筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

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第13話 小鬼の刺客 その四

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「あの……さっきみたいな罠はなさそうです」

 小角は、紐を出したり消したりしている。一度自覚した力を、使いこなそうとしているようだ。生きのびるためなのは当然として、ふだんから努力家なのだろう。花坂は、そうした小角の性格を好ましく思った。

「ありがとう」

 塚森は、よそに火が移らないよう注意しつつ、紙を燃やした。

「ドアに細工をしたのと、同じ人が残したんでしょうか?」

 小角が、かすかに残った煙を眺めながら聞いた。

「状況証拠としては、それ以外ないですね」

 花坂は腕を組んだ。

 仮にそうなら、ドアの待ち伏せを切りぬけたことを見こんで、そのメッセージを書いたことになる。

「どうせなら、ここにも小鬼をセットしないのかな」

 塚森のつぶやきは、こうした状況ならたいていの人間が抱える疑問だろう。

「無事にメッセージを読んでいるなら、小鬼を使ったやり口はもうバレているので、意味がないと推察したんだと思います」

 花坂は、相手の立場になって想像した。

「なんだか変わった人ですね」

 小角の意見は、塚森とはまた異なる意味で、誰でも抱きそうなものだった。

「陰険で神経質な人ですよ」

 花坂は一言で切りすてた。

 市宮や爆発男も外道のろくでなしだが、こんなやり口はさらにうんざりする。どのみち部屋は片づけねばならないし、結果として……部分的にせよ……相手の主張を満たすのも腹だたしい。

「ああ、そうそう。ここが居間で、隣がほら、食堂」

 塚森は、居間とは真反対に、掃除と整頓がいきとどいた部屋を小角に見せた。といいたいが、塚森が粗相《そそう》した跡がぬぐわれてない。

「わぁっ、とても立派ですね」
「そう? ちなみに食堂の奥にあるのが台所だから」
「あれ……なんだか焦げ臭いような……。壁も黒ずんでいますし……」

 つまみ食いにきた塚森が、ゴキブリに恐慌して炎をまきちらしたところだ。

「い、市宮との対決で、ちょっと余計なところまで燃やしちゃったの。ヲホホホ」
「先生、そろそろ着がえた方がいいでしょう」

 花坂は、やむなく合いの手をいれて助けた。

「そ、そうね。用心のために、部屋の前まで二人とも一緒にきてもらえる?」

 花坂も小角も、異存なかった。

 そこからは、塚森が衣服を改め、応接室で小角と今後の打ちあわせを始めた。花坂は男性なので、どうしても支障をきたす要素がある。だから、結論だけあとで伝えてもらうことにした。これは彼を軽く扱う措置ではないし、花坂も議論するつもりはいっさいなかった。それに、彼としてはTWCと恵みの大地について調べてから、とにかく居間を片づけたい。

 食堂で、一人椅子に座り、花坂は自分のスマホをつついた。ふだんから塚森の助手をつとめているだけに、この手の調査は要領を掴んでいる。

 市宮が乱入した、居間のガラス戸を一瞥いちべつしてから、花坂はおもむろにネットを検索した。

 TWC。タイトワールドコーポレーション……つながった世界であきないをする会社とでもいいたいのだろう。

 その沿革は、同社のホームページで掴んだ限りでは、明治三年(一八七○年)にさかのぼる。創業者・平岩 近久ちかひさが福丸という会社を東京で開いたのが始まりだ。現在の名前になったのは令和四年(二○二二年)。そして、恵みの大地も同年に発足している。れっきとした一部上場企業でもあり、アメリカにもヨーロッパにも支社がある。本社の位置は、創業時から都心で変わりない。

 現社長は平岩 知勇ちゆうとあり、三十七歳の男性だ。近久の直系の子孫であり、彼だけでなく代々の社長は先代の長男が継いでいる。

 知勇が社長になったのは三年前で、ということは社名を変えたのも恵みの大地を作ったのも彼に他ならない。

 三年前といったら、知勇は三十四歳。いまどきは、花坂と同世代の学生でも起業する者はする。とはいえ、こんな大企業の社長に三十代で就任するとは、かなりな実力がいるだろう。もっとも、先代……友道ともみちが、三年前に事故で急死したのがきっかけとはあった。

 主力商品のHMBについても、別個に調べはした。悪い噂は一つもない。個人ブログでは、べた褒めのオンパレードだ。ここまで絶賛の嵐だと、小角の友人が急性心不全になったという話が、どうしても引っかかる。

 恵みの大地についてもホームページはあった。通りいっぺんのことしか記載されていなかった。場所は神奈川との都県境、つまりこの事務所から車で三十分とかからない。市宮のいたアパートから、もう少し遠いくらいか。施設長は勝葉かつば さとしなる三十二歳の男で、ボディビルに悩む利用者のために、職員一同全力を尽くして云々という主張が記載されている。むろん、施設の間取りやカウンセラーの配置についても、詳しく述べてはある。見学も、飛び入りを含めて随時歓迎だそうだ。だが、これらを活用するのは、少しあとになるだろう。

 日没までに、もう一つの大事な用件を処理したい。完全には無理だろうが、花坂としては多少なりと進めたかった。スマホをしまい、軍手をはめて席をたつ。それから居間に入り、大小無数のガラクタを仕分けし始めた。

 バラバラになったクッションの残骸や、紙切れの寄せ集めになった雑誌を拾ってはゴミ袋へ。わずか数時間前に塚森と交わしたグダグダな会話が、何年も昔のことのように思えてくる。そして気づいた。自分の髪がまだ縮れたままなのを。

 このさい、自力で五分刈りにでもするかと花坂は考えた。ボディビルダーで髪を短くする人間は珍しくない。ただ、花坂のような筋肉質で背の高い男が、スキンヘッド風の髪型にすると、客観的には腕力自慢のチンピラかなにかに見えてしまう。塚森は、いや、小角でさえ気にしないだろうが、この件が終わったらまた日常の業務が再開される。客に威圧感を与える姿は控えたかった。

 さらには、学生生活もある。入学して間がない内から、おかしな偏見は持たれたくない。

 などと悩みながらも次々とゴミは分別され、どうにか床が見えるくらいにはなった。あとは、ガラス戸の修繕がある。これについては、業者から現物を発注するしかない。
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