筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

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第7話 プロペラ男との対決 その三

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 車は、どこか陰うつなトンネルの中を走っていた。トンネルといっても、素掘りの壁や天井にコンクリートを吹きつけただけの代物だ。ライトはおろか、歩道と車道を隔てる白線すらない。ひっきりなしに水滴が降ってきて、ワイパーをつけねばならなくなった。

 そこで突然、誰も指一本触れてないのにカーラジオがついた。昔の戦争映画めいた、プロペラの回る音が高く低く車内に流れてくる。

「ヤリてぇ……あの女とヤリてぇ……熱い……熱い……痛ぇ……! あの女とヤったら、次はあの女をヤる! 男はまず股間からズタズタにしてやる! なめやがって!」

 カーラジオから流れる下品で醜悪な言葉は、まさにプロペラ男の声音そのものだった。花坂は、下世話な与太を全否定はしないが、聞くのを嫌がりそうな人間の前で垂れ流すことは受けいれない。

「待って! 花坂君、切っちゃダメ」

 伸ばしかけた花坂の左手が、ぴたっと止まった。

「トンネルを抜けたら、すぐ対決になる。花坂君は小角さんを守って。プロペラ男はあたしが倒す」
「先生……」

 危険ですといいかけて、花坂はぐっとこらえた。小角はこの三人の中では一番弱い。ある程度互角に戦えるのは塚森だけだ。

「さっきは、あたしを助けてくれてありがとう。所長にもカッコいいところを残してもらわなきゃ」

 わざとおどけた口調で、塚森は真意を明らかにした。なにかあったら二人で逃げろという意味だ。

「それに、いつも花坂君はあたしが帰るまで待ってもらってたし」
「わかりました。必ず小角さんを守ります」

 そうと決まれば、花坂も異存はない。

 車はトンネルを抜けた。鉛色の雲がどんよりと空を覆い、大小無数の泡をひっきりなしに放つ黒茶色の沼地が延々と広がっている。道路すら存在しない。

 バックミラーには、さっきまで車を走らせたトンネル……と、おぼしき巨大なパイプがある。沼地の端に置かれたパイプの中をくぐったようなものだ。

「なんだ……これ……」

 花坂は、とにかく車を止めはした。異様とも無秩序ともつかない光景に、声が震えてしまうのは止められなかった。

「いつでも出せるようにしておいて」

 短くいいのこして、塚森は一人だけ車から降りた。

 とたんに、沼地の水面が小刻みに波うった。車内にいてもそれとわかるほど、生ぬるい風が吹きよせている。

 ほどなくして、プロペラが回転する甲高い音が誰の耳にも聞こえてきた。

「よくも俺になめた真似をしやがったな! ここにはお前を助ける亡霊なんていないって、わかってんのか!?」

 姿が見えず、どこで喋っているのかわからない。

「亡霊の助けを借りなくても、あんたみたいな四流外道は敵じゃないし」

 平然と、塚森はいいはなった。

「て、てめぇっ! いうにことかいて四流だと!? ピンホール効果で倍増した俺の力を……」
「うるさい」

 塚森は、両足を開いて軽く右の人差し指を高く掲げた。炎の柱が彼女の全身からほとばしり、天高く吹きあがった。

「ぎゃあああっ!」

 空の一部が、撮影所の低予算セットさながらに燃えて、火だるまになったプロペラ男が地面に激突しかけた。寸前で全身のプロペラを回し、どうにか無事に着地した。ついでに火も消した。

「自分は高みの見物で好きたい放題に喚くだなんて、まさにあんたらしいやり方だね」
「いひひひ! ぎゃははは!」

 プロペラ男は全身をくねらせて笑った。彼の醜態を無視し、塚森はもう一度炎を放った。初見と同様、プロペラ男はすぐに打ち消した。

「そこはまず、『なにがおかしい』って聞くのが王道だろうが! ピンホールを塞ぐんじゃない!」
「知るか」

 また炎を使い、ふたたび同じ結果に終わった。

「なにがおかしい!」

 誰も笑ってないにもかかわらず、プロペラ男は自分で口にした。

「自分からいってやったんだから感謝しろ……とでも訴えたいわけ?」

 軽蔑に満ちた塚森の指摘に、プロペラ男は車がガタガタ揺れるほど強く風を送った。

「『訴えた』はおかしいだろうが! 『チャンスを与えた』だ! さっきからお前の炎はちっとも効いてねぇ! お前の負けだ!」
「なんとかに刃物って、あんたのことだね」
「バカなのかてめぇは? こうなったらお前からヤってやる! まず仰向けになって股を開け!」
「もう一度いってみて、さっきの言葉」
「あぁ!? こうなったら……おま……お……ガバッ! ウゴッ! お……お……」
「あれ、どうしたの? あたしからヤるんでしょ? あたし、ここから一歩も動かないから。さ、やってごらん」

 煽りに煽る塚森に対し、プロペラ男はガクっと膝をついて地面に座りこんだ。口をパクパク開け閉めしている。

「い、いひ……息が……」
「目に見えなくても、炎が燃えていることは普通にあるんだけどね。燃えてるかぎり酸素を使っていくんだよ。あんたの周りだけそうなるようにしたから」
「打ちけされた炎はおとりだったのか!」

 車内で、花坂は膝を打った。塚森の真の力に、ようやく触れたと思った。

「ぐ……ぐぐぐ……」

 プロペラ男は、得意のプロペラで空気を取りいれようとしたが、無駄口を叩いているうちに貴重な時間を浪費してしまった。

「このまま酸欠で窒息死がおにあいだね」
「と、油断したところが命とりーっ!」

 突然、ナンセンスなほど元気を回復してプロペラ男はガバっと立ちあがった。またプロペラが回転し、今度は車がじりじり近づくほど強く、プロペラ男に対して風が吸い寄せられた。

「足元の沼地からひっきりなしに泡がでてるのを忘れたか? ちょっとでも酸素が補給できれば、あとはプロペラを回して熱を追いはらうだけだ!」

 口数が復活したプロペラ男に対し、塚森は黙ったままだ。

「そして、お前の小賢しい機転は永久に封じられた!」

 いつのまにか、プロペラ男の周囲に無数の水滴が浮かんでいた。

「溺れろ! 溺れるんだ! 俺が人工呼吸しながら種つけしてやるからよ!」

 喚きながら、プロペラ男は水滴を塚森の顔に叩きつけた。高圧ホースで顔に水をかけているようなもので、鼻も口も塞がってしまう。

「先生!」

 花坂は、アクセルをベタ踏みしてプロペラ男に突っこむ衝動を辛うじて抑えつけた。彼一人ならそうしただろうが、後部座席に小角がいる。

「どうだぁーっ! 窒息には窒息で意趣返し! うぅ~んピンホールだーっ!」

 塚森の身体が、霧状になった水滴のせいでぼやけ、影だけになった。

「見栄を張ってたっているつもりか! どのみち結果は……」

 プロペラ男の全身に火がつきはじめた。

「あ、あつっ!? 熱い! 熱いだと!? そんなバカな!」

 両手で自分自身をバタバタ叩き、プロペラを回転させたものの、火の勢いは消えるどころかますます激しくなった。そのくせ水滴はまだ空中に漂っている。

「そ、そんなはずはない! こんなのはおかしい! 理不尽だ!」

 花坂の背後で、小角が小さく失笑した。理不尽とやらを彼女に強いてきたのは、プロペラ男の方だ。

「ぐわあああぁぁぁ! た、助けてくれぇーっ! 死ぬっ! 焼け死ぬーっ!」
「死ぬときくらい黙ったら?」

 霧が晴れてから、塚森が最初に口にした言葉がそれだった。びしょ濡れになった髪が頬に張りついているものの、平然としている。

「お、俺はお前をヤルはずだったのにーっ! どうしてだーっ!」
「水はね、高温高圧の水蒸気になったら物が燃やせるの。どのみちあんたの負け」
「ふ、ふざけ……股……ヤル……ヤッて……」

 バタッとプロペラ男は倒れ、断末魔の代わりに黒い煙を放つ手足を二、三回けいれんさせた。

 同時に、辺りが一変した。

 沼地やトンネルはおろか、一同が乗ってきた車さえどこにもない。六畳ほどの平凡なアパートの一室で、花坂達はプロペラ男の死体を見おろしていた。部屋自体は板敷きの居間だとすぐに察せられ、ソファーとテーブルの狭間に死体が横たわっている。

 死因が熱傷なのは当然として、炭化したというよりは熱湯に全身を浸された様相であった。推察の補強でもないが、死体の周りの床も、湯気をたててべとべとになっている。

「なに……これ……」

 小角が、恐怖もあらわに目を見開いた。
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