ある魔王兄弟の話し

子々々

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苦手分野

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「シア様は羊毛フェルトを嗜まれた事はありますか?」
「どうしたんだい急に?」

仕事の休憩時間、側近のレペティアにそんな質問をされて思わず口つけていたティーカップを離した。

「いえ…深い意味はありません。ただ、シア様は結構多趣味な方なのでどのくらい嗜まれてるのかと……」

絵画、編み物、料理、音楽、研究…天才のシアはあらゆる分野に手を出してきた。
ただの趣味と本人はいうが、腕はプロそのもので多くの称賛を浴びてきた。
前にぬいぐるみを作ったと聞いて、羊毛フェルトも経験済みかなと好奇心が沸いたのだ。

「羊毛フェルトももちろんあるよ。これ、狼形態の兄上のフェルトね」
「流石シア様。羊毛フェルトも嗜まれておりましたのね。そして想像以上にリアル寄りで驚きました」

一体どこから取り出したのかは不明だが、机の上には手のひらサイズの真っ赤なリアルな狼のフェルトが置いてある。

「ふふふふ。羊毛フェルトを極めればリアルな動物だって作れるんだよ。特にこの、ふわっふわな毛並みは拘りに拘りまくって再現したんだから……!」

シアのフィドゥへの愛と執着は凄まじいものだ。シアの部屋がほとんど手作りのフィドゥグッズで溢れかえってる程に。

「ちなみにこれね、兄上の毛で作られてるんだ」
「狼の毛でも可能なのですか?」
「可能になるように研究チームに特殊加工してもらったのさ!」
「職権乱用はおやめください」
「将来的に1/1スケールの狼形態と人狼形態の兄上のフェルトを作るんだ!」
「剥製でも作る気ですか?」
「模型と言いなさい。我が兄はこの世でたった一人しかいないんだから」
「しかし、手先が器用なのは正直羨ましいです……」
「レペティア。君は物作りが苦手なのかい?」
「はい。人形やぬいぐるみを作ると必ず命がやどり、料理をすれば悪魔が召喚され、編み物をすると人を襲います」
「それは不器用…なのかな……?」

自分の想像が甘かったとシアは反省する。
レペティアは魔法の天才だ。失った古代の魔法を復活させ、解読不可と言われた文字を解読し、新たな魔法を創りだす。
今では誰もが当たり前に使ってる魔法や学校で学ぶ魔法の殆どが彼女が生み出し広めた魔法だ。

故に『神秘』のレペティア。

物作りに関してここまで壊滅的なのは魔法を極めた事への弊害だろうか。

「逆にシア様の苦手なものは何ですか?」
「純銀」
「弱点ではなくて……」
「冗談だよ!強いていうなら芸術かな……」
「芸術を嗜んでいるのに、ですか…?それにシア様は芸術に関しても周りから絶賛されてるじゃないですか」
「それは私が王族で、あわよくば気に入られたいからだよ。兄上からは芸術の才能がまるでないとお墨付きを貰ったぐらいさ!」
「なんでそこで胸を張ってしまうんですか?」

フィドゥに才能無いと容赦なく斬り捨てられたのに何故か誇らしげだった。

「生憎私は芸術や骨董の良さと価値が全く分からない。逆に兄上はそっちに強いから兄上がいないと間違いなく偽物を掴まされる」
「そうだったのですね……」
「あと…他者の共感能力も低いのもそう。心理学の本を読み続けて、多くの人付き合いして、経験と統計を元に相手が何を求め考えているのか導き出して受け答えしてるだけだしね」
「それはそれですごいですけどね」

シアは他者の心情を読む事に長けている。しかしその反面、他者に共感する能力がとても低い。
それを自覚しているから幼い頃から本を沢山読んで多くの種族と交流して処せ術を身につけた。
だが結局共感能力は身につかなかった。
それでも他者に共感する努力を続けてきた。そして気づいたのだ。純粋に他人に興味が無いのだと。
シアが唯一興味を持てたのが、兄であるフィドゥと父親であるドラネウスだけ。
故郷を含め、どれだけ相手が美しかろうが、美辞麗句の言葉を並べられようが、心はいつも冷めていた。

「どう足掻いても私は生粋の怪物なんだよ。本来は私のような存在が今の時代に力と権力を持っちゃいけないのさ。みんな兄上と私を良く比べて差別的な態度取るけど、兄上がいるから首の皮一枚繋がれている事がどうして分からないかなぁ……」
「…………」

彼の恐ろしさは良く理解している。時代が時代なら、世界を支配出来たかもしれない。
だけどシアはフィドゥという最高の伴侶と出会った。フィドゥに執着し依存する事で今も己を律し続けている。

「はぁ…早く優秀な後継者見つけて兄上と二人きりの隠居生活を送りたいな」

遠い遠い、果てしなく遠い未来に想いを馳せながら、シアは自作の狼のフェルトを眺めてフフ、と妖しく微笑んだ。
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