『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 3

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情報源(ソース)

「――待て、秋元」

去ろうとした雪之丞の背中に、坂上(中身50)の冷たい声が突き刺さる。

「は、はいぃ!」

雪之丞は、まるで艦上の新兵(シーマン)のように背筋を伸ばした。

坂上は、手の中にある古びた和紙――蘭の父の遺品――を雪之丞の目の前に突きつける。

「早乙女同心。彼が最後に追っていた『懸案事項』を報告しろ。この紙片(メモ)に心当たりは?」

雪之丞は、その米俵の意匠と数字が並んだメモを覗き込み、顔をしかめた。

「こいつは……確かに、仏の早乙女(蘭の父)が懐(ふところ)に入れていた『お守り』です。ですが、俺らにはさっぱり意味が……」

「『勘』で動くな。事実(ファクト)を述べろ」

「は、はい! えーと、早乙女の旦那が最後に嗅ぎ回っていたのは……日本橋の米問屋『三国屋(みくにや)』でさ」

「三国屋」

坂上の脳(ブレイン)が、高速で情報を連結させる。

(蘭の父(同心)が死亡。遺品は、米俵と数字のメモ。彼が追っていたのは、米問屋・三国屋)

「秋元。その『三国屋』に関する全情報を報告しろ」

「へい。三国屋の主人は、三国屋惣兵衛(そうべえ)。表向きは、幕府御用達の米問屋ですが……この半年、やけに羽振りがいいんでさ」

雪之丞は声を潜める。

「奴の店が大きくなるにつれて、周りの小さな米屋が次々と潰れてる。何か汚い手を使ってるに違いねぇんですが……奴め、役人にも手を回してるのか、どうにも証拠が」

「証拠がない、か」

坂上は目を閉じる。

(21世紀(げんだい)も、19世紀(かこ)も同じだ。証拠(エビデンス)なき正義は、ただの独善に過ぎん)

だが、艦艇開発隊(ここ)も奉行所(ここ)も、「情報」がなければ始まらない。

「秋元」

「はっ」

「この江戸(まち)で、最も信頼できる『情報源(ソース)』は誰だ。金で動くのではなく、事実(ファクト)そのものを扱う人間だ」

雪之丞の顔が、途端に引きつった。

「……そ、それは……御奉行様のお耳に入れるほどでは……」

「命令だ」

「ひぃ!」

雪之丞は観念し、白状した。

「……日本橋に、『喜助亭(きすけてい)』という小さな料理屋がありまさァ」

「料理屋?」

「表向きは。ですが、そこの板長(いたちょう)・喜助(きすけ)は、江戸中の情報が流れ着く『情報屋』でして。ただ……あいつは、ちと口が……その、性格も……」

「よし。行け」

「へ?」

「今すぐ『喜助亭』に向かい、三国屋に関する『米以外』の情報を収集しろ。経費は……」

坂上は、この身体(25歳)の懐を探り当て、財布(がまぐち)を取り出す。

「……後で精算する。行け」

「(鬼だ! この御奉行は鬼だ!)」

雪之丞は、自分のツケが山ほど溜まっている喜助亭へ行くことを命じられ、泣きそうな顔で奉行所を飛び出した。

一刻(いっとき)後、日本橋・喜助亭

雪之丞は、店の入り口で何度も深呼吸をしていた。

(ツケは……今月分だけで十両近くあるぞ……どんな顔すりゃいいんだ……)

カラリ、と戸を開ける。

香ばしい出汁(だし)と、酢飯の匂い。

清潔に磨き上げられた白木のカウンターの向こうで、一人の男が柳刃包丁を研いでいた。

色白で、切れ長の目。喜助(27)だ。

「……おや」

喜助は、雪之丞を一瞥(いちべつ)すると、口元に皮肉な笑みを浮かべた。

「これはこれは、雪さん。お勤めご苦労様です。今日は『ツケ』ですか? それとも『出世払い』の追加ですかい?」

「き、喜助……! てめぇ、相変わ変わらず口が悪いな!」

「へい。口と腕だけが取り柄なんでね」

喜助は、雪之丞の前に、すっと小さな器を置いた。

「どうぞ。鯛(たい)の潮汁(うしおじる)です。そんなに顔を青くしちゃあ、せっかくの昼飯が不味くなる」

雪之丞は、その透き通った汁を一口すすり、あまりの旨さに目を見開いた。

「……ちくしょう。美味(うめ)えじゃねえか」

「ところで雪さん」

喜助は、包丁を研ぐ手を止めない。

「さっきから店の前をウロチョロしてる、見ない顔の連中……ありゃ、三国屋の手下ですぜ」

「なっ!?」

「あんたが追ってるんでしょう? あの胡散臭(うさんくさ)い米問屋」

「き、貴様、どこまで……」

喜助は、ふっ、と鼻で笑った。

「カウンターに座れば、客の世間話(=情報)は全部聞こえてくる。あんた方(奉行所)より、よっぽど優秀でさ」

彼は、雪之丞の耳元に顔を寄せた。

「三国屋はね……どうも、『米』以外のもので大儲けしてるようですよ」

「米以外?」

「米俵(こめだわら)は、中身を隠すのにゃちょうどいい。違(ちげ)ぇねえか?」

雪之丞の背筋に、冷たいものが走った。

喜助は、元の場所に戻り、包丁の切っ先を見つめる。

「ところで、雪さん。あんたのところの『新しい御奉行様』。ずいぶんとお堅くなったそうじゃねえか」

「うっ……」

「遊び人の『真さん』が、急に『仁王』にでもなったのかい?」

喜助は、からからと笑う。

「まあ、どっちでもいいですがね。その『御奉行様』に、こうお伝えください」

「『たまったツケを払いに来るなら、いつでも歓迎する』……とね」

同日、夕刻。北町奉行所。

雪之丞からの報告を受けた坂上(中身50)は、目を閉じていた。

(米俵は、中身を隠すための『コンテナ』か)

(米以外で儲ける……『物流(ロジスティクス)』の盲点を突いた犯罪)

21世紀(みらい)の軍人(じえいかん)の思考が、江戸の犯罪の輪郭を捉え始める。

蘭の父のメモ。米俵の意匠。不可解な数字。

喜助の証言。米以外の何か。

役人(オフィシャル)としての捜査では、三国屋の「蔵」の中身までは踏み込めない。

相手が役人に手を回しているなら、なおさらだ。

(……ならば)

坂上は、執務室の奥にある、私室へ向かった。

そこには、この身体(25歳)の主(あるじ)が、奉行になる前に愛用していた物が、そのまま残されている。

坂上は、その中から、最も「非合理的」だと切り捨てていた一着を手に取った。

派手な縞(しま)模様の、着流し。

(……やむを得ん。任務(ミッション)遂行のためだ)

彼は、50歳の堅物の表情のまま、その「遊び人」の衣装に、無言で袖を通し始めた。

今夜、江戸の闇に、「真さん」が蘇る。

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