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芸術と価値観
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「魔王様如何でしょうか。とても美しい青色でしょう?流石は青の魔術師と謳われた方の一品!これ以上の美しい青色を持つ骨董品は他にありません!さぁご決断を!」
「却下。次」
「なっ……!?」
謁見の間にて、商人は青色の美しい壺を説明するもフィドゥはそれを一刀両断する。
「では魔王様。こちらの絵画はどうでしょう。エルベネーン作家最期の作品と云われる白いドレスの貴婦人。審美眼を持つ貴方様ならこの絵の素晴らしさが分かるはずです」
「次」
「うっ……!?」
絵画の説明も聞く価値無しと一刀両断され、商人は膝から崩れ落ちた。
「では最後にわたくしが……」
そう言うと、最後の商人がトルソーを運んできた。
しかしそのトルソーは何も身につけておらず、傍らで見守っていた兵士や大臣達は困惑の表情を浮かべた。
しかしそれに意に介さないと言わんばかりに最後の商人は堂々と紹介する。
「この服は妖精の国で作られた特別な服でございます。妖精は心正しき者しか見えないと言われております。魔王様程の偉大な方であるならこの素晴らしき衣装、見えないはずがありません!さぁ如何でしょう!?」
玉座の側に佇むシアはチラリとフィドゥを見る。
フィドゥは始め、ジッとトルソーを見つめていたが、やがて口を開いた。
「あぁ。確かに妖精国で作られた衣装なだけあって素晴らしい一品だ」
「そうでしょうそうでしょう!」
「だがオレ好みではない。却下」
「なぁっ!?」
「遠路はるばるまでご苦労だったが、商人といえどここまでのセンスの無さに失望したぞ。もう来なくて良い。追い出せ」
「お、お待ちください魔王様!」
商人は追い出そうとする兵士達にすがりつき、何かを訴えようとするもあっさり追い出されてしまった。
「……時間の無駄だったな」
フィドゥは呆れたようにそう呟いた。わざわざ遠い国から商人が来たと言われたから招いてやったら、全員詐欺師ときた。
その場で八つ裂きにしなかっただけマシだと思って欲しい。
「私には作品の良さは分からないけど、全部偽物だったって事?」
「そう言う事だ」
その日の夜。就寝前にシアと二人で晩酌を楽しんでいた時、ふとシアは今朝の事を口にした。
「最初のあの壺、昔親父殿にその人の作品展に連れて行って貰った事があったんだが、どれも日が落ちきる前のような美しい青色だったのを覚えている。あそこまで単純な色ではなかった」
「絵画は?」
「エルベネーンは赤、青、黄色の三色のみ使用していた上に人を描くのを苦手としていたから生涯において風景か動物の絵しか描かれていない」
「妖せ──」
「あれは論外」
「だよね」
シアは血入りのワインを煽る。
「兄上ってすごいよね。芸術の良し悪しが分かるんだから。私はそういう感性は完全に死んでるから、見てくれに騙されてあっさり購入してしまうだろうね」
城やお互いの寝室の調度品は実は全部フィドゥが揃えたものだ。
別に部屋に合うなら雑貨屋のものでも構わないとシアは告げた事があったが、質とインテリアに並々ならぬ拘りを見せられ、全て兄に任せる事にした。
「芸術の興味無関心はハッキリと別れるものだから別に気にしなくても良いと思うぞ?」
「でもせめて真贋を見分けられるぐらいの目を養った方が後々役立つかもしれないじゃないか。今朝の兄上のように」
シアは物の価値だけは本当に分からない。
ひたすらキャンパスにいろんな色を塗りたくっただけの絵を誰もが賞賛したり、逆に写真のような上手い絵が批評されたり、だというのにそれに類似した絵が褒められたりと、正直よく分からない。
芸術とは奥が深いものだと言うのは分かるが、いかんせん何が良いのかさっぱりだ。
だからこうしてフィドゥの審美眼を頼りにしているのである。
「昔、父上に美術館連れて行って貰った事あったじゃん。あれの何処が楽しいのか私には分からなかったんだよね。今もだけど」
「お前、本当につまらなそうだったよな」
「逆に兄上はテンションが高くて引いたなぁ……」
「だ、だがトリックアート展じゃはしゃいでただろ!」
「兄上だって!」
しばらくの間二人は睨み合っていたが、最終的にどちらからともなく吹き出して笑いあった。
語れば語る程過去の思い出が蘇り、懐かしいなと目を細める。
そんな時、そういえば…とシアは思い出したかのように口を開いた。
「兄上って、絵が好きなのに滅多に絵を描かないよね?」
「残念ながらそっち方面に関しては才能が無いんだ」
「充分上手いと思うんだけど……」
思い出してもフィドゥの作品を見たのはほんの数える程度だった。おまけに完成するや否やすぐに暖炉に捨ててしまうのでフィドゥの絵はどこにも無い。
「描いても描いてもどうしても納得いかなくてつい破棄してしまうんだ。作家としての道を選んでいたなら幾つか作品は完成させていただろうが、そんな暇も時間もあまり無いから趣味に専念できん」
「そっか。……兄上の描いた絵が欲しいって言ったら描いてくれる?」
「……そうしてあげたいのは山々なんだが…多分、自分の絵に納得いかなくて延々と描き続けそうだ……」
「やっぱり無理かぁ……」
「スマン……」
「良いよ。ただ言ってみただけだから」
少し残念そうにするシアを見て、フィドゥは「だが…」と言葉を付け足す。
「どれくらい掛かるかは分からない。もしかしたら一生未完成のまま終わるかもしれない。それでも…必ず。必ずお前に、オレの絵を贈ってみせる」
その言葉が意外だったのか、シアは一瞬目を瞬かせたが、すぐに花が開いたかの様な笑みを浮かべた。
「嬉しいよ兄上。私の為に絵を描いてくれるなんて……。いいよ、いつまでも待ってあげる。百年だろうが千年だろうが。だって私達の時間は無限にあるんだから」
なんだったら王を退位した後だって構わない。
なんたって吸血鬼は永遠の時を生きれるのだから。そして自分の血を与えれば彼もまた永遠に生き続けられる。のんびり気長に待とうじゃないか。
シアはグラスに残ったワインを飲み干す。アルコールに混ざる血液の味が妙に甘く感じた。
「(あぁ……美味しい……)」
蕩けそうな程甘い味わいを感じながら、シアは恍惚な笑みを浮かべた。
「却下。次」
「なっ……!?」
謁見の間にて、商人は青色の美しい壺を説明するもフィドゥはそれを一刀両断する。
「では魔王様。こちらの絵画はどうでしょう。エルベネーン作家最期の作品と云われる白いドレスの貴婦人。審美眼を持つ貴方様ならこの絵の素晴らしさが分かるはずです」
「次」
「うっ……!?」
絵画の説明も聞く価値無しと一刀両断され、商人は膝から崩れ落ちた。
「では最後にわたくしが……」
そう言うと、最後の商人がトルソーを運んできた。
しかしそのトルソーは何も身につけておらず、傍らで見守っていた兵士や大臣達は困惑の表情を浮かべた。
しかしそれに意に介さないと言わんばかりに最後の商人は堂々と紹介する。
「この服は妖精の国で作られた特別な服でございます。妖精は心正しき者しか見えないと言われております。魔王様程の偉大な方であるならこの素晴らしき衣装、見えないはずがありません!さぁ如何でしょう!?」
玉座の側に佇むシアはチラリとフィドゥを見る。
フィドゥは始め、ジッとトルソーを見つめていたが、やがて口を開いた。
「あぁ。確かに妖精国で作られた衣装なだけあって素晴らしい一品だ」
「そうでしょうそうでしょう!」
「だがオレ好みではない。却下」
「なぁっ!?」
「遠路はるばるまでご苦労だったが、商人といえどここまでのセンスの無さに失望したぞ。もう来なくて良い。追い出せ」
「お、お待ちください魔王様!」
商人は追い出そうとする兵士達にすがりつき、何かを訴えようとするもあっさり追い出されてしまった。
「……時間の無駄だったな」
フィドゥは呆れたようにそう呟いた。わざわざ遠い国から商人が来たと言われたから招いてやったら、全員詐欺師ときた。
その場で八つ裂きにしなかっただけマシだと思って欲しい。
「私には作品の良さは分からないけど、全部偽物だったって事?」
「そう言う事だ」
その日の夜。就寝前にシアと二人で晩酌を楽しんでいた時、ふとシアは今朝の事を口にした。
「最初のあの壺、昔親父殿にその人の作品展に連れて行って貰った事があったんだが、どれも日が落ちきる前のような美しい青色だったのを覚えている。あそこまで単純な色ではなかった」
「絵画は?」
「エルベネーンは赤、青、黄色の三色のみ使用していた上に人を描くのを苦手としていたから生涯において風景か動物の絵しか描かれていない」
「妖せ──」
「あれは論外」
「だよね」
シアは血入りのワインを煽る。
「兄上ってすごいよね。芸術の良し悪しが分かるんだから。私はそういう感性は完全に死んでるから、見てくれに騙されてあっさり購入してしまうだろうね」
城やお互いの寝室の調度品は実は全部フィドゥが揃えたものだ。
別に部屋に合うなら雑貨屋のものでも構わないとシアは告げた事があったが、質とインテリアに並々ならぬ拘りを見せられ、全て兄に任せる事にした。
「芸術の興味無関心はハッキリと別れるものだから別に気にしなくても良いと思うぞ?」
「でもせめて真贋を見分けられるぐらいの目を養った方が後々役立つかもしれないじゃないか。今朝の兄上のように」
シアは物の価値だけは本当に分からない。
ひたすらキャンパスにいろんな色を塗りたくっただけの絵を誰もが賞賛したり、逆に写真のような上手い絵が批評されたり、だというのにそれに類似した絵が褒められたりと、正直よく分からない。
芸術とは奥が深いものだと言うのは分かるが、いかんせん何が良いのかさっぱりだ。
だからこうしてフィドゥの審美眼を頼りにしているのである。
「昔、父上に美術館連れて行って貰った事あったじゃん。あれの何処が楽しいのか私には分からなかったんだよね。今もだけど」
「お前、本当につまらなそうだったよな」
「逆に兄上はテンションが高くて引いたなぁ……」
「だ、だがトリックアート展じゃはしゃいでただろ!」
「兄上だって!」
しばらくの間二人は睨み合っていたが、最終的にどちらからともなく吹き出して笑いあった。
語れば語る程過去の思い出が蘇り、懐かしいなと目を細める。
そんな時、そういえば…とシアは思い出したかのように口を開いた。
「兄上って、絵が好きなのに滅多に絵を描かないよね?」
「残念ながらそっち方面に関しては才能が無いんだ」
「充分上手いと思うんだけど……」
思い出してもフィドゥの作品を見たのはほんの数える程度だった。おまけに完成するや否やすぐに暖炉に捨ててしまうのでフィドゥの絵はどこにも無い。
「描いても描いてもどうしても納得いかなくてつい破棄してしまうんだ。作家としての道を選んでいたなら幾つか作品は完成させていただろうが、そんな暇も時間もあまり無いから趣味に専念できん」
「そっか。……兄上の描いた絵が欲しいって言ったら描いてくれる?」
「……そうしてあげたいのは山々なんだが…多分、自分の絵に納得いかなくて延々と描き続けそうだ……」
「やっぱり無理かぁ……」
「スマン……」
「良いよ。ただ言ってみただけだから」
少し残念そうにするシアを見て、フィドゥは「だが…」と言葉を付け足す。
「どれくらい掛かるかは分からない。もしかしたら一生未完成のまま終わるかもしれない。それでも…必ず。必ずお前に、オレの絵を贈ってみせる」
その言葉が意外だったのか、シアは一瞬目を瞬かせたが、すぐに花が開いたかの様な笑みを浮かべた。
「嬉しいよ兄上。私の為に絵を描いてくれるなんて……。いいよ、いつまでも待ってあげる。百年だろうが千年だろうが。だって私達の時間は無限にあるんだから」
なんだったら王を退位した後だって構わない。
なんたって吸血鬼は永遠の時を生きれるのだから。そして自分の血を与えれば彼もまた永遠に生き続けられる。のんびり気長に待とうじゃないか。
シアはグラスに残ったワインを飲み干す。アルコールに混ざる血液の味が妙に甘く感じた。
「(あぁ……美味しい……)」
蕩けそうな程甘い味わいを感じながら、シアは恍惚な笑みを浮かべた。
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