モブでも認知ぐらいしてほしいと思ったのがそもそもの間違いでした。

行倉宙華

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キングダム・レボリューション 開幕(シックザール学園 第四章)

全てはおかえりと言うために

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 あのまま真実を知ることもなく、暗闇の中を彷徨う人生だったなら、今の僕はどうなっていたのだろうか。
 その未来は、取り返しのつかないことになっていたのかもしれないんだ。
 あの時踏み出さなければ、手を取り合える友人達を得ることも、両親の温もりさえも知らなかった。
 空っぽでそこから何も生み出せないような人生なんて、意味がないんだ。
 そんな僕を悪夢から引き戻してくれたのは君だよ? スピカ・アルドレード。


「こんな時間に何をしていますの」
「おわあっ!? ス、ピカ……」
「まさか、謎の花束の送り主の正体がフリード様とはさすがに驚きです」
「あ、ごめん、恐がらせたかな……?」
「まあ、はっきり申し上げますと、差出人不明の贈り物ほど不気味なものもありませんわね」
「そうだ……よね……」


 スピカが記憶を失ってから、僕はスピカとの距離を慎重に保っていた。
 近づきすぎず遠ざかりすぎず、スピカに何か変化やトラブルがあったらすぐに動けるように。
 まあ、近づかないようにしてた理由はもっと他にあるのだけど、僕はその後悔に向き合う自信がずっとないままだ。
 リオンの宣言から僕は、朝早くに学園の裏庭一面に咲いているジャーマンアイリスを花束にしてスピカの部屋の扉の前に置くようになっていた。
 ジャーマンアイリスの花言葉の一つにがある。
 何より、このジャーマンアイリスの花の色はスピカの青紫の瞳に似ていてピッタリだと思ったんだ。
 まあ、そんな僕の悪足掻きはスピカに好印象を与えてはくれなかったようだ。


「フリード様もやはり、私の記憶にこだわる人間なのですね」
「ごめん! スピカ、僕は……」
「お気遣いは今更無用ですわ、それよりお入りになってくださいませ」
「え!? あ、いや、こんな早くに……」
「こんな早いからこそ、廊下での立ち話より部屋の方がよろしいかと」
「あ、それもそうか……気が回らなくて本当にごめん……」


 思いのほかスピカから冷たい言い方をされたことがショックで、僕は消え入りそうな声で謝ってスピカの部屋に本当に久しぶりに足を踏み入れた。
 スピカの部屋は整理整頓がキッチリされていて、それは記憶を失う前と何も変わりなかった。
 まるで走り出してから行き先を決めるような性格のスピカだったけど、スピカの部屋はいつでも綺麗だった。
 前にスピカはメイドに頼らずに自分の部屋の掃除は自分ですると、身の回りのことは一人で出来るようになりたいと言っていたことがある。
 その時は、理由なんて見当もつかなかったけど、今はそれら全てが王国を出て行こうとしていた準備だと分かる。
 懐かしさと同時に、一瞬で僕の胸は苦しみに包まれていた。


「楽にしてくださいませ」
「……うん、ありがとう」
「実は、私からフリード様に一つだけ質問がございます」
「え? あー、何かな?」
「何故、私と友人になったのですか?」


 今の君は、その言葉の影響力の大きさを知らないからしょうがないよね。


「それはね? 君が、僕を本当の家に帰してくれたからだよ」
「本当の家? 帰したって……」
「ねえ、スピカ? 僕からも君に質問をしてもいいかな?」
「……何でしょうか」
「君は失った記憶を取り戻したいとは思わないの?」


 ここまでずっと無表情だったスピカの青紫の瞳が揺らいだのが分かった。
 今の君がどんな思いからこの質問を僕に投げかけたのかは分からない。
 けど、最初の頃とは明らかにスピカの中で僕達に対する気持ちに変化が生じてるのは明らかだ。
 それなら僕もいい加減、この後悔に関してスピカと向き合わなきゃいけない。
 君が記憶を封印した一端に、あの日の僕が原因としてあると思うから。


「……どうでしょうね、今の私には以前の私の行いが聞けば聞くほど信じ難いことばかりで、心が追い付いてないというのが本音でしょうか」
「思い出すのは勇気がいるよね、僕には想像も出来ないけど……」


 スピカの無表情の中に戸惑いや不安などの感情が入り交じっていた。
 スピカが記憶を封印する前、最後にスピカと話したのは僕だ。
 スピカはボロボロと泣いていた。
 オリオンに気持ちを伝えることが一生叶わないと、許されないと愛しい君は僕の胸で泣いていた。
 そして、僕はスピカへの溢れる気持ちを我慢出来なくて、君を傷つけた。
 僕があの日から抱え続けた消えることのない後悔だ。
 君がまた笑ってくれるなら、僕は胸が張り裂けそうなこの思いを一生抱えることになっても構わないんだ。


「僕達はやっぱり君に記憶を取り戻して欲しいんだ、君自身のためにも」
「私のため?」
「……忘れてるから、君がどれだけ人を愛して人に愛されていたかを」
「愛していた? 私が?」
「僕からはここまでかな、それじゃもうそろそろ部屋に戻るよ」


 寂しかった僕の前に君が草原を駆け抜けて来たあの日、僕の止まっていた時計の針はようやく動き出したんだ。
 どれだけありがとうを言ったら君に返せるんだろうか。
 君の選択は昔から極端だから、僕達は本当に大慌てだよ。
 僕だけの君になって欲しかった。
 けど、結果がどうあれ君の選択全てが僕達のためを思って出した答えだって事実だけで僕はもう十分だ。
 今まで君はすごく頑張ってくれたから今度は僕が頑張る番なんだよ。


「決めたんだよ、スピカのことを悲しませるもの全てから必ず守るって」
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