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第12話 小鬼の刺客 その三
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妖怪の実在そのものは、花坂も疑わない。彼自身、ふだんから悪霊だの怨霊だのと身近に暮らしている。
その反面、ボディビルの根っこにあるのは合理主義に基づく自分自身の反復練習だと捉えていた。だから、TWCの類には興味を一切持たないで来た。
HMBにどんな秘密があるのか知らないが、身につけただけで筋肉がつくのなら世話はない。一方で、毒にも薬にもならないダイエット器具で大もうけしている会社は、いくらでもある。
そういう商売をとやかくいう気はない。TWCは、もはや損得勘定をはるかに超えて、商道を踏みはずしているらしい。
TWCは、まだよくは知らないが、テレビでも宣伝している大企業だ。それが妖怪を宝物にしてどうするのか。帯男がTWCの利益の源なのか。ベルトを和訳すれば帯にはなるが、一つ一つのHMBはあくまでただの商品ではないのか。
さらに、市宮や爆発男のような連中を……間接的にせよ……雇うのも危険すぎる。恵みの大地の職員が、すべてああした力を持っているのではないだろう。ならば、誰が管理するのか。帯男がそうしているというなら、何のために。
「それは事実なんでしょうけど、でもどうして……」
三人の中では、小角こそ切実に真相を知りたいはずだ。
「どのみちろくな理由じゃないよ」
塚森は切り捨てた。花坂としても、その点は腹の底から同意である。
そこからは、沈黙がまとまった。塚森には早くまともな身なりをしてほしいし、小角の部屋も手配せねばならない。やることが山のようにある。運転しながら、花坂は頭の中で目まぐるしく段取りを立てた。
市宮のアパートをでてから、なんの妨害もなく、花坂達は帰ってきた。拍子抜けしたようでいて、本格的な用心と緊張はむしろこれから本番だった。
事務所の玄関ドアには、悪霊の頭蓋骨がドアノッカーよろしく貼りついていた。むろん、そんなことは誰もしていない。三人そろって足が止まった。
「お……前……達。最後の……警告……だ。TWCも……恵みの大地も……市宮達も……すべて無視しろ……さもなくば、無残な死……のみ」
悪霊がそれだけ伝えると、本来は脳を収めている部分からかりこり音がし始めた。花坂らが次の対応をとる前に、悪霊の眉間を内側から食い破って一匹の小鬼が姿を見せた。爆発男を食べたのと同じ種類だ。
「先生、待ってください!」
花坂は、塚森の意志を先回りした。塚森は、無言で出しかけた炎を引っこめた。
「小角さん、あなたの力で小鬼の因縁をたどってみてください」
「はい」
すぐに、小鬼のうなじから赤く細い線が伸びていった。ドアノブにつながっている。
「お二人とも、さがって下さい。先生、ドアノブを軽く加熱して欲しいです」
「はい」
「わかった」
花坂も含めて三人が、ドアノブから数歩はなれた。それから、塚森が花坂の希望を満たした。
「ぐわぁーっ!」
耳障りな悲鳴が響き、鍵穴からまたべつな小鬼が全身から湯気を放ってはいでてきた。ドアノブに、鈍く反射する花坂の顔が、小鬼の頭で隠れた。
「花坂君、二匹とも殺しちゃっていい?」
「はい、どうぞ」
わずか二秒足らずの会話で、小鬼は消滅した。
「ど、どういうことなのでしょうか?」
小角は、湯気をくゆらせるドアノブを食いいるように見つめた。
「俺の推測になりますが、警告にどんな反応を示したかで、鍵穴に待ち伏せしていた奴が俺達に取りついたり殺したりするように命令されていたんだと思います」
「よく見抜けたね、こんなの」
「スパイ映画で似たような仕かけがありましたから」
実は、意外に映画好きな花坂であった。
「でも、これだと事務所の中まで罠だらけでは……」
小角が不安を隠せないのも無理はない。
「因縁はさっきの二匹以外になかったです。いくらなんでも、事務所にうようよいる悪霊を全部ねじ伏せるのは時間的に無理ですよ」
もっとも、それは市宮のときのように、相手の所在を掴めないということでもある。
「なんだか、頼もしい悪霊さんですね」
小角は、少し元気を回復したようだ。たとえ世間むけには公表できない原因であろうと。
「あいつらからしても、ウチの事務所はこの世で唯一の居場所だから敵には厳しいよ。弱いけど」
「事務所まで特定されているなら、仮拠点を新しく作る必要があるかもしれませんね」
花坂は、助手の視点を欠かさないよう常に意識していた。
「うん」
うなずきつつも、塚森は、いつになく改まった表情になった。
いくら彼女でも、TWCという強敵は初めてだ。まして小角を守りながらとは、余計に難物としかいいようがない。
「私なら、ご心配は無用に……いりませんから」
小角は、ドアノブから目を離して背筋を伸ばした。しかし、服のしわは際限なく揺れていた。
「とにかく入りましょう」
花坂は、率先してドアを開けた。
「ただいま」
「お邪魔します」
いかにも日本風な挨拶が、土間のひんやりした空気に重なった。
「俺は小角さんが使う部屋を掃除します。先生は、応接室で小角さんとこれからの打ちあわせをお願いします」
「わかった。でも、どうせなら食堂を先に案内しておいて」
「居間を通りますけど、めちゃくちゃになったままですよ」
能率としては、塚森の主張が正しい。花坂からすれば、礼儀の問題でもあり羞恥の問題でもあった。
「問題ございません。と申しますより、私のせいで起きたようなものでございますから」
「そんなことないよ。悪いのは、市宮を始めとしたTWCだから」
TWCを悪党とみなすのは、塚森にとってもはや議論の余地を許さないようだ。
「では、こちらへ」
花坂は先頭にたった。
市宮との戦闘でぐちゃぐちゃになった居間は、割れ砕けたガラス戸も含めてそのままの状態を保っていた。……と思いきや、部屋の中央に一枚の紙が置いてあった。
『なんだこの部屋の汚れぐあいは! せっかく俺がお前らを倒しにいこうと思っているのにけしからん! ちゃんと片づけておけ!』
紙は胸くらいな大きさで、そこにマジックペンか何かで、デカデカと自分勝手な理屈が書きつけてあった。
「なにがいいたいのかな?」
塚森は誰にともなく聞いた。
「言葉とおりの意味でしょう」
花坂も、この程度ではびくともしない。
その反面、ボディビルの根っこにあるのは合理主義に基づく自分自身の反復練習だと捉えていた。だから、TWCの類には興味を一切持たないで来た。
HMBにどんな秘密があるのか知らないが、身につけただけで筋肉がつくのなら世話はない。一方で、毒にも薬にもならないダイエット器具で大もうけしている会社は、いくらでもある。
そういう商売をとやかくいう気はない。TWCは、もはや損得勘定をはるかに超えて、商道を踏みはずしているらしい。
TWCは、まだよくは知らないが、テレビでも宣伝している大企業だ。それが妖怪を宝物にしてどうするのか。帯男がTWCの利益の源なのか。ベルトを和訳すれば帯にはなるが、一つ一つのHMBはあくまでただの商品ではないのか。
さらに、市宮や爆発男のような連中を……間接的にせよ……雇うのも危険すぎる。恵みの大地の職員が、すべてああした力を持っているのではないだろう。ならば、誰が管理するのか。帯男がそうしているというなら、何のために。
「それは事実なんでしょうけど、でもどうして……」
三人の中では、小角こそ切実に真相を知りたいはずだ。
「どのみちろくな理由じゃないよ」
塚森は切り捨てた。花坂としても、その点は腹の底から同意である。
そこからは、沈黙がまとまった。塚森には早くまともな身なりをしてほしいし、小角の部屋も手配せねばならない。やることが山のようにある。運転しながら、花坂は頭の中で目まぐるしく段取りを立てた。
市宮のアパートをでてから、なんの妨害もなく、花坂達は帰ってきた。拍子抜けしたようでいて、本格的な用心と緊張はむしろこれから本番だった。
事務所の玄関ドアには、悪霊の頭蓋骨がドアノッカーよろしく貼りついていた。むろん、そんなことは誰もしていない。三人そろって足が止まった。
「お……前……達。最後の……警告……だ。TWCも……恵みの大地も……市宮達も……すべて無視しろ……さもなくば、無残な死……のみ」
悪霊がそれだけ伝えると、本来は脳を収めている部分からかりこり音がし始めた。花坂らが次の対応をとる前に、悪霊の眉間を内側から食い破って一匹の小鬼が姿を見せた。爆発男を食べたのと同じ種類だ。
「先生、待ってください!」
花坂は、塚森の意志を先回りした。塚森は、無言で出しかけた炎を引っこめた。
「小角さん、あなたの力で小鬼の因縁をたどってみてください」
「はい」
すぐに、小鬼のうなじから赤く細い線が伸びていった。ドアノブにつながっている。
「お二人とも、さがって下さい。先生、ドアノブを軽く加熱して欲しいです」
「はい」
「わかった」
花坂も含めて三人が、ドアノブから数歩はなれた。それから、塚森が花坂の希望を満たした。
「ぐわぁーっ!」
耳障りな悲鳴が響き、鍵穴からまたべつな小鬼が全身から湯気を放ってはいでてきた。ドアノブに、鈍く反射する花坂の顔が、小鬼の頭で隠れた。
「花坂君、二匹とも殺しちゃっていい?」
「はい、どうぞ」
わずか二秒足らずの会話で、小鬼は消滅した。
「ど、どういうことなのでしょうか?」
小角は、湯気をくゆらせるドアノブを食いいるように見つめた。
「俺の推測になりますが、警告にどんな反応を示したかで、鍵穴に待ち伏せしていた奴が俺達に取りついたり殺したりするように命令されていたんだと思います」
「よく見抜けたね、こんなの」
「スパイ映画で似たような仕かけがありましたから」
実は、意外に映画好きな花坂であった。
「でも、これだと事務所の中まで罠だらけでは……」
小角が不安を隠せないのも無理はない。
「因縁はさっきの二匹以外になかったです。いくらなんでも、事務所にうようよいる悪霊を全部ねじ伏せるのは時間的に無理ですよ」
もっとも、それは市宮のときのように、相手の所在を掴めないということでもある。
「なんだか、頼もしい悪霊さんですね」
小角は、少し元気を回復したようだ。たとえ世間むけには公表できない原因であろうと。
「あいつらからしても、ウチの事務所はこの世で唯一の居場所だから敵には厳しいよ。弱いけど」
「事務所まで特定されているなら、仮拠点を新しく作る必要があるかもしれませんね」
花坂は、助手の視点を欠かさないよう常に意識していた。
「うん」
うなずきつつも、塚森は、いつになく改まった表情になった。
いくら彼女でも、TWCという強敵は初めてだ。まして小角を守りながらとは、余計に難物としかいいようがない。
「私なら、ご心配は無用に……いりませんから」
小角は、ドアノブから目を離して背筋を伸ばした。しかし、服のしわは際限なく揺れていた。
「とにかく入りましょう」
花坂は、率先してドアを開けた。
「ただいま」
「お邪魔します」
いかにも日本風な挨拶が、土間のひんやりした空気に重なった。
「俺は小角さんが使う部屋を掃除します。先生は、応接室で小角さんとこれからの打ちあわせをお願いします」
「わかった。でも、どうせなら食堂を先に案内しておいて」
「居間を通りますけど、めちゃくちゃになったままですよ」
能率としては、塚森の主張が正しい。花坂からすれば、礼儀の問題でもあり羞恥の問題でもあった。
「問題ございません。と申しますより、私のせいで起きたようなものでございますから」
「そんなことないよ。悪いのは、市宮を始めとしたTWCだから」
TWCを悪党とみなすのは、塚森にとってもはや議論の余地を許さないようだ。
「では、こちらへ」
花坂は先頭にたった。
市宮との戦闘でぐちゃぐちゃになった居間は、割れ砕けたガラス戸も含めてそのままの状態を保っていた。……と思いきや、部屋の中央に一枚の紙が置いてあった。
『なんだこの部屋の汚れぐあいは! せっかく俺がお前らを倒しにいこうと思っているのにけしからん! ちゃんと片づけておけ!』
紙は胸くらいな大きさで、そこにマジックペンか何かで、デカデカと自分勝手な理屈が書きつけてあった。
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