裏長屋のあやかし(お江戸あやかし賞受賞作)

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

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十一、ろくろ首は歴史を語る 一

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 上坪の表情は、真摯しんしかつ誠意に満ち満ちていた。つまり、銅吉には腹の底から堅苦しく圧力を受けた。三槌屋とはまた別な意味での煙たさだ。

 銅吉でなくとも、上坪は信用できるまっとうな人間ではある。とはいえ、わずかな恩義でも律儀に感謝してくるので、苦笑されることもしばしばあった。

 大したことはしていない、といった定番の謙遜が通用しないのは知っている。さりとて、あやふやに笑ってやりすごすこともできない。明日でも明後日でも同じ状況が繰りかえされるからだ。

「気の向いたときに、麦飯でもおごって下さればいいですよ」
「馬鹿をいうな。夕べ、お前の足どりから割りだした。墓場とやらから寺まで、ずっと娘を担いで歩いたはずがなかろう」

 乏しい明かりの元で、唇を真一文字に引きむすんで計算する上坪の様子がありありと思いうかんだ。

「はぁ、おっしゃる通りです」

 上坪は、剣術さながらにずいっと一歩踏みこんだ。

「ならば、籠を雇ったはずだ。それも、二人分」
「さ、さすがは上坪さん」
「大した距離ではないかもしれんが、二人分なら多少はまとまった金になる。それに、手間賃もださねばならぬ」

 ならぬといわれても。謝礼を受けとる側のはずなのに、銅吉はいつ斬りすてられてもおかしくない気持ちになってきた。

「ここに、千文ある。これでどうにか収めてもらいたい」

 上坪は、紐に通した銭を懐からだした。米の一斗(約十五キロ)も買えそうな金額である。

「ま、まぁ、その……そこまでかかってはいませんから」
「いやいや遠慮するな」

 こうなっては、降参するしかない。

「で、ではありがたく頂戴します」

 両手でありがたくも受領した。嫌でもずしりとくる。

「うむ。これで貸し借りはなしだな」
「はい」

 銅吉の返答に、上坪は軽く笑った。

「それでは、今日はもう休みますので」
「そうか。邪魔してすまなかった」

 ようやく脱出できた。

「お帰り」

 戸を開けると、若々しい女性の声がした。猫又ではない。

「ああ、ただいま」

 反射的にそう応えて、玄関で少しだけ見覚えのある顔と対面した。奥二重で鼻筋の通った美人だが、長い首が部屋まで一間半(約二メートル七十センチ)ほど伸びている。胴体から下は、背筋を伸ばして正座していた。襟を朱色に染めた胴抜きを身につけており、肌は雪のように白い。首さえ無視するなら華やかな美女である。

「ぎゃあーっ」

 首を無視できず、素で銅吉は腰を抜かした。

 ろくろ首は、墓場で一回目にしている。あくまで非日常の存在で、自宅とは無関係だと思いこんでいた。かくもあっさりと裏切られては、悲鳴をだすなというのが無理だろう。

「銅吉、何事だっ」

 せっかくまいたはずの上坪が、血相を変えてやってきた。

「く、首、首が……」

 床にへたりこんだまま、銅吉は自分の部屋を指さした。

「首だと」

 あいかわらず墨汁と紙に満ちた、太助にからかわれた光景そのままの空間だ。

「あ……あれっ」

 ようやく落ちつきを取りもどし、銅吉は立ちあがった。

 そのとき、かまどの隅から、猫又が猫っぽく鳴きながら姿を現した。

「何だ、猫か」

 上坪は、目に見えて気が抜けたようだ。

「す、すみません。野良猫が入りこんでいて」

 どうにか体裁をつくろえそうだ。

「気にするな。ああした事件のあとだ。気が立って当たり前だ。何かあったらすぐにいってこい」

 きびきびした上坪の言動は、こういう時実に頼もしい。

「ありがとうございます」

 上坪は、短くうなずいて去った。

『何だ、猫か』

 猫又は、上坪の口調を真似した。銅吉が何かいう前に、かまどから部屋にひとっ飛びで移った。

『ふざけるなよ』

 後ろ手に戸を閉めながら、銅吉は顔をしかめた。

『じゃあ、早く治してあげて』

 猫又の隣の、何もなかったはずの場所に、突然ろくろ首が現れた。首は人間並みに縮んでいる。正座は変わってない。

「うわっ」

 さっきほどの迫力はないにしても、やっぱりびっくりするものはする。

『あたしもろくろ首も、人間の前に姿を現したり消したりするのは朝飯前だよ。それより、小判を出して』
『小判なんかどうするんだ』
『いいから、さっさとするの』
『出せといわれてぱっと……』

 ろくろ首は、ほんの少しだけ胸元をはだけた。浅いがいくつもの刃物傷がついている。血は出てないが、ぞっとする光景だった。

 と同時に、天井から小判が一枚落ちてきた。
 
『な、何故だ』
『説明はあと』

 猫又は、素っ気なく遮った。

『お前に渡せばいいのか』
『違う。ろくろ首にあげて』

 そのためには、まず銅吉が部屋に上がらねばならない。彼はまだ玄関に立っていた。

 小判を手にしたまま、かまちをまたぐと、ろくろ首がにゅーっと首を伸ばした。そして、銅吉の手から小判をくわえ取ったかと思うと、お菓子か何かのようにぼりぼり食べはじめる。

「ご馳走様でした」

 首を引っこめたときには、小判はもう食べ終えており、ろくろ首は正座したまま丁寧にお辞儀した。

「お粗末……何をいわせるんだ」
『あんたの小判は、妖怪の傷や病気を治せるんだ』

 猫又は、ようやく説明を始めた。

『小判がどうして治療になるんだ』

 銅吉は、猫又に尋ねた。

『銭霊は危機を警告して銭を出す。その銭で危機を凌げという意味だ。で、ろくろ首の傷を癒やせばお前の危機はその分和らぐ』
『ろくろ首と俺がどうかかわるんだ』
『天井から落ちてきた十両は、お前の抱える締め切りみたいな水準の話じゃなくなった』
『ど、どういうことだ』

 わかったような、わからないような理由ながら、深追いする気にはなれない。もっとも、どうせこのまま穏便に終わるとは思えなかった。

『ろくろ首から説明がある』

 にべもなく猫又は答え、ろくろ首の膝に乗った。

「お陰様で助かりました」

 お辞儀を戻して、ろくろ首は銅吉に感謝した。上坪とは異なる意味で敬遠したいが、墓場の一件を掘りさげるには絶好の機会でもあった。

「助かったのはいいけど、とにかく聞かせてくれ」

 そう切りだして、ろくろ首の前に座った。

「はい、どこから始めましょう」
「まず、どうしておみなちゃんはあんな墓場に行ったんだ」
「お淀の血を引いているからです」

 ろくろ首は、首を人並みな長さにしたまま、膝の上にいる猫又の耳の後ろをなでた。そうしていると、吉原の芸者のように見える。

「何っ」

 ここ数日、どれだけ驚かされていることか。

「正確には、お淀の息子の豊臣秀頼の息子、求厭ぐえん。求厭は真言宗の僧侶でしたが、まあ、生涯一度の恋をしたそうで。それで、お淀の血が継がれることになりました」

 同時に、それは豊臣家の血でもある。確かにあの墓にはお淀の名があった。

「だ、だが、だからといっておみなちゃんだけがこんな目にあう筋あいはないだろう」

 話が事実なら、お淀の子孫は何百人でもいるはずだ。銅吉は、自分の半生からしても、子どもが理不尽な仕うちを受けることだけは耐えられない。

「結果的に、彼女が一番濃い血筋を備えています」
「どうやってそんなことが分かるんだ」
「最近、変に寒いですよね」

 ろくろ首は、ゆったりした口調でいささか場違いそうな話題を持ちだした。

「それがどうした」
「つい最近、備前の八岐山やまたさんが噴火したのです」
「噴火と寒さがどうくっつくんだ」
「火山灰が日光を遮るからです」

 ろくろ首の特徴は、首が長いだけではなかった。

「ふーん。で、八岐山とは」
石上布都御魂神社いそのかみふつみたまじんじゃのすぐ北にある山です」

 八岐山なる山については、さすがに銅吉も知らなかった。神社については、辛うじて聞いたことがある。素戔嗚尊すさのおのみこと八岐大蛇やまたのおろちを倒したときに用いた剣をまつっている。

 それより、江戸からはるか遠くで起きた噴火が季節外れの寒さとどう関係するのか。さらには、お淀の子孫とどこがつながるのか。さっぱりわからない。

「お淀は、なかなか秀吉との間に子ができず、焦っていました。そのとき、八岐山からきた外道修験者に邪法をそそのかされ、乗り気になってしまったのです」

 秀吉の妻である以上、考えられる最高の手だてをすべて実行されたはずだ。効き目がないとなると、怪しげな連中に頼るのは、お淀だけではないだろう。

「邪法って」
「八岐山に封印されていた、八岐大蛇の亡霊を解放することです」
「実際にはどうなったんだ」
「お淀の密命で、宇喜多秀家が密かにそれを果たすことになりました。秀家は、少しだけ封印を解いて様子を見ました。確かにお淀は懐妊し、秀頼を産みましたが、そのあと関白秀次の切腹事件が起こりました」

 関白秀次とは、秀吉の甥である。
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