいに、【バケモノ】ってちゃんと拒絶してよ……お願い。
そう思いを込めて、言葉を落とした。落とす度に胸にナイフが突きつけられ、ぐさぐさに引き裂かれ、痛みで声が震えてしまう。
拒絶されなきゃいけない。
魔力の尽きかけた僕は、無能でたとえ僕とこどもを作っても……ミコトの役目は終わらない。
魔力の枯渇している僕に、ミコトを抱く権利なんて本当は最初からないんだ。
ーだから……拒絶して。
君が好きだけど、僕は君を好きになる権利なんて本当に何処にもないんだから。
「……しないよ。セシル君の事……拒絶なんかする筈ない」
反された言葉に、息がとまった。
「……騙してなんか、なかったんでしょ? 」
見つめられ。告げられた言葉は、確信めいていて、「知らなかったんでしょ? 」と笑う彼女のお人好しさに泣きそうになる。たった数ヶ月しか一緒に居なかったのに、僕の事を馬鹿みたいに信用してて、疑おうともしない。
その上、「私の事、本気で好きなんでしょ?」なんて馬鹿な事を平然と言ってくる。
馬鹿だ。本当に馬鹿。どがつくくらいにお人好しで馬鹿な女。だから、僕みたいな自己中で醜いバケモノに、好かれてしまうんだよ。
君は優しいから、きっと僕を拒絶できない。ごめんね。本当にごめん。
魔力の少ない僕は、きっと役目を外される。それでも君を手放したくないんだ。
お願いミコト。貴女を僕に頂戴。
僕の全部をあげるから。お願い僕を嫌わないで。
ミコトに抱きついたままそう哀願する僕は、年齢だけ大人で、中身はガキのままで……この腕がすがるのではなく、護る手になればいいのに……そう願わずにはいられなかった。
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