『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 4

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潜入(インフィルトレーション)

夜。

江戸の町は、昼の顔とは異なる猥雑(わいざつ)な熱気を帯びていた。

坂上真一(中身50)は、奉行所の裏門から、音もなく闇に紛れ出た。

派手な縞(しま)の着流し。

絹の奉行服とは違い、ごわごわとした木綿の肌触りが、どうにも落ち着かない。

(……非合理的だ)

懐に忍ばせたのは、奉行所の役人であることを示す十手ではなく、この身体(25歳)が愛用していたらしい、重い鉄扇(てっせん)のみ。

(だが、これが最も効率的(EFFICIENT)な捜査手段だ)

彼が向かうのは、日本橋の裏通り。三国屋が仕切る「賭場(とば)」だ。

日中、雪之丞に追加調査させた情報によれば、そこは三国屋の「汚れた金」が集まり、そして「汚い情報」が渦巻く場所だという。

坂上は、賭場の入り口に立つ屈強な番人(用心棒)に、25歳の身体が記憶している「手振り(サイン)」を無意識のうちに示す。

番人は、坂上の顔を見るなり、ニヤリと汚い歯を見せた。

「おっ、真さんじゃねえか! 久しぶりだな、今夜はいくら擦(す)ってくんだ?」

坂上は答えず、無言で中へ入る。

(……随分と、信用(信頼)されていたようだな。この『真さん』は)

中は、男たちの怒号と汗、そして安い酒の匂いでむせ返っていた。

賽(さい)の転がる音。札(ふだ)が叩きつけられる音。

坂上(中身50)の論理的な脳が、この混沌(カオス)とした空間を一瞬でスキャンする。

(賭場の構造、単純。出入り口は正面と裏に各一つ。用心棒の配置、五名。胴元(どうもと)が、三国屋の番頭か)

彼は、最も熱気が集まる「丁半(ちょうはん)博打」の輪に加わった。

「さあ張った、張った!」

(……サイコロの目。確率は常に1/2だ。だが、胴元の手癖、サイの音の濁り……イカサマか)

50歳の坂上は、確率論と状況分析に基づき、冷静に「丁」に賭けようとした。

だが、その瞬間。

彼の右腕が、25歳の身体の「記憶」で、勝手に動いた。

ドン!

「『半』だ! 全部(ぜんぶ)行くぜ!」

威勢のいい「真さん」の声と、豪快な賭け方。

身体が、かつての「遊び人」の振る舞いを覚えているのだ。

(馬鹿な、俺の制御(コントロール)を……!)

ザラザラ……パカリ。

「半! ろくのいち、半だ!」

「真さん、ツイてやがる!」

結果は「半」。

坂上(中身50)の論理的予測は外れ、坂上(25歳)の身体の「悪運」が勝った。

「ちっ……」

坂上は、倍になった金を無造作に掴む。

50歳の精神(ロジック)と、25歳の肉体(メモリー)が、噛み合わない。

そのチグハグな行動が、逆に「真さんは、今日は読めねえ。だが、ツイてる」と、周囲の熱狂を煽(あお)ってしまい、悪目立ちしていく。

(……まずいな。早期に情報を収集し、離脱(りだつ)する)

坂上が、賭場の奥――三国屋の番頭がいるであろう「帳場」へ視線を向けた、その時だった。

「――放してよ! 私は客よ!」

聞き覚えのある、甲高い声。

帳場の入り口で、二人のゴロツキに腕を掴まれている娘がいた。

下手な町娘の変装。深紅(しんく)の紐で結った見慣れた髪。

早乙女蘭だ。

(あの娘(こ)……! 無謀が過ぎる!)

彼女もまた、三国屋の証拠を掴もうと、無謀にも一人で潜入していた。

「へへ、威勢のいい姐(ねえ)ちゃんだ。奥でゆっくり話を聞こうじゃねえか」

「いやっ!」

蘭が、懐の十手に手をかけようとした、その瞬間。

ゴロツキの一人が、蘭の腕を強く掴んだ。

「おっと、お触(さわ)り禁止かよ」

ビキ、と。

坂上(真さん)の額に、青筋が浮かんだ。

(……部下(たとえ民間人でも)への暴行は、規律違反だ)

次の瞬間、坂上は熱狂する賭場の輪から、音もなく離脱していた。

ゴロツキが、蘭の腕を帳場へ引きずり込もうとする。

その腕を、背後から伸びてきた男の手が、鋼鉄(はがね)の万力(まんりき)のように掴んだ。

「――っ!?」

ゴロツキが驚いて振り向く。

そこには、先ほどまで豪快に賭けていた遊び人「真さん」が、氷のように冷たい目をして立っていた。

「……状況終了(ミッション・コンプリート)」

「あ? なんだテメェ……」

ゴロツキがドスを利かせる。

坂上(真さん)は、聞き取れないほどの小さな声で呟き、ゴロツキの腕を掴む指に、ゆっくりと力を込めていった。

「その娘(ターゲット)から手を離せ。警告は、一度だ」

「ぐ、あああああっ!?」

ゴロツキの腕から、骨が軋(きし)む音が響く。

蘭は、目の前で起きていることが理解できなかった。

(……真さん? あの、遊び人の……?)

昼間、奉行所で会った「冷酷な奉行」とは似ても似つかない、派手な着流しの男。

だが、その目に宿る光は――いや、光のない、暗く冷たい瞳は、あの奉行と、どこか……。

「なんだテメェは!」

もう一人のゴロツキが、懐から匕首(あいくち)を引き抜いた。

賭場が、一瞬で静まり返る。

坂上は、腕を掴んだままのゴロツキを盾にするように前に出し、匕首を持った男を見据えた。

「――第二戦、開始(バトル・スタート)」

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