筋肉と鬼火と紐で、あやかし退治を致します

堅他不願@お江戸あやかし賞受賞

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第10話 小鬼の刺客 その一

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 終わってみると、事務所を出発してから、わずか一時間以内のできごとではあった。

「ありがとう、花坂君。あとはあたしがやるから、あなたは小角さんのそばについていて」
「はい」

 塚森と花坂は、位置を入れかえた。となると、塚森の後ろ姿を、小角と二人して拝むことになる。

 幸か不幸か、爆発男のせいで犠牲となった塚森の衣服は前半分だけで、後半分はどうにか無事だ。その辺りについては、クソマジメな堅物とはいえ、花坂もある種の複雑な心境を禁じえなかった。

 とはいえ、固唾を飲んでなりゆきを見守る小角が隣にいる。事態は解決したのではないし、進展すらしていない。ただ小休止しているだけだ。

 壁にもたれたまま意識を回復しない爆発男に対し、面とむかった塚森は、まず彼の髪を自分の力で完全に燃やした。

「あちちっ! 熱っ……痛えっ!」

 まだくすぶる頭を、塚森は額から蹴った。生活相談所でのだらけた私生活とは、まさに一線も二線も画している。

 花坂は、小角がきてこうした騒動になるまで、塚森の恐ろしさをまだ漠然としか理解していなかった。むろん、軽く見ていたつもりは毛頭ない。

 塚森は、自分自身だけでなく、小角や花坂、さらにはここで犠牲になった中年の女性のためにも怒っている。そのボルテージは、指数関数的に急上昇している。そんな彼女を頼もしく思う一方、ゆめゆめ逆鱗げきりんに触れてはならないと自戒を新たにした。

「いろいろと手間をかけさせられたね。あんたの髪、全部燃やしたから。ついでに下の方もやっとけばよかったかな?」
「てっ、てめ……ぐわっ!」

 花坂に殴られた左頬を、塚森の爪先がえぐった。

 爆発男からすれば、塚森は半裸である。特殊な性癖の持ち主なら、そんな彼女に髪を燃やされたり蹴られたりして喜ぶかもしれない。不運にも爆発男はそうでなかった。

「市宮を知っていたっていうことは、あんたらはつるんでるし、なんなら同じ仕事をしてるんだよね? でなきゃこんなにタイミングよく現れないし」

 爆発男は、憎々しげに塚森を睨んでいる。塚森は、爆発男の右足親指の先を軽くローストした。

「熱いっ! 熱いっ! やめろ!」
「じゃ答えなさいよ。いっとくけど、おかしな真似をしたら火だるまにするから」
「わかった! わかったよ! たしかにそうだ。俺も市宮も同じ組織の人間だ!」
「組織って、どんな?」
「恵みの大地」
「はぁっ!?」

 なんとも慈愛にあふれたネーミングセンスに、塚森は素で困惑したようだ。花坂とてそうだし、小角もしかりだろう。

「恵みの大地っていう民間の健康増進施設だよ。俺も市宮もそこの職員だ」
「なにそれ。老人ホームかなにか?」
「ボディビルダーを支援してる」

 それは、小角から花坂にもたらされた重要なキーワードだった。

「どうしてこんなことをやるわけ?」
「俺も市宮も、上からの命令で指定された人間を監視する」
「だから、なんのために」

 爆発男は沈黙した。髪を失い火傷だらけになった頭から、顎の先まで冷や汗まみれになって呼吸が浅くなっている。喋ったが最後というのが、ありありとわかる恐怖ぶりだ。自慢の美形ぶりも、今や原形のげの字すら保っていない。

「さっさといいなよ!」
「い、いやだ!」
「恵みの大地の出資者はTWCだよな。さっき、テレビでもちらっと出ていた」

 割りこむ権利がないのは百も承知で、花坂は塚森の背中ごしに言葉を投げつけた。気の毒な居住者だった、粉末の山をちらっと見てから。

「そうなの?」

 塚森の質問に、爆発男はなおも黙っている。だが、否定の弁が口をつかないまま、がくがく震える手足は雄弁に回答を物語っていた。

「ボディビルでお金をもうけてる企業が、あんたらみたいな人間を雇ってどうするの?」
「お、俺はTWCの直属じゃない。あくまで……」
「似たようなものじゃない」

 冷たく塚森は断言して、爆発男がはいているズボンの、股間にあたる部分に火をつけた。

「や、やめろっ! やめてくれっ!」
「あんたみたいな外道って、自分のシモにかかわることにはとっても繊細なのよね。なんならお尻の穴から溶接しようか?」
「てぃ、TWCは帯男おびおとこって妖怪を宝物にしてる!」
「帯男?」
「正体は俺も知らねぇ! 本当だ! ただ、俺や市宮は帯男にとって役だつことをやるんだ!」
「どうやって、あんたはそれを知ったの?」
「市宮が施設の責任者を盗聴したからだ!」
「じゃあ、あんたと市宮は仲がよかったの?」
「市宮のストーカーを俺がとがめたとき、あいつはとっておきの秘密を教えるから上に報告するのをやめてくれといった!」
「で、報告はしなかったと」
「してない! これで全部だ!」

 爆発男の股間は、ズボンについてはあらかた燃えつき、火はパンツに移っていた。

「な、なあ、火を消してくれよ! 喋っただろ!」
「うーん。まあ、生かしといてもまたやってくるよね」
「もう手はださねぇよ! 本当だ!」

 両目をこの上なく見開き、爆発男は自分の股間と塚森を交互に何度も注目した。

「あ、そうだ。全身の毛穴を全部焼き払っておくね。耐えられたら……」
「しょ、しょ……」

 涙目になり、爆発男は口をぱくぱくさせながらなにかを語りだした。

「しょ?」

 塚森は、爆発男の股間についた火を消さないまま、首をかしげた。

「所内規則違反! 機密漏洩と離反! 万死に値! バンシニアターイ!」

 口にしたくないことを、むりやりいわされている様子だった。爆発男は、それだけ叫んでから、全身をガクガクけいれんさせた。

「先生、危ない!」

 花坂が警告する瞬間もあればこそ、一歩素早くさがった塚森の前で、爆発男の口からなんとも異様な存在がもぞもぞとはいでてきた。

 それは、手のひらの六分の一くらいな大きさをしていた。そのくせゴツゴツと角張った手足を備え、小指の爪先ほどの角を額から生やしている。全体的に赤みがかった肌をしており、黒いざんばら髪にいつも不機嫌そうな黒い瞳が、不気味さをさらに高めていた。

「鬼……小鬼?」

 塚森が呟いたときには、花坂は、小鬼の口から血がしたたっているのをはっきり目にした。花坂も、もう少しで悲鳴をあげるところだった。
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