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初恋をキミに……
しおりを挟む─ちゅんちゅんと小鳥の囀りが聴こえる。
爽やかな朝の光が、窓辺から降り注ぎ温もりの中、目を覚ます。
「おはようございます。セリーナ」
柔らかな新緑を浮かべた瞳が、私を優しく見つめる。
「おはよう……クラウス」
にっこりと微笑みを浮かべ、私は彼の声に返す。乱れた白いシーツ。逞しい彼の腕を枕に目覚める私。
──朝ちゅん。
ええ……これが俗にいう朝ちゅんならどれだけ良かったか……。
残念ながら、私は清いままの身体で卒業パーティタイムリミットを迎えてしまった。
処女である。夜這いやお義兄様の襲来ていそうのきき。クラウスの仕置きと色々あったのだけれど、私のこの身体は、紛うことなき【処女】なのである。
し……仕方ないじゃない。クラウスに「抱けない」とそうハッキリ言われてしまったんだもの……何か事情があるようだけど……。
18禁乙女ゲームの世界で、ここまで純血を保ってしまうなんて……何かの呪いすら感じてしまうわ!何!?ヒロイン以外は、えっちしちゃだめなの!?呪われてる?私、ヒロインに呪われてる!?
「少しは、眠れましたか?」
「ええ。……クラウスが傍にいてくれたから」
困惑する私の頬を、クラウスの長い指が優しく撫でる。そうね。色々ありすぎて、興奮で眠れないかと思っていたのだけれど……クラウスに抱きしめられ、その心音を聞いていたら、いつの間にか眠ってしまっていたわ。
「そろそろ起きないと、ハンナが来てしまうわね」
「そうですね。名残り惜しいですが……俺は先に降りて、待っていますね」
クラウスが身を起こし、私からそっと離れる。重なっていた体温がスッと引いて熱が消える。それが、寂しく感じた。いって欲しくなくて……その服の裾をギュッと掴む。
「……もっと、くっついていたかったのに……」
ぽつりと本音が零れた。
「セリーナ……貴女どれだけ俺を煽れば気が済むのですか?……俺がどれだけなけなしの理性を総動員して、自制していると……」
クラウスの熱が離れた事に、寂しさを感じて呟いただけなのに、クラウスはゴゴゴゴと不穏な空気を身に纏いアルカイックスマイルを讃え私を見下ろす。
「く……クラウス……私、煽ったつもりは」
「ええ、わかっていますよ。無自覚ですよね。この三年間でそれは嫌という程受けてきましたので? 貴女の無差別的無自覚人誑しな言動と行動は理解しています」
ニコニコと笑うクラウス。口元は弧を描いているけど……目が……笑っていない!
「理解はしていますが、許容はできません」
「ひぃ!」
「いいですか、セリーナ。好意を向ける眼差しも、気を持たせるような言動も、煽るような行動も、今後は絶対に控えて下さい! 貴女は俺の恋人で婚約者なんですからね!」
そう、釘を指すように詰め寄るクラウス。でも
「私、好意を持って見つめたのも、振り向いて欲しくて何度も話しかけたのも、抱いて欲しくて夜這いしたのも全部……クラウスだけよ?」
そう反論したら、「っつ!!」とクラウスの顔が引き攣り、胸を抑えて突っ伏した。
「くっ……クラウス!? だっ大丈夫なの!?」
「大丈夫です……胸に重度の衝撃を受けただけですから……」
「ええ!? それって大変じゃない! おっ……お医者様を」
呼ばなきゃ!
慌てて立ち上がる私の手を、クラウスの手が掴み、そのまま抱きとめた。
「はぁ──。本当に辛い。これで手を出してはダメだなんて、蛇の生殺しにも程がある……」
ぎゅうっと抱きしめながら、私の頭に頬擦りするクラウス。
「結婚したいです。セリーナ。早く俺のお嫁さんになって……」
そう呟き、ちゅっちゅと旋毛にキスを落とす。
「えっと……私も……早く、クラウスのお嫁さんになりたいな」
その言葉が嬉しくて、クラウスを見上げて微笑んだら……
「きゃあっ!?」
「んん!? んっ! ふうっん!」
噛み付くようなキスをされ、押し倒され、そのまま雨のように口付けを身体中に落とされ……頭も身体も蕩ける寸前で……
「婚前交渉は、止められています。そこまでにしておきましょうか? お嬢様、ク・ラ・リ・ヒ・テ・ィ・王・子・」
─っとハンナに止められた。
うわぁ!見られた!ハンナに!色々と気まずく恥ずかしい……
朝っぱらから、何をやってるの!私!ハンナに気付いてたなら、理性ある行動を!クラウス!
ん?ちょっと待って
「クラウス……」
「なんですか? セリーナ」
今ね、ハンナがすごくおかしな事を言っていたの。
「クラウス……なんか噛みそうな名前をハンナが言ったわ」
「クラリヒティ……ですか? 俺の本名ですね。正確には、クラリヒティ・スイフト・リーゼンベルグです」
「そう、長くて噛むわね」
「噛むようならクラウスでいいですよ? もともと愛称ですし。セリーナにはそう呼んで欲しい」
「そうだったの……王子という単語も聞こえたわ」
「王子ですからね」
「そう……王子なの」
「ええ。まぁ、王位継承権もない第五王子なので、特に権力も何もありませんけどね」
「そう……」
「ええ」
そう……そうなの……クラウス……王子様だったのね。あーだから、所作のひとつひとつが優雅で美しかったのね。醸し出される高貴な雰囲気は、王族だったから……。美しい顔かんばせも、鍛え抜かれた剣技も、レッスンで魅せてくれた華麗なダンスも……全部全部……王子だったから。
ああ、そういう事なのね。私を「抱けない」のは、クラウスが王族で、王族は純血が条件で、私を妃にするには処女じゃなきゃいけないから……クラウスが王子だと、色々と大変ね……仕方ないわよね。クラウスは王子なんだから。王子……おうじ……えっと……
「おうじぃいいい!?」
「どうしました? セリーナ」
唐突に叫ぶ私に、クラウスもハンナも目を丸くし驚く。いや、驚いてるのは、私の方だから!
「聞いてない! 私聞いてないわ!」
ずっと執事だと思っていた。一番近くにいて、支え護ってくれてた人が……王子だったなんて……。
「私、執事が王子だなんて聞いてない!」
その日、驚きのあまり白目を向いて倒れた私は、卒業パーティを欠席しリチャード王子の求婚を受ける事はなかった。
*****
無事、卒業パーティを回避し、私は残りの学園生活をまったりと過ごしている。クラウスとの婚約はすぐに発表され、たくさんの方にお祝いされた。リチャード王子は「幸せになってくれ」と涙を流しながら祝福してくれた。その後、幼馴染みの公爵家ご令嬢とご婚約されたので、お義兄様の仰ったリチャード王子からの求婚は、何かの間違いだったのだと思う。……勘違いで暴走しないでお義兄様……っと思ったのはここだけの話。
王子といえば……先日、ヒロインに「なんであんたが王子と!」っと詰め寄られた。彼女と話をしてみたかったのだが、「はいはい。お騒がせしてすみませんよっと。回収するんで、忘れて下さいねー」っと猫っ毛の青年にヒロインが連れ去られてしまったので、会話する事はままならなかった。
……そういえばあの彼も何処かで見た事があるような……。それに、王子って……私とリチャード王子は本当に何もないのだけれど……卒業パーティが終わっても、ヒロインは王子を諦めきれてないみたい。彼女は一体どんなエンドを迎えるのかしら。
「考え事ですか? セリーナ」
家の庭園で、お茶を嗜んでいるとクラウスにそう声をかけられた。
「なんだか不思議だなって思って」
「不思議?」
「ええ。だって、つい先日まで私は、此処で貴方の容れてくれたお茶を飲んでいたのよね。貴方は、こんな風に横に座るのでなく、少し離れた場所で佇んでいて……」
執事服でスッと立つクラウスを思い出す。確かに傍に居てくれたけれど、今と前では、その立場が全然違う。
「驚いたわ。執事だと思っていた人が王子だったなんて」
クラウスは、私の母(北方のスノーフィリア王国の元公爵令嬢)方の血縁者で第五王子だと知った。内乱から身を守る為、血縁であった父を頼り、身分を偽り執事としてヴィスコンティ家に身を隠していたのだ。
「正体を明かすつもりは無かったのですよ。俺は、私・として、お嬢様をお護りできれば。それで十分だったので」
そう言って笑うクラウス。
「あの日、お嬢様……セリーナに夜這いをかけられて、真面目で堅物な執事という仮面を、全部剥ぎ取られてしまった。せっかく隠していたのに……」
そう告げるクラウスの瞳は、仄かに熱を孕んでいて、優しいだけじゃないその翡翠の瞳に、私ははっと息を呑む。
「兄にも言われていたんです。『国も落ち着いたし、こっちに戻ってこい。嫁を娶って早く俺を安心させろ』と」
その言葉に、傷付く私がいる。もし、あの日、夜這いをかけなければ、クラウスは今、私の傍にはいなかったかもしれない。そんな別の未来を想像して、顔を曇らせてしまう。
「戻るつもりも、執事を辞めるつもりも、全くなかったんですよ? 貴女への想いを隠して、ずっと傍で貴女の幸せを見守るつもりでした。それなのに、貴女があんな事するから……俺の仮面が壊れてしまった」
くすくすと笑うクラウス。それはきっと、夜這いをかけたあの日の私を思い出しているに違いなくて……
「ちょっと! そんなに笑わなくてもいいでしょう? わっ私だって真剣に悩んで、貴方がよくて、貴方じゃないと嫌だったからああなったわけで……」
勢いよく反論していたものの、なんだか恥ずかしくなってきて、途中から何も言えなくなってしまう。そんな私に、クラウスは優しく声をかける。
「ええ。貴女が俺に夜這いをかけてくれたから、俺は今こうして、貴方の恋人として隣にいれるんです」
そう言って私を抱き寄せる恋人に、私も素直に甘える。私の好きなムスクの香りに包まれて、胸がいっぱいになる。
「セリーナ」
彼の甘い声に胸がときめく。名前を呼ばれる事がこんなに嬉しいなんて。【お嬢様】でなくなった事に幸せを感じてしまう。
「なに? クラウス」
クラウスの広い肩に撓垂れ掛かり応えた。
「貴女は俺と貴方が出会った日を覚えていますか?」
「それはもちろん!貴方が執事として、我が家にきたあの日よ! あの日、貴方の眼を見て私は恋に落ちたのだから」
そう、冷たいと言われがちなこの翡翠の瞳。感情を面に出さず、他人ひとを寄せ付けないように振る舞う彼が、本当は優しい人だと、私は知っていた。その瞳が、木漏れ日のように暖かい事を私は知っていたから、好きになったのだ。
「……実は貴女と俺は、もっと前に出会っているのですよ?」
「え?」
「……貴女は覚えていないでしょうけれど……その時から、私は貴女に強く惹かれていたのです」
そう言ってクラウスは、私を抱きしめ旋毛にキスを落とす。
「俺の可愛いセリーナ。俺の初恋の全てを君に雪ぎます。一生大事にしますから、覚悟して下さいね」
後書き
閲覧&読了ありがとうございます。
たくさんの方に読んでいただけ、本当に嬉しく思います。
漫画の制作があるため、本編はこれにて一度完結とさせていただきます。
閲覧本当にありがとうございました。
また何処かでお会いできる事を願って
2018年3月8日
いちかばちか
11
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