『一佐の裁き(いっさのさばき) 〜イージス艦長(50)、江戸北町奉行(25)に成り代わる〜』

月神世一

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EP 5

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制圧

匕首を握ったゴロツキが、獲物を見つけた獣のように低い姿勢で、坂上(真さん)に襲いかかる。

「危ない!」

蘭が、拘束から逃れようともがきながら叫ぶ。

だが、坂上(中身50)の瞳は、突進してくる男の切っ先ではなく、その一歩先の「未来」を見ていた。

(……間合い、近い)

50歳の精神(免許皆伝)と、25歳の肉体(免許皆伝)。

二つの時代で培われた北辰一刀流の「機先を制す」極意が、完全にシンクロする。

ゴロツキが匕首を突き出す、その刹那。

坂上は、腕を掴んだままの男(一人目)を、まるで盾のようにして半回転させた。

「なっ!?」

匕首の男(二人目)は、仲間の背中を突き刺しそうになり、動きを止める。

――その一瞬の「停止」こそが、坂上が待っていた「機」だった。

「遅い」

ゴッ!

坂上は、盾にした男(一人目)の鳩尾に強烈な肘鉄を叩き込む。

「ぐふっ!」

男は息を詰まらせ、崩れ落ちた。

間髪入れず、坂上は床を滑るように匕首の男(二人目)へ踏み込む。

彼は懐の鉄扇を抜かない。ましてや、刀など使わない。

ドン!

自衛隊格闘術の基本、低い姿勢からの掌底が、男の顎を的確に打ち据える。

「がっ!」

匕首が手から滑り落ち、男は白目を剥いて床に沈んだ。

一連の動作、わずか三秒。

無駄な動き、無駄な流血、一切なし。

それは「喧嘩」ではなく、21世紀の軍人が行う「無力化」だった。

「……な……」

蘭は、目の前で起きたことを理解できず、呆然と立ち尽くす。

賭場は、水を打ったように静まり返っていた。

「……なんだ、テメェら……」

静寂を破ったのは、胴元を守っていた、残りの用心棒三人。

三人は、ゆっくりと鞘から脇差を抜き放ち、坂上(真さん)と蘭を半円状に囲んだ。

「おもしれぇ。『真さん』が、いつの間にそんな『芸』を覚えやがったんだ?」

状況は、最悪。

蘭は、十手を握りしめ、ゴクリと唾をのんだ。

だが、坂上(真さん)は、その殺気のど真ん中で、まるで艦橋に立つ艦長のように、平然と立っていた。

彼は、蘭の前にスッと立ち、その小さな背中を庇う。

そして、信じられない言葉を口にした。

「……繰り返す」

その声は、遊び人の「真さん」のものではなく、低く、重い、指揮官の声だった。

「状況は終了した。これ以上の抵抗は無意味と判断する。投降を推奨する」

「……は?」

用心棒たちが、一瞬、何を言われたのか分からず固まる。

蘭もまた、混乱していた。

(投降……? 推奨……?)

(この男は、一体……何を言っているんだ?)

この男は、自分が知っている「真さん」ではない。

あの、どうしようもない遊び人だった男が、なぜ。

なぜ、こんなにも冷静で、冷酷で、そして――。

(……あの『お飾り奉行』と、同じ目をしているんだ……?)

用心棒たちが、坂上の「フリ」に激昂し、同時に斬りかかろうとした、その瞬間。

「――離脱する」

坂上は、蘭の細い手首を掴んでいた。

「え? なっ!?」

「これ以上の戦闘は、目的(証拠収集)に対し、合理的ではない。行くぞ」

「ちょ、待っ……!」

坂上は、蘭の返事を聞かず、彼女の身体を強引に引きずる。

用心棒たちが築いた包囲網。

その、わずかな隙間――裏口へと続く最短ルートへ向かって。

「逃がすかぁっ!」

背後から怒号と足音が迫る。

坂上真一(中身50)の、江戸(ここ)での「最初の任務」は、最悪の形で始まろうとしていた。

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