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第15話、目だけで見ようとするから見えなくなる

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「良いのかよ。そんなに喉元曝け出していて」
「もう一回くらいなら殺されてやってもいいぞ?」
 真横に滑らせたナイフを避けたアスモデウスが口を開く。そんなに嬉しそうに言われると戦意を削がれる。
 広間についてやっと地に降ろされ一息つけた。
「キレは上がってきてるな。当たるまでもう少しだ。頑張れ」
「嫌味か。当たってから言え」
 はじめは面白がって見ていた魔族たちは、とばっちりを避けて日に日に減っている。側近三人は毎回その場で待機していた。
「クク、本気で言っているのにな。伝わらないのはもどかしい」
 アスモデウスからは戯れている姿勢しか見えて来ない。悪態をつく碧也とは反比例している。
「黙れ」
 アスモデウスを仕損じて地に落ちたままのナイフを蹴り上げて、三本連続で飛ばすと同時に、碧也はアスモデウスの懐に飛び込んだ。
「おっと」
 それぞれの手でナイフを受け止めたアスモデウスが、直に切り込んで来た碧也の攻撃を交わす。
 流れ弾ならぬ流れナイフが、ジェレミの顔すれすれを通過していった。
「目だけで見ようとするから見えなくなる。五感全て駆使してみろ。食事と同じだ。目で見て、手で確かめ、鼻を利かせて、音を捉えろ。空気の流れを肌で感じて全てを味わえ。碧也お前なら出来る」
 アスモデウスの助言とも取れる言葉に動きを止める。
「五感……」
 碧也自身も思うところがあり、逡巡するように視線を落とした。
 そのまま目を閉じて、先ずは音に神経を尖らせる。すると、今まで気にもしていなかった側近三人の声が聞こえてきた。
「ホンット飽きないな、あの人ら」
 ジェレミが面白くなさそうな声音でイアンとロイに愚痴っている。
「……」
「……」
「俺の独り言みたいだろが! 何とか言えや!」
「流れナイフがジェレミに当たって三回くらい死ねば良いのに」
 ロイの言葉にジェレミの項垂れたような吐息が聞こえた。
「ジェレミ、貴方の口を縫い合わせてあげましょうか」
 ——イアンて辛辣なんだな。
 イアンからも言われ、ジェレミが憤慨した。
「俺が悪いんかよ!」
「アスモデウス様があんなにも楽しそうに番を愛でているのに! 刮目せよ!」
 ロイが言った。
 ——アイツら、王とか関係なくアスモデウス自身が好きなのか。
 これも意外だった。まさか仲間意識があるとも思っていなかったからだ。少し羨ましく思える。
「その運命の番とやらは、本気でアスモデウス様を殺そうとしてるのにか?」
 不機嫌そうなジェレミの声が聞こえてきた。
 ——成る程。敵視されている原因はこれか……。
「アスモデウス様がそれを良しとして契約している以上、私たちにはどうする事も出来ないでしょう」
 今度は目を開けて嗅覚、視覚、空気の流れに意識を向ける。
 イアンの言葉にロイが頷いていて、ジェレミはまたどこか面白く無さそうにそっぽ向いていた。
 話していながらも、三人の意識は常にアスモデウスに向いているのが分かり視線を上げる。
 現状でアスモデウスの動きをとらえることが出来ないのなら、他の三人の意識を感じ取って利用してしまえばいいのではないか? 
 三人の中心には必ずアスモデウスがいる。
 ——三人の意識の流れを読め。アスモデウスに辿り着くにはそれが一番の近道だ。
 碧也は無心で地を蹴った。
 互いの距離を詰めてアスモデウスの懐に飛び込み、肉弾戦を交えた暗殺術へと切り替える。
「ああ、いいぞ。少しはマシになったな。そうだ、それで良い。もっと流れを読め」
 まだ余裕綽々のアスモデウスに反して、碧也は真剣そのものだ。
「うるっせえ。いい加減死んどけ」
 渾身の一撃は微かにアスモデウスの手のひらの皮膚を裂いた。そして時間になる。
「終いだ。今日の仕置きは七回だな。さて、今日は何にするか……。七回分を纏めるか。俺が仕事へ行っている間、お前は固定バンド付きバイブを入れたままだ。帰ってきたら俺の精液が枯れるまで中に注ぎ込んでやろう」
「仕事……? それなら仕置きは嫌だ。お前が地上に行くならオレも地上に行きたい!」
「それは契約違反だぞ。また罰をくらうか? あと、お前を事務所へ連れて行く気はない」
 バッサリと切り捨てられる。アスモデウスはこの一点のみは絶対に折れない。
「ちっ……、くそ。先に……部屋に戻ってる」
 罰はもう懲り懲りだ。
 寝室に戻る為に身を翻そうとした瞬間アスモデウスに捕らえられ、碧也は抱き上げられた。
「一人で行ける! 離せ!」
「そう拗ねるな。事務所側の地上に出さんのはお前の身を案じているからだ。大人しくしておけ」
「は? 何を案じる必要がある。これでも暗殺者だ。敵を仕留めて気配を消すくらいは出来る」
「俺には通用しなかっただろ? 俺の周りはアルファ+ばかりだ。お前を捕えられる奴らがゴロゴロしているぞ。その内の一人にお前は狙われている」
「何だよそれ……」
 アスモデウスの言葉を聞いて、碧也の顔が胡散くさいと言わんばかりに歪んだ。
「ああ、なら先に風呂でも入るか? そっち側の地上なら連れて行ってやってもいいぞ」
 ピクリと碧也の体が跳ねて動きを止める。
 碧也の放つ殺伐とした空気が一瞬で緩くなり、柔らかくなっていった。
「ん、そっちでもいい。風呂……入る」
 それを聞いたアスモデウスがさも愉快そうに笑い声を上げる。
「お前は本当に分かりやすいな。しっかりと首にしがみついておけよ」
 碧也が大人しくアスモデウスの首に両腕を回すと、アスモデウスはこの上ない程に嬉しそうに笑んだ。
 アスモデウスにそのまま正面から抱き上げられてその場を後にした。


 風呂から出てすぐにアスモデウスが部下から呼ばれた為に、碧也は一人で部屋の中にいた。
 外から中に入る分にはアスモデウスと一緒じゃなくても入れる。
 碧也の脳裏には先程アスモデウスに言われた言葉が過っていた。
『目だけで見ようとするから見えなくなる』
 もし五感で悟る事が出来るようになれば、エレベーターまでの暗闇も歩けるようになるのではないか、と思案する。此処で生活している魔族たちは当たり前のように五感を駆使しているのだろう。
 先程の感覚を思い出そうと、一点を見つめたまま神経を研ぎ澄ませていく。すると、空間が少し揺れた事に気が付いた。
「おい、髪乾かしてやる。座れ」
 やはりそうだ。こいつらが姿を表す時、微かに空気が変わる。それに気が付けたのは僥倖だった。
 視線を上げた先には面倒臭そうな顔をしたジェレミが居た。
 手にはドライヤーが握られている。
 ——こんなものがあったんだな。
 いつもはドライヤー等使わなくても、アスモデウスが魔力を使って一瞬で乾かすので、ドライヤーがある事すら知らなかった。
「ドライヤーがあるなら自分でやる」
「魔力通さなきゃ動かねぇんだよ。さっさとしろ」
 苛ついているようなジェレミの声を聞いて、碧也は微かに声をこぼして笑んだ。
「あんた、オレの事嫌いだよな?」
 態度や視線、醸し出す雰囲気全てが物語っている。
 ——アスモデウスは何で態々ジェレミを寄越した?
 煽るように視線を流すと、ジェレミの眉間に皺が寄って、一瞬迷ったように視線が左右に揺れ動く。それから一拍の間があいた。
「分かってんなら口閉じろ。ウッカリ殺しちまいそうだ」
 あからさまな殺気を向けられ、碧也は条件反射の如くジェレミの胸部の中心にナイフを飛ばしていた。
「あ、悪い。殺気に反応してうっかりナイフが滑った」
「てっめぇ、人間が粋がりやがってマジで噛み殺してやろうか?」
 見る見るうちにジェレミの姿が変わり、大型の黒豹のようになっていく。
 ドライヤーが床に落ちて、大きな音が響き渡った。


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