裏長屋のあやかし(お江戸あやかし賞受賞作)

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

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十八、いきさつと朝食 二

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 などと考えている内に、上坪と共に草鞋を脱ぎ、自宅とも上坪家とも変わらない間取りの四畳半に座っていた。

「粗末なお部屋で恐縮ですけど、あまりじろじろ見ないで下さいね」
「は、はいっ」

 銅吉は、何故か自分にだけ特に注意されているような気がして思いきりうなずいた。上坪は微かに苦笑を浮かべている。

 見た限りでは、銅吉や上坪よりは家具に恵まれていた。箪笥たんす衣桁いこうがある。衣桁には、白無垢がかけられている。相当に高価な品だが、毎日手入れをしているのだろう。夫を火事で失った身の上からしても、言葉にならない切なさを感じてしまう。むろん、おたみが安い気休めを望んで銅吉達を招いたわけではないことくらい、百も承知ではあった。

「はい、お待たせしました」
「ありがたし」
「ありがとうございます」

 上坪と銅吉にもたらされた膳には、麦飯と味噌汁に香の物、おかずにはタコの煮物があった。

「ご遠慮なく、お先に召しあがれ」
「頂きます」

 銅吉は、上坪ともども両手をあわせた。まず味噌汁を飲んだら、きちんと切りそろえた豆腐とカボチャがあった。豆腐もカボチャも大雑把に手でちぎって調理する彼とはまるで異なる。もちろん、とても美味しい。タコは煎茶と酒で煮てから、醤油と柚子で味をつけていて、飯が進むことこの上なかった。

「うまい」
「うまいです」

 銅吉はもちろん上坪まで、幸せ極まりない様子で食べている。

「そう、良かったです」

 おたみもまた、つつましやかに箸を動かしながら微笑んだ。

 心尽くしを味わいつつも、銅吉はふと思った。自分の膳にせよ、上坪のそれにせよ、恐らくは亡くなった夫の物と、まだ見ぬ我が子の物だったのではあるまいか。もちろん、そんなことを尋ねるのは無礼千万なので、おくびにも出さない。ただ、行き場のなくなった愛情を、どこかで放出しておきたいという気持ちがあったのかも知れない。

「おかわりもありますよ」
「い、いえ、とんでもない」
「俺も、そこまでは腹が減ってない」

 おたみの親切は、何ともいえない甘い苦しみを銅吉に感じさせた。義理の姉が母代わりになったら、こんな雰囲気だろうか。

「はい、分かりました」

 おたみも、強いては勧めなかった。ほっとしたような、残念なような。

「馳走になった」
「ご馳走様でした」
「はい、お粗末でした。お急ぎでしょうし、食器はそのままにしておいて下さい」
「何から何まで、痛みいる」
「本当に頭が下がります」

 銅吉も上坪も、おたみの善意に感謝しつつ引きはらった。
 
「いやー、生きかえりましたよ」

 長屋木戸を経て表通りを歩きながら、銅吉は上機嫌にいった。

「俺もだ。良く気のつく人だな」

 上坪も、おみなのことでいっぱいだった心が、多少なりと軽くなったようだ。

「そういえば、失礼ながら……。上坪さんは、お仕事に障りはないんですか」
「ああ。まとまった納品をすませてあるし、次までには少し余裕がある」
「何よりです」

 さすがは上坪。娘の窮地に溺れて、仕事を放りだしたりなどしない。銅吉は娘の窮地どころか、ありとあらゆる自他の極限状況を筆の種や肥やしにしている。内心で、自分の業が気恥ずかしくもあり、上坪の律儀さが清々しくもあった。

 ほどなくして、二人は松森寺についた。時間をかけるまでもなく、中庭で、寺で保護されている子どもの一人が輪快の不在を教えてくれた。行く先も帰宅の時刻も聞いてないという。おみなの容態に変化はないとも伝えられる。

「むむっ、肩透かしか」

 子どもに礼を述べ、相手が去ってから、上坪は残念そうに腕を組んだ。

「行く先も帰る時間も告げてないなら、どうせしばらくすればもどってくるでしょう」

 銅吉としては、こうした類は寺で養われていたときから再々体験している。

「かもしれぬが、はて……」

 天を仰ぐ上坪に、銅吉はいつ声をかけるべきかしばらく迷った。

「待て。輪快殿が、いつからいなくなったのかはまだ知らされていないな」
「はい、確かに」
「ならば、そこを固めておこう」
「じゃあ、私が聞いてきます」
「頼む」

 上坪は、すでに寺の子ども達にも知られてはいる。とはいえ、やはり銅吉の方がすんなり会話を進められるだろう。

「上坪さんが今朝ここにきたあと、すぐに出ていったとのことです」

 銅吉は、簡潔に事実を伝えた。

「ならば、一刻はたつ。これまで、何も告げずに二刻もいなくなることはあったか」
「そういえば……なかったです」

 たまたま時間がかかっただけだとしたいところだ。上坪が厳しく唇を引きむすんだので、銅吉は陳腐な楽観論を持ちだせなくなった。

 輪快は住職であり、かつ子ども達の親代わりでもある。ましてや、今はおみなも寺にいる。食料や消耗品は取りあえず不足してない。ならば、寺を無言で長時間留守にする筋あいはない。

「滅多なことは口にできぬが……危うい目にあわれている可能性がある」
「だ、だとしたらどこでしょう」
「銅吉。お前の方が俺よりはるかに輪快殿を良く知っている」

 いきなり、重い責任がやってきた。的外れな推察に最悪の事態が重なると、輪快の身がどうなるか知られたものではない。

 すぐに思いつけて一番可能性が高いのは、例の墓場だ。とはいえ、まさか一人で墓石を壊しにいくのではないだろう。

 輪快の性格からすれば、あんな異様な墓碑銘を読んでそのままにしておくはずがない。必ず、詳細を調べるはずだ。

 寺にも書庫はある。銅吉も頻繁に利用した。

「まずは、書庫に行きましょう。和尚様が、今回のことで何か見当をつけられたかもしれません」
「良し。案内してくれ」
「はい」

 書庫までは、中庭から百歩ほど歩けば入室できた。それほど広くはなく、蔵書も数百冊というところながら、四畳半の部屋に円卓と本棚があるきりという配置がかえって清楚な品格を感じさせた。銅吉が子どものころは、ただ夢中になって片っぱしから本を読みふけるための場所だったのに、久しぶりに来ると新たな印象が加わった。

「およそ、書物の題材ごとに仕分けされております。墓場についてなら……多分、この辺りかと」

 銅吉は、本棚の左上隅の辺りを示した。

「二人で一冊ずつ読むか」
「いえ、和尚様は、特に大事な箇所を拾っても時間がないときに、良くしおりを用いました。そこで、読まずとも栞を探すのが吉かと」
「子ども達は、栞を使わないのか」
「使いますが、和尚様の栞は厚紙にカエルの絵が描いてあります」
「なるほど。それを探そう」

 結論がつくや否や、銅吉は該当する箇所の本を丸ごと抜きとり、円卓に置いた。上坪と山分けにして、一冊ずつ栞を探していく。

「ありました」

 四半刻(約三十分)ほどして、銅吉は掘りあてた。

「上々だが、他に栞はないのか」
「念には念を入れましょう」

 すぐに、その一枚のみと判明した。

「まず、残りは本棚にもどそう」
「はい。私にお任せを」

 二人とも、抜きだしたときの順番を崩さないように調べていたので、簡単に元通りにできた。

 手元に残った一冊は、『裏本お淀の方お城の内』という題名がついていた。銅吉の記憶にはない。つまり、ここ数年の間に、輪快が購入したのだろう。

 栞は、この本の半ばにあった。頁を開けると、見開きいっぱいに、炎上する大阪城の挿絵さしえがあった。いや、それだけではない。

 城に、大蛇と化した清姫よろしく巻きついているのは八岐大蛇だった。八つの頭が一つにまとまる首の下には、鎧兜姿の武者が一人ぶら下がっている。

「金吾中納言殿、お淀をお迎えして共に八岐大蛇の眷属けんぞくとなり候、か」

 上坪が、挿絵の左上隅にある説明書きを読んだ。

 銅吉は、思わず身体が震えるところだった。まさにろくろ首や猫又の語るところではないか。

「作者は誰でしょう」

 我ながら、無難な問いかけでどうにか合いの手を入れる。

「さて。奥付には何もない」
「和尚様が、わざわざここに栞を入れたということと、墓碑にこの二人の名前があったのは、もはや無関係ではありません」
「やはり、墓場にむかわれたと見るのが妥当か」
「はい」
「不覚にも、脇差しかない。一度家に戻り、大急ぎで刀を取ってくる。銅吉、ここで待っていてくれ。墓場までの道案内を頼む」

 やむをえない次第とはいえ、その役目を頼まれるのは二回目となる。断りようがないのもまた二回目だった。
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