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第8話 爆発男から手がかり その一
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居間の壁といわず天井といわず。小角の私生活が、コマ切れに撮影され現像された写真となってピン留めされている。プロペラ男のストーカーぶりと、ここが彼の部屋であることが、同時に立証された。
「早くでましょう、こんなところ」
花坂は吐きすてた。プロペラ男が同性だからこそ、いっそう嫌悪感が強くなっていた。
「待って。小角さん、ごめんね。反吐がでるような場所だけど、少し気になることがあるの。もうちょっとだけここにいていい?」
「はい……大丈夫でございます」
また大仰な敬語になっている。気丈に振るまうのはいいが、手足が震えていた。自分自身を対象にした、こんな悪事を目のあたりにさせられて、平気でいられるはずがない。
「先生、気になることとは……」
花坂は注意深く尋ねた。彼に答えないまま、塚森は自分のポケットから礼装用の白手袋をはめた。慌てて花坂も自分の軍手をはめる。手袋は何でも屋稼業の必需品。とりわけ、力仕事をも請けおう花坂は軍手一択だ。
いずれにせよ、小角は下手に動くべきではなかった。そこは、彼女自身も理解していた。
塚森は、写真の表裏を一枚ずつ自分の目でたしかめた。花坂は、彼女にならって作業を分担する。
何十枚めかで、塚森が手にしかけた写真の縁に髪が一本落ちた。あまりにも自然な流れだったので、無意識に指が伸びた。
「触ってはなりません!」
小角が鋭く警告し、塚森は寸前で指を引っこめた。とたんに、彼女が手にしていた写真は、小さいが遠くまで響く破裂音とともに消滅した。
「先生!?」
まるで予想できなかった展開に仰天しながら、花坂は塚森へむけて振りかえった。塚森も、たった今まで写真のあった空間を凝視している。
かと思ったら、プロペラ男の死体からなにかが重々しく割れるような音がした。間髪をいれず、死体は内側から破裂した。血や肉片が飛びちるかと思いきや、それら一つ一つが、空中でかたっぱしから消えていった。すなわち、プロペラ男は物理的な意味でもこの世から消滅した。
ついで、天井の一部から煙が降りてきた。本来なら高く昇っていくはずの煙が、逆に降ってきて、小角の胸元に至った。
「そこか!」
花坂は、力任せにテーブルを持ちあげた。そのまま煙の源に投げつける。手足をすくめたくなるようなひどい音がした。さらに、床に落ちたときにも似たような音がした。
テーブルは無残にも脚が一本折れた。床にもへこみができた。そして、塚森が鬼火でテーブルの命中したところをあぶった。火事にならないよう、慎重に力を絞ったのはいうまでもない。
案の定、天井が焼けたところに割れ目が生じた。次いで、一人の男が、煙を流す板の破片とともに落ちてきた。着地をうまく果たしたところからすると、事前に攻撃を予期していたようだ。
素早くたちあがったその男は、髪を長く伸ばし、いかにも短気そうなシワを眉間に寄せていた。まだ若いが、塚森よりは年長だろう。服には相当な金をかけているようで、歌舞伎町あたりでスカウトされても……する方ではなく……おかしくない。花坂ほどではないものの、背が高く筋肉質な体格もあり、かなり強そうだ。
「俺の居場所を特定したばかりか、こうして引きよせるとは。さすがに、市宮を倒しただけはあるな」
「なら、市宮っていうのはさっき消えたプロペラ男のことか」
花坂は、塚森へのせんえつを自覚しつつも、会話の主導権を奪われまいと口を挟んだ。自分の背後にいる小角を気遣う必要がある。
「消えたのではない。消した。この髪……一ミクロンでも一メートルでも爆薬になる。どのタイミングで爆発させるかも自由自在……そう、俺の軽やかな人生のように」
プロペラ男の名前が、市宮と知られたのはともかく。今度は爆発男か……花坂からすれば、次から次に変なのが湧いてくる日だ。
「それで、あたし達になんの用?」
自分の力とは真反対の冷ややかさを、塚森は隠そうとしなかった。
「単刀直入にいこう。この件はこれで忘れろ。ストーカーはもう死んだ」
爆発男がいいおえた直後、彼の周りでタイヤが破裂するような音が数回続いた。小角は手足を縮めたが、花坂はすでに彼女を背にして塚森の隣にいた。二人で口を開かず爆発男を見つめ続ける。
「お前……男の隣にいる方の女。市宮を倒した程度でうぬぼれるなよ。お前の作る熱の塊は、俺が爆発させることでよそへそらす」
「お前だって手詰まりだろうが!」
花坂の指摘に、爆発男は心持ち下顎をあげてから、右手で自分の前髪をすいた。相手を見下しながら自己陶酔にひたるしぐさであった。
「危ない!」
塚森が、花坂の正面に飛びよった。彼女の身体が、鼓膜を破りそうな轟音とともに前後左右に揺れた。倒れたり壁に叩きつけられたりはしなかったものの、服の大半が破れてブラジャーがあらわになった。
「先生!」
花坂と小角が同時に叫んだ。
「ふん。部下を守ったのはいいが、俺のパワーが圧倒的に上回ったようだな」
「くっ……」
右手で胸をかばい、くずおれかかった膝をしめて塚森はどうにかたっている。
「もう一回だけ命令してやろう。この件はこれで忘れろ」
「あのう……」
用心と遠慮が半々といった様子で、小角が口を開いた。
「あ……?」
爆発男は、明らかに小角をただの添えものくらいにしか理解していないようだ。添えものの分際で、聞かれもしないのに話しかける……それは、彼の価値観においてあってはならないことだった。
「その髪、端っこがふぞろいでございますね」
小角は、細く小さいが形のいい右人さし指を、爆発男の顔に腕ごとまっすぐのばした。
「だからどうした」
「ご自分で切りはなせるのですか?」
「どうしてお前に答えてやる必要がある」
「だって、その……世間で申しますところの、ダサいですから。太りすぎでございましょう? せめて、花坂さんくらいな……ぷっ」
花坂の髪はチリチリになったままだ。こともあろうに、もっとも頓珍漢なタイミングで小角は気づいてしまった。
彼女の笑いが、まさに起爆剤となった。もともと、日本人で花坂のような体格の持ち主は極めてまれだ。爆発男は、花坂より頭一つ背が低いものの、贅肉はなく充分に鍛えられた姿といっていい。だからこそ、自尊心がいたく傷つけられたようだ。彼の眉根が、瞬間移動したかのように鼻の真上まで寄せられた。
「要するに、まとめて心中したいというわけだな。いいだろう」
花坂は、小角が減らず口を叩いた理由を必死に考えた。彼女が礼儀正しいのは、最初から承知している。だから、無意味に長広舌をふるうはずがない。爆発男の認知からは隠れて、大事なヒントを伝えようとしているはずだ。
小角の言葉で頭を使うべきところは二つ。爆発男の髪と背丈。両方とも、花坂達がどうこうできるものではない。
そもそも、市宮のときもそうだが、塚森の力が相手に通用しないから工夫を凝らさねばならない。爆発男へは無理だとしても、彼に影響を与えられるなにかがあるはず。
「先生!」
花坂は、爆発男の足元を指さした。
爆発男は、宣言どおりに一同を始末しようとはした。自分の目線が一気に真下へ落ちたせいで、何もできなかった。なぜなら、塚森が彼の足元の床を即座に焼きはらったからである。彼は、自らにやってくる炎熱ならいくらでも処理できただろう。だが、床を焼いて時ならぬ落とし穴を作ることはまったく予想できなかった。
もっとも、落ちた先がどうなるかは花坂達も知らない。最初から、ここがどんなアパートなのかさえ知らない。
「逃がさない!」
塚森は、身体を隠すことも忘れて爆発男が落ちた場所へと走った。花坂と小角もすぐあとにつづく。
耳をすますと、かすかに笑い声やガヤガヤ騒ぐ音がする。なんのことはない、下の部屋でテレビがついているのが穴ごしに見えた。基本的にはどの部屋も変わらない間取りをしているので、居間の下には居間がある。当然、テレビだってあるだろう。市宮がいたこの部屋にはないが。
「早くでましょう、こんなところ」
花坂は吐きすてた。プロペラ男が同性だからこそ、いっそう嫌悪感が強くなっていた。
「待って。小角さん、ごめんね。反吐がでるような場所だけど、少し気になることがあるの。もうちょっとだけここにいていい?」
「はい……大丈夫でございます」
また大仰な敬語になっている。気丈に振るまうのはいいが、手足が震えていた。自分自身を対象にした、こんな悪事を目のあたりにさせられて、平気でいられるはずがない。
「先生、気になることとは……」
花坂は注意深く尋ねた。彼に答えないまま、塚森は自分のポケットから礼装用の白手袋をはめた。慌てて花坂も自分の軍手をはめる。手袋は何でも屋稼業の必需品。とりわけ、力仕事をも請けおう花坂は軍手一択だ。
いずれにせよ、小角は下手に動くべきではなかった。そこは、彼女自身も理解していた。
塚森は、写真の表裏を一枚ずつ自分の目でたしかめた。花坂は、彼女にならって作業を分担する。
何十枚めかで、塚森が手にしかけた写真の縁に髪が一本落ちた。あまりにも自然な流れだったので、無意識に指が伸びた。
「触ってはなりません!」
小角が鋭く警告し、塚森は寸前で指を引っこめた。とたんに、彼女が手にしていた写真は、小さいが遠くまで響く破裂音とともに消滅した。
「先生!?」
まるで予想できなかった展開に仰天しながら、花坂は塚森へむけて振りかえった。塚森も、たった今まで写真のあった空間を凝視している。
かと思ったら、プロペラ男の死体からなにかが重々しく割れるような音がした。間髪をいれず、死体は内側から破裂した。血や肉片が飛びちるかと思いきや、それら一つ一つが、空中でかたっぱしから消えていった。すなわち、プロペラ男は物理的な意味でもこの世から消滅した。
ついで、天井の一部から煙が降りてきた。本来なら高く昇っていくはずの煙が、逆に降ってきて、小角の胸元に至った。
「そこか!」
花坂は、力任せにテーブルを持ちあげた。そのまま煙の源に投げつける。手足をすくめたくなるようなひどい音がした。さらに、床に落ちたときにも似たような音がした。
テーブルは無残にも脚が一本折れた。床にもへこみができた。そして、塚森が鬼火でテーブルの命中したところをあぶった。火事にならないよう、慎重に力を絞ったのはいうまでもない。
案の定、天井が焼けたところに割れ目が生じた。次いで、一人の男が、煙を流す板の破片とともに落ちてきた。着地をうまく果たしたところからすると、事前に攻撃を予期していたようだ。
素早くたちあがったその男は、髪を長く伸ばし、いかにも短気そうなシワを眉間に寄せていた。まだ若いが、塚森よりは年長だろう。服には相当な金をかけているようで、歌舞伎町あたりでスカウトされても……する方ではなく……おかしくない。花坂ほどではないものの、背が高く筋肉質な体格もあり、かなり強そうだ。
「俺の居場所を特定したばかりか、こうして引きよせるとは。さすがに、市宮を倒しただけはあるな」
「なら、市宮っていうのはさっき消えたプロペラ男のことか」
花坂は、塚森へのせんえつを自覚しつつも、会話の主導権を奪われまいと口を挟んだ。自分の背後にいる小角を気遣う必要がある。
「消えたのではない。消した。この髪……一ミクロンでも一メートルでも爆薬になる。どのタイミングで爆発させるかも自由自在……そう、俺の軽やかな人生のように」
プロペラ男の名前が、市宮と知られたのはともかく。今度は爆発男か……花坂からすれば、次から次に変なのが湧いてくる日だ。
「それで、あたし達になんの用?」
自分の力とは真反対の冷ややかさを、塚森は隠そうとしなかった。
「単刀直入にいこう。この件はこれで忘れろ。ストーカーはもう死んだ」
爆発男がいいおえた直後、彼の周りでタイヤが破裂するような音が数回続いた。小角は手足を縮めたが、花坂はすでに彼女を背にして塚森の隣にいた。二人で口を開かず爆発男を見つめ続ける。
「お前……男の隣にいる方の女。市宮を倒した程度でうぬぼれるなよ。お前の作る熱の塊は、俺が爆発させることでよそへそらす」
「お前だって手詰まりだろうが!」
花坂の指摘に、爆発男は心持ち下顎をあげてから、右手で自分の前髪をすいた。相手を見下しながら自己陶酔にひたるしぐさであった。
「危ない!」
塚森が、花坂の正面に飛びよった。彼女の身体が、鼓膜を破りそうな轟音とともに前後左右に揺れた。倒れたり壁に叩きつけられたりはしなかったものの、服の大半が破れてブラジャーがあらわになった。
「先生!」
花坂と小角が同時に叫んだ。
「ふん。部下を守ったのはいいが、俺のパワーが圧倒的に上回ったようだな」
「くっ……」
右手で胸をかばい、くずおれかかった膝をしめて塚森はどうにかたっている。
「もう一回だけ命令してやろう。この件はこれで忘れろ」
「あのう……」
用心と遠慮が半々といった様子で、小角が口を開いた。
「あ……?」
爆発男は、明らかに小角をただの添えものくらいにしか理解していないようだ。添えものの分際で、聞かれもしないのに話しかける……それは、彼の価値観においてあってはならないことだった。
「その髪、端っこがふぞろいでございますね」
小角は、細く小さいが形のいい右人さし指を、爆発男の顔に腕ごとまっすぐのばした。
「だからどうした」
「ご自分で切りはなせるのですか?」
「どうしてお前に答えてやる必要がある」
「だって、その……世間で申しますところの、ダサいですから。太りすぎでございましょう? せめて、花坂さんくらいな……ぷっ」
花坂の髪はチリチリになったままだ。こともあろうに、もっとも頓珍漢なタイミングで小角は気づいてしまった。
彼女の笑いが、まさに起爆剤となった。もともと、日本人で花坂のような体格の持ち主は極めてまれだ。爆発男は、花坂より頭一つ背が低いものの、贅肉はなく充分に鍛えられた姿といっていい。だからこそ、自尊心がいたく傷つけられたようだ。彼の眉根が、瞬間移動したかのように鼻の真上まで寄せられた。
「要するに、まとめて心中したいというわけだな。いいだろう」
花坂は、小角が減らず口を叩いた理由を必死に考えた。彼女が礼儀正しいのは、最初から承知している。だから、無意味に長広舌をふるうはずがない。爆発男の認知からは隠れて、大事なヒントを伝えようとしているはずだ。
小角の言葉で頭を使うべきところは二つ。爆発男の髪と背丈。両方とも、花坂達がどうこうできるものではない。
そもそも、市宮のときもそうだが、塚森の力が相手に通用しないから工夫を凝らさねばならない。爆発男へは無理だとしても、彼に影響を与えられるなにかがあるはず。
「先生!」
花坂は、爆発男の足元を指さした。
爆発男は、宣言どおりに一同を始末しようとはした。自分の目線が一気に真下へ落ちたせいで、何もできなかった。なぜなら、塚森が彼の足元の床を即座に焼きはらったからである。彼は、自らにやってくる炎熱ならいくらでも処理できただろう。だが、床を焼いて時ならぬ落とし穴を作ることはまったく予想できなかった。
もっとも、落ちた先がどうなるかは花坂達も知らない。最初から、ここがどんなアパートなのかさえ知らない。
「逃がさない!」
塚森は、身体を隠すことも忘れて爆発男が落ちた場所へと走った。花坂と小角もすぐあとにつづく。
耳をすますと、かすかに笑い声やガヤガヤ騒ぐ音がする。なんのことはない、下の部屋でテレビがついているのが穴ごしに見えた。基本的にはどの部屋も変わらない間取りをしているので、居間の下には居間がある。当然、テレビだってあるだろう。市宮がいたこの部屋にはないが。
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