美醜逆転の異世界で騎士様たちに愛される

志季彩夜

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無力な自分(ヨルアノ)

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 俺には好きな人がいる
 黒騎士団で働き、仲間として団員たちの心の支えとなっている人。
 出会ってすぐで好きになって告白して振られて、それで俺の初恋は終わったはずだった。
 それなのに……。

「サキさん!」
「ヨルアノくん!お疲れ様」

 こちらを向いて優しく笑いかけてくれるその姿に毎回心を奪われる。
 俺は何度も彼女に会いに来てしまっていた。
 振られた後も、妊娠中に寮に来てくれている時も、こんなにしつこくて嫌われないかと心配しながら足が勝手に彼女の方へ向かっているのだった。

「ユウ、ヨルアノくんだよ」
「あー!」
「ユウくん歩くの上手なったなぁ!」

 ユウくんの出産の為サキさんが入院してから二か月以上会えなかった。
 無事に出産を終えたと聞いても実際その姿を確認しないと気が気で無くて、産まれてまだ一か月程の小さな子を俺たちに紹介した時のサキさんの幸せそうな泣き顔を見て、ようやく生きた心地がした。
 サキさんが来る度ユウくんはどんどん成長して、今では沢山声を出して歩いている。また、自身の子を微笑ましく眺めているサキさんはすっかり母親の顔になっていた。
 しかし、どんな時でもどんな立場でも昔からサキさんは変わらず優しさに満ち溢れ、俺は彼女に会う度余計に好きなっていってしまう。

「今日はこれ持ってきたの。また読んでくれる?」
「はい!」

 ユウくんを膝に乗せ渡された絵本を読み始める。

「昔、一匹のオオカミさんが居ました。森に棲んでいる孤独なオオカミです」
「う、な」
「そう、これオオカミさんな。だいぶ絵可愛いなぁ」
「ん」
「本物のオオカミさんは怖いで、近寄ったらあかんよ。森も一人で入ったら…」
「ヨルアノくん、だいぶ話が逸れてるよ」
「あ、すみません……」

 未だ長く文を読むのが苦手な俺にサキさんはいつも笑っている。恥ずかしくもありながらそれも嬉しくて。

「私、ヨルアノくんの声好きだな」
「えっ」
「凄く安心するっていうか」
「あ、ありがとうございます……。せや、頑張って読まなですね!」
「うん!頑張って!」

 彼女の言葉一つで舞い上がってしまうのだから、本当にどうしようもない。

 しばらくしてサキさんが二人目を妊娠したと知らされた。

「よーくん、これあげゆ」
「ありがとう!なんやろなぁ」

 傍に居る団長の視線が何故か痛いのだがあまり気にせず渡された紙を開く。

「よーくん!」
「え……俺のこと描いてくれたん……?」
「ん!」
「っ……ありがとう!」

 まさかこんなプレゼントを貰えるとは。ここまで懐いて仲良くなれたのだとその喜びを噛み締める。

「嬉しいわぁ……一生の宝物や」
「かあさんかいた」
「サキさんにもプレゼントしたん?」
「かあさんねんね……」

 少ししゅんとしたユウくんに団長も辛い顔をする。

「まだ寝込んでいるから、ユウも寂しがっているんだ」
「そ…なんですね」

 教えられてようやく知る彼女の現状に胸が苦しくなる。
 ユウくんの時も長いことこちらに来ておらず、つわりが重いのだろうかと思ってはいたが実際会って確かめることは出来ないし手助けをすることも出来ない。

「サキさんによろしくお伝えください」
「ああ。こちらも休んでばかりですまないが、よろしく頼むよ」

 その時だけでなく後も自分の無力さを実感する。

 ある日、サキさんに会いにいくと彼女は俯き暗い顔をしていた。
 昨日見かけた時はいつもの笑顔だったのに…と思ったが、彼女は体にもう一つの命を抱え向き合っている最中なのだ。体の変化があれば心境の変化もあり不安定にもなるだろう。
 こんな時なんと声をかければいいのか俺には分からない。しかしだからといってそのまま放っておくなんてことは出来なかった。

「サキさん!」

 出来るだけいつも通りに、少しでも明るくなれるよう話した。
 サキさんの表情は柔らかくなってくれたのだが……彼女の頬に涙が流れるのを見て言葉に詰まる。
 彼女自身もなぜだか分からないという様子でその涙が苦しいものではないのは分かるが、今不安定な心を落ち着かせることは必要だ。
 サキさんは顔を隠して俯き体を震わせる。
 ……その背をさすることは出来なかった。
 昔女性に「触れたくない」と思っていた自分が馬鹿みたいだ。
 今はどんなに触れたくても「触れられない」。彼女に触れて温もりを与え、支えになれるのは夫たちだけ。
 抱きしめたい、今この手でサキさんを抱きしめたいのに…。
 叶わぬ願いを胸の内で押し殺し、拳を強く握りしめる。気配と足音を消して食堂の外に出た。
 誰かに呼んできてもらって……あ!
 ちょうど傍を通りかかった彼を急いで呼び止める。

「ラグトさん!」
「ヨルアノ?」

 失礼だが勝手に手を取って食堂に入った。

「どうした…」
「俺じゃ駄目なんです」
「…!」

 サキさんの姿を見て察してくれたラグトさんは、あくまで自然に彼女を慰める。抱きしめて……頭を撫でて……。

「俺はもう戻らんと……なので」

 ラグトさんが居れば問題ない。
 彼に、後はお願いしますと視線で伝え俺は食堂を出た。
 間に合って……バレへんで良かった……。俺が突然居なくなるんも失礼やしな。はは、黒騎士団の鍛錬の成果がここで発揮されとる……。

「ヤバ……俺のが泣きそうやわ」

 ズッと一度だけ鼻をすすり、口角を上げて仕事に戻った。
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