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第11話 小鬼の刺客 その二
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爆発男の鼻や耳からどろどろと血が垂れ流され、小鬼がじれったさそうに内側から皮膚を食い破って二匹、三匹と現れた。それからは、頭といわず腹といわず。無数の小鬼が、寄生バエの羽化さながらに、爆発男を体内から食いつくしつつ表にでてきた。
それと引きかえに、爆発男は彼らの胃袋に消えてなくなった。花坂らが、あまりにも急激な事態に驚きあきれているうちに、小鬼の群れはかき消すようにいっせいにいなくなった。
「な……なんですか……これ……」
小角は、ただでさえ小柄な身体をぎゅっと縮めた。市宮、爆発男と連続した勝利の余韻など、どこかに消えさってしまったようだ。
表にしないだけで、気持ちは花坂も大差ない。塚森もそうだろう。
「まず、帰りましょう」
花坂の提案は、凡庸だが堅実でもあった。この様子だと、次々に敵がきてもおかしくない。いや、警察がきたら不法侵入だけでも逮捕されかねない。今さら心配するようなことでもないだろうが、『善良な一市民』という立場はなるべく保っておかねばならなかった。
「さっきの小鬼が、なにかしてこないんでしょうか?」
小角は、壁や天井を見回した。そんな彼女の頭上には、爆発男との死闘で開いた穴がある。
「襲ってくるつもりならとうにそうしてるね。たて続けに二人も味方を失ったから、あたし達の力をかなり用心していると思う」
だからひとまずは安心だと、塚森は含ませたいに違いない。
「あ、あのう……先生……」
小角は、花坂のおかげでまっとうな常識を回復したらしい。彼女の気まずげな表情から、花坂もなにをいいたいのか察した。
「服なら、このままでいいから。花坂君、まず現在地を確認して」
「はい」
スマホを使えばすぐ結論はでた。事務所から十数キロほど離れた、東京と神奈川の境目になる。最寄りの大都市からは著《いちじる》しく隔たっており、幹線道路にも近くない。
「窓から、車があるかどうかもお願い」
調べたことを告げた花坂に、塚森は二つ目の指示をだした。
「はい」
アパートの正面にあたる来客用駐車場に、一同が乗ってきた車がある。特に傷や汚れはなかった。アパートは三階建てで、自分達がいるのは二階の部屋だともわかる。
窓ガラスには、半裸になりかけの塚森と、青ざめた表情の小角が写っていた。覚悟はしていたし、むしろこの程度ですんだのは幸運というべきか。今のところは。
「じゃあ、すぐに車までいこう。花坂君、ハンカチはある?」
「ええ、持ってます」
「念のために、君が手にハンカチを巻いてドアを開けて。靴はもうこのままでいいから」
塚森にいわれて、初めて花坂は、自分を含めた三人全員が靴をはきっぱなしなのを知った。
「わかりました。なら、先生は俺と小角さんの間にはいってください」
ということは、花坂が先頭になる。肉体的な強さや押しだしからして当然だろう。服が裂けたままの塚森が、一般人と顔をあわせにくくする意味もあった。小角と二人で塚森を挟んでいけば、急場はしのげる。彼女らとしても、異論はなかった。
衆議一決し、花坂は手に自分のハンカチを巻いた。心の中で、犠牲になってしまった女性に手をあわせつつ居間をぬけ、玄関を経て廊下にでた。
花坂は、恐怖を感じないのでは決してない。さりとて、仕事第一主義というのでもない。強いていえば、生存第一主義である。ただし、塚森や小角がかかわると、自分よりは彼女達の優先順位が上がる。性別や地位は関係ない。彼女達がいなくなったら、事態はもう、自分の手に負えなくなっている。それは避けねばならない……単純明快だ。
ときおり車やバイクの走る音がどこかから聞こえるくらいで、白昼にしては静かな様子だった。コンビニやスーパーも遠目にあるが、どこか違う世界に思える。数分前まで生死をかけたやりとりをしていたので、いきなり平和な日常が広がっていても、それと実感できなかった。
感傷につかっている場合ではない。塚森らがついてこられるよう気を配りつつも、花坂は出来るだけ足を速めた。
車には、拍子抜けするほど簡単に戻れた。すぐにエンジンをかけ、ついに現場をあとにした。
「ストーカーはどうにか始末がついたけど……一筋縄じゃいかなくなったね」
塚森の見とおしには、花坂も小角も逆らいようがなかった。
「寝泊まりのお話ですけど、お金はいくらくらいかかりますか?」
小角は、細かくはあるが無視できないことを尋ねた。塚森が答えるまでの間にも、車は、微笑ましいほど凡庸な……ある意味で幸福な……街角を通りぬけていく。
「そういうことも含めて、無料でいいから」
「でも……」
「その代わり、これからもあなたの能力が必要なの。どのみち、あたし達も知らない顔はできなくなったし」
「ご、ごめんなさい。私のせいで……」
「いいの。あたしだって、あんな奴らに事務所を壊されたんだから。あいつらの正体を暴いて、むしれるだけむしったらいいし」
塚森は、半ば笑いながらいった。花坂は思わず手足をすくめた。彼女は半裸のままだが、色気どころかさっさと逃げだしたいほど恐ろしい。小角は真剣な顔をして聞いているが、言葉以上のものがどれくらい塚森の心に潜んでいるかまではわからないだろう。
「となると、TWCについて調査が必要です。恵みの大地も」
「そこは、花坂君に頼むから。あたしは小角さんの力を見極めておかなくちゃ」
「はい。よろしくお願いします」
せいいっぱいの笑顔で頭をさげる小角を、花坂はけなげにも気の毒にも思った。なるほど、小角は塚森とは別な形で、特別な力を持ってはいる。しかし、そもそもTWCとは無関係だった。ストーカーの市宮が死んだのなら、なおさらふだんの生活にもどりたいだろう。そう主張しないのは、塚森があらかじめ約束させたこともあるし、一人でいると新たな危険にさらされかねないことを理解していることもある。それはそれで大切な用心ながら、小角本人の性格も大きいはずだ。ここで退いたらただの負け犬になるというのは、花坂でなくとも自明の理だが、彼女にはそれが耐えられない。
「こちらこそ、よろしく。……それにしても、帯男かぁ。聞いたことないな」
塚森の疑問は、花坂も抱えていたところだ。
「爆発男の口ぶりだと、TWCが大事にしているんですよね」
熱心なボディビルダーの花坂にとって、TWCの方針は理解しがたかった。
それと引きかえに、爆発男は彼らの胃袋に消えてなくなった。花坂らが、あまりにも急激な事態に驚きあきれているうちに、小鬼の群れはかき消すようにいっせいにいなくなった。
「な……なんですか……これ……」
小角は、ただでさえ小柄な身体をぎゅっと縮めた。市宮、爆発男と連続した勝利の余韻など、どこかに消えさってしまったようだ。
表にしないだけで、気持ちは花坂も大差ない。塚森もそうだろう。
「まず、帰りましょう」
花坂の提案は、凡庸だが堅実でもあった。この様子だと、次々に敵がきてもおかしくない。いや、警察がきたら不法侵入だけでも逮捕されかねない。今さら心配するようなことでもないだろうが、『善良な一市民』という立場はなるべく保っておかねばならなかった。
「さっきの小鬼が、なにかしてこないんでしょうか?」
小角は、壁や天井を見回した。そんな彼女の頭上には、爆発男との死闘で開いた穴がある。
「襲ってくるつもりならとうにそうしてるね。たて続けに二人も味方を失ったから、あたし達の力をかなり用心していると思う」
だからひとまずは安心だと、塚森は含ませたいに違いない。
「あ、あのう……先生……」
小角は、花坂のおかげでまっとうな常識を回復したらしい。彼女の気まずげな表情から、花坂もなにをいいたいのか察した。
「服なら、このままでいいから。花坂君、まず現在地を確認して」
「はい」
スマホを使えばすぐ結論はでた。事務所から十数キロほど離れた、東京と神奈川の境目になる。最寄りの大都市からは著《いちじる》しく隔たっており、幹線道路にも近くない。
「窓から、車があるかどうかもお願い」
調べたことを告げた花坂に、塚森は二つ目の指示をだした。
「はい」
アパートの正面にあたる来客用駐車場に、一同が乗ってきた車がある。特に傷や汚れはなかった。アパートは三階建てで、自分達がいるのは二階の部屋だともわかる。
窓ガラスには、半裸になりかけの塚森と、青ざめた表情の小角が写っていた。覚悟はしていたし、むしろこの程度ですんだのは幸運というべきか。今のところは。
「じゃあ、すぐに車までいこう。花坂君、ハンカチはある?」
「ええ、持ってます」
「念のために、君が手にハンカチを巻いてドアを開けて。靴はもうこのままでいいから」
塚森にいわれて、初めて花坂は、自分を含めた三人全員が靴をはきっぱなしなのを知った。
「わかりました。なら、先生は俺と小角さんの間にはいってください」
ということは、花坂が先頭になる。肉体的な強さや押しだしからして当然だろう。服が裂けたままの塚森が、一般人と顔をあわせにくくする意味もあった。小角と二人で塚森を挟んでいけば、急場はしのげる。彼女らとしても、異論はなかった。
衆議一決し、花坂は手に自分のハンカチを巻いた。心の中で、犠牲になってしまった女性に手をあわせつつ居間をぬけ、玄関を経て廊下にでた。
花坂は、恐怖を感じないのでは決してない。さりとて、仕事第一主義というのでもない。強いていえば、生存第一主義である。ただし、塚森や小角がかかわると、自分よりは彼女達の優先順位が上がる。性別や地位は関係ない。彼女達がいなくなったら、事態はもう、自分の手に負えなくなっている。それは避けねばならない……単純明快だ。
ときおり車やバイクの走る音がどこかから聞こえるくらいで、白昼にしては静かな様子だった。コンビニやスーパーも遠目にあるが、どこか違う世界に思える。数分前まで生死をかけたやりとりをしていたので、いきなり平和な日常が広がっていても、それと実感できなかった。
感傷につかっている場合ではない。塚森らがついてこられるよう気を配りつつも、花坂は出来るだけ足を速めた。
車には、拍子抜けするほど簡単に戻れた。すぐにエンジンをかけ、ついに現場をあとにした。
「ストーカーはどうにか始末がついたけど……一筋縄じゃいかなくなったね」
塚森の見とおしには、花坂も小角も逆らいようがなかった。
「寝泊まりのお話ですけど、お金はいくらくらいかかりますか?」
小角は、細かくはあるが無視できないことを尋ねた。塚森が答えるまでの間にも、車は、微笑ましいほど凡庸な……ある意味で幸福な……街角を通りぬけていく。
「そういうことも含めて、無料でいいから」
「でも……」
「その代わり、これからもあなたの能力が必要なの。どのみち、あたし達も知らない顔はできなくなったし」
「ご、ごめんなさい。私のせいで……」
「いいの。あたしだって、あんな奴らに事務所を壊されたんだから。あいつらの正体を暴いて、むしれるだけむしったらいいし」
塚森は、半ば笑いながらいった。花坂は思わず手足をすくめた。彼女は半裸のままだが、色気どころかさっさと逃げだしたいほど恐ろしい。小角は真剣な顔をして聞いているが、言葉以上のものがどれくらい塚森の心に潜んでいるかまではわからないだろう。
「となると、TWCについて調査が必要です。恵みの大地も」
「そこは、花坂君に頼むから。あたしは小角さんの力を見極めておかなくちゃ」
「はい。よろしくお願いします」
せいいっぱいの笑顔で頭をさげる小角を、花坂はけなげにも気の毒にも思った。なるほど、小角は塚森とは別な形で、特別な力を持ってはいる。しかし、そもそもTWCとは無関係だった。ストーカーの市宮が死んだのなら、なおさらふだんの生活にもどりたいだろう。そう主張しないのは、塚森があらかじめ約束させたこともあるし、一人でいると新たな危険にさらされかねないことを理解していることもある。それはそれで大切な用心ながら、小角本人の性格も大きいはずだ。ここで退いたらただの負け犬になるというのは、花坂でなくとも自明の理だが、彼女にはそれが耐えられない。
「こちらこそ、よろしく。……それにしても、帯男かぁ。聞いたことないな」
塚森の疑問は、花坂も抱えていたところだ。
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